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第二章 恋せよ女神
6.冷たい身体
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振り返ることはできない。
絡みつくお姉さまの腕を振りほどくこともできない。
怖い。恐怖。…というより、相手の顔を見て真剣に思いを伝えるという高度な技は、一人でいることを選んできた僕には持ち合わせていなかったからだ。
だから正直に答えるほかない。
「お姉さま、に、顔を合わせずらくて。」
「なんですって…?」
お姉さまの声が震えている。
やっぱり怒っているんだ。当たり前だよな、死んでも行き先がわからなくてフラフラしてた僕をここに連れてきてくれたのに、それに感謝もせずに逃げたしたんだもんな。
息を吐いて意を決し、ちゃんと目を見て謝ろうと思い体をお姉さまのほうに向けたその瞬間。
グイッと胸ぐらを掴まれた。
と思ったら。
バァシーーーーーン!!!
(えぇ……)
右頬を平手打ちされた。
ビリビリと振動が遅れて伝わる。
「いくら怒ってるからって…!ぼっ、暴力反対!です!」
ヒリつくほっぺを押さえながら訴えた。ほんとはこんなこと言いたいんじゃない。でも、お姉さまの行動に理解が追いつかなくてつい口から出た。
「セレナお姉さま、でしょ!」
「そこ!??!?」
さらに理解が追つかない。お姉さまは何倍速で先に行くのか。
「他に何があるのよぉ。」
「何って…!」
勝手に飛び出したこと。
でもそれはお姉さまを拒絶したかったわけじゃないことを伝えたかった。
そして…。
「…ごめんなさい。」
謝りたかった。
「わかればよろしい。私にはちゃんとセレナって美しい名前があるんですからね。」
「そういうことじゃ、いや、それもそうなんですけど、僕が言いたいのは…。」
上手く言葉にできない。
こんなときにすぐに頭のなかを整理して伝えられない自分に腹が立つ。
言葉を探してなかなか喋り出すことができない僕を、お姉さまは抱きしめた。
きつく、優しく。
「わかってるわよぉ。……でも、少し堪えたわ。」
そっと、お姉さまに触れる。
いつしか触れた時とは違い、真夜中の雨に打たれていたみたいに身体が冷たい。
僕は、相手が自分を見てくれない気持ちを知ってる。あの虚しさをわかっているのにそんな思いをさせてしまったという現実を、この冷えきった肌から突きつけられた。
「お姉さま…。」
「セレナお姉さまよ、まったく…しょうがない子。」
この冷たい身体がこれ以上冷えて凍らないように、僕はそう思って抱きしめ返した。
僕にはありちゃんのような温かな抱擁はできないだろう。
でも、その冷たさを一緒に分かち合うことはできる。
「…僕の手をとってくれてありがとうございます。」
あのとき、嫌だと思ったらついてはこなかった。きっと、あなただからついてきたんだ。
「もう、勝手に離れちゃダメよ。」
その声はまっすぐに寂しかったのだと訴えかけるようだった。
暗闇のなか、この声と温度だけがお姉さまがここにいることを教えてくれる。
女神という僕とは違う存在であることを忘れさせ、ただ一人の女性であると思わせるように。
「…もう、暴力はダメですよ。」
「勝手に体が動いちゃうのよぉ。」
「離れちゃダメなら、一緒に治していかないとですね…。」
お姉さまは小さくうなずいた。
僕はもう、この女性に寂しい思いはさせたくない。
その日は、冷えた身体を暖めるように、でもお互いを冷まさないように、二人の指先と脚をほどけそうなくらい弱く絡めながら同じベッドで眠りについた。
夢を見た。
あの中庭の銀杏の木。根本のベンチにいるのは…、小さな子ども。
お皿を持っている。
僕はその子を誰か知っていた。
「ち…とせ…。」
…ん?なんか足に何か違和感が。
何かがぶつかっているような。
「チトセって誰よぉ?」
痛い。蹴っている。
明らかに足が蹴られている感覚。
目を擦ると、口を尖らせたお姉さまが僕の顔をじっと見ながら足を蹴っている。
「セレ、ナお姉さま…?暴力、めです…。」
昨日言ったばかりなのに。これは道のりが長そうだ。
寝起きで上手く喋ることができない僕を、お姉さまは相変わらず不服そうに睨んでくる。
部屋は微かに日が入り、明るくなっていた。
「だぁって、可愛いチカの寝顔を見てたら他のオンナの名前を呼ぶんだもの。」
他のオンナて。僕はあなたの何なんだ。
「妹よ。浮気性の。」
「うわき??」
身に覚えがないし、知らない。
「昨日、廊下で抱きしめてたの誤魔化す気?」
廊下…?
あ、あぁ、ありちゃんのことか?
あれは抱きしめてたというより、抱きつかれただろう。しかも、見ていたのか。
帰ってくるときは声がしなかったから見られてるとは思わなかった。
「怒りで何も言えなかったのよぉ…!!」
ギリリと歯ぎしりするのを見て、手と足が飛んでくる前にと慌てて弁解した。
「抱きつかれただけですし、抱きしめたのなんてお姉さまが初めてですよ!!」
言った瞬間、なんかとてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったことに気がついた。
一気に自分の顔が逆上せるのがわかり、思わず布団に顔を隠す。
「チカ。」
そんな僕の努力は虚しく、布団は引き剥がされた。
「かわいい。」
僕には似合わない言葉。なのに、何故こんなに動揺するのか。
戸惑ってしまう。かわいいなんて僕には投げ掛けられない言葉を与えられたら、どう返せばいいのかわからなくなる。
そもそもかわいいなんて、セレナお姉さまにこそ似合うような言葉で、いや、美しいのほうがあってるのか?つまり、僕が言うようなことはあっても、言葉で僕が受けとるようなことは…。
「あなたの頭のなかってうるさいのねぇ。」
そう聞こえたと思ったら、僕の目の前はお姉さまでいっぱいになっていた。
絡みつくお姉さまの腕を振りほどくこともできない。
怖い。恐怖。…というより、相手の顔を見て真剣に思いを伝えるという高度な技は、一人でいることを選んできた僕には持ち合わせていなかったからだ。
だから正直に答えるほかない。
「お姉さま、に、顔を合わせずらくて。」
「なんですって…?」
お姉さまの声が震えている。
やっぱり怒っているんだ。当たり前だよな、死んでも行き先がわからなくてフラフラしてた僕をここに連れてきてくれたのに、それに感謝もせずに逃げたしたんだもんな。
息を吐いて意を決し、ちゃんと目を見て謝ろうと思い体をお姉さまのほうに向けたその瞬間。
グイッと胸ぐらを掴まれた。
と思ったら。
バァシーーーーーン!!!
(えぇ……)
右頬を平手打ちされた。
ビリビリと振動が遅れて伝わる。
「いくら怒ってるからって…!ぼっ、暴力反対!です!」
ヒリつくほっぺを押さえながら訴えた。ほんとはこんなこと言いたいんじゃない。でも、お姉さまの行動に理解が追いつかなくてつい口から出た。
「セレナお姉さま、でしょ!」
「そこ!??!?」
さらに理解が追つかない。お姉さまは何倍速で先に行くのか。
「他に何があるのよぉ。」
「何って…!」
勝手に飛び出したこと。
でもそれはお姉さまを拒絶したかったわけじゃないことを伝えたかった。
そして…。
「…ごめんなさい。」
謝りたかった。
「わかればよろしい。私にはちゃんとセレナって美しい名前があるんですからね。」
「そういうことじゃ、いや、それもそうなんですけど、僕が言いたいのは…。」
上手く言葉にできない。
こんなときにすぐに頭のなかを整理して伝えられない自分に腹が立つ。
言葉を探してなかなか喋り出すことができない僕を、お姉さまは抱きしめた。
きつく、優しく。
「わかってるわよぉ。……でも、少し堪えたわ。」
そっと、お姉さまに触れる。
いつしか触れた時とは違い、真夜中の雨に打たれていたみたいに身体が冷たい。
僕は、相手が自分を見てくれない気持ちを知ってる。あの虚しさをわかっているのにそんな思いをさせてしまったという現実を、この冷えきった肌から突きつけられた。
「お姉さま…。」
「セレナお姉さまよ、まったく…しょうがない子。」
この冷たい身体がこれ以上冷えて凍らないように、僕はそう思って抱きしめ返した。
僕にはありちゃんのような温かな抱擁はできないだろう。
でも、その冷たさを一緒に分かち合うことはできる。
「…僕の手をとってくれてありがとうございます。」
あのとき、嫌だと思ったらついてはこなかった。きっと、あなただからついてきたんだ。
「もう、勝手に離れちゃダメよ。」
その声はまっすぐに寂しかったのだと訴えかけるようだった。
暗闇のなか、この声と温度だけがお姉さまがここにいることを教えてくれる。
女神という僕とは違う存在であることを忘れさせ、ただ一人の女性であると思わせるように。
「…もう、暴力はダメですよ。」
「勝手に体が動いちゃうのよぉ。」
「離れちゃダメなら、一緒に治していかないとですね…。」
お姉さまは小さくうなずいた。
僕はもう、この女性に寂しい思いはさせたくない。
その日は、冷えた身体を暖めるように、でもお互いを冷まさないように、二人の指先と脚をほどけそうなくらい弱く絡めながら同じベッドで眠りについた。
夢を見た。
あの中庭の銀杏の木。根本のベンチにいるのは…、小さな子ども。
お皿を持っている。
僕はその子を誰か知っていた。
「ち…とせ…。」
…ん?なんか足に何か違和感が。
何かがぶつかっているような。
「チトセって誰よぉ?」
痛い。蹴っている。
明らかに足が蹴られている感覚。
目を擦ると、口を尖らせたお姉さまが僕の顔をじっと見ながら足を蹴っている。
「セレ、ナお姉さま…?暴力、めです…。」
昨日言ったばかりなのに。これは道のりが長そうだ。
寝起きで上手く喋ることができない僕を、お姉さまは相変わらず不服そうに睨んでくる。
部屋は微かに日が入り、明るくなっていた。
「だぁって、可愛いチカの寝顔を見てたら他のオンナの名前を呼ぶんだもの。」
他のオンナて。僕はあなたの何なんだ。
「妹よ。浮気性の。」
「うわき??」
身に覚えがないし、知らない。
「昨日、廊下で抱きしめてたの誤魔化す気?」
廊下…?
あ、あぁ、ありちゃんのことか?
あれは抱きしめてたというより、抱きつかれただろう。しかも、見ていたのか。
帰ってくるときは声がしなかったから見られてるとは思わなかった。
「怒りで何も言えなかったのよぉ…!!」
ギリリと歯ぎしりするのを見て、手と足が飛んでくる前にと慌てて弁解した。
「抱きつかれただけですし、抱きしめたのなんてお姉さまが初めてですよ!!」
言った瞬間、なんかとてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったことに気がついた。
一気に自分の顔が逆上せるのがわかり、思わず布団に顔を隠す。
「チカ。」
そんな僕の努力は虚しく、布団は引き剥がされた。
「かわいい。」
僕には似合わない言葉。なのに、何故こんなに動揺するのか。
戸惑ってしまう。かわいいなんて僕には投げ掛けられない言葉を与えられたら、どう返せばいいのかわからなくなる。
そもそもかわいいなんて、セレナお姉さまにこそ似合うような言葉で、いや、美しいのほうがあってるのか?つまり、僕が言うようなことはあっても、言葉で僕が受けとるようなことは…。
「あなたの頭のなかってうるさいのねぇ。」
そう聞こえたと思ったら、僕の目の前はお姉さまでいっぱいになっていた。
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