悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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第六章 ページをめくって

27.副会長ミネルウァ

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「あれ?チカ、セレナ様は?」

「高熱でお休み。この前の庭でやった授業のせいかも。」


休み前、自分の司る力を強化する魔術の練習授業があった。
お姉さまにとっては簡単すぎたらしく、早々に飽きて雪だるまを作って遊んでたのが仇となったんだろう。


「あぁ~。こんな寒いなか外でやんなくてもいいのにね。…あっ、生徒会のひと来たよ!」


今日は久しぶりの集会。
ローズと話していると、いつの間にか壇上に女性が立っていた。

アリア様のときのような威圧的な雰囲気は一切なく、ローズに教えられるまで講堂に入ってきたことすら気がつかなかった。


「んんっ…。皆さんごきげんよう。副会長のミネルウァです。今回の課題の発表と採点を勤めさせていただきます。」


オリーブ色の髪。綿で作られた着心地よさそうな緩やかなワンピース。穏やかで丁寧な語り口。
生徒会長とは違って、優しげで控えめな印象だ。


「…課題は、『自分を表す本を見つける』ことです。」


(ん?いま課題の発表した?)

ためもせず、すぐ課題を教えてくれたミネルウァ様に生徒達はぽかんとしている。
前回のときのみたいな盛り上がるパフォーマンスをどこか期待してたのかもしれない。

ミネルウァ様は説明を続けた。


「図書室、街の本屋、お持ちのもの、入手先はいずれでも構いません。大事なのは自分というものを説明するに足る本であることです。」


(それにしても、ミネルウァ様は自分を表してる本だってどうやって判断するんだろう?)


ーーバサッ…
突然、羽が風を切る音がした。

真っ白なフクロウが生徒達の頭上を飛んでいき、ミネルウァ様の元に止まった。


「その本があなたに合うかどうかは、この子が教えてくれます。」


(ふ、フクロウが??)


ミネルウァ様はフクロウを優しく撫でる。


「知恵は本だけから身につけるものではありません。しかし、本は知恵を与えてくれます。
私は毎日図書室にいますから、いつでもお越しください。
あなた方の物語を読めるのを楽しみにしていますよ。」


そう言い終えたミネルウァ様からフクロウが飛び立ち、彼女も壇上を降りていく。

生徒の一人が手をあげて呼び止めた。


「あのっミネルウァ様!課題の期限はいつまででしょうか?」


ミネルウァ様はハッとして、ゆっくりと言った。


「ああ…、言い忘れていました。私の転生日までです。つまり、1ヶ月後ですね。」


"転生日"。
その言葉を聞いたとたん、講堂は生徒達のどよめきに包まれる。


『転生日…!?あの副会長が転生!?』

『この学園から本物の女神が生まれるなんていつぶりかしら…。』

『意外…アリア様が先に転生されるかと思ってましたわ!』


当の本人はというと、そんな状況を気にも止めず言い終えるとマイペースに講堂をあとにした。


(なんかアリア様とはまた違うキャラのひとだったな。)


生徒会=威圧的、圧倒的なオーラというイメージが僕のなかで作られてた分、副会長ミネルウァ様の印象はギャップがあった。
生徒会のなかでもアリア様しかよく知らないから、イメージが偏っていたのだろうけど。


「噂に聞いてた通り、見た感じは物静かな副会長さんだったな。」

「ローズはミネルウァ様のこと知ってたの?」

「もちろんっ。私を誰だと思ってるの?」


(…そうだ、ローズはゴシップに魅入られた天性のミーハーな女の子だった。)


「ミネルウァ様は、控えめな性格ながら実際は生徒会のブレーン、影の立役者っていうひとらしいよっ。
学園で飼ってるフクロウを使って生徒達の情報収集してるとかしてないとか…。」


「へぇ、あの子は学園のフクロウだったんだ。」

「気になるとこそこっ!?」


一見、優しげで控えめなミネルウァ様が副会長の名に相応しいやり手だというローズの言葉も、転生するという事実の前なら信じられる。


「ローズ、話はそこまでに。あまり噂に振り回されてはいけないわ。」


メガイラ様はローズの頭を優しく撫でた。
噂好きの風船が脹らみすぎる前にコントロールできるのはローズのお姉さま、ただ一人。


「はぁーい…。チカ、また知りたいことあったら聞いてね。」

(まるで情報屋だな。)

「うん、ありがと。」


「チカさん、セレナにお大事にと伝えておいてくださる?」

「もちろんです。ありがとうございます。」


気のせいか、メガイラ様の表情に元気がない。
普段そんなに表情豊かな方ではないから、思い違いかもしれない。


(お姉さまのこと、心配してくれてるのかな?でも、メガイラ様と親しいなんて聞いたことないしなぁ…。)


部屋に戻るとお姉さまは寝息をたてていた。
保健の先生がくれた薬は、ベッドサイドに手をつけず置かれたまま。

まずいからとワガママ言わずに飲んでほしいところだが、頑固なお姉さまはこんな状態になっても言うこと聞いてくれない。


(昨日より苦しそうでないことがなによりの救いだな…。)


僕は汗ばんだお姉さまの額を濡らしたタオルで拭きながら、先ほどの集会のことを思い出していた。


(転生…。転生できる可能性があるのは理解できていたけど、実際にする生徒を見られるなんて…。ミネルウァ様はどうして転生を選んだのだろう。)


「……ん、チカ?」

「あ。起こしちゃいましたか?」


一旦タオルを置こうとする手を、弱々しい手で握られる。


「熱いの…。やめないで。」

「…わかりました。」


今回わかったこと。
熱があるお姉さまは、いつもの数倍艶やかさが増してしまうこと。
言い方ひとつにしても、何故そんな色気が出るのだろうか。


(…やりにくいなぁ。)


僕はもう一度お姉さまの額にタオルをあてると、次はとんでもないことを言い出した。


「ね…チカの手のほうが冷たい。」


そう言って、僕の手を直接その肌へ触れさせた。
首へ誘導させ、そして徐々にその下のほうへ導いてゆく。
身体が汗と熱でしっとりとしてることが指先から伝わるだけでなく、目にも入ってくる姿でよくわかる。


(病人だから…。体も拭いてあげないとだよね。うん、しっかりしろ僕…!)


目をそらしながら、今のこの状況を処理しきれずパニック状態の自分を戒める。


「チカ…。」


手はついに弾力のあるそれに触れた。


「~~~!!!」


限界突破。
気がおかしくなる前に離れなければと逃走意識が働いたとたん、お姉さまの手はパタリと落ちた。

先に限界がきたのはお姉さまのほうだった。


「…助かった。」


すやすやと寝息をたてて眠る女神様の手を布団のなかへ入れて、僕はしばらく寝顔を眺めていた。


「寝顔だけは天使な女神様なのに。」


外は雪が降り続いている。
降り積もる雪がお姉さまの熱を冷ましてくれたらいい。

元気になったら、課題のことを話そう。
副会長のミネルウァ様と転生のことについても聞いてみよう。


『あなた方の物語を読めるのを楽しみにしていますよ。』


(…お姉さまの物語はどんな?)


僕は子供のような顔をして眠るこの女性のことを、知っているようで本当は何も知らなかった。
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