悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第三章 初めての課題

13.月光

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思い出せない。
両親の顔も…妹の顔まで。

アリア様の部屋で話したときはすぐに頭に浮かべることができたのに。


なんとか思い出そうとしても、ズキズキとこめかみが痛くなるだけ。僕はいきなり襲う頭痛に顔を歪めた。


「これはどういう…。僕もここの住人と同じで記憶をなくしてるんですか?」

「チカはかなり覚えてるほうだわ。窓口で会ったときも死ぬ直前のことを説明できていたし。」

「…ということは、通常は忘れる。」

「そう。もう行き先を選別する時点で生前の記憶はほとんど忘れているのよ。」

「どうしてなんでしょう?」

「さぁ…、たぶんこの箱庭天界を維持するのに必要なんじゃないかしらぁ。神のみぞしる、だけど。」


お姉さまも神では…。

まぁそれは置いておいて、思ったよりも家族の顔が思い出せないことにショックを受けていない自分に驚いた。体に痛みはでたが、心には感じない。

(僕もここの住人になってきてるってことなのか。)


「チカ、見てて。」

お姉さまはちょいちょいと店員さんを手招きする。


「あら、追加のご注文ですか?」


「ええ。あなたの話をお願い。」


そう言って、ふっと息を吐いた。

その瞬間、昼間だというのに辺りは真っ暗になった。

僕たちは店の中にいたはずなのに、今では海の波が漂い空には月が浮かぶ、そんな場所にいる。


「…!?お姉さま?」

お姉さまは口元に人差し指を立てて、僕の沈黙を促した。

「ねぇ、あなたは何のお仕事をしていたの?」

「し…ごと?私は…。」

店員の女性は目が曇り、夢現ゆめうつつの状態の様子だ。
ゆらゆらと揺らめく波をしばらく眺めてから、すっと腕をあげて指を動かし始めた。


「ピアノ…を子供たちに教えていました。楽しかったなぁ…。上手くなっていくのを見るのも、ただ弾くのが楽しくて笑顔になっているのを見るのも。
私には宝物で生き甲斐だった…。」


女性は目を閉じたまま、愛しいものに触れるように語る。


(大切な思い出なんだな…。)


何処からかピアノの音が聞こえてくる。美しいけれどどこか寂しげな音色。
この景色にとても合って、つい聴きいってしまう。

次第にテンポアップしていく音色は波のように押し寄せる。


「月光…。」


僕はポツリと呟いた。

とたんに波に飲み込まれ、海と月は消え去り、またあのガヤガヤと賑わう軽食屋に引き戻されてしまった。
まるで少しの間、幻想でも見せられていたかのように。


「……あら?あ、追加のご注文でしたっけ。」

店員の女性はぼんやりしているが、特に他は変わった様子もなく接客してくる。

さっきのことを覚えていないのか。
あれもお姉さまの力…?


「ええ、ありがとう。食後に紅茶でもと思って。チカは?」

「あ、じゃあ僕も同じものを。」


ふわふわと湯の中で舞う葉がいい香りを出し鼻をくすぐる。
紅茶が出るのを待つ間、お姉さまにさっきのことを聞いてみることにした。

「先程の…あの世界みたいなのは女神は作れるんですか?」

「いいえ、あれは私の特技よぉ。みんなそれぞれやり方は違うわ。司るものによって使える力も変わるもの。」

「司るもの、ですか。だとしたらお姉さまは…海?」


深い海の色の瞳。制服に入ったネイビーのライン。…あと肉より魚派の和食好き。最後はこじづけだが、なんとなくお姉さまには海が似合うと思った。


「半分正解。私は海と月を司る女神。 まだ修行中だけどね。」


海と月。お姉さまにぴったりだ。
心が読めたり、ある程度の範囲なら僕がどこへ行ってもお姉さまの目には見えているのも、その司るものの力が関係しているからか。


(…あ、来たばかりのとき部屋が薄暗かったのは、明るいより暗いほうが、昼より夜のほうが落ち着くから?月って夜に出るものだし。)

「月は昼間も見えるわよ?」

「あ、確かに。」


「ただ、部屋が明るいのに慣れてなかっただけよ。今はチカが強制的にカーテンを開けるから慣れてしまったけれど。」


お姉さまはくすっと笑ってコップに紅茶を注ぎ入れた。


「それにしてもあの店員さん、生前は生き甲斐もあって充実してたのに、なんで自殺なんてしたんでしょう。」

(話を聞いた限りでは、自殺してここに来ることなんてなさそうだったのに。)


「チカ。探究心が強いのはあなたの良いところだけど、それは私達が踏み込んでいいものではないわ。」


お姉さまは優しくも鋭くささるように言う。
僕は何も言えなくなった。
逆の立場なら、個人的なことを好奇心であれこれ探られたくはない。


「そう、でした。ごめんなさい。」

「いいの、わかれば。上級生は過去の記憶をひとつ聞き出すことって言ってたし、私達のやることはこれ以上なにもないのよぉ。」


彼女は生前ピアノを教えていた。
僕たちが知るのはそれだけでいいのだ。

苦しめず、自然に、気がつかれず、お姉さまは聞き出せたのだからそれでいい。


「あ、お姉さま、あんな力が使えるなら、僕にもその方法で聞けば僕の頭痛はしなかったんじゃないですか?」

「えぇー。体験しないと苦しみがどんな感じかわからないでしょぉ。」

「まぁ、それは…。」

「でしょ?チカのしかめっ面も見れたし、一石二鳥!」


なにが一石二鳥なんだか。
またお姉さまに遊ばれてしまったようで悔しくなる。

「次は僕がしかめっ面させますから!」

「あらぁ、勉強だと思って教えてあげたのに怖い妹だわ。」



(どの口が言う!)

なんて口が滑らないように、紅茶を一気に飲み干した。



「んーっ、食べた食べた。時間も余ったことだし、せっかく街に来たんだから買い物でもしましょうよ。」

店を出て、背伸びしながらお姉さまは言う。

「えぇ…。今も授業中だと思うんですけど。」

「一緒にごはん食べときながら何言ってるのよ!さぁ、行くわよ!」

(共犯にされてた!?)


そして、散々買い物に引っ張り回され、日が傾き始める頃には僕の両手はお姉さまが買った服やら靴やらでいっぱいになっていた。


「セレナ…??これはどういうことですか???」


こんな状態で集合場所に行けば、上級生に睨まれるのは当然である。
周りの生徒たちも引いていて誰も話しかけてこない。

「土産のひとつやふたついいじゃないのよぉ。」

「ええ。ひとつやふたつなら、ね。あなたはそれどころの量じゃないじゃないですかっ!!!」


ピシャーン…!!
雷が落ちた。怯えてる僕たちをよそに、お姉さまはなんともない様子だ。


「ちゃんと言われたことはこなしたわぁ。私以外に、過去の話を持ち帰ってこれた生徒はいて?」

手がパラパラと挙がる。お姉さまは驚いて顔が赤くなった。

「うっ…。でも最短で聞き出せたのは私よ!」

「そうでしょうねぇ。大量に買い物する余裕があるくらい優秀ですものね…。
セレナ!後で生徒会室に来なさい!!」


(あー…。)

お姉さまはその優秀さを自覚した傲慢な性格ゆえに、ナチュラルに火に油を注いでしまうんだな。
下級生でいるのが不思議だと思うくらいの力を持っているのに、上級生ではない理由がわかった気がした。


「っふー。」

大量の服を一人で部屋まで運ぶのは想像以上に腰がおれる。
学生寮は学園のすぐ隣なのに、門の正反対に位置するためものすごく遠く感じる。


ドンッ。

何かにぶつかって僕はバランスを崩し、服や靴を落としてしまった。

(わっ、やば…!)

急いで拾おうとするが、まだ手にたくさん持っていて上手くしゃがめない。


「ごめんなさい。大丈夫だったかい?」

「え?」


ぶつかったのはひとだった。薄いブラウンのベストを身につけたスーツ姿の男性が、謝りながら落ちたものを拾って僕の手に乗せてくれた。


「汚れてはないみたいだけど…。すまなかったね。」


伏せ目がちになるその男性は、見た目的には30代くらいに見える。
でも声はもっと落ち着いていて、大人な雰囲気をかもし出していた。


「…どうかした?どこか痛むのかい?」


(あっ、見すぎてたかも。)

「いいえ、大丈夫です。こちらこそぶつかってしまってごめんなさい。
この学園で男性の方を見かけるのは初めてだったので。」

「あぁ、そうだね。女子校だからね。」


そうだ。ここは女子校。
ということは、この人は教師か、もしくは…。

「あっ、私は怪しいものではないよ。」

僕の怪しむ目線に気がつき、男性は弁解をした。


「私はルイ。この学園の創立者なんだ。」

「えっ!?創立者…?」

「ふふ、そうだよ。ここの校長でもある。」


こんな若い人が意外。
いや、天界だから歳を重ねなくても不思議はない。


「それは失礼しました。」

「いや、滅多に人前に出ないし、学園に肖像画も飾ってないからわからなくて当然だよ。」


確かに学園にはちらほら肖像画が飾ってあるが、この人を見たことはない。
創立者なのに人前に出たがらないのは、何か理由でもあるのか?


(…やめよう。お姉さまに個人的なことに踏み込みすぎるなって釘をさされたばかりだ。)


「…君は無口だね。」

「あ、ごめんなさい。色々考えてしまって…僕の癖みたいです。」

「いいんだよ。正反対だなぁと思ってね。
じゃあ、私は行くところがあるから。」


校長先生は講堂のほうへ歩いて行った。

僕は大量のお姉さまの買い物を部屋に運びながら、さっきの会話を思い返していた。




(そういえば、校長先生は誰と比べて『正反対』って言ったんだろう。)
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