悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

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最終章 姉と妹

40.姉と妹

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「私も好きよ、大好き。」


お姉さまの"好き"も僕と同じ意味なんだろうか。
そんなこと考える暇もないくらい、降り注がれる口づけは止まない。


「っはぁ…。」


息ができなくなって顔をそらしても、すぐに口が塞がれる。


「…んっ。」



胸がいっぱいになる。
繰り返えしお姉さまの想いが僕のなかに流れ込んでくるようだ。


「っ…お姉さま、聞いてもいいですか?」

「今?」

「はい…お姉さまはどうして僕をここへ連れてきたんですか…?」


以前もしたこの質問。
でも、どうしても最後にまた聞きたかった。


「前も言ったでしょう?」

「僕を気に入ったから…ですよね。でも何で気に入ったのかがわからなくて。」


お姉さまは少し驚いた顔をして、クスクスと可愛く笑った。


「そういう、何故、何故って考えちゃうところは変わらないのねぇ。
…どうしてかしらね。私と同じ目をしてたかしら。」

「同じ目?」


「ええ。何かを待ち続けてる目。」


そう言って、僕の瞼にキスをした。



もう日は落ちてるいうのに、窓から光が差し込んでくる。月明かりにしては明るすぎる光だ。


「っ何なの?」

「……時間がきたみたいです。」

「…?」


お姉さまから身体を離した。
瞳から溢れでる涙を見られたくはなかった。


(さよなら、お姉さま…。)



大きな力が弾けるような感覚が身体中に走る。
気がつくと僕は無限に広がる大木の根本に立っていた。




「ここは…?」

『…君の枝は折れたと思ったんだけどね。かろうじてまだくっついてるみたいだ。』

「…!?」


この空間のなかを永遠に反響していくような声がする。


「ミネルウァ様…?」

『いや、私はその子に頼まれたから迎えに来ただけだよ。』


(あなたはもしかして…。)


『さぁ、その枝を伸ばしておいで。不屈の少女よ…。』


目映い光が身体を包み込む。
温かく心地のよい感覚が、僕を遠い遠いどこかへ引っ張っていった。




瞼が重い。


「お姉ちゃん?…お姉ちゃんっ!?」


聞いたことのある声がする。
うっすらと開けた目に映ったのは見たことのない天井。



千歳ちとせ…?」


「お姉ちゃんっ!!」


水滴が落ちるような音が耳に入ってくる。


(あれは…点滴…?あぁ、きっとまた妹の夢を見てるんだ…。)


僕はぼやけた視界のなかに映る妹に手を伸ばしかけ、ゆっくりと目を閉じた。


「お姉ちゃんってば!!!」

(ひっ!)


大きな呼び掛ける声に驚き、強制的に瞼が開いた。

夢なんかじゃない。怒った表情の僕の妹、千歳がそこにいた。


「…千歳??」

「やっと目が覚めた!」

「どうしてここに…?」


千歳の顔を見るのはいつ以来だろう。
大学に入ってから家を出て一人暮らしをしてたため、年に数回会うか会わないかだった。


「どうしてって、お姉ちゃんが入院してるからでしょ!!」

「入院…?」

「大学で落ちてきた鋼材で頭打ってから、ずっと昏睡状態になってたんだよ?」


(大学…。)


「うっ。」


頭がズキズキと痛む。

そうだ。僕はたしか昼休みに中庭でお昼を食べてた。その時に強い風が吹いて、銀杏の葉と一緒に何か落ちてきたのが見えた。


「ほら、安静にしてなよ。声もカサカサだし、何か飲み物でも買ってこようか?」

「千歳、それ…。」


妹が出した財布には押し花のストラップがついていた。


「それ、まだ持ってたんだ…。」

「当たり前でしょ?唯一のお揃いのものなんだから。」


その花はピンク色で丸みを帯びた不思議な形をしている。



(……千日紅。)

僕達の誕生花。
いつかの誕生日の時、花を摘んできて一緒に作った。


「…千歳、今年は誕生日一緒にお祝いしようか。」


「…お姉ちゃん…。」


千歳の瞳から、ポロポロと涙が落ちてきた。


「え、えっ?どうしたの!?」


「もう…どうしたのはこっちが聞きたいよ!
私に何も言わないで一人暮らし決めちゃうし、こんなことになっちゃってるし、ほんとに自分勝手なんだから…。」


大粒の涙が次々に零れ落ちる。


「…千歳、全く変わってないね。」

「うるさいーっ。」


昔から変わらず泣き虫の妹。
僕がどこかへ行くと、すぐに泣いて呼び止めていた。


「お姉ちゃんは必ず私のとこに帰ってくるって信じてた。」


千歳に抱きつかれ、彼女の温かさを思い出した。

僕はずっと、何にも縛られず自由に生きてきた千歳が羨ましかった。

一番近くにいたからこそ、その眩しさに耐えられなくなって、進学と同時に逃げ出すように家を出たんだ。


(僕はほんとに、自分勝手だったな。)


こんな自分でも待っててくれた千歳を、一瞬でも忘れようとしていたなんて。
僕は彼女のただ一人の姉なのに。

涙と鼻水でくしゃくしゃになった千歳の顔を僕は袖口で拭った。


「ただいま。」



窓から桜の花びらが散るのを見る頃には、僕はすっかり回復していた。

大きな後遺症もなかったのが幸いだ。
半年近く休んでいた大学も、もうすぐ復帰できる。

なのに、僕の心はまだ大きな傷を残していた。


「お姉ちゃん、またぼーっとしてるー。」


妹はあれからよく僕のアパートに遊びに来るようになった。
僕の身体を心配して、苦手なのに家事を手伝ってくれてるのだ。


「また入院中にみてた夢のこと考えてるの?」

「夢じゃないよ!…たぶん。」


今となっては、あれが僕の身に本当に起こったことだったのかわからない。
ただ、夢を見ていただけなのかもしれない。


でも目を閉じれば、あの女性ひとの声も、笑う顔も、体温も全て鮮明に思い出せる。


(……。)


また、触れたい。
ただそれだけが僕の心を蝕んでいる。


(セレナお姉さま…。)



「やっと名前を呼んでくれたわね。」


ハッとして周りをみる。
ただの僕の部屋だ。でも、今確かに耳元で声が聞こえた。


(…僕はついにおかしくなっちゃったかな。)



妹を駅まで見送った帰り道、学園での日々を思い出していた。
夜空には綺麗な満月が浮かんでいる。天界でみた月と比べると随分と遠くにあるように思えた。


「…また、会いたいな。」


ふと、心にしまっていた思いが口からこぼれる。
どこから優しい風が吹き、足元に真っ白な羽を落とした。


「これは…。」


拾おうとすると、その羽は手をすり抜けて風で飛んでいってしまった。
羽を目で追いかけると、僕の視界にあり得ないものが映し出された。


「………え。」

「何間抜けな顔をしてるの?」


闇のなかから人影がこちらに歩いてくる。月に照らされてその顔が徐々に露にあった。


「お姉さまとの再会なんだからもっと喜びなさいよぉ。」


深い海のような瞳。艶やかな唇。銀色の長い髪。

僕の目の前にはお姉さまが立っていた。


「ーーーっ!!」


幻でも何だっていい。
ただもう離したくないという気持ちだけでその胸に飛び込んだ。

お姉さまは僕を優しく抱きしめる。


「泣いてるところを見るのは何回目かしら。」

「お姉さま、どうして…。」

「女神になって、チカのいる世界へ転生したきたの。」


お姉さまの背中には、ミネルウァ様の転生式で見たときと同じ白い翼があった。


「これ…!女神になれたんですか!?」

「なによその言い方。もう問題児のセレナじゃないのよ?学園史上最短で上級生から女神になったんだからぁ!」


あそこで過ごした日々は夢なんかじゃなかったんだ。


「さすがお姉さまですね。」

「当然よぉ。それよりチカ、あなた何も言わずに突然いなくなるなんてどういうこと?」

「行き先を見つけた僕はお姉さまから離れる時だと伝えようと思ったんですけど…。
でも、お姉さまを前にしたら言えなくて。」


(あなたから離れるなんて、わかっていても自分の口には出せなかった。)


「チカは元いた場所に戻ってきただけ。
行き先を決めるまで私から離れるなんて許さないんだからね?」


僕の頬をつたう涙の跡に、小さなキスが落とされた。


僕の心は最初からお姉さまの腕のなかに捕まっていたんだ。


「望むところです。」



千歳の姉が僕ただ一人のように、僕の姉はセレナお姉さまただ一人。
そんなあなたから離れるなど、無理なことだった。


「この前できなかったキスの続きがやっとできそうねぇ。」

「えっ…。」


「こんなに生殺ししといて、今さら逃げられるなんて思ってないでしょうね?」



その鋭い瞳と美しい声でそうやってまた僕の心をかき乱す。



これからもずっと、悪魔で本物の女神になったお姉さまは僕を逃がしてくれそうにない。
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