悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

文字の大きさ
14 / 41
第三章 初めての課題

13.月光

しおりを挟む
思い出せない。
両親の顔も…妹の顔まで。

アリア様の部屋で話したときはすぐに頭に浮かべることができたのに。


なんとか思い出そうとしても、ズキズキとこめかみが痛くなるだけ。僕はいきなり襲う頭痛に顔を歪めた。


「これはどういう…。僕もここの住人と同じで記憶をなくしてるんですか?」

「チカはかなり覚えてるほうだわ。窓口で会ったときも死ぬ直前のことを説明できていたし。」

「…ということは、通常は忘れる。」

「そう。もう行き先を選別する時点で生前の記憶はほとんど忘れているのよ。」

「どうしてなんでしょう?」

「さぁ…、たぶんこの箱庭天界を維持するのに必要なんじゃないかしらぁ。神のみぞしる、だけど。」


お姉さまも神では…。

まぁそれは置いておいて、思ったよりも家族の顔が思い出せないことにショックを受けていない自分に驚いた。体に痛みはでたが、心には感じない。

(僕もここの住人になってきてるってことなのか。)


「チカ、見てて。」

お姉さまはちょいちょいと店員さんを手招きする。


「あら、追加のご注文ですか?」


「ええ。あなたの話をお願い。」


そう言って、ふっと息を吐いた。

その瞬間、昼間だというのに辺りは真っ暗になった。

僕たちは店の中にいたはずなのに、今では海の波が漂い空には月が浮かぶ、そんな場所にいる。


「…!?お姉さま?」

お姉さまは口元に人差し指を立てて、僕の沈黙を促した。

「ねぇ、あなたは何のお仕事をしていたの?」

「し…ごと?私は…。」

店員の女性は目が曇り、夢現ゆめうつつの状態の様子だ。
ゆらゆらと揺らめく波をしばらく眺めてから、すっと腕をあげて指を動かし始めた。


「ピアノ…を子供たちに教えていました。楽しかったなぁ…。上手くなっていくのを見るのも、ただ弾くのが楽しくて笑顔になっているのを見るのも。
私には宝物で生き甲斐だった…。」


女性は目を閉じたまま、愛しいものに触れるように語る。


(大切な思い出なんだな…。)


何処からかピアノの音が聞こえてくる。美しいけれどどこか寂しげな音色。
この景色にとても合って、つい聴きいってしまう。

次第にテンポアップしていく音色は波のように押し寄せる。


「月光…。」


僕はポツリと呟いた。

とたんに波に飲み込まれ、海と月は消え去り、またあのガヤガヤと賑わう軽食屋に引き戻されてしまった。
まるで少しの間、幻想でも見せられていたかのように。


「……あら?あ、追加のご注文でしたっけ。」

店員の女性はぼんやりしているが、特に他は変わった様子もなく接客してくる。

さっきのことを覚えていないのか。
あれもお姉さまの力…?


「ええ、ありがとう。食後に紅茶でもと思って。チカは?」

「あ、じゃあ僕も同じものを。」


ふわふわと湯の中で舞う葉がいい香りを出し鼻をくすぐる。
紅茶が出るのを待つ間、お姉さまにさっきのことを聞いてみることにした。

「先程の…あの世界みたいなのは女神は作れるんですか?」

「いいえ、あれは私の特技よぉ。みんなそれぞれやり方は違うわ。司るものによって使える力も変わるもの。」

「司るもの、ですか。だとしたらお姉さまは…海?」


深い海の色の瞳。制服に入ったネイビーのライン。…あと肉より魚派の和食好き。最後はこじづけだが、なんとなくお姉さまには海が似合うと思った。


「半分正解。私は海と月を司る女神。 まだ修行中だけどね。」


海と月。お姉さまにぴったりだ。
心が読めたり、ある程度の範囲なら僕がどこへ行ってもお姉さまの目には見えているのも、その司るものの力が関係しているからか。


(…あ、来たばかりのとき部屋が薄暗かったのは、明るいより暗いほうが、昼より夜のほうが落ち着くから?月って夜に出るものだし。)

「月は昼間も見えるわよ?」

「あ、確かに。」


「ただ、部屋が明るいのに慣れてなかっただけよ。今はチカが強制的にカーテンを開けるから慣れてしまったけれど。」


お姉さまはくすっと笑ってコップに紅茶を注ぎ入れた。


「それにしてもあの店員さん、生前は生き甲斐もあって充実してたのに、なんで自殺なんてしたんでしょう。」

(話を聞いた限りでは、自殺してここに来ることなんてなさそうだったのに。)


「チカ。探究心が強いのはあなたの良いところだけど、それは私達が踏み込んでいいものではないわ。」


お姉さまは優しくも鋭くささるように言う。
僕は何も言えなくなった。
逆の立場なら、個人的なことを好奇心であれこれ探られたくはない。


「そう、でした。ごめんなさい。」

「いいの、わかれば。上級生は過去の記憶をひとつ聞き出すことって言ってたし、私達のやることはこれ以上なにもないのよぉ。」


彼女は生前ピアノを教えていた。
僕たちが知るのはそれだけでいいのだ。

苦しめず、自然に、気がつかれず、お姉さまは聞き出せたのだからそれでいい。


「あ、お姉さま、あんな力が使えるなら、僕にもその方法で聞けば僕の頭痛はしなかったんじゃないですか?」

「えぇー。体験しないと苦しみがどんな感じかわからないでしょぉ。」

「まぁ、それは…。」

「でしょ?チカのしかめっ面も見れたし、一石二鳥!」


なにが一石二鳥なんだか。
またお姉さまに遊ばれてしまったようで悔しくなる。

「次は僕がしかめっ面させますから!」

「あらぁ、勉強だと思って教えてあげたのに怖い妹だわ。」



(どの口が言う!)

なんて口が滑らないように、紅茶を一気に飲み干した。



「んーっ、食べた食べた。時間も余ったことだし、せっかく街に来たんだから買い物でもしましょうよ。」

店を出て、背伸びしながらお姉さまは言う。

「えぇ…。今も授業中だと思うんですけど。」

「一緒にごはん食べときながら何言ってるのよ!さぁ、行くわよ!」

(共犯にされてた!?)


そして、散々買い物に引っ張り回され、日が傾き始める頃には僕の両手はお姉さまが買った服やら靴やらでいっぱいになっていた。


「セレナ…??これはどういうことですか???」


こんな状態で集合場所に行けば、上級生に睨まれるのは当然である。
周りの生徒たちも引いていて誰も話しかけてこない。

「土産のひとつやふたついいじゃないのよぉ。」

「ええ。ひとつやふたつなら、ね。あなたはそれどころの量じゃないじゃないですかっ!!!」


ピシャーン…!!
雷が落ちた。怯えてる僕たちをよそに、お姉さまはなんともない様子だ。


「ちゃんと言われたことはこなしたわぁ。私以外に、過去の話を持ち帰ってこれた生徒はいて?」

手がパラパラと挙がる。お姉さまは驚いて顔が赤くなった。

「うっ…。でも最短で聞き出せたのは私よ!」

「そうでしょうねぇ。大量に買い物する余裕があるくらい優秀ですものね…。
セレナ!後で生徒会室に来なさい!!」


(あー…。)

お姉さまはその優秀さを自覚した傲慢な性格ゆえに、ナチュラルに火に油を注いでしまうんだな。
下級生でいるのが不思議だと思うくらいの力を持っているのに、上級生ではない理由がわかった気がした。


「っふー。」

大量の服を一人で部屋まで運ぶのは想像以上に腰がおれる。
学生寮は学園のすぐ隣なのに、門の正反対に位置するためものすごく遠く感じる。


ドンッ。

何かにぶつかって僕はバランスを崩し、服や靴を落としてしまった。

(わっ、やば…!)

急いで拾おうとするが、まだ手にたくさん持っていて上手くしゃがめない。


「ごめんなさい。大丈夫だったかい?」

「え?」


ぶつかったのはひとだった。薄いブラウンのベストを身につけたスーツ姿の男性が、謝りながら落ちたものを拾って僕の手に乗せてくれた。


「汚れてはないみたいだけど…。すまなかったね。」


伏せ目がちになるその男性は、見た目的には30代くらいに見える。
でも声はもっと落ち着いていて、大人な雰囲気をかもし出していた。


「…どうかした?どこか痛むのかい?」


(あっ、見すぎてたかも。)

「いいえ、大丈夫です。こちらこそぶつかってしまってごめんなさい。
この学園で男性の方を見かけるのは初めてだったので。」

「あぁ、そうだね。女子校だからね。」


そうだ。ここは女子校。
ということは、この人は教師か、もしくは…。

「あっ、私は怪しいものではないよ。」

僕の怪しむ目線に気がつき、男性は弁解をした。


「私はルイ。この学園の創立者なんだ。」

「えっ!?創立者…?」

「ふふ、そうだよ。ここの校長でもある。」


こんな若い人が意外。
いや、天界だから歳を重ねなくても不思議はない。


「それは失礼しました。」

「いや、滅多に人前に出ないし、学園に肖像画も飾ってないからわからなくて当然だよ。」


確かに学園にはちらほら肖像画が飾ってあるが、この人を見たことはない。
創立者なのに人前に出たがらないのは、何か理由でもあるのか?


(…やめよう。お姉さまに個人的なことに踏み込みすぎるなって釘をさされたばかりだ。)


「…君は無口だね。」

「あ、ごめんなさい。色々考えてしまって…僕の癖みたいです。」

「いいんだよ。正反対だなぁと思ってね。
じゃあ、私は行くところがあるから。」


校長先生は講堂のほうへ歩いて行った。

僕は大量のお姉さまの買い物を部屋に運びながら、さっきの会話を思い返していた。




(そういえば、校長先生は誰と比べて『正反対』って言ったんだろう。)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...