M00N!! Season2

望月来夢

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不本意な結果

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「そこまでだ」
 その言葉と共に、銃声が響く。ガイアモンドは咄嗟に目を瞑ったが、いつまで経っても痛みが訪れないことに違和感を覚えて瞼を上げる。
 彼の眼前には、血の滴る片手を押さえ、苦悶の面持ちを浮かべたセイガが佇んでいた。彼が構えていたはずの拳銃は、ムーンの放った弾丸に弾き飛ばされ、数メートル離れた床の上に転がっている。
「君に彼を撃つことは出来ない。何故なら、僕が必ず止めるからね」
 レンズの割れた眼鏡を放り捨て、ムーンは淡々と宣言した。ガイアモンドを仕留め損なったセイガは、心底苛立たしげに彼を一瞥する。しかし、直後に表情を取り繕うと唇の端を皮肉っぽく歪めた。
「お前が俺を、止める?出来るのか?その死にかけの体で?」
 彼は顎をしゃくって、わざとらしくムーンの姿を指し示す。その指摘通り、ムーンは続く出血のせいで息切れを起こし、足元もふらついて安定性を失っていた。セイガは彼をじっと凝視し、冷たい声音で吐き捨てる。
「大人しくしていないと、また撃たれるぞ。それとも、俺が今ここで楽にしてやろうか?」
「やってみたらいいさ。その代わり、僕もただで負けるつもりはない。旅は道連れ、とよく言うだろう?」
「ふっ……愚かな男だ」
「君こそね」
 氷と霜に覆われた空間の中で、ムーンとセイガは互いに一歩も引かず対峙する。彼らの周囲を、再び生じた寒風が吹き抜けた。
(あぁ全く、どうしたらいいんだ!?このままでは、ムーンまで巻き込まれてしまう!)
 事態を黙って見ているしかないガイアモンドは、脳内で絶望の叫びを漏らす。彼にとってはセイガを下すことよりも、ムーンの方が格段に重要な存在であったからだ。たとえ自分が生き残るためだったとしても、ムーンを犠牲に差し出すことは絶対に出来ない。だが、この状況を打破する策が見つかるわけでもなく、彼はひたすら己の無力感を噛み締めていた。
「流石だな、ガイアモンド。お前は部下を洗脳し、こんなにも忠義を尽くして働く奴隷に仕立てているのか。飼い主のためなら、いくらでも命を賭けられる駄犬が……一体どうやって教えこんだ?狡猾な街の支配者らしい、卑劣な方法を使うじゃないか」
 彼の懊悩を看破して、セイガは残酷にも追い討ちをかける。
「っ……」
「君には分からないだろうな。人望も信用もない、恐怖政治ばかりの君にはね……」
 痛いところを突かれて口ごもるガイアモンドを、すかさずムーンが前に出て庇う。挑発的な発言が癪に障ったのか、セイガはきつく眉を寄せて彼を睨み付けた。しかし、ムーンは怯むことなく嘲笑を続ける。
「実際、君がいると主張するスナイパーは、もう狙撃してこないじゃないか。周りの他の部下たちも、窮地に陥る君を決して助けようとはしない。もしかしたら、気絶したふりをしているのかも知れないね」
「くっ……知った風な口を」
「君は慕われていないんだよ、セイガ。君のために命懸けで戦ってくれる者は、一人も存在しない。対するこちらは……組織チームだ」
「黙れと言っているだろう!!」
 とうとう激昂したセイガが、例の凶悪な魔法を使おうとした刹那。ムーンの背後に何者かの巨大な影が出現する。その厚い掌には、凝った装飾の施された短剣が収まっていた。
「何だ、それは……?」
 訝るセイガの前で、男はおもむろに革製のカバーを外す。直感的に危機を察したセイガは彼に氷の魔法を放とうとしたが、ムーンが射撃でそれを撃ち落とした。形成途中の魔法を、寸分の狂いもなく空中で破壊出来るとは、驚異的な技術である。
 彼はそのまま、指先で後方に立っている人物に合図する。指示を受けたネプチューンは、詳細を何も聞かされていなかったにも関わらず、迅速に行動を開始した。薄い氷の張った床をゴム底の靴で踏み締め、太い腕を思い切り振りかぶる。そして、ムーンから伝えられていた方向へ、握り締めた短剣を投擲した。
「ウォオラァッ!!」
 男らしい雄叫びを迸らせ、彼は力一杯腕を振るう。その動作は一見するとかなり荒々しく思われたが、細部に至るまで緻密に鍛えられた彼の肉体が、ミスを犯すはずがない。彼の手から放たれた短剣は、壁に埋め込まれた大時計を目指し、真っ直ぐに飛んでいく。標的に近付いた途端、燐光を放つ刃は眩い輝きを発し、まるで磁力でも受けたかのような不思議な動きで盤面に吸い込まれた。物理法則を完全に覆す異常現象は、もちろん剣に込められた魔法によってもたらされた効果だ。
 時計に吸収された剣は、柄の先端を盤面中央の留め金に差し込み、ちょうど十二時を指す位置で停止する。飾りでしかなかった大時計に、本来の役目が取り戻された瞬間だった。針は音も立てずにぐるりと文字盤上を一周すると、再び頂点で止まる。直後、時計の内部からボーンという音色が紡がれた。それは耳を塞ぎたくなるほどの轟音となって、広いホール中に反響し、同時に辺りの光景に新たな変化を加える。
「何だ?何が起こっている?」
 セイガが怪訝そうに顔を顰めて、床を見下ろした。すると、彼の足元を固めていた氷が急速に溶けていく様子を目の当たりにする。否、床だけではなかった。壁も天井も、凍結の発生場所は全て一瞬の内に元の状態まで回復していく。部屋中に立ち込めていた肌が切れそうなほどの冷気も、かすかな霞だけを残して直ちに消えていった。
 自分たちの行動が引き起こした結果に、ムーンとネプチューンは揃って呆気に取られ、その場に立ち尽くす。
「はっ……はははっ!」
 一方、事情を把握していたガイアモンドは引き攣った笑い声を漏らしていた。
「今の、見ただろう?こうなったら、どんな魔法も使えないぞ!あの時計は、僕の指紋とパスワードがなければ止められない!与えられた命令を守って、永遠に動き続けるんだ!」
 彼は大時計に指を突き付け、誇らしげに胸を反らす。その身体は未だ若干震えていたが、振る舞いからはは多少の落ち着きを取り戻していることが窺える。彼の指差す先を、セイガは憎悪を孕んだ眼差しで射抜き拳を強く握り締めた。
 突如として、緊迫した空気を騒々しいサイレンが打ち破る。四方の壁のあちこちに据えられた非常灯が、未だかつて見たことのない、赤い光を回転させ始めた。同時に、正面エントランスや地下の駐車場に通じる扉、その他ありとあらゆる出入り口が銀色のシャッターで閉ざされていく。ガラス張りの外壁すらも、上下左右から伸びてきた鉄の棒によって、格子状に封鎖された。
「これは?」
 またも困惑に首を捻ったムーンが、誰にともなく問いかける。しかし、言いながらも彼の視線はセイガに注がれていて、片時も逸れることがない。
完全封鎖ロックダウン。このビルには、避難施設シェルター代わりに使うための、一連の機能がプログラムされている。本来は外敵や災害から身を守るためにあるんだが、裏を返せば、獲物を捕らえる檻にもなる……中に閉じ込められた者たちは、どちらかが滅びるまで戦い続けなければ出られない」
 彼の疑問に、ガイアモンドがすかさず応じた。彼は実に巧妙なやり方で、もったいつけた説明を重ねる。そのあまりにも不穏な意味合いに、セイガは強烈な憤怒と屈辱とを感じ、拳を硬く握り締めた。衝動的にガイアモンドを殴り付けたい気持ちを覚えるが、かといってネプチューンやムーンが近くにいる状況では、軽率な行為は不可能である。相手の虚を突いたはずが、かえって自分が追い詰められることになったという事実が、セイガの心を酷く悶えさせた。反面、彼の内部にはどこか冷静な思考も残っており、感情などどうだって構わないから今は早くここを脱出すべきと主張している。些細な問題に拘泥したせいで、捕まったり殺されたりすることになればそれこそ本末転倒だった。
「……クソッ!撤退だ!!」
 セイガはようやく決断を下すと、端的な命令を放ち踵を返して走り出す。途端に、倒れていた部下の一人が身を起こして、取っておいた発煙筒を使用した。何の魔法も込められていないそれは、大時計の放つ魔封じの術式にも縛られず、大々的に赤い煙を噴出する。そしてそれを契機に、他にも意識のあった男たちが、こぞって逃走を開始した。ムーンは慌てて彼らの後を追うが、裸眼では煙を透視することが出来ないため、すぐに見失ってしまう。しばらくして視界の自由が戻った時には、フロア内で意識のある者はムーンたち以外誰もいなくなっていた。
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