悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第三章 初めての課題

9.雨と涙とバラの花

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「なによぉ?」

「説明してくださいっ。」

僕は引かない。お姉さまの腕を掴んだまま、キッと睨んだ。

お姉さまは子どもをあやすように、腕を掴んでいる僕の手の上に、自分の手を重ねてこちらを見つめ返す。
お姉さまの余裕ぶった表情と、微かにあがる口角は、今朝の感触を唇に思い出させる。

(っ…!)

僕はまた顔が熱くなっていくのを感じた。
お姉さまの瞳は、逆に僕を捕らえて侵略してくる。

(惑わされるな…!)

僕は唇を噛み、正気を取り戻した。

「…っ!だから、アリア様が言っていた『見習い女神に昇級』ってどういうことなんですか!」

お姉さまは僕をコントロールできなかったことが意外、という風に驚いて目を見開く。そして、ため息をつきながら重ねていた手を離した。

「わかった。ちゃんと説明する。」

ゴクリ。僕はアッサリ降参したお姉さまと、その真剣な顔つきに思わず唾を飲み込んだ。


「チカも…というか他の妹たちも見習い女神と同様に、女神になる素質があるの。」

「素質?」

「そう、お姉さまである私達が見極めて、素質をありそうな子を妹にする。この学園は基本的に学生主体だし、あなたがいた世界にあったような入学試験というのは無いからね。直接スカウトするのよ。」

(僕はそれでここに…?)

お姉さまと妹、という関係は、ただの生徒のお付きのお手伝いというわけじゃなかったのか。


「学園から出される課題だけは、生徒だけじゃなく、お姉さまのお手伝いという立場である妹でも参加できるわ。この課題をいくつかクリアし、学園から生徒に相応しいと評価されれば妹から私達と同じ見習い女神に昇級できるのよ。」


あぁ、それがアリア様の言っていた昇級の意味か。
そうやってこの学園は続いてきたんだ。そういうシステムなんだ。


「…僕を、女神にするために連れてきたんですか?」

「まぁ、そう言えばそうなるわね。」

(…もしかして。)

「妹をつくった生徒に、セレナお姉さまに、メリットはあるんですか。」


ただ妹を連れてきて、未来の学園生徒にするために世話するなんて、そんなの身の回りの世話をしてもらえるだけで皆は引き受けるのか?
生徒に何かしらの特典がないと、お姉さま1人に妹1人という集会で見たあの光景はありえないんじゃないか?


「メリット?そうねぇ、あるわ。」

(やっぱり…。)

「妹をつくった下級生は、場合によっては早く上級生の昇級に近づくわね。妹の活躍も評価に含まれるから。」


僕の行動もお姉さまの評価に含まれる。
そういえば、お姉さまは前に妹が欲しかったと言っていた。

(…そりゃそうだよね。)

妹がいないより、いたほうが有利になるんだから。

僕は自分の手のひらを見た。
導いてくれると思って…、初めて差しのべられた手が嬉しくて、ここに来た。

騙されていたわけじゃない。
でも。扱き使われても、振り回されても、僕は純粋にお姉さまが困っている僕を見かねて連れてきてくれたと思っていた。

…お姉さまに救われたと勝手に思ってたんだ。


(僕は何勘違いしてたんだ…。)


込み上げてくる何かをお姉さまに気づかれたくなくて、無言で僕はその場から走り去った。



というものの、部屋には戻れないし、この学園の敷地も知らないまま適当に走り回ったら迷うのは前回で学習済み。

僕はとりあえず、講堂を出てすぐに目についた庭園のなかに行くことにした。

背の高い木が綺麗に四角く刈られている。その木は迷路のようになっていて、進んでいくと中央に白い屋根のついた休憩場所、東屋があった。人目につきたくない僕にはぴったりの場所だ。

(お姉さまは引き止める素振りも見せなかった…。)

ベンチに体育座りして顔を伏せる。
今の僕の姿も見えてるだろうが、耳元に声も聞こえてこないしわざわざ来る気もないのだろう。

逃げてきたのは僕だ。
でも、追いかけて来ないことにがっかりしてる。そしてそんな自分に嫌悪感が増す。
僕が誰かの特別な存在になるなんて期待していたからダメなんだ。


「勝手に期待して、裏切られたって落ち込んで、僕は死ぬ前から何にも変わってないや。」

ポツポツと葉に雨が落ちる音が鳴りはじめる。
僕は外に手を伸ばし、雫が落ちる感覚を感じ取った。

「はは、天界にも雨って降るんだ…。」



「ほんと、困りますよねっ。」

雨のなかから声がしたと思ったら、東屋に1人の女性が駆け込んできた。
パタパタとスカートを揺らして水滴を払っているが、柔らかな素材のワンピースにはどんどん雨が染みてまだら模様を描く。


「お邪魔したら、ごめんなさいっ。しばらく雨宿りしてもいいですか?」

肩につくくらいの短くふわふわとパーマがかった髪を揺らして、その女性は頭を下げた。

「えっ、あの、全然大丈夫ですよ。頭をあげてください。」

「わ、ありがとうございます。いきなり降ってきてビックリしてしまって。」

「本当ですね。」

優しげな笑顔の、なんだかほがらかな人だ。


「あの、もしかして泣いていました?」

「えっ。」

僕は目尻を指先で触れる。すると、瞳のなかに溜めていた涙が溢れだし流れ落ちそうになった。

「ごめんなさい、泣きそうな顔してたから…。」

「…。」

そんな顔に出てたのだろうか。僕はすぐに返事ができなかった。
女性はハンカチを差し出す素振りを見せたが、気まずくてすぐに僕は指先で涙をはらった。


「チカさん、ですよね。セレナの妹と集会で紹介されていた。」

「あ…、はい。」

「私はローズです。私も最近妹としてこの学園に来て。」

「ローズさんも、妹?」

「ええ。あ、妹同士ですし呼び捨てでいいですよ。」

「それじゃあ、ローズも敬語じゃなくていいよ。」

「ふふ、わかった。よろしくね、チカ。」


彼女の声も話し方もふんわりしていて安心する。
同じ妹という立場だからか、彼女が話しやすいからか、僕はなんだか親近感を覚えた。

「チカは、もしかしてお姉さまと何かあった?…あ、失礼なこと聞いちゃったかな。ごめんなさいっ。」

なんか低姿勢なひとだ。ペコペコと謝る彼女を静止するように僕は話し始めた。

「そう、お姉さまとちょっと…、いや僕が勝手に悩んでるだけなんだけど。」

「あ、やっぱり。私もお姉さまとのことでいつも悩んじゃうからそうかなって。」

「悩み仲間、だね。」

僕は苦笑いして言った。

「あ、チカ、無理して笑わなくていいんだよ。…よかったら、何があったか話してくれない?」

聞き役は得意です!と押しつけがましくはない。寄り添うようにそう聞いてきて、僕は今までのことをローズに話す気になった。
僕の気持ちを誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

「…というわけで、僕はぐちゃぐちゃ悩んで逃げてきたんだ。」

「そうだったの…。」

話してみて、自分のことについて一つ気がついたことがある。

僕は話してスッキリしたという気持ちになるより、改めて己のダメさが浮き彫りになって落ち込む気持ちのほうが圧倒的なんだ。
そしてそんな面倒くさい自分を自負して、さらに重い岩がのしかかるように項垂れてしまう。


「チカ、そんなに落ちまないで。あの、私は、セレナ様が自分だけのためにチカを妹にしたんじゃないと思う!」

「あぁ…、気を使わなくていいよ。お姉さまは自分勝手なひとだし。」

「気を使ってなんか。ほんとにそう思うから…。」


お姉さまは僕のことを考えてここに連れてきたんじゃないだろう。行き先を考えればいいって言ったのも、妹欲しさじゃないのか。


「ローズは、どうしてそう思うの?」


僕は疑心暗鬼になっていた。
慰めるために優しい嘘を言ってるだけなのだと、初対面の僕に親身に接してくれてるローズの言葉さえ疑ってしまう。


「だって、セレナ様の目…いつも以上に怖かったもの…!!」



(…はい?)

「まるで、誰にもチカさんは渡さない、手出ししたら覚悟しろみたいな目で!!」



(……はい???)

「ローズ?それはきっと気のせいだよ?」

「気のせいなんかじゃありませんっ!」


何故か叱られてしまった。
さっきまで朗らかに話していたのに、急にローズのエンジンがかかったようだ。

「あの、アリア様とセレナ様の睨み合い…!私はひやひやしたんだから!」

「え?見間違いじゃ…。」

「アリア様にお手つきにされるのが嫌!っていうのセレナ様、丸わかりだったもん!」

(もん…。)


いや、お手つきってなんだ。ないないない。絶対にない。ローズは何か変な誤解をしてる。


「セレナ様はチカのこと大好きっていうのが一目瞭然でしたもん。自分のために利用しようだなんて絶対に思ってません!」

また叱られてしまった。
興奮するとお母さん口調になるのかな。

(…ん?ローズは今なんか変なこといってなかったか?)



「…いや、お姉さまが僕のことなんだって?」

「大好き。」


…大好き????
頭のなかがクエスチョンマークで埋め尽くされる。


「え、僕はお姉さまと会ってからたぶん…1週間も経ってませんよ?大好きはありえな」

「まあ!!セレナ様の一目惚れってことですかっ!?」

被せて全く間違った方向のことを言われてしまった。
ローズ、見かけによらず押しが強すぎる…。


「チカ!セレナ様と一度話すべきだよ!」

「ええ…。」

「チカが思ってること、私に話してくれたこと全部、きっとセレナ様はきちんと受け止めてくれます!」

(まあ、それはそうかもしれないけど…。)

悩んでウジウジしてる僕に痺れを切らし、ローズは立ち上がり僕の方を向いた。

「ローズ?」

「チカが信じてくれないなら…。」


なんだか顔が赤い。それに震えている。
もしかしてウジウジしすぎな僕についにキレた…?話聞いてもらってるのに、僕は否定的な態度とっちゃったし…。

「あ、あの、ローズ?とりあえず座って…。」


「…ごめんなさいっ。」


彼女は震える手で僕を引き寄せた。
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