52 / 85
会敵
しおりを挟む
「こっちだ、早く!!」
「行って!逃げなさい」
ネプチューンとレジーナが、腕を振って惑う人々を鼓舞し、行くべき方向を指し示す。広いホールの中は、複数の足がガラスを踏み砕く、耳障りな音で満たされた。
「奴ら、逃げるぞ!」
「追え!!」
一方で、ビルを占拠していた男たちも、危機を悟って対処を始めている。彼らが混乱して、無闇に銃を撃つせいで、壁や床のあちこちに点々と黒い穴が生じていた。だが、それも長くは続かない。隙だらけの彼らの後ろに、ネプチューンがこっそりと回って、一人また一人と静かに片付けていくからだ。首を絞められた男たちは次々と失神し、ゆっくりとその場に倒れ伏す。ムーンも援護してはいるのだが、負傷が重なっているせいでその動きは鈍い。おまけに、流れ弾が掠めて眼鏡が破壊され、視覚補助の機能も使えなくなっていた。仕方なく肉眼で周囲を探ると、蹲って怯えているガイアモンドの姿を発見する。
「ひぃ!何なんだ、これは!」
彼は階段の陰に避難して、頭を庇ってしゃがみ込んでいた。無意識に込み上げる文句と愚痴が、知らない間にこぼれ出す。
「全く、どうしていつもこうなるんだ!!」
せっかく自らの命まで賭けた計画が、失敗に終わったことを彼は悔やんだ。何とかして、ステムを起動させなければ、このままビルが崩れて生き埋めになるかも知れないというのに。しかも、辺りに漂っている煙っぽい空気を浴びて目が乾き、鼻は火事の異臭でひん曲がりそうになっていた。けたたましい銃声が、鼓膜をひっきりなしに震わすのも癪に障る。男に殴られた腹が身動ぐ度に痛んで、空咳が出た。
「うぅっ……許さない。絶対に許さないぞ、セイガ!直接顔を合わせたら、文句を言ってやる!!」
「それは、俺の台詞だと思うが」
思わず憤りのままに叫んだ直後。彼の隣から、聞き覚えのない声がした。驚いて横を向くと、氷のような無表情を湛えた青髪の男と視線が合う。
「ようやく会えたな。<オメガ・クリスタル・コーポレーション>社長、ガイアモンド」
男は抑揚のない平坦な調子で、冷淡に切り出した。名前を呼ばれたガイアモンドは、返事をする余裕もなくして黒い瞳を見開く。
「お前……!セイガ!!」
「お前に覚えられているとは、光栄だ。わざわざ出向いた甲斐があったな」
やっと口を開いたガイアモンドを、セイガは無慈悲な眼差しで射抜いた。相手が無意識に放った、無礼な二人称をあえて返してくるところが何とも皮肉的だ。
「何の用だ!僕の会社を滅茶苦茶にして、ただで済むと思っているのか!?」
しかし、興奮しているガイアモンドは、些細なことなど気にも留めずに続ける。金切り声で捲し立てる彼に、セイガは冷たい冷笑を向けた。
「お前こそ、俺から逃げられると思うのか?」
その感情の読めない態度に、ガイアモンドは己の胸中がざわめくのを感じる。だが、この程度で屈するわけにいかないと、自分自身を奮い立たせた。
「君の目的は、僕への復讐だそうだな……!だが、訳が分からない!何故、僕を恨む!?何のためにこんなことをするんだ!!僕が、僕たちが、何をした!?会社を爆破されても、仕方ないと言われるほどの悪事を働いたというのか!?」
初めは穏やかに喋っていた彼だが、次第に困惑と苛立ちに襲われ語気を荒げていく。何度も息を詰まらせながら畳みかけるガイアモンドを、セイガはただじっと凝視していた。
「ふん、分からないか。だろうな。だから、お前を憎んでいるんだ」
「何だと?」
「常に自分の良い方向にしか考えず、都合の悪いことは直ちに忘れる。目先の利益に夢中になって、犠牲の羊になった者のことは顧みさえしない。そんなお前たちが、独力で過去の罪に気が付くなど、土台無理な話だ」
反駁しかけたガイアモンドを制し、彼はより大きな声で宣う。彼の発言には侮蔑と嫌悪がふんだんに込められていたが、ガイアモンドには意味を理解することが出来なかった。
「何のことだ……?一体、僕が何を」
「デルバール」
ところが、セイガが告げた名前を耳にした途端、ガイアモンドの表情は一変する。いくつかの古い嫌な記憶が、電撃に似た刺激となって脳裏を駆け巡った。
「あれは、俺の父だ。ニコチン中毒のデブで、足し算も出来ない低脳だったが、荒れ果てていた街を仕切る度量はあった。そんな父を、街に来たばかりのお前らは邪魔に思った。だから、殺し屋を放って、襲撃をかけさせたんだろう」
「っ待て!違う!あれは、僕たちじゃ、うっ!」
ガイアモンドの瞼に、丸々と肥えた赤ら顔の人物が映る。反射的に冤罪を訴えてみたが、セイガは無情にも彼を殴り付けて黙らせた。両手を拘束されているため、ガイアモンドはなす術なく転倒する。セイガは起き上がろうともがく彼のネクタイを掴み、力任せに引っ張った。
「ぐ……っ」
「今更喚いても無駄だ。お前たちのせいで、父は惨殺され、母は尊厳を踏み躙られた。残された俺は、豚も食わないような腐ったゴミで、飢えを凌ぐ羽目になった。あの時の屈辱と怒りを、俺は一生忘れはしない……どれほど時間がかかろうとも、必ず、俺が味わった以上の苦痛を与えてやる。絶対に、恨みを晴らすと誓った」
低く呻くガイアモンドの目を、セイガのブルーグレーの瞳が至近距離で睨む。どろどろと淀んだ怒りをぶつけられて、ガイアモンドは堪らず臆した。しかし、次の声を聞くなり、彼の怯懦はたちまち氷解する。
「そのために、何年も費やし、丹念に用意を整えてきた。紆余曲折はあったがな。上手く運んでいれば、今頃お前の背中には、刺客のナイフが突き立てられていたかも知れない。そう考えると惜しいが、まぁ、些細な問題だ」
「刺客……?まさか、アデレードのことか!」
「流石に、あの女のことは覚えていたか。その通りだ。あいつは実によく働く。俺にぴったりの、都合の良い奴隷だ」
咄嗟に思い当たって名を呼ぶと、セイガは薄い肩を小刻みに揺らして愉快そうに笑った。過去の恋人を侮辱されたことで、ガイアモンドは血相を変え衝動的に吐き捨てる。
「ふざけるな、この外道!!どうせ力で脅し付けて、無理に働かせているだけだろう!!」
憎しみに燃える低い声音が、セイガを思い切り痛罵した。しかし、どれだけ責められても、彼の反応は変わらない。
「口を慎め。この状況で、まだ俺に逆らう気か?ガイアモンド。大体、お前にあの女の何が分かる。奴が死ぬ気で言い寄っても、眉一つ動かさなかったというお前に」
淡々と肩られた返事に、ガイアモンドは違和感を抱いて眉を寄せた。だが、セイガは構わずに続ける。
「気が付いていなかったのか?あの女は俺の命令で、お前に媚を売っていただけだ。だが、それがどうした?傲慢なお前は、お高くとまって無視していたらしいじゃないか。それとも、内心プライドをくすぐられて、有頂天になっていたのか?」
すらすらと紡がれる挑発を、ガイアモンドは驚きの表情で呆然と聞いていた。彼の頭の中を無数の疑問が駆け巡り、思考をぐちゃぐちゃにかき乱す。その沈黙を敗北の証と取ったのか、セイガは唇の端を得意げに捻じ曲げた。
「残念だったな。あの女が愛しているのは、この俺だ。無論、俺もあいつを大事に扱い、世話くらいはしてやっているが……奴は馬鹿だからな。自分の置かれた状況をたまに忘れる。そして、時々逃げ出したいとほざくんだ。俺から離れたって、どうしようもないというのにな」
「何……!?」
「だからあいつは、俺から離れない。“そうなる”ように、俺が仕込んだ。俺には絶対に服従しろと、何度も繰り返し教えたんだ。あいつのことは、俺が一番よく分かっている。逆らえないんだよ、俺には……支配して、依存させて、面倒を起こした時の罰と、期待に応えた時の褒美を与えて、離れられないよう躾けてやった。良い女だ、アデルの奴は」
セイガは端正な顔を冷酷に歪め、信じ難いほど非道な行いを告白する。彼が彼女の愛称を口にした瞬間、ガイアモンドの体内で必死に抑えていた殺意が爆発した。
「貴様ぁっ!!」
激情に身を任せて、彼は無理矢理体を起こす。ネクタイを掴むセイガの手を振り払い、体重で抑え込んで反撃しようとした。
しかし、突然生じた強烈な風が、彼の体を吹き飛ばした。
「うぐっ!?」
再び、床に倒れるガイアモンドの頭上を一筋の冷気が吹き抜ける。直後、室内の温度が急激に下がり、皆の体が悪寒に震えた。誰かの吐く息が、白い靄となって空中に溶ける。
「話は終いだ、ガイアモンド。俺はお前を殺し、会社を乗っ取り、永久にこの街を操る」
魔法を用いてフロアを掌握したセイガが、悠然とその場に佇んでいた。彼の周囲は大きく様子が変化し、まるで冷凍庫のような状態に陥っている。床も壁も分厚い霜に覆われ、天井や手すりからは、尖った氷柱が不自然な角度で突き出していた。肉体を容易に貫くことも出来る鋭さに、手下たちまでもが怯えて身を戦慄かせる。
「お前のようなクズには、一日たりとも生き存えさせはしない。遺言でもあるのなら、今の内に残しておくことだ」
セイガは片手をゆっくりとポケットに突っ込むと、拳銃を取り出した。古びて錆の付着したリボルバーを構え、ガイアモンドに狙いを定める。
「くっ……!」
彼は歯噛みして左右を見回すものの、役に立ちそうな物は皆無であった。盾となり得る壁も、力を貸してくれる仲間も、時間も情報もなしにいきなり妙案が浮かぶはずもない。ただ非常に澄み切って、張り詰めた空気を吸っているしか出来なかった。
セイガの指が、引き金にかかる。撃たれると想像して、ガイアモンドはきつく目を瞑った。せめて致命傷は避けたいと、無意識に顔を逸らし、身体を捻って衝撃に備える。
「そこまでだ」
死を覚悟したガイアモンドの耳に、友人の声と銃声が同時に飛び込んできた。
「行って!逃げなさい」
ネプチューンとレジーナが、腕を振って惑う人々を鼓舞し、行くべき方向を指し示す。広いホールの中は、複数の足がガラスを踏み砕く、耳障りな音で満たされた。
「奴ら、逃げるぞ!」
「追え!!」
一方で、ビルを占拠していた男たちも、危機を悟って対処を始めている。彼らが混乱して、無闇に銃を撃つせいで、壁や床のあちこちに点々と黒い穴が生じていた。だが、それも長くは続かない。隙だらけの彼らの後ろに、ネプチューンがこっそりと回って、一人また一人と静かに片付けていくからだ。首を絞められた男たちは次々と失神し、ゆっくりとその場に倒れ伏す。ムーンも援護してはいるのだが、負傷が重なっているせいでその動きは鈍い。おまけに、流れ弾が掠めて眼鏡が破壊され、視覚補助の機能も使えなくなっていた。仕方なく肉眼で周囲を探ると、蹲って怯えているガイアモンドの姿を発見する。
「ひぃ!何なんだ、これは!」
彼は階段の陰に避難して、頭を庇ってしゃがみ込んでいた。無意識に込み上げる文句と愚痴が、知らない間にこぼれ出す。
「全く、どうしていつもこうなるんだ!!」
せっかく自らの命まで賭けた計画が、失敗に終わったことを彼は悔やんだ。何とかして、ステムを起動させなければ、このままビルが崩れて生き埋めになるかも知れないというのに。しかも、辺りに漂っている煙っぽい空気を浴びて目が乾き、鼻は火事の異臭でひん曲がりそうになっていた。けたたましい銃声が、鼓膜をひっきりなしに震わすのも癪に障る。男に殴られた腹が身動ぐ度に痛んで、空咳が出た。
「うぅっ……許さない。絶対に許さないぞ、セイガ!直接顔を合わせたら、文句を言ってやる!!」
「それは、俺の台詞だと思うが」
思わず憤りのままに叫んだ直後。彼の隣から、聞き覚えのない声がした。驚いて横を向くと、氷のような無表情を湛えた青髪の男と視線が合う。
「ようやく会えたな。<オメガ・クリスタル・コーポレーション>社長、ガイアモンド」
男は抑揚のない平坦な調子で、冷淡に切り出した。名前を呼ばれたガイアモンドは、返事をする余裕もなくして黒い瞳を見開く。
「お前……!セイガ!!」
「お前に覚えられているとは、光栄だ。わざわざ出向いた甲斐があったな」
やっと口を開いたガイアモンドを、セイガは無慈悲な眼差しで射抜いた。相手が無意識に放った、無礼な二人称をあえて返してくるところが何とも皮肉的だ。
「何の用だ!僕の会社を滅茶苦茶にして、ただで済むと思っているのか!?」
しかし、興奮しているガイアモンドは、些細なことなど気にも留めずに続ける。金切り声で捲し立てる彼に、セイガは冷たい冷笑を向けた。
「お前こそ、俺から逃げられると思うのか?」
その感情の読めない態度に、ガイアモンドは己の胸中がざわめくのを感じる。だが、この程度で屈するわけにいかないと、自分自身を奮い立たせた。
「君の目的は、僕への復讐だそうだな……!だが、訳が分からない!何故、僕を恨む!?何のためにこんなことをするんだ!!僕が、僕たちが、何をした!?会社を爆破されても、仕方ないと言われるほどの悪事を働いたというのか!?」
初めは穏やかに喋っていた彼だが、次第に困惑と苛立ちに襲われ語気を荒げていく。何度も息を詰まらせながら畳みかけるガイアモンドを、セイガはただじっと凝視していた。
「ふん、分からないか。だろうな。だから、お前を憎んでいるんだ」
「何だと?」
「常に自分の良い方向にしか考えず、都合の悪いことは直ちに忘れる。目先の利益に夢中になって、犠牲の羊になった者のことは顧みさえしない。そんなお前たちが、独力で過去の罪に気が付くなど、土台無理な話だ」
反駁しかけたガイアモンドを制し、彼はより大きな声で宣う。彼の発言には侮蔑と嫌悪がふんだんに込められていたが、ガイアモンドには意味を理解することが出来なかった。
「何のことだ……?一体、僕が何を」
「デルバール」
ところが、セイガが告げた名前を耳にした途端、ガイアモンドの表情は一変する。いくつかの古い嫌な記憶が、電撃に似た刺激となって脳裏を駆け巡った。
「あれは、俺の父だ。ニコチン中毒のデブで、足し算も出来ない低脳だったが、荒れ果てていた街を仕切る度量はあった。そんな父を、街に来たばかりのお前らは邪魔に思った。だから、殺し屋を放って、襲撃をかけさせたんだろう」
「っ待て!違う!あれは、僕たちじゃ、うっ!」
ガイアモンドの瞼に、丸々と肥えた赤ら顔の人物が映る。反射的に冤罪を訴えてみたが、セイガは無情にも彼を殴り付けて黙らせた。両手を拘束されているため、ガイアモンドはなす術なく転倒する。セイガは起き上がろうともがく彼のネクタイを掴み、力任せに引っ張った。
「ぐ……っ」
「今更喚いても無駄だ。お前たちのせいで、父は惨殺され、母は尊厳を踏み躙られた。残された俺は、豚も食わないような腐ったゴミで、飢えを凌ぐ羽目になった。あの時の屈辱と怒りを、俺は一生忘れはしない……どれほど時間がかかろうとも、必ず、俺が味わった以上の苦痛を与えてやる。絶対に、恨みを晴らすと誓った」
低く呻くガイアモンドの目を、セイガのブルーグレーの瞳が至近距離で睨む。どろどろと淀んだ怒りをぶつけられて、ガイアモンドは堪らず臆した。しかし、次の声を聞くなり、彼の怯懦はたちまち氷解する。
「そのために、何年も費やし、丹念に用意を整えてきた。紆余曲折はあったがな。上手く運んでいれば、今頃お前の背中には、刺客のナイフが突き立てられていたかも知れない。そう考えると惜しいが、まぁ、些細な問題だ」
「刺客……?まさか、アデレードのことか!」
「流石に、あの女のことは覚えていたか。その通りだ。あいつは実によく働く。俺にぴったりの、都合の良い奴隷だ」
咄嗟に思い当たって名を呼ぶと、セイガは薄い肩を小刻みに揺らして愉快そうに笑った。過去の恋人を侮辱されたことで、ガイアモンドは血相を変え衝動的に吐き捨てる。
「ふざけるな、この外道!!どうせ力で脅し付けて、無理に働かせているだけだろう!!」
憎しみに燃える低い声音が、セイガを思い切り痛罵した。しかし、どれだけ責められても、彼の反応は変わらない。
「口を慎め。この状況で、まだ俺に逆らう気か?ガイアモンド。大体、お前にあの女の何が分かる。奴が死ぬ気で言い寄っても、眉一つ動かさなかったというお前に」
淡々と肩られた返事に、ガイアモンドは違和感を抱いて眉を寄せた。だが、セイガは構わずに続ける。
「気が付いていなかったのか?あの女は俺の命令で、お前に媚を売っていただけだ。だが、それがどうした?傲慢なお前は、お高くとまって無視していたらしいじゃないか。それとも、内心プライドをくすぐられて、有頂天になっていたのか?」
すらすらと紡がれる挑発を、ガイアモンドは驚きの表情で呆然と聞いていた。彼の頭の中を無数の疑問が駆け巡り、思考をぐちゃぐちゃにかき乱す。その沈黙を敗北の証と取ったのか、セイガは唇の端を得意げに捻じ曲げた。
「残念だったな。あの女が愛しているのは、この俺だ。無論、俺もあいつを大事に扱い、世話くらいはしてやっているが……奴は馬鹿だからな。自分の置かれた状況をたまに忘れる。そして、時々逃げ出したいとほざくんだ。俺から離れたって、どうしようもないというのにな」
「何……!?」
「だからあいつは、俺から離れない。“そうなる”ように、俺が仕込んだ。俺には絶対に服従しろと、何度も繰り返し教えたんだ。あいつのことは、俺が一番よく分かっている。逆らえないんだよ、俺には……支配して、依存させて、面倒を起こした時の罰と、期待に応えた時の褒美を与えて、離れられないよう躾けてやった。良い女だ、アデルの奴は」
セイガは端正な顔を冷酷に歪め、信じ難いほど非道な行いを告白する。彼が彼女の愛称を口にした瞬間、ガイアモンドの体内で必死に抑えていた殺意が爆発した。
「貴様ぁっ!!」
激情に身を任せて、彼は無理矢理体を起こす。ネクタイを掴むセイガの手を振り払い、体重で抑え込んで反撃しようとした。
しかし、突然生じた強烈な風が、彼の体を吹き飛ばした。
「うぐっ!?」
再び、床に倒れるガイアモンドの頭上を一筋の冷気が吹き抜ける。直後、室内の温度が急激に下がり、皆の体が悪寒に震えた。誰かの吐く息が、白い靄となって空中に溶ける。
「話は終いだ、ガイアモンド。俺はお前を殺し、会社を乗っ取り、永久にこの街を操る」
魔法を用いてフロアを掌握したセイガが、悠然とその場に佇んでいた。彼の周囲は大きく様子が変化し、まるで冷凍庫のような状態に陥っている。床も壁も分厚い霜に覆われ、天井や手すりからは、尖った氷柱が不自然な角度で突き出していた。肉体を容易に貫くことも出来る鋭さに、手下たちまでもが怯えて身を戦慄かせる。
「お前のようなクズには、一日たりとも生き存えさせはしない。遺言でもあるのなら、今の内に残しておくことだ」
セイガは片手をゆっくりとポケットに突っ込むと、拳銃を取り出した。古びて錆の付着したリボルバーを構え、ガイアモンドに狙いを定める。
「くっ……!」
彼は歯噛みして左右を見回すものの、役に立ちそうな物は皆無であった。盾となり得る壁も、力を貸してくれる仲間も、時間も情報もなしにいきなり妙案が浮かぶはずもない。ただ非常に澄み切って、張り詰めた空気を吸っているしか出来なかった。
セイガの指が、引き金にかかる。撃たれると想像して、ガイアモンドはきつく目を瞑った。せめて致命傷は避けたいと、無意識に顔を逸らし、身体を捻って衝撃に備える。
「そこまでだ」
死を覚悟したガイアモンドの耳に、友人の声と銃声が同時に飛び込んできた。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を
花籠しずく
キャラ文芸
――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。
月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。
帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。
「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」
これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。
※R-15っぽいゆるい性描写があります。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる