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社長の秘策
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「痛っ!」
「大丈夫?レジーナ」
突き飛ばされ、床に転倒したレジーナをネプチューンが心配そうに見遣る。しかし、支え起こしてやりたくとも、両手を後ろで縛られた状態ではほとんど何も出来なかった。
「えぇ、平気よ……」
それでもどうにか体勢を立て直して、レジーナは彼に囁く。
先程、謎の男たちによって捕えられた二人は、今や人質として他の社員と共に拘束されていた。彼らはビルの一階の階段のそばに集められ、恐怖に強張った顔で互いに身を寄せ合っている。自分たち以外にも多くの者が巻き込まれている事実に、レジーナは悔しさを覚えて歯噛みした。ネプチューンも脳内で抵抗の計画を考えてみるが、どれもリスクが高過ぎて実行に踏み切れない。
「待て!!待ってくれ!!」
その時、どこからか聞き馴染みのある声が響いた。階段の上の柱の陰から、突如としてガイアモンドが姿を現す。社長本人が敵の前に出てきたことに、居並ぶ社員たちは愕然として息を飲んだ。無論、ネプチューンとレジーナも例外ではない。
「撃たないでくれ!!僕はガイアモンドだ!君たちと交渉に来た!頼むから、誰も傷付けないでくれ!!」
彼は両手を挙げて、突き付けられる無数の銃に対して降参をアピールしている。そして何度も同じ単語を繰り返し、敵意がないことを懸命に伝えていた。
「君たちの狙いは、僕だろう?だったら、もう目的は達成されたはずだ。僕は投降する。戦うことも、抵抗もしない。罠にかけようともしていない。僕の要求はたった一つだ!彼らを、社員たちを解放してくれ!」
階段の上から一同を見渡し、苦痛に塗れた表情を浮かべた彼は、半分くらい本音の混じった嘆願を口にした。常に凛としているガイアモンドの切実な訴えに、社員たちはつられて感激の涙をこぼす。
「……降りて来い」
男たちの中でも格別体格のいい人物が、低い声色で彼に指図した。指差された位置に向かって、ガイアモンドは慎重に、隙のない足取りで階段を降りていく。その緩慢な動作に苛立ったのか、別の者が彼を急かした。
「早くしろ!」
「分かった、分かったよ!」
怒鳴られたガイアモンドは、沈痛な叫びと共に残りの道を早足で通り過ぎる。階下に辿り着くや否や、待ち構えていた男によって両腕を掴まれた。
「頼むから、皆をこれ以上怖がらせないでくれ。彼らは無関係だ。僕さえいれば、事足りるんじゃないのか!?」
力尽くで押さえ込まれたガイアモンドは、左右に身を捩って佇む男たちを数える。本来なら、リーダー格と一対一で話したいところだったが、彼らは全員ゴーグルで顔を隠しており、誰が誰なのかも分からなかった。やがて最初に彼に命令した男が、冷淡な調子で告げる。
「それはお前が決めることじゃない」
にべもなくあしらわれ、ガイアモンドは悲嘆に暮れた絶望の眼差しを作った。少々過剰な反応を、男たちは芝居ではないかと疑い胡乱げに一瞥する。
「お願いだ、怪我人もいる!早く逃がして、病院に」
「静かにしやがれ!」
「うぐっ!」
哀れな声で追い縋る彼を、いい加減煩わしく思った大柄な男が恫喝した。硬い拳で腹を殴打され、ガイアモンドは衝撃に呻く。
「ゴホッ、ゴホ……!」
何度も咳き込む彼を男たちは強引に縛り上げ、冷えた床の隅に放り出した。ガイアモンドは必死にもがいて上体を起こすが、大して出来ることがあるわけでもない。整えられた髪を乱し、息を荒げて蹲っている彼を、社員たちは不安げに眺めているしかなかった。
「ボス、どうしますか?奴は人質の解放を要求していますが」
いつの間にか、ガイアモンドを殴った男が、携帯で誰かと連絡を取っている。“ボス”なる相手が余程恐ろしいのか、他の仲間たちはウロウロと落ち着かなげに徘徊し始めた。彼らの注意が散漫になっている今なら、行動を起こせるかも知れない。ネプチューンは意識をより一層集中させて、自由になるための流れをシミュレートした。
「君たちの望みは何だ?金か?それとも、街の利権か……僕に出来ることなら何でもする!だから、せめて社員たちを」
「黙れと言っているだろ!」
通話に気を取られている男たちを、ガイアモンドが更に引き付ける。途端にまた暴力を振るわれ、倒れ込みながらも、彼は決して黙らなかった。
にわかに騒がしくなっていくホールを見下ろし、ムーンはそろそろ頃合いかと判断する。彼が立っている場所は、三階の吹き抜けを囲んでいる、細い手すりの上だった。そこから左手の壁に刻まれたわずかな出っ張りに飛び移り、大時計に近付く計画である。ガイアモンドの説明が正しければ、短針を文字盤に戻すことが合図となって、緊急制御システムが起動すると思われた。
長身に似合わない軽々とした動きで、ムーンは壁の段差に足を乗せる。たちまちバランスを崩して、危うく転落しそうになったが、何とか気合いで持ち堪えた。安全性を保つためには、もう少し念を入れて進みたいところだが、残念なことに時間がない。早く作業を完了させなければ、指輪が担っている“不可視の魔法”が切れ、階下の男たちに発見されるかも知れなかった。仕方なく、ムーンは可能な限り速やかに先へ進んでいく。
壁に手を這わせると、肩の傷がズキリと痛んだ。赤く汚れた掌をジャケットの裾で拭うが、またすぐに新たな血が流れてくる。傷口が開いてしまっているのか、徐々に出血量が嵩んで、身体が重怠くなってきていた。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。何としてでも時計のもとまで行くのだと、彼は懐に手を伸ばし、預かっている短剣の感触を指先で確かめた。
突然、何かの危険を感じて彼は振り返る。正面に聳えるガラス張りの壁の奥、道路の反対側から、何者かの視線が注がれていた。当然、両者の距離はかなりのものだし、ムーンは魔法で姿を消しているというのに、相手もまた魔法の効力か彼の存在を克明に認識している。その事実を、彼は優れた第六感で素早く察知した。
彼の視界の中央で小さな光が煌めく。慌てて身を翻したが、遅かった。左の太腿に強烈な痛みが走ったかと思うと、ムーンの身体は中空に投げ出される。どうやら、衝撃に耐えきれず、細い足場を踏み外してしまったのだろう。幸い、真下には人工植物の植えられた花壇があったため、床に叩き付けられることはなかった。ワサワサと生い茂った葉や、敷き詰められたウッドチップがクッションとなって、落下ダメージの大半を吸収する。だが当たり前ながら、狙撃された傷は癒えない。
「何だ!?」
「アデルが誰か撃ったんだ!!」
「捕まえろ!!」
派手な物音で事態に気付いた男たちが、大声でやり取りしている。彼らに捕まらないよう、ムーンは植物の間に入り込んで隠れた。足の傷は浅く、出血量も多くなかったがすぐには動けそうもない。これでは大時計に近付くどころか、移動もままならないだろう。ならばどうするかと彼は一瞬頭を悩ませ、即座に名案を思い付く。
ハンドガンを何発か躊躇いなく発砲し、付近の床に銃弾を撃ち込む。魔法の込められた弾は、着弾と同時に濃厚な煙幕を展開し、男たちを包み込んだ。慌てふためく彼らの様子を探り、ムーンは冷静に次の弾を装填すると、今度は一方の壁を狙う。彼もまた煙に覆われて、視界の自由を失っていたが、眼鏡に搭載された機能のおかげで困ることはなかった。彼が放った弾丸は、命中するなり大爆発を起こして、壁を粉々に破壊する。大砲にも匹敵する威力が発揮されたことで、嵌め込まれた強化ガラスが砕け散り、外から新鮮な空気が流れてきた。
「こっちだ、早く逃げろ!!」
ムーンの意図を悟ったネプチューンが、すかさず立ち上がって皆を導いた。
「大丈夫?レジーナ」
突き飛ばされ、床に転倒したレジーナをネプチューンが心配そうに見遣る。しかし、支え起こしてやりたくとも、両手を後ろで縛られた状態ではほとんど何も出来なかった。
「えぇ、平気よ……」
それでもどうにか体勢を立て直して、レジーナは彼に囁く。
先程、謎の男たちによって捕えられた二人は、今や人質として他の社員と共に拘束されていた。彼らはビルの一階の階段のそばに集められ、恐怖に強張った顔で互いに身を寄せ合っている。自分たち以外にも多くの者が巻き込まれている事実に、レジーナは悔しさを覚えて歯噛みした。ネプチューンも脳内で抵抗の計画を考えてみるが、どれもリスクが高過ぎて実行に踏み切れない。
「待て!!待ってくれ!!」
その時、どこからか聞き馴染みのある声が響いた。階段の上の柱の陰から、突如としてガイアモンドが姿を現す。社長本人が敵の前に出てきたことに、居並ぶ社員たちは愕然として息を飲んだ。無論、ネプチューンとレジーナも例外ではない。
「撃たないでくれ!!僕はガイアモンドだ!君たちと交渉に来た!頼むから、誰も傷付けないでくれ!!」
彼は両手を挙げて、突き付けられる無数の銃に対して降参をアピールしている。そして何度も同じ単語を繰り返し、敵意がないことを懸命に伝えていた。
「君たちの狙いは、僕だろう?だったら、もう目的は達成されたはずだ。僕は投降する。戦うことも、抵抗もしない。罠にかけようともしていない。僕の要求はたった一つだ!彼らを、社員たちを解放してくれ!」
階段の上から一同を見渡し、苦痛に塗れた表情を浮かべた彼は、半分くらい本音の混じった嘆願を口にした。常に凛としているガイアモンドの切実な訴えに、社員たちはつられて感激の涙をこぼす。
「……降りて来い」
男たちの中でも格別体格のいい人物が、低い声色で彼に指図した。指差された位置に向かって、ガイアモンドは慎重に、隙のない足取りで階段を降りていく。その緩慢な動作に苛立ったのか、別の者が彼を急かした。
「早くしろ!」
「分かった、分かったよ!」
怒鳴られたガイアモンドは、沈痛な叫びと共に残りの道を早足で通り過ぎる。階下に辿り着くや否や、待ち構えていた男によって両腕を掴まれた。
「頼むから、皆をこれ以上怖がらせないでくれ。彼らは無関係だ。僕さえいれば、事足りるんじゃないのか!?」
力尽くで押さえ込まれたガイアモンドは、左右に身を捩って佇む男たちを数える。本来なら、リーダー格と一対一で話したいところだったが、彼らは全員ゴーグルで顔を隠しており、誰が誰なのかも分からなかった。やがて最初に彼に命令した男が、冷淡な調子で告げる。
「それはお前が決めることじゃない」
にべもなくあしらわれ、ガイアモンドは悲嘆に暮れた絶望の眼差しを作った。少々過剰な反応を、男たちは芝居ではないかと疑い胡乱げに一瞥する。
「お願いだ、怪我人もいる!早く逃がして、病院に」
「静かにしやがれ!」
「うぐっ!」
哀れな声で追い縋る彼を、いい加減煩わしく思った大柄な男が恫喝した。硬い拳で腹を殴打され、ガイアモンドは衝撃に呻く。
「ゴホッ、ゴホ……!」
何度も咳き込む彼を男たちは強引に縛り上げ、冷えた床の隅に放り出した。ガイアモンドは必死にもがいて上体を起こすが、大して出来ることがあるわけでもない。整えられた髪を乱し、息を荒げて蹲っている彼を、社員たちは不安げに眺めているしかなかった。
「ボス、どうしますか?奴は人質の解放を要求していますが」
いつの間にか、ガイアモンドを殴った男が、携帯で誰かと連絡を取っている。“ボス”なる相手が余程恐ろしいのか、他の仲間たちはウロウロと落ち着かなげに徘徊し始めた。彼らの注意が散漫になっている今なら、行動を起こせるかも知れない。ネプチューンは意識をより一層集中させて、自由になるための流れをシミュレートした。
「君たちの望みは何だ?金か?それとも、街の利権か……僕に出来ることなら何でもする!だから、せめて社員たちを」
「黙れと言っているだろ!」
通話に気を取られている男たちを、ガイアモンドが更に引き付ける。途端にまた暴力を振るわれ、倒れ込みながらも、彼は決して黙らなかった。
にわかに騒がしくなっていくホールを見下ろし、ムーンはそろそろ頃合いかと判断する。彼が立っている場所は、三階の吹き抜けを囲んでいる、細い手すりの上だった。そこから左手の壁に刻まれたわずかな出っ張りに飛び移り、大時計に近付く計画である。ガイアモンドの説明が正しければ、短針を文字盤に戻すことが合図となって、緊急制御システムが起動すると思われた。
長身に似合わない軽々とした動きで、ムーンは壁の段差に足を乗せる。たちまちバランスを崩して、危うく転落しそうになったが、何とか気合いで持ち堪えた。安全性を保つためには、もう少し念を入れて進みたいところだが、残念なことに時間がない。早く作業を完了させなければ、指輪が担っている“不可視の魔法”が切れ、階下の男たちに発見されるかも知れなかった。仕方なく、ムーンは可能な限り速やかに先へ進んでいく。
壁に手を這わせると、肩の傷がズキリと痛んだ。赤く汚れた掌をジャケットの裾で拭うが、またすぐに新たな血が流れてくる。傷口が開いてしまっているのか、徐々に出血量が嵩んで、身体が重怠くなってきていた。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。何としてでも時計のもとまで行くのだと、彼は懐に手を伸ばし、預かっている短剣の感触を指先で確かめた。
突然、何かの危険を感じて彼は振り返る。正面に聳えるガラス張りの壁の奥、道路の反対側から、何者かの視線が注がれていた。当然、両者の距離はかなりのものだし、ムーンは魔法で姿を消しているというのに、相手もまた魔法の効力か彼の存在を克明に認識している。その事実を、彼は優れた第六感で素早く察知した。
彼の視界の中央で小さな光が煌めく。慌てて身を翻したが、遅かった。左の太腿に強烈な痛みが走ったかと思うと、ムーンの身体は中空に投げ出される。どうやら、衝撃に耐えきれず、細い足場を踏み外してしまったのだろう。幸い、真下には人工植物の植えられた花壇があったため、床に叩き付けられることはなかった。ワサワサと生い茂った葉や、敷き詰められたウッドチップがクッションとなって、落下ダメージの大半を吸収する。だが当たり前ながら、狙撃された傷は癒えない。
「何だ!?」
「アデルが誰か撃ったんだ!!」
「捕まえろ!!」
派手な物音で事態に気付いた男たちが、大声でやり取りしている。彼らに捕まらないよう、ムーンは植物の間に入り込んで隠れた。足の傷は浅く、出血量も多くなかったがすぐには動けそうもない。これでは大時計に近付くどころか、移動もままならないだろう。ならばどうするかと彼は一瞬頭を悩ませ、即座に名案を思い付く。
ハンドガンを何発か躊躇いなく発砲し、付近の床に銃弾を撃ち込む。魔法の込められた弾は、着弾と同時に濃厚な煙幕を展開し、男たちを包み込んだ。慌てふためく彼らの様子を探り、ムーンは冷静に次の弾を装填すると、今度は一方の壁を狙う。彼もまた煙に覆われて、視界の自由を失っていたが、眼鏡に搭載された機能のおかげで困ることはなかった。彼が放った弾丸は、命中するなり大爆発を起こして、壁を粉々に破壊する。大砲にも匹敵する威力が発揮されたことで、嵌め込まれた強化ガラスが砕け散り、外から新鮮な空気が流れてきた。
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