悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第五章 星空のステップ

25.ふたり、星空のなかで

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ホールに入ると、着飾ったたくさんの生徒達で溢れかえっていた。


壇上の上ではアリア様が妹のリョーコ様と何かを話している。
表情がどこか柔らかいように見えた。


(あ…。今、リョーコ様笑った?)


目を擦ると、やっぱり見間違いだったようで、リョーコ様はいつものキリッとした顔をしている。
アリア様は手にしているグラスを、反対の手に持つスプーンで鳴らした。


「みんなー、準備ありがとうっ!今年も美味しそうな手料理がいっぱいだね。きっと地域の方に喜んでもらえるよ!
今日は存分にダンスを楽しんでね~!…あと、頑張って!」


(ん?頑張ってって何を?)


ホールの扉が開けられた。僕たちと同じように綺麗に着飾った地元の人々が徐々に入ってくる。
イヴ女神育成学園のダンスパーティーの開催だ。


(お姉さまどこだろう?)


僕は人々に料理を取り分けながら、ホールをキョロキョロと見渡した。
あんな目立つ髪をしてるから、いれば絶対にすぐ気がつくはずなのだが。

しばらくたっても見つからなかったので、ローズが持ってきたグラタンをつつきながら暇を潰すことにした。
グラタンを頬張っていると、急に誰かから声をかけられた。


「お嬢さん、ダンスのお相手を願えますか?」


声の主は、いつの間にか隣に来た黒い燕尾服を着こなす紳士だった。白い手袋をはめた手をこちらに向けている。


「いや、僕は待ってる人がいるので。」


顔も見ずに断るのは失礼かもしれないが、僕はお姉さまを探すのに夢中だった。
それに、あのひとでなければ手をとる気分にならないのだ。


(ダンスなら他の生徒を誘えばいいのに、なんで僕を…。)


ため息をついてすぐ、さっきの紳士に妙な引っ掛かりを感じた。


(なんでを誘った?しかも僕のこと、お嬢さんって…。)


「ーー!」


顔をあげると隣にいた紳士はもういない。
立ち去ろうとする姿を見かけ、僕は咄嗟に呼び止めた。


「待って!」


紳士は立ち止まり、ゆっくりと振り向く。
黒いリボンでひとつにまとめた、銀色に輝く長い髪を揺らしながら。


「なんでしょう?」


「ダンスの相手、引き受けます。お姉さま。」


紳士服を着こなすその女神様は、優しく微笑んだ。


中央で踊るみんなのなかに、手を繋いで入ってゆく。
僕たちは向き合って、そして流れるように曲に乗って動き出した。

僕たちを見る生徒たちのざわめきも、お姉さまを目の前にした僕の耳には届かない。


「お姉さまを驚かせようと思ってましたが…、同じことを考えてたみたいですね。」


白いイブニングコート。総柄の金の刺繍模様が入ったベスト。白を基調にまとめられた上下にターコイズブルーのスカーフが良い差し色だったが、無くても十分かっこいいだろう。

この衣装を店でみた瞬間、一目惚れした。初めて自分から着たいと思った服だった。


「驚いたわよ?こんな可愛い紳士がいるとは思わなかったもの。」

「僕も、こんな美しい紳士がいるとは思いませんでした。」


漆黒のスーツに銀色の髪がよく映えている。
背の高さも相まって、今のお姉さまはこのなかの誰よりもかっこよく見えた。


壇上の上ではアリア様とリョーコ様が優雅にパーティーの様子を眺めている。


(…結局、リョーコ様に渡しそびれちゃったなぁ。)



「ふふっ。せれちゃんとちーちゃんは面白いことするね~。似た者姉妹ってことかな。」

「…少なくとも、妹のチカは姉よりしっかりしてるようですけど。」

「あれ?りょーちゃんがそんなこと言うの珍しいね。」

「ただの気まぐれです。」



演奏のテンポはあがり、会場はさらに盛り上がる。メガイラ様とローズが楽しんで踊っている姿も見えた。

メガイラ様が着ているドレスは、仕立て屋で見たときから大幅にリメイクされていた。赤を基調としたオフショルダーのデザインに、シルバーの輝く布が合わせられ大人っぽさと華やかさを足している。


(さすがおじさん…。職人だね。)


音楽はスローになったり、盛り上がったりを繰り返して、僕が躍り疲れてへたった頃には夜空に星が瞬いていた。
アリア様姉妹が持ち寄ったと思われるお手製いちごみるくを、乾いた喉に一気に流し込む。


「ねぇ、チカ?抜け出さない?」

「どこにですか?」


そう聞くと、お姉さまは僕の手を引っ張ってバルコニーへ連れていった。


(わぁ…!)


目の前には星空が広がっている。
バルコニーには僕とお姉さまの二人きりで、ホールの騒がしさとは正反対な場所だ。
まるで貸し切りのプラネタリウムのよう。


「ちょうど休憩したいと思っていたところでした。ありがとうございます。」

「そうよねぇ。いくら学園の資金集めだからって、朝から夜まで動いてちゃバテちゃうわよぉ。」


「学園の、資金集め?」

「あら?知らなかったのぉ?ダンスパーティーは学園と地域の交流という建前に、金持ち貴族から寄付を募るためにやってるのよ?」

「…なるほど。」

(だからアリア様は『頑張って』って言ってたんだ。)


天界なのに、資金集めだの貴族だのもあるなんで下世話な話すぎる。
天界は神の箱庭ならば、神はこんなこと見逃していいのか?いや、逆に天界でも人間の生活そっくりになる様を面白がっているのか。


(本当に、神のみぞ知る。)


「またなんかごちゃごちゃ考えてるわねぇ?
そうだ、練習の成果見せてみなさいよ。」


お姉さまは僕の手をとって、いきなりくるっと回した。
僕は今まったく別のこと考えてて集中してなかったのに、初めてつまずけずに回れた。

肩の力が程よく抜けていたからだろうか。


「できるじゃない!」

「先生が良いからですよ。」

「それは当たり前よぉ!」


僕達は顔を見合せて笑った。

お姉さまは片方の手袋を取り、僕の頬を優しく撫でた。


「どうしたんですか?」

「直接、チカに触れたくて。」


指先から感じるのは愛しい温度。

ホールから聞こえてくる演奏のゆったりとした曲調に合わせ、お姉さまに寄りかかり身を任せた。


「傍観者じゃないのも、悪くないですね。」

「ふふっ、天邪鬼あまのじゃく。」


僕の頭に小さなキスが落とされた。


目を閉じても、満天の星空がお姉さまと僕を包み込んでいるのがわかる。


永遠に刻む時のようなのに、ものすごく短くも感じる、そんな不思議な夜だった。
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