M00N!! Season2

望月来夢

文字の大きさ
22 / 85

宿敵現る

しおりを挟む
「セイガだって?」
 娘の口から唐突に出た名前に、ムーンは驚きを禁じ得ない。まさかここでその人物と繋がるとは、思ってもみなかったからだ。
 凶悪な裏の顔を持つ、アメジスト出身の若手投資家。近々街に戻ってくるという話だったが、もう既に潜り込んでいたのだろうか。剰え、自分たちのそばにまで迫っていただなんて、到底信じることは出来なかった。尤も、娘が嘘をつく理由もない以上、受け止めるしかないのだが。
「た、多分。けどあたし、その時結構酔ってて、あんまり覚えてないっていうか、気付いたらバッグの中に入ってたって感じで……」
 アスカは辿々しい口調で、自身に起こったことを説明する。高校を卒業しても尚、世の中には楽しいことしかないと思い込んでいる楽天家の彼女を、ムーンは嘆くことさえ出来なかった。
「アスカ」
 冷淡な声音で名を呼ぶと、彼女はかすかに視線を泳がせてから憮然と言い返す。
「な、何よ。悪かったとは思ってるよ。でも、しょうがないじゃん。勉強漬けで苦しかったのはホントだし、何かで息抜きしないと、死にそうだったんだから……それに、元はと言えば、父さんたちが悪いんでしょ!?あたしのこと放ったらかしにしてさ!あたしがいなくなってもよかったって言うの!?」
 彼女は懸命に訴えるが、しかしムーンは聞く耳を持たない。彼はアスカの腕を強く掴むと、力任せに引き立てた。
「細かい話は後だ。アスカ、今すぐ病院に行くぞ」
「はっ?ちょ、ちょっと待ってよ!!」
 反射的に抵抗する娘を、ちらりと見遣り脅し文句を投げる。
「待たない。早く検査をしてもらわないと、命に関わるかも知れないよ」
「ど、どういうこと?」
 流石のアスカもこれには怯んで、声を大きく震わせた。ムーンは一度歩みを止めると、彼女の両肩を押さえ正面から目を合わせる。
「じゃあ単刀直入に言うが、君が使用したのは違法薬物の可能性が高い。一見茶葉に似ているが、摂取すると強い幻覚や錯乱などを引き起こす麻薬、ジギタリスだ。ニュースで見なかったか?」
 無慈悲に提示された真実と、スマートフォンに映った記事がアスカの胸に強い衝撃を与える。彼女の頭の中で、父の言葉が呪いのように駆け巡り何度も反響する。否、それは実際に呪いであった。彼女の心を奈落の底まで転落させる、恐ろしい呪いだ。
「あ……ぁ……」
 己の過ちを今やっと理解し、アスカは顔面を蒼白にさせる。意味を持った単語にならない音が、閉じ切らない唇の隙間からこぼれた。膝下から力が抜ける感覚がして、視界が大きく揺らぐ。
「大丈夫だ。知らずに使ったのなら、酌量の余地は大きい。それに、たとえ依存性が高くとも、魔法による治療なら打ち消せるはずだ。大事なのは、迅速な行動と、包み隠さず全てを話すことだよ」
 ふらつく娘を、ムーンは慌てて横から支える。そして彼女の背中に手を当て、出口に向かおうと促した。未だ放心状態から抜け出せないアスカは、父に導かれるまま、覚束ない足取りで歩き出す。
「さぁ、行こう。警察と、ミヤさんに連絡しなければ」
 愛娘の憔悴しきった姿を見ると、ムーンは胸が痛まないでもなかったが、ここは情けをかけるべき場面ではないだろう。彼は優しくも冷静に考えると、無言で彼女を店外へとエスコートする。ドアを開けて先に通してやると、アスカは亡霊じみた動きでよろよろと路上へ出た。
 直後、付近の曲がり角から眩いヘッドライトの光が注がれた。黒塗りのミニバンが物凄い速度でカーブを切り、店の前まで突っ込んでくる。
 ムーンは咄嗟に、アスカの腕を後ろから掴んで思い切り引っ張った。とはいえ流石に、相手も殺人をするほどの度胸はなかったらしい。車はバンパーの表面が店の外壁を掠める寸前で、甲高い音を立てて急停止する。後一瞬でも遅れていたら、店内の客たちが犠牲になっていたところだ。娘と自分にも危険が迫っていたかも知れないと、ムーンは憤りの滲む眼差しで暴走車を見据えた。
 ところが、現れた車は一台きりではなかった。物陰から立て続けに、様々な種類の車が派手な色のボディを覗かせる。どれも皆似通った荒っぽい運転で、次々と店頭に集結した。断続的に鋭いクラクションが鳴り、ステレオから流れる煩い重低音のリズムが車外まで漏れてくる。
「な、何……っ?」
 動転し店内に駆け戻ろうとするアスカを、ムーンは肩を押さえて封じた。彼が睨むのは、真っ先に出現した先頭のバン。それは彼の眼前で黒塗りのドアを開け、運転席から黒服の大男を排出した。数秒後、一人の若い男が現れる。上等な革靴が、乾いた道路を無造作に叩いた。仕立てのいいスーツと、青いシルクのシャツを纏った痩身が、街灯のもたらす人工的な明かりに照らされる。
「こ、この人……あたしに、お茶をくれた人」
 目を丸くしたアスカが、ムーンの袖を引いて小さく囁く。指摘されるまでもなく、相手の髪色で正体に気付いていたムーンは、ただ頷いただけで同意を示した。
 未だ静かに佇んでいる男は、悠々とした態度でポケットからタバコを取り出す。すかさず、傍らの黒服が手を伸ばしてライターを近付けた。先端に灯った火は巻き紙が黒いせいか、やけに色鮮やかに映えている。
「……それで?“返し”が必要な相手は、どいつだ」
 彼は片手で青い髪をかき上げ、怜悧なブルーグレーの瞳で部下を一瞥した。その眼差しや声の調子は、一切の感情らしきものを宿していない。表情などは特に、蝋で固められでもしたかのように、微細な変化さえ表さなかった。顔立ちがかなり整っているだけに、そのことは一層冷酷な恐ろしさを感じさせる。あるいは、原因は吸血鬼じみた肌の白さのせいかも知れないし、薄い唇や吊り気味の目尻のせいかも知れなかったが。
 ムーンは瞬きすら最小限に留めて、彼の一挙一動を具に観察する。恐らく、この男がセイガなる人物であろうことは気配で察していた。男の全身からはただならぬ気迫と冷たさが放たれ、服越しにでも精緻に鍛え上げられた肉体と、静謐な暴力の予感が伝わってくるからだ。肌は若々しく、まさしく青年と呼ぶに相応しい外見をしていたが、同時にどこか老練な印象をも漂わせていた。無論、とてもではないが一介の投資家とは思えない男である。しかしながら、地元に蔓延る不良共のリーダーとも大きく異なる雰囲気を持っていた。例えるならば、孤高に君臨する一匹狼。自らを虐げた群れへの復讐を誓い、虎視眈々と機会を狙っているようだ。まるで分厚い氷か鋼で覆われてでもいるのか、彼の本性は中々に捉え難く、さしものムーンにすら瞬時に看破することは不可能に近かった。
「おいテメェら、何ジロジロ見てやがる!!」
 運転手の黒服が、突然怒号を発し静寂を打ち破った。彼の叫びを合図として、他の車からも次々に黒服を着込んだ男たちが顔を見せる。彼らの剣呑な目付きと、ドアを力任せに閉めるバタバタという音が、アスカの身体を強張らせた。対するムーンは、平然としてその場に立ち尽くしている。
「おい、まさか、こいつらが?」
 セイガはやはり少しも表情を動かさないで、隣の黒服に目を遣った。
「へい。こいつが、オーウェンと奴の子分をやったんです。若ぇ女を連れた、金髪で眼鏡の親父。間違いありやせん」
 男は酷くかしこまった様子で、セイガに事情を報告する。だがその仕草には、媚を売っているにも等しい、卑屈で狡猾な意図が滲んでいた。セイガは初め大人しく耳を傾けていたが、彼の話が終わるよりも早く、もったいぶった手つきで吸いかけのタバコを捨てる。
「……馬鹿が」
 そして、予告なく拳を振るい、愚かな男を殴り飛ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...