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意外な出会い
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「ぃよっと!ふぅ……」
道を塞いでいたロッカーを退かし、グシオンは軽く息を吐く。彼は掌に付着した埃を落とすと、呑気な面持ちで室内に侵入した。
「ったく、酷ぇ有様だな。逃げるにしたって、もうちょっとお行儀良く出来ないのかね?」
思わず、そんな独り言がこぼれる。礼儀作法に関しては、とやかく言えた義理でないと承知した上のジョークだ。
彼が現在訪れているのは、オメガビルの真向かいにある十階建ての雑居ビル。元々は、先刻垣間見た、五階で瞬く謎の光の正体を突き止めるために来たのだった。しかし、途中でいつもの好奇心と気紛れに駆られて、せっかくなら色々調べておこうと自らの意見を改めた。その結果、目的の場所に辿り着く前に、あちこちの部屋を勝手に物色しておこうと決めたのである。
しかし、建物内のどこにも目ぼしい品は見当たらず、何か異変が起きている様子もなかった。ただ一つ、不自然に散らかっている点を除いては。
彼が入ったどの部屋も、窓ガラスが割れたり、壁紙が破れたりと散々な様相を呈していた。椅子や戸棚は派手にひっくり返り、時には出入り口への動線を思い切り寸断している物もある。まるで、小さな台風が吹き荒れた後のようだ。
一体何があったのかと、グシオンは疑念に満ちた眼差しを注いだ。だが、デスクに置かれたパソコンや、引き出しに仕舞われた書類を見る限りでは、怪しいところなど微塵もない。当たり前に存在する、つまらない会社の一つに過ぎなかった。では、何故これほどまでに滅茶苦茶にされているのだろう。
ふと、最奥に置かれた机に視線が留まった。スチール製の天板に、親指の爪くらいのサイズの穴が空いている。明らかに銃弾が当たったと思しき跡を、グシオンは繁々と観察した。
唐突に、彼の頭上から物音が響く。グシオンはハッと息を飲んで、金の瞳を見開いた。
(あの光が見えたのは、確かこの真上だったな……)
恐らく、正体は掴めないが何者かが上の階にいて、何らかの作業に従事しているのだろう。相手は武器を持っているかも知れないと、彼は出来るだけ息を殺し、気配を消して階段を上がっていった。
数十秒もしない内に、目当ての五階へと到着した。擦り切れたカーペットを踏み締めた彼は、素早く周囲を見渡して誰もいないことを確認する。忍び足で先へ進み、一番近くの部屋の入り口へと近付くと、赤く塗装されたドアが半開きの状態で放置されているのが分かった。隙間から密かに室内を窺うと、下の階のそれと全く同じ広さに作られた、ありきたりなオフィスの光景が目に飛び込んでくる。やはり下の階と同様に雑然と散らかっていて、社員らしき人物の姿もなかった。
しかし、従業員ではなかったが、誰かはいた。黒いレザースーツを着た、金髪の人物が窓際に立っている。体付きからも団子状に結い上げた長い髪からも、女性であると察せられた。彼女はその美しい見た目に似合わない、厳しいスナイパーライフルを構え、外に向かって照準を定めている。銃を扱う手付きにも、細かな調整を確かめる眼差しにも、一切迷いは感じられない。つまり、相当の経験を積んだ精鋭ということだろう。あるいはムーンの同業とも言えた。
(何だ、あの女……?)
まだ気付かれていないのを幸いと、グシオンは佇んだままの姿勢で懸命に目を凝らした。過去に会ったことのある相手かと考えてはみたが、生憎ライフルの扱いに長けた美女の知り合いはいない。恐らく、セイガの部下の一人と予想されたが、それにしては単独行動をしているのが気にかかった。余程、彼から厚く信頼されている幹部なのだろうか。
そういえば、セイガはいつも金髪の女を愛人として侍らせていると、どこかで耳にしたことがある。しかし、であれば尚更、仲間が周囲にいないのは不自然な事態だった。本当に彼女が愛人で、常にそばに置くくらい大切にしている相手だとしたら、たとえ必要なくとも護衛の数人は控えさせておくだろう。にも関わらず、あえて彼女を孤立させているのなら、それは罠である可能性が高い。
どうすべきかとグシオンが思案していると、突然女がライフルの引き金を引いた。弾道の先には、未だ黒煙を上げ続けているオメガ社が聳えている。彼女の狙いは、ビルの中にいる人物だと容易に想像することが出来た。
(どうすっかな……助ける義理は、あるかないか……)
グシオンはしばし首を捻って、自らの身の振り方を熟考する。もちろん、ガイアモンドやムーンを助けたい気持ちもなくはないが、如何せん相手はプロの狙撃手。掏摸と詐欺で食い繋ぐ小悪党グシオンに、太刀打ち出来る敵とは到底思えなかった。かといって、あの二人を見捨てるわけにもいかないだろう。明晰な頭脳と病的なまでの蛮勇を備えたムーンと、彼が忠誠を誓う優れた君主ガイアモンド。彼らの協力なくしては、セイガへの報復という目的を達することは出来ない。あるいは、二人の死を黙認し街の均衡を崩壊に導いた張本人として、アメジスト中から恨みを買う恐れもあった。
(仕方ない。奴らには、後でたんまりツケを払ってもらうか)
壁にもたれたグシオンは、一つ溜め息を吐いて決断を下す。そしておもむろに片手を上げて、扉を二回ノックした。
「!!」
「お邪魔しまぁ~……って、おっと!まさか、先客がいるとは知らなかったぜ」
ドアを開けるなりすぐに、彼は驚愕の表情を浮かべた女によって銃を突き付けられていた。予想通りの展開だが、とりあえずは慌てたふりをして立ち止まる。
「動かないで!」
彼を睨み付けた女は、微塵も慈悲の感じられない冷たい声音で命じた。その整った顔立ちや、バランスの良い体付きを眺め回し、グシオンはこれがセイガの“好み”かと通人ぶって納得する。
「あなたは、誰?」
品定めされることには慣れているのか、女は決して動揺せずに、質問を投げかけた。グシオンは怯えを隠して強がっている臆病者を演じ、媚を含んだ笑顔で答える。
「た、ただのこそ泥だよ。さっきの爆発で、ここら一帯の連中はみ~んな出払った。警察も機能してねぇみたいだし、今なら誰にも捕まらずに、金目のモンをありったけ盗めるだろ?だから、危険を承知でここに来たんだよ」
出まかせを並べるグシオンの顔を、女は疑いの眼差しでじっと凝視した。この男が危険人物なのか、あるいは大したことのない小悪党なのか、計りかねているらしい。グシオンは構わず、薄笑いを保って女のそばへ近寄った。
「あんたも俺たちと同業か?にしちゃあ、えらく大仰な武器を使うんだな」
ところが、数歩分も進まない内に、大きな銃声が響き渡る。グシオンの足元に、威嚇として放たれた銃弾が命中し、黒い穴を空けていた。
「近付かないで!一歩でもこっちに来たら撃つわ」
警戒心を露わに叫ぶ彼女を、グシオンは演技を止めた冷然な態度で見据える。
「……おっかねぇなぁ。そうやって、下に残ってた奴らも追い払ったのか?机に弾痕が残ってたぜ」
唐突に雰囲気の変わった彼を、女は訝しんで後退った。
「それを詮索して、どうするの?私は、今この場であなたを射殺することも出来るのよ」
「別にぃ?どうするもこうするもねぇよ。言ったろ?俺は、火事場泥棒に来ただけなんだって」
あからさまな脅しを無視して、グシオンは軽い口調で言い募る。こそ泥と名乗る割には肝の座り過ぎた男に、彼女はわずかな恐怖を覚えた。
「あんたこそ、飢えた野良猫みてぇに気が立ってるのは何でだ?そんなご大層な得物持って、まさか本当に、泥棒だの強盗だのと言い張るつもりじゃねーだろ?一体、何を企んでる?」
彼女の心に芽生えた疑念を、グシオンはわざとらしく煽り立てる。にやにやとした意地の悪い笑みを、女は澄んだ瞳で真っ直ぐ射抜いた。
「……あなたに打ち明ける筋合いはないわ。でも、そんなに気になるなら、教えてあげる」
「お、そりゃありがたいね。是非頼むよ」
相変わらずおどけた仕草で肩を竦める彼を、女は油断のない目付きで入念に探る。ゆっくりと携えていたライフルを持ち上げ、男の胸を目掛けて構えても、グシオンは狼狽の兆候さえ示さなかった。
「私の仕事はね……邪魔者を排除することよ!」
泰然とした言動に、女は嫌な予感を拭いきれなくなり、ついに再び発砲する。射出された弾丸を、グシオンは凄まじい瞬発力で回避した。咄嗟に横に跳んで身を伏せる刹那、弾が二の腕を掠め、血の飛沫が辺りに散る。だが、彼は痛みを堪えて机の下に逃げ込んだ。
「おいおい、いきなり物騒だなぁ!まずは、話をしようぜ?仲良くやろうじゃねぇの、なぁ!」
傷口を押さえつつ、腹立ち紛れに呼びかけてみるものの返答はない。ヒールが床を叩く硬質な音と、ライフルを調整するかすかな金属音が聞こえてくるだけだった。
「あなた、やっぱり彼の仲間ね。私の存在に気付いて、妨害しに来た。違う?」
彼女は確信に満ちた声音で尋ねたが、グシオンは取り合わない。
「へっ、何のことだか!俺はこそ泥だって何回も言ってんだろ?」
「惚けても無駄よ。あなたの正体も目的も、もう全て分かってるわ。どうせ、お金に釣られて協力を約束した、チンケな小物。でしょう?」
挑発的に嘲笑う彼を、女は軽蔑の滲んだ調子で罵る。しかし、その言い方はどこか歯切れが悪く、舌先での応酬にあまり慣れていないことが明白に感じ取れた。グシオンは思わず吹き出したり、揶揄いたくなるのを我慢して、不出来な策略に引っかかって激昂する馬鹿を装う。
「ハァ~、ったく……口の減らねぇ女だな!」
彼は無理矢理怒号を絞り出すと、物陰を這って移動し、偶然落ちていたモップの柄を掴んだ。それから、こっそりと女の背後に回り、得物を振り回して勢いよく突進する。後ろから迫り来る攻撃を、彼女は巧みに見切って応戦した。
道を塞いでいたロッカーを退かし、グシオンは軽く息を吐く。彼は掌に付着した埃を落とすと、呑気な面持ちで室内に侵入した。
「ったく、酷ぇ有様だな。逃げるにしたって、もうちょっとお行儀良く出来ないのかね?」
思わず、そんな独り言がこぼれる。礼儀作法に関しては、とやかく言えた義理でないと承知した上のジョークだ。
彼が現在訪れているのは、オメガビルの真向かいにある十階建ての雑居ビル。元々は、先刻垣間見た、五階で瞬く謎の光の正体を突き止めるために来たのだった。しかし、途中でいつもの好奇心と気紛れに駆られて、せっかくなら色々調べておこうと自らの意見を改めた。その結果、目的の場所に辿り着く前に、あちこちの部屋を勝手に物色しておこうと決めたのである。
しかし、建物内のどこにも目ぼしい品は見当たらず、何か異変が起きている様子もなかった。ただ一つ、不自然に散らかっている点を除いては。
彼が入ったどの部屋も、窓ガラスが割れたり、壁紙が破れたりと散々な様相を呈していた。椅子や戸棚は派手にひっくり返り、時には出入り口への動線を思い切り寸断している物もある。まるで、小さな台風が吹き荒れた後のようだ。
一体何があったのかと、グシオンは疑念に満ちた眼差しを注いだ。だが、デスクに置かれたパソコンや、引き出しに仕舞われた書類を見る限りでは、怪しいところなど微塵もない。当たり前に存在する、つまらない会社の一つに過ぎなかった。では、何故これほどまでに滅茶苦茶にされているのだろう。
ふと、最奥に置かれた机に視線が留まった。スチール製の天板に、親指の爪くらいのサイズの穴が空いている。明らかに銃弾が当たったと思しき跡を、グシオンは繁々と観察した。
唐突に、彼の頭上から物音が響く。グシオンはハッと息を飲んで、金の瞳を見開いた。
(あの光が見えたのは、確かこの真上だったな……)
恐らく、正体は掴めないが何者かが上の階にいて、何らかの作業に従事しているのだろう。相手は武器を持っているかも知れないと、彼は出来るだけ息を殺し、気配を消して階段を上がっていった。
数十秒もしない内に、目当ての五階へと到着した。擦り切れたカーペットを踏み締めた彼は、素早く周囲を見渡して誰もいないことを確認する。忍び足で先へ進み、一番近くの部屋の入り口へと近付くと、赤く塗装されたドアが半開きの状態で放置されているのが分かった。隙間から密かに室内を窺うと、下の階のそれと全く同じ広さに作られた、ありきたりなオフィスの光景が目に飛び込んでくる。やはり下の階と同様に雑然と散らかっていて、社員らしき人物の姿もなかった。
しかし、従業員ではなかったが、誰かはいた。黒いレザースーツを着た、金髪の人物が窓際に立っている。体付きからも団子状に結い上げた長い髪からも、女性であると察せられた。彼女はその美しい見た目に似合わない、厳しいスナイパーライフルを構え、外に向かって照準を定めている。銃を扱う手付きにも、細かな調整を確かめる眼差しにも、一切迷いは感じられない。つまり、相当の経験を積んだ精鋭ということだろう。あるいはムーンの同業とも言えた。
(何だ、あの女……?)
まだ気付かれていないのを幸いと、グシオンは佇んだままの姿勢で懸命に目を凝らした。過去に会ったことのある相手かと考えてはみたが、生憎ライフルの扱いに長けた美女の知り合いはいない。恐らく、セイガの部下の一人と予想されたが、それにしては単独行動をしているのが気にかかった。余程、彼から厚く信頼されている幹部なのだろうか。
そういえば、セイガはいつも金髪の女を愛人として侍らせていると、どこかで耳にしたことがある。しかし、であれば尚更、仲間が周囲にいないのは不自然な事態だった。本当に彼女が愛人で、常にそばに置くくらい大切にしている相手だとしたら、たとえ必要なくとも護衛の数人は控えさせておくだろう。にも関わらず、あえて彼女を孤立させているのなら、それは罠である可能性が高い。
どうすべきかとグシオンが思案していると、突然女がライフルの引き金を引いた。弾道の先には、未だ黒煙を上げ続けているオメガ社が聳えている。彼女の狙いは、ビルの中にいる人物だと容易に想像することが出来た。
(どうすっかな……助ける義理は、あるかないか……)
グシオンはしばし首を捻って、自らの身の振り方を熟考する。もちろん、ガイアモンドやムーンを助けたい気持ちもなくはないが、如何せん相手はプロの狙撃手。掏摸と詐欺で食い繋ぐ小悪党グシオンに、太刀打ち出来る敵とは到底思えなかった。かといって、あの二人を見捨てるわけにもいかないだろう。明晰な頭脳と病的なまでの蛮勇を備えたムーンと、彼が忠誠を誓う優れた君主ガイアモンド。彼らの協力なくしては、セイガへの報復という目的を達することは出来ない。あるいは、二人の死を黙認し街の均衡を崩壊に導いた張本人として、アメジスト中から恨みを買う恐れもあった。
(仕方ない。奴らには、後でたんまりツケを払ってもらうか)
壁にもたれたグシオンは、一つ溜め息を吐いて決断を下す。そしておもむろに片手を上げて、扉を二回ノックした。
「!!」
「お邪魔しまぁ~……って、おっと!まさか、先客がいるとは知らなかったぜ」
ドアを開けるなりすぐに、彼は驚愕の表情を浮かべた女によって銃を突き付けられていた。予想通りの展開だが、とりあえずは慌てたふりをして立ち止まる。
「動かないで!」
彼を睨み付けた女は、微塵も慈悲の感じられない冷たい声音で命じた。その整った顔立ちや、バランスの良い体付きを眺め回し、グシオンはこれがセイガの“好み”かと通人ぶって納得する。
「あなたは、誰?」
品定めされることには慣れているのか、女は決して動揺せずに、質問を投げかけた。グシオンは怯えを隠して強がっている臆病者を演じ、媚を含んだ笑顔で答える。
「た、ただのこそ泥だよ。さっきの爆発で、ここら一帯の連中はみ~んな出払った。警察も機能してねぇみたいだし、今なら誰にも捕まらずに、金目のモンをありったけ盗めるだろ?だから、危険を承知でここに来たんだよ」
出まかせを並べるグシオンの顔を、女は疑いの眼差しでじっと凝視した。この男が危険人物なのか、あるいは大したことのない小悪党なのか、計りかねているらしい。グシオンは構わず、薄笑いを保って女のそばへ近寄った。
「あんたも俺たちと同業か?にしちゃあ、えらく大仰な武器を使うんだな」
ところが、数歩分も進まない内に、大きな銃声が響き渡る。グシオンの足元に、威嚇として放たれた銃弾が命中し、黒い穴を空けていた。
「近付かないで!一歩でもこっちに来たら撃つわ」
警戒心を露わに叫ぶ彼女を、グシオンは演技を止めた冷然な態度で見据える。
「……おっかねぇなぁ。そうやって、下に残ってた奴らも追い払ったのか?机に弾痕が残ってたぜ」
唐突に雰囲気の変わった彼を、女は訝しんで後退った。
「それを詮索して、どうするの?私は、今この場であなたを射殺することも出来るのよ」
「別にぃ?どうするもこうするもねぇよ。言ったろ?俺は、火事場泥棒に来ただけなんだって」
あからさまな脅しを無視して、グシオンは軽い口調で言い募る。こそ泥と名乗る割には肝の座り過ぎた男に、彼女はわずかな恐怖を覚えた。
「あんたこそ、飢えた野良猫みてぇに気が立ってるのは何でだ?そんなご大層な得物持って、まさか本当に、泥棒だの強盗だのと言い張るつもりじゃねーだろ?一体、何を企んでる?」
彼女の心に芽生えた疑念を、グシオンはわざとらしく煽り立てる。にやにやとした意地の悪い笑みを、女は澄んだ瞳で真っ直ぐ射抜いた。
「……あなたに打ち明ける筋合いはないわ。でも、そんなに気になるなら、教えてあげる」
「お、そりゃありがたいね。是非頼むよ」
相変わらずおどけた仕草で肩を竦める彼を、女は油断のない目付きで入念に探る。ゆっくりと携えていたライフルを持ち上げ、男の胸を目掛けて構えても、グシオンは狼狽の兆候さえ示さなかった。
「私の仕事はね……邪魔者を排除することよ!」
泰然とした言動に、女は嫌な予感を拭いきれなくなり、ついに再び発砲する。射出された弾丸を、グシオンは凄まじい瞬発力で回避した。咄嗟に横に跳んで身を伏せる刹那、弾が二の腕を掠め、血の飛沫が辺りに散る。だが、彼は痛みを堪えて机の下に逃げ込んだ。
「おいおい、いきなり物騒だなぁ!まずは、話をしようぜ?仲良くやろうじゃねぇの、なぁ!」
傷口を押さえつつ、腹立ち紛れに呼びかけてみるものの返答はない。ヒールが床を叩く硬質な音と、ライフルを調整するかすかな金属音が聞こえてくるだけだった。
「あなた、やっぱり彼の仲間ね。私の存在に気付いて、妨害しに来た。違う?」
彼女は確信に満ちた声音で尋ねたが、グシオンは取り合わない。
「へっ、何のことだか!俺はこそ泥だって何回も言ってんだろ?」
「惚けても無駄よ。あなたの正体も目的も、もう全て分かってるわ。どうせ、お金に釣られて協力を約束した、チンケな小物。でしょう?」
挑発的に嘲笑う彼を、女は軽蔑の滲んだ調子で罵る。しかし、その言い方はどこか歯切れが悪く、舌先での応酬にあまり慣れていないことが明白に感じ取れた。グシオンは思わず吹き出したり、揶揄いたくなるのを我慢して、不出来な策略に引っかかって激昂する馬鹿を装う。
「ハァ~、ったく……口の減らねぇ女だな!」
彼は無理矢理怒号を絞り出すと、物陰を這って移動し、偶然落ちていたモップの柄を掴んだ。それから、こっそりと女の背後に回り、得物を振り回して勢いよく突進する。後ろから迫り来る攻撃を、彼女は巧みに見切って応戦した。
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