M00N!! Season2

望月来夢

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会敵

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「こっちだ、早く!!」
「行って!逃げなさい」
 ネプチューンとレジーナが、腕を振って惑う人々を鼓舞し、行くべき方向を指し示す。広いホールの中は、複数の足がガラスを踏み砕く、耳障りな音で満たされた。
「奴ら、逃げるぞ!」
「追え!!」
 一方で、ビルを占拠していた男たちも、危機を悟って対処を始めている。彼らが混乱して、無闇に銃を撃つせいで、壁や床のあちこちに点々と黒い穴が生じていた。だが、それも長くは続かない。隙だらけの彼らの後ろに、ネプチューンがこっそりと回って、一人また一人と静かに片付けていくからだ。首を絞められた男たちは次々と失神し、ゆっくりとその場に倒れ伏す。ムーンも援護してはいるのだが、負傷が重なっているせいでその動きは鈍い。おまけに、流れ弾が掠めて眼鏡が破壊され、視覚補助の機能も使えなくなっていた。仕方なく肉眼で周囲を探ると、蹲って怯えているガイアモンドの姿を発見する。
「ひぃ!何なんだ、これは!」
 彼は階段の陰に避難して、頭を庇ってしゃがみ込んでいた。無意識に込み上げる文句と愚痴が、知らない間にこぼれ出す。
「全く、どうしていつもこうなるんだ!!」
 せっかく自らの命まで賭けた計画が、失敗に終わったことを彼は悔やんだ。何とかして、ステムを起動させなければ、このままビルが崩れて生き埋めになるかも知れないというのに。しかも、辺りに漂っている煙っぽい空気を浴びて目が乾き、鼻は火事の異臭でひん曲がりそうになっていた。けたたましい銃声が、鼓膜をひっきりなしに震わすのも癪に障る。男に殴られた腹が身動ぐ度に痛んで、空咳が出た。
「うぅっ……許さない。絶対に許さないぞ、セイガ!直接顔を合わせたら、文句を言ってやる!!」
「それは、俺の台詞だと思うが」
 思わず憤りのままに叫んだ直後。彼の隣から、聞き覚えのない声がした。驚いて横を向くと、氷のような無表情を湛えた青髪の男と視線が合う。
「ようやく会えたな。<オメガ・クリスタル・コーポレーション>社長、ガイアモンド」
 男は抑揚のない平坦な調子で、冷淡に切り出した。名前を呼ばれたガイアモンドは、返事をする余裕もなくして黒い瞳を見開く。
「お前……!セイガ!!」
「お前に覚えられているとは、光栄だ。わざわざ出向いた甲斐があったな」
 やっと口を開いたガイアモンドを、セイガは無慈悲な眼差しで射抜いた。相手が無意識に放った、無礼な二人称をあえて返してくるところが何とも皮肉的だ。
「何の用だ!僕の会社を滅茶苦茶にして、ただで済むと思っているのか!?」
 しかし、興奮しているガイアモンドは、些細なことなど気にも留めずに続ける。金切り声で捲し立てる彼に、セイガは冷たい冷笑を向けた。
「お前こそ、俺から逃げられると思うのか?」
 その感情の読めない態度に、ガイアモンドは己の胸中がざわめくのを感じる。だが、この程度で屈するわけにいかないと、自分自身を奮い立たせた。
「君の目的は、僕への復讐だそうだな……!だが、訳が分からない!何故、僕を恨む!?何のためにこんなことをするんだ!!僕が、僕たちが、何をした!?会社を爆破されても、仕方ないと言われるほどの悪事を働いたというのか!?」
 初めは穏やかに喋っていた彼だが、次第に困惑と苛立ちに襲われ語気を荒げていく。何度も息を詰まらせながら畳みかけるガイアモンドを、セイガはただじっと凝視していた。
「ふん、分からないか。だろうな。だから、お前を憎んでいるんだ」
「何だと?」
「常に自分の良い方向にしか考えず、都合の悪いことは直ちに忘れる。目先の利益に夢中になって、犠牲の羊になった者のことは顧みさえしない。そんなお前たちが、独力で過去の罪に気が付くなど、土台無理な話だ」
 反駁しかけたガイアモンドを制し、彼はより大きな声で宣う。彼の発言には侮蔑と嫌悪がふんだんに込められていたが、ガイアモンドには意味を理解することが出来なかった。
「何のことだ……?一体、僕が何を」
「デルバール」
 ところが、セイガが告げた名前を耳にした途端、ガイアモンドの表情は一変する。いくつかの古い嫌な記憶が、電撃に似た刺激となって脳裏を駆け巡った。
「あれは、俺の父だ。ニコチン中毒のデブで、足し算も出来ない低脳だったが、荒れ果てていた街を仕切る度量はあった。そんな父を、街に来たばかりのお前らは邪魔に思った。だから、殺し屋を放って、襲撃をかけさせたんだろう」
「っ待て!違う!あれは、僕たちじゃ、うっ!」
 ガイアモンドの瞼に、丸々と肥えた赤ら顔の人物が映る。反射的に冤罪を訴えてみたが、セイガは無情にも彼を殴り付けて黙らせた。両手を拘束されているため、ガイアモンドはなす術なく転倒する。セイガは起き上がろうともがく彼のネクタイを掴み、力任せに引っ張った。
「ぐ……っ」
「今更喚いても無駄だ。お前たちのせいで、父は惨殺され、母は尊厳を踏み躙られた。残された俺は、豚も食わないような腐ったゴミで、飢えを凌ぐ羽目になった。あの時の屈辱と怒りを、俺は一生忘れはしない……どれほど時間がかかろうとも、必ず、俺が味わった以上の苦痛を与えてやる。絶対に、恨みを晴らすと誓った」
 低く呻くガイアモンドの目を、セイガのブルーグレーの瞳が至近距離で睨む。どろどろと淀んだ怒りをぶつけられて、ガイアモンドは堪らず臆した。しかし、次の声を聞くなり、彼の怯懦はたちまち氷解する。
「そのために、何年も費やし、丹念に用意を整えてきた。紆余曲折はあったがな。上手く運んでいれば、今頃お前の背中には、刺客のナイフが突き立てられていたかも知れない。そう考えると惜しいが、まぁ、些細な問題だ」
「刺客……?まさか、アデレードのことか!」
「流石に、あの女のことは覚えていたか。その通りだ。あいつは実によく働く。俺にぴったりの、都合の良い奴隷だ」
 咄嗟に思い当たって名を呼ぶと、セイガは薄い肩を小刻みに揺らして愉快そうに笑った。過去の恋人を侮辱されたことで、ガイアモンドは血相を変え衝動的に吐き捨てる。
「ふざけるな、この外道!!どうせ力で脅し付けて、無理に働かせているだけだろう!!」
 憎しみに燃える低い声音が、セイガを思い切り痛罵した。しかし、どれだけ責められても、彼の反応は変わらない。
「口を慎め。この状況で、まだ俺に逆らう気か?ガイアモンド。大体、お前にあの女の何が分かる。奴が死ぬ気で言い寄っても、眉一つ動かさなかったというお前に」
 淡々と肩られた返事に、ガイアモンドは違和感を抱いて眉を寄せた。だが、セイガは構わずに続ける。
「気が付いていなかったのか?あの女は俺の命令で、お前に媚を売っていただけだ。だが、それがどうした?傲慢なお前は、お高くとまって無視していたらしいじゃないか。それとも、内心プライドをくすぐられて、有頂天になっていたのか?」
 すらすらと紡がれる挑発を、ガイアモンドは驚きの表情で呆然と聞いていた。彼の頭の中を無数の疑問が駆け巡り、思考をぐちゃぐちゃにかき乱す。その沈黙を敗北の証と取ったのか、セイガは唇の端を得意げに捻じ曲げた。
「残念だったな。あの女が愛しているのは、この俺だ。無論、俺もあいつを大事に扱い、世話くらいはしてやっているが……奴は馬鹿だからな。自分の置かれた状況をたまに忘れる。そして、時々逃げ出したいとほざくんだ。俺から離れたって、どうしようもないというのにな」
「何……!?」
「だからあいつは、俺から離れない。“そうなる”ように、俺が仕込んだ。俺には絶対に服従しろと、何度も繰り返し教えたんだ。あいつのことは、俺が一番よく分かっている。逆らえないんだよ、俺には……支配して、依存させて、面倒を起こした時の罰と、期待に応えた時の褒美を与えて、離れられないよう躾けてやった。良い女だ、アデルの奴は」
 セイガは端正な顔を冷酷に歪め、信じ難いほど非道な行いを告白する。彼が彼女の愛称を口にした瞬間、ガイアモンドの体内で必死に抑えていた殺意が爆発した。
「貴様ぁっ!!」
 激情に身を任せて、彼は無理矢理体を起こす。ネクタイを掴むセイガの手を振り払い、体重で抑え込んで反撃しようとした。
 しかし、突然生じた強烈な風が、彼の体を吹き飛ばした。
「うぐっ!?」
 再び、床に倒れるガイアモンドの頭上を一筋の冷気が吹き抜ける。直後、室内の温度が急激に下がり、皆の体が悪寒に震えた。誰かの吐く息が、白い靄となって空中に溶ける。
「話は終いだ、ガイアモンド。俺はお前を殺し、会社を乗っ取り、永久にこの街を操る」
 魔法を用いてフロアを掌握したセイガが、悠然とその場に佇んでいた。彼の周囲は大きく様子が変化し、まるで冷凍庫のような状態に陥っている。床も壁も分厚い霜に覆われ、天井や手すりからは、尖った氷柱が不自然な角度で突き出していた。肉体を容易に貫くことも出来る鋭さに、手下たちまでもが怯えて身を戦慄かせる。
「お前のようなクズには、一日たりとも生き存えさせはしない。遺言でもあるのなら、今の内に残しておくことだ」
 セイガは片手をゆっくりとポケットに突っ込むと、拳銃を取り出した。古びて錆の付着したリボルバーを構え、ガイアモンドに狙いを定める。
「くっ……!」
 彼は歯噛みして左右を見回すものの、役に立ちそうな物は皆無であった。盾となり得る壁も、力を貸してくれる仲間も、時間も情報もなしにいきなり妙案が浮かぶはずもない。ただ非常に澄み切って、張り詰めた空気を吸っているしか出来なかった。
 セイガの指が、引き金トリガーにかかる。撃たれると想像して、ガイアモンドはきつく目を瞑った。せめて致命傷は避けたいと、無意識に顔を逸らし、身体を捻って衝撃に備える。
「そこまでだ」
 死を覚悟したガイアモンドの耳に、友人の声と銃声が同時に飛び込んできた。
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