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第四章 答え合わせ

18.未経験の気持ち

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「買い物好きのお姉さま…?あの服が僕のものではないとわかってたんですか?」


「あんなに買い物する生徒はこの学園に1人だけだし、最近彼女が妹を持ったと聞いたからね。」

「なるほど…。」

(お姉さまはそんな有名人なのか。)


「今日は早めの昼食をとろうと思ってね、久しぶりに食堂に来てみたんだよ。君は?」

「お姉さまに用事ができて時間ができたので軽食でもと。ここ、初めて来ました。」

「そうなんだ。いつも部屋で?」

「はい、お姉さまの希望で。校長先生も?」


確か以前会ったときに、あまり人前にでないと言っていた。
今日は気が向いたのかな。


「まあね。最近どうも昔を思い出して…。こうして歩き回ってるんだよ。生徒たちの目が気になるけどね。」

「若い男性は珍しいですからね。男の先生はおじいちゃん1人だけですし。」

「ははっ、君のほうがよっぽど若いじゃないか。」

(そうかなぁ…年齢的にはそうかもしれないけど、見た目は校長先生も十分若いのに。)

「また何か考えているね?これのことかな。」


校長先生は小指のリボンを指差した。

(違うけど、そういうことにしておくか。校長先生なら何か知ってるかもしれないし。)


「そうです。この課題、あと一歩のところなんですが、何が足りないのかわからなくて。」

「課題は基本的に教師達が決めてるからなぁ。」

「そうですよね…。」

「授業の課題は、だけど。
こういう特別な課題は、生徒会の発案を元に僕が考えてるんだよ。」

「え…!それは本当ですか!」


僕は目を見開き、自然と前のめりになった。校長先生が出したなら、今ここでヒントを得られるかもしれない。


「ああ。私にできるのは頑張ってっていう応援だけだけどね。」


僕の見開いてた目に瞼が落ちてくる。
つまり、校長はヒントを与える気はないのだ。

(そりゃ僕だけに教えちゃったら不公平だもんね。)


「見るからにガッカリするねぇ。」

「あっ、すみません。」

「君なら私の出した解答の答えに、自力で辿り着けるから大丈夫だよ。」

(えっ?)

「どうしてそんなことわかるんですか?」


このひともお姉さまみたいに何か能力を持っているのか、それとも校長ともあれば未来も予想できる力があったりするのか。


「それはね、私たちは同志だからさ。」


校長先生は微笑みながら、サンドイッチとロールパン、メロンパンが乗った僕のお皿を見る。


「…意外と、お茶目な方なんですね。」

「それは初めて言われたなぁ。」


彼のお皿の上にはベーコンエピとクロワッサンが乗っていた。


「チカー!チカ!」

馴染みのある声がした。僕のもとにお姉さまが駆け寄ってくる。


「こんなところにいたのね。お姉さまをおいて先に昼食なんてずるいじゃないの。」

「待ってる間にお腹が空いてしまって。大丈夫でしたか?」

「なんだかすごく怒られたけど大丈夫だったわ。あの先生とは付き合い長いもの。生徒会にも報告はしないって言ってたし。


(生徒会に報告?学生主体の学園ならではだな。)


「君は相変わらずだね。」


お姉さまは校長先生を見て、ぱっと顔が明るくなった。


「あら!?ルイじゃない!引きこもってないなんて珍しいわね!」

「君に言われたくないなぁ。昔はこもり姫って先生達の間で言われるくらいだったのに。」


…?……??)


「お姉さま、校長先生とお知り合いだったんですね。」

「ええ。このおじさんとは古い友達なのよぉ。」

「おじさんはやめてくれよ。さすがに傷つく…。」


 こんなにも誰かに偉そうにしないで、親しげに話しているお姉さまを初めて見る。

…チクリ
前に感じたことのあるような痛みが胸に感じた。


「私も何かごはん食べようっと。」

「また和食かい?パンも味噌汁に合うんだよ。」

「パン狂は黙ってなさい。チカの作る料理も主食はパンばかりだし飽き飽きなのよ。」


お姉さまは配膳のカウンターに駆けていった。

チクリ、チクリ。
針で繰り返し刺されるように僕の胸の痛みは増していく。


「あれ、どこか行くのかい?」

「具合が悪いみたいなので部屋に戻ります。申し訳ありませんが、お姉さまに伝えてもらえますか?」

「もちろんいいけど、大丈夫なの?」

「はい。失礼します。」


部屋に戻っても胸の痛みは消えない。
これは本格的に病気なのか。天界でも病気とかあるのかな。
ソファにうずくまってからしばらくして、お姉さまが部屋に来た。


「ルイから具合悪くなって部屋に戻っていったって聞いたけど大丈夫?」

「わかりません。原因不明の胸の痛みがして…。」

「ええ!?」

「あの、チクってする程度でそんな大袈裟なものじゃないので…。」

「何を言ってるのよ!心配だわ。」

「いや、本当に…。もう収まりました。」


お姉さまは怪訝な顔をしているが、本当に収まった。さっきの痛みはなんだったんだろう。


「よくあるの?」

「いえ、以前に一度あっただけです。」

「それはいつ?」

「中庭でローズと会ったとき…。」

「あ"?」

(怖っ!)


ローズの名前はお姉さまにとって禁句なのか、恐ろしく怖い顔をしている。これを見ても、あんなに飄々ひょうひょうしていられたローズは尊敬に値するレベルだ。


「小娘のときと、胸の痛みに何の関係あるのよぉ???」

(そんな怖い顔で詰め寄らないでほしい…。)


美しい顔だと怒ると迫力が何倍にも増して見える。
夢に出てきそうなくらいだ。


「ローズとの…いや、中庭での時は、顔を寄せられた時に、お姉さまの顔が浮かんだんです。」

「なんで私が出てくるのぉ?」

「わからないですけど、それで罪悪感というか、そんな感じで胸が痛くなったのかもしれません。」

「罪悪感ねぇ。キスしたら当然よねぇ。」

「え?してませんよ。顔を近くに寄せられただけです。お姉さま意外とあんなに近くなったことないから、罪悪感が沸いたのかも。」

「……してないの?」

「以前も申し上げましたが何もなかったですから。」


お姉さまは大きなため息をついて、ドサッと隣に腰掛けた。


「人騒がせねぇ。…だったら今回は何が原因なのよ。」

「うーん…よくわからなくて。」

「私を待ってる間もずっと痛かったの?」

「いや、食堂に来て校長先生と話してる時までは普通でした。お姉さまが来てから急に…お姉さま?」


衝撃を受けた顔をしている。そして顔を手で覆った。

「ショックだわ…私無意識に手が出てたのかしら…。」

「全然そんなことありませんでしたし、あってもきっと校長先生が止めますから。」

「そうよね。ルイが止めるわよね。」


チクリ
(ーーっ!)

「また、胸の痛みがしました。今お姉さまが校長先生の名前を呼んだ瞬間。」

「えっ?ルイのこと?」


チクチク

「…やめてください。名前を呼ぶの。痛いんです。」

「……もしかして、私とルイが一緒にいるところを見て胸が痛くなったの?」

「はい。きっと。」


またお姉さまは大きなため息をつく。
そして困ったような顔で笑った。


「それ、嫉妬よ。チカは嫉妬しているの。」

「…嫉妬?僕が?お姉さまと校長先生に?」

「ほんと、鈍感なのねぇ。」

「……こんな気持ち初めてですから。…って、笑わないでくださいっ。」


嫉妬ってこんな気持ちになることを生まれて初めて知った。本当に、お姉さまといると未経験のことばかり巻き起こって息つく暇もない。


「嫉妬するチカ、可愛いわ。」

「可愛くありません。恋ってドキドキしたり痛くなったり、こんなに面倒なものなんですね。」

「その恋はどっちの意味なのかしら?」


「えっ?」


どっちの意味というのは、絆か、恋愛かってこと?
僕たちは姉妹だから絆ってことじゃないのかな…?


(待てよ、お姉さまは課題の意味について、恋愛も間違いではないみたいなこと言ってたっけ…。)


「チカ、あなたの恋はどっちなの?」

顎を指先であげられて、僕とお姉さまは見つめあった。


「それは…」
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