悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

文字の大きさ
29 / 41
第六章 ページをめくって

28.眠り姫と居眠り姫

しおりを挟む
お姉さまが熱を出してからもう数日たつ。

熱は一向に冷める気配はなく、ただただベッドで眠り続ける姿を見ているしかできない自分に腹がたっていた。


「先生、お姉さまは大丈夫ですよね?よくなりますよね?」

「大丈夫よ。この子は元々体力あるほうじゃないから、ちょっと気を緩めるとダウンしちゃうだけ。」


保健室の先生は、毎日お姉さまの様子を見に来てくれる。
以前も何回かこんなことがあったと教えてくれた。先生が調合した薬を飲めばよくなるはずなのに、いくら頼んでも拒んでいたからいつも長引いたのだと。


「せめて、薬は飲んでほしいわね。」

「僕からもお願いしてるんですけど、全然飲んでくれなくて…。方法を探ってはいるんですけど。」


お姉さまが好きなお茶に入れたり、お粥に入れてみたり、時にはひたすら懇願してみたりしたが、答えは全てノーだった。


「まぁまぁ、力を抜きなさい。あなたは妹としてよくやってるわ。」


先生が僕の肩をぽんっと叩くと、少し肩が楽になった気がした。
僕は考えすぎて余計な力が入ってたみたいだ。


「お姉さんに献身的なのはいいけど、自分のことも忘れずにね。最近、特別課題が出たって聞いたわよ。」


そうだ、課題のことも考えなければ。
今回は自分を表す本を見つけること。僕もできるんだというところを見せたい。


(お姉さま…。僕、頑張りますね。)



ー図書室ー


扉を開けると、目の前には別世界へ来たような光景が広がっていた。

中央は大きな円形の吹き抜けになっていて、囲うように本棚が設置されている。それが下からかなり上の方まで何階も続いていて、ここから見上げても終わりが見えない。


(このなかから見つけるのかぁ…。)


とりあえず近くの本棚をうろうろして、気になったものは手当たり次第に見てみることにした。

いくつか本を持って窓辺の椅子に腰かける。
体力をつける方法、天界の料理、家庭向けの医学者…無意識にお姉さまを考えて本を選んでしまっていた。


(自分を表す本って言っても、そもそも自分自身がそんなに掴めてないから結局こうなっちゃうよね。)


パラパラと本をめくる。
目で文字を追うだけで、頭にはほとんど入ってこない。気がつけば瞼が落ちていた。


以前と同じ夢を見た。


銀杏の木。お皿を持つ少女。


いつもならここで目覚めるはずだった。

女の子はゆっくりとこちらに目線を合わせ、口を動かした。


『いつ帰ってくるの…?』



(この子は…。)


そこでハッと目が覚めた。
誰かに肩を揺すられたのだ。


「起きてください。もう閉まる時間ですよ。」

「…あ、ごめんなさいっ。」


窓の外は暗くなっていて、図書室内も音楽が流れている。閉館の合図だろうか。パラパラと出口に向かっていく生徒達も見える。

僕は慌てて起きて本を集めようとしたが、手が滑って床に落としてしまった。


「はい、これ。」


起こしてくれた女性が落ちた本を拾ってくれた。本を受けとり、お礼を言おうと改めて女性の顔を見ると…。


「ありが…あ!」

「はい?」


女性は小さく首をかしげた。
その髪色、丁寧な口調に柔らかい雰囲気を醸し出すタレ目。彼女は今回の課題を伝えた張本人、副会長のミネルウァ様だった。


「ミネルウァ様…!ありがとうございます。」

「いいえ。課題に励んでいるようで何よりです。」


僕の手にもつ何冊もの本を見て、優しく微笑んだ。


「あ、これは、違うんですっ。違うというか、自分のこともよくわからないから目についた本を持ってきただけで…。」

(何早口でめちゃくちゃ言ってるんだ僕はっ。)


副会長だからか、このひとの独特な雰囲気からか、緊張していつものように話せない。
優しくて無垢な方や、控えめな性格の方の前だと、小動物に初めて触るときのように変に力が入ってしまう癖がある。


「まぁそうなの。」

「は、はい。」


ミネルウァ様は少し黙った後、そのまま後ろを向いてゆっくりと立ち去っていった。


(う、う、うわぁああああ!!)


僕はというと、おかしな挙動をしてしまった恥ずかしさのあまり心のなかで叫びながら、勢いのあまり本を全て借りて部屋に逃げ帰ったのだった。



翌日も熱が下がらないお姉さま。
僕はベッドの横の椅子に座りながら、昨日図書室で借りた本を読み返していた。


(改めて読むと意外と面白いし、ためになる…。)


天界の料理の本には、身近な和食から、見たこともない食べ物まで載っている。

料理の横にはルーツも書いてあって、和食は世界のある特定の地域に生活していた人間から伝わったのだと記載してあった。

また、一部の天界の地域ではそれが主な料理となっているとも。


(この天界にも、国みたいなものがいくつかあるのかな。)


もしそうだったら、ここ以外の天界にも行ってみたい。
いつしか軽食屋で見かけた旅人のように、僕もどこか遠い地域へ旅することができるかもしれないんだ。


(この学園は長期休みあるし、お姉さまと旅行するのもいいな。一緒に知らない土地に行って知らない物を見て…。)


考えると楽しくなってくる。
でも、まずはベッドに横たわるお姉さまをなんとかしなくては。
楽しみを考えるのは、この学園でしっかり学び、妹の役目も果たせてからにしよう。


桶の水を変えて、お姉さまの身体を拭く。
この前みたいに起きてるときは変に暴走しちゃうからやりにくいけど、静かに寝ているときはドキドキしながらも作業感覚でささっとやってしまえるのだ。


「新しい服で気持ちよくなりました?」


寝巻きを着替えさせて、布団をかける。
心なしかお姉さまの表情が少し楽になったように思えた。


「慣れた手つきじゃない。」


保険医の先生は知らないうちに部屋に入ってきていた。僕のことを見ていたみたいだ。


「ノックしたんだけど、返事がなかったから入ってきちゃったわ。」

「すみません、集中してたみたいで全然気がつきませんでした…。」

「いいのよ。今日は落ち着いてるみたいね。」


先生はベッドに腰かけてお姉さまの容態を見る。そして、ベッドサイドに溜まってゆく開封されない飲み薬を見てため息をついた。


「日に日に顔色も良くなっているし、本当に熱さえ下がれば体調も元に戻りそうなんだけどねー。」

「そうですね…。」


「チカさん、ひとつ考えがあるんだけど。」

「考え?」

「薬飲ませるよりも、飲みたいって思わせるほうがこの子にはいいかも。」

「そんなのどうやって…。」


意味ありげに僕を見てくる。

(…その目はなんだろう。)


「妹なら、セレナさんがなにに一番飛び付くかわかってるんじゃない?」

「つまり、それをエサに飲んでもらうわけですね?」

「あったりー!頑張れ妹よ!」


先生は僕の肩をポンポンと叩く。
このひと薬飲ませること僕に投げたぞ。なんて無責任な保険医なんだ。


(お姉さまは何に飛び付く?)


課題のこともわからずじまいな僕にそんな難問出されても…。


「あ。」



僕は持っていた。お姉さまが飛び付くエサを。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...