M00N!! Season2

望月来夢

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危機一髪

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「よいっしょ……ハァッ!!」
 気合いの叫びと共に硬い拳が突き上げられ、エレベーターの天井に衝突する。そこには非常用の救出口が設けられていたのだが、蓋には外側から錠がかけられて、内部からは開けられない仕組みになっていた。しかし、何度も同じ場所を繰り返し殴打することによって、蓋は少しずつ歪み蝶番が外れかけている。そして、とうとう最後の一撃が炸裂し、取り付けられた鍵を破壊する。というよりも、蓋そのものを殴り飛ばしたという方が正しかった。
「はぁっ、はぁ……やった……!開いたわ!!」
 どさっとかごの中で尻餅をつき、息を荒げたレジーナが甲高く歓声を漏らす。彼女の緑の瞳は、ようやく脱出出来るという希望で煌めき、表情は勝利の喜びに満ちていた。とはいえ、まだ安心するには早過ぎる。彼女がここに閉じ込められてから、既に数十分の時間が経過しているのだから。急いで脱出しなければ、エレベーターと一緒に墜死するか、業火に焼かれて死ぬかの二択を迫られる羽目になるだろう。そんなのは絶対に、絶対に、ごめんだった。
 彼女は呼吸を整えるのもそこそこに、よろめきながら立ち上がる。途中、右手で何気なく壁に触れると、悲鳴を漏らすほどの鈍痛に襲われた。何度も何度も天井を殴り付けたせいで、彼女の拳頭はどす黒く鬱血し、痛々しく腫れてしまっている。悍ましい光景をレジーナは努めて無視し、眼前の課題に意識を集中させた。当然のことではあるが、救出口を使ってエレベーターを抜け出すには、そこまで辿り着かなければならない。だが彼女は、蓋を外そうと奮闘した際に解決策を発見していた。
 レジーナはかごの角に歩み寄ると、一方の壁に背中を押し付け、隣の壁にある手すりに裸の片足を乗せた。しばらく試行錯誤を試みた後、最も強く踏ん張れる位置を探し当て、力を入れて身体を浮かせる。それから少しずつ姿勢を調整し、壁に背を預けたまま、手すりの上に立つことに成功した。
「ふぅ……」
 安堵の息がこぼれるが、一休みしている余裕はない。手すりに上っただけでは、かろうじて天井に指先が掠める程度の高さしか得られないからだ。レジーナは今度は、何もない壁に直接足の裏をつけ再び身体をずり上げた。体力を使う作業と、逼迫した状況のおかげで汗をかいているから、簡単には滑らない。悲劇的な理由で肥満体が改善されたことも、結果として功を奏していた。
「……よしっ!」
 必死に這い上がっていった彼女は、やっとの思いで救出口の縁に手をかける。以後はほとんど腕力に物を言わせて、無理矢理に穴を通り抜けた。そして、緊急停止したエレベーターから脱出することに成功する。
「うぅ……はぁっ、はぁ……」
 かごの上に身を横たえた彼女は、全身の疲労と痛みに耐えかねて呻いた。だが、まだまだ休むことは出来ない。建物内から逃げるためには、こなさなければならない工程が数多く残っている。
 とりあえず次は、高くまで伸びるエレベーターシャフトを上り、どこかの廊下へ続く扉を開けなければならなかった。だが、最も近いドアでさえ二メートル以上離れていて、中々到達する方法は浮かばない。
「どうしよう……」
 かごから出るという問題だけで頭が一杯で、先のことは考えていなかったレジーナは、視線を泳がせて狼狽する。
 その時、頭上から金属の歪む耳障りな音が聞こえてきた。慌てて目を遣ると、獣のような咆哮が轟き、固く閉ざされていたスライドドアがガタガタと揺れ始める。
「ウゥ……オォォオォオオッ!!」
 数秒もしない内に、ロックを外さなければ動かぬ仕組みの扉が、力技でこじ開けられた。耳を劈く大声と、レジーナをも超える圧倒的な怪力に、彼女は思わず恐怖する。ところが、開いたドアの隙間から馴染みの顔が現れた途端、彼女の顔は綻んだ。
「ね、ネプチューン!?あなただったのね!!」
「レジーナ!!無事で良かったわ!怪我はないかしらン?」
 下からこちらに手を振っているレジーナに、ネプチューンは親しげな口調で呼びかける。彼は機械の油で汚れた手を雑に拭き、その場に素早く膝をつくと彼女の健康状態を確かめた。
「えぇ、平気よ……でも、どうしましょう。流石に、そこまで上るなんて出来ないわ」
 相手を見上げたレジーナは、困り果てた様子で首を巡らせる。だが、付近に足をかけられそうな物はなく、ロープや梯子などの道具も取り付けられてはいなかった。
「アラ、大丈夫ヨ。ワタシに任せて♡」
 悩む彼女にウィンクを飛ばすと、ネプチューンは一瞬頭を引っ込め、すぐに戻ってきた。彼の筋肉質な腕には、何か厚みのある物体が抱えられている。かと思うと、彼の手からそれが放たれ、空中でもつれながらレジーナの前まで垂れてきた。恐らく、彼のいるフロアに置かれていた電子機器のどれからか、引き抜いてきたのだろう。投げられたのは青くツルツルしたカバーに包まれたケーブルで、先端には重いプラグが付いていた。サイズはかなり太く、社内で使われている中でもトップクラスの規格ではあったが、所詮機材は機材。ロープと比較すれば、耐久力などあってないに等しいと誰にでも理解出来る。仮に掴むことが出来たとしても、引き上げられる間に千切れてしまうかも知れなかった。
「ネプチューン、これ……」
「ほら、早くしなサイ!?グズグズしてないで、チャッチャとやっちゃって!優秀な秘書のレジーナちゃんが、こぉんなところで躊躇ってていいわけ?」
 彼女が躊躇っていると、頭上からネプチューンの催促が響く。続けて放たれる野太い挑発が、シャフト全体にぐわんぐわんと広がった。
「……分かったわ」
 畳み掛けられたレジーナは、意を決するとケーブルを拾って自分の腰と肩に巻き付ける。最後に、両手で光沢のある表面を握り締めると、軽く頷いて合図した。
「いいわ!お願い、ネプチューン!」
「了解♡」
 返事が聞こえてくるのとほぼ同時に、ぐいっと引かれる感触がして、レジーナの両足は宙に浮く。ネプチューンは淀みなく、迷いのない動作でケーブルを手繰り寄せ、彼女を引き寄せていった。黙って身を任せていたレジーナは、ふと何気なく上を見遣り、ケーブルが余裕なく張り詰めていることに気付く。
「ネプチューン、コードが切れそう!」
「分かってるわ……ヨッ!!」
 警告されるまでもなく、事態を悟っていたネプチューンは、腕に思い切り力を込めて残りの距離を一気に縮めた。レジーナの身体は急上昇し、もう少しで床の縁に指が届く、という位置までやって来る。しかし直後、彼女を縛っていたケーブルが、負荷に耐えかねたのか無惨な音を立てて切れた。
「あっ……!」
 なす術なく空中に放り出され、レジーナはかすかな悲鳴をこぼす。わずかな間だけ、無重力の感覚を味わった後、瞬く間に落下しそうになった。
「レジーナっ!!」
 無意識に伸ばした手を、すんでのところでネプチューンが捕まえる。彼はしっかりと彼女の手首を握り、危なげなく支えてくれた。数秒後、彼女は再び硬い床の上に身体を乗せられたのであった。
「はぁ、びっくりした!危なかったわネ、レジーナ」
 無事に彼女を助けられた安心感で、ネプチューンはほっと息を吐き、その場に座り込む。さしもの彼も、数十キロの物体を引っ張る作業によって汗をかき、疲労を感じていた。
「そ、そうね……ありがとう、ネプチューン。あなたのおかげで、助かったわ」
 レジーナは感謝の気持ちを伝えながら、依然として細かく震える指で、辿々しくケーブルを腰から外す。彼女に代わって巻き付いたケーブルを解いてやってから、ネプチューンはニッコリと笑った。
「いいのよン、お礼なんて!ワタシとあんたの仲じゃないの♡」
「でも、ここにはあなただけ」
「シッ!」
 彼女が話を続けようとすると、ネプチューンは鋭く何かを察して黙れと指示した。どうしたのかと目で問うレジーナに、彼は極限まで絞った声量で耳元に囁く。
「……やられたわ。囲まれたみたい」
「えっ」
 彼の呟きを聞いて、レジーナは緑の瞳を不安に曇らせた。ネプチューンは彼女を立ち上がらせ、背中に庇ってから、苦い思いを歯の奥で噛み潰す。
 実のところ、彼はこの階に辿り着く前から、敵の存在を把握していた。彼らはビル中の至るところに蔓延って、部屋という部屋を荒らしていたのだ。だが、当面はレジーナの命が優先だと捉え、彼らとの衝突は避けてきた。恐らく相手は、その間にネプチューンの姿を見つけ、包囲の準備を進めていたのだろう。今となってはもう、四方から得体の知れない何者かの気配が漂ってきていた。唯一の抜け道は背後にあったが、そこはエレベーターシャフトという名の落とし穴であり、決して安全地帯ではない。完全に、追い詰められた状態だった。
「もう……グシオンはどこに行ったのヨ!」
 ネプチューンは苛立ちに身を任せ、いつの間にかいなくなっていた男を罵倒する。何故彼がグシオンのことを知っているのか、隣のレジーナは分からずに眉を寄せた。
 突然、彼らの足元に、銀色のスプレー缶が転がってくる。正体に勘付いた瞬間、スプレーから濃い煙が勢いよく噴出し、ネプチューンたちの視界を覆い隠していく。二人が堪らず粉っぽい空気に咽せていると、周囲から複数の足音が容赦なく接近してきた。向けられた無数の赤いレーザーサイトが、白く濁った空間を貫通し二人の急所に注がれる。ネプチューンとレジーナは、無力に両手を挙げてフリーズしている他なかった。
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