M00N!! Season2

望月来夢

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終幕の引き延ばし

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 ビルに設置された大時計の正体は、かなりの容量の魔力を貯蔵出来る魔力電池だった。そこに蓄えられた膨大な魔力を源として、ガイアモンドは会社を守るためのあらゆる魔法をプログラムしていたのだ。例えば今回のように、外との物理的または電子的なアクセスを遮断したり、室内での魔力の行使を封じたり。天井や壁を補強して、建物全体が倒壊しないよう統御することも出来る。一連の魔法は短剣を差し込むと起動し、専用のパスコードとガイアモンドの指紋を認証することによって、手動の操作やプログラムの解除を行える仕組みになっていた。
 受付に置かれていたパソコンを大時計と接続し、パスコードを打ち込んだガイアモンドは、自動で展開された魔法を一つずつ確認する。出入り口の封鎖を解けと指示すると、隙間なく閉ざされていたシャッターや、ガラス壁を覆っていた鉄格子がゆっくりと元に戻り始めた。ただし、建物中に展開されている、“室内統御”の魔法は維持させたままだ。でなければ、亀裂の入った瓦礫が崩れて、下にいる者たちを圧死させかねない。
「ふぅ……どうにかなったな」
 必要な操作を完了させたガイアモンドが、安堵の息を漏らして床にへたり込む。彼の背後で、セイガたちの潜ったシャッターが上昇を始め、道を再び通行可能にした。後に残されているのはガイアモンドたちと、未だ気を失ったままの部下数人だけである。意識のある者たちは皆、痛む体に鞭を打って主君セイガを追いかけていったらしい。
「無事かしらン、社長?今、自由にしてあげるわヨ」
 すかさず寄ってきたネプチューンが、気安い態度でガイアモンドの肩を叩く。
「あぁ、助かるよ。ネプチューン」
 ガイアモンドは彼に頷きを返して、戒められた手首を差し出した。敵の誰かから奪い取ったナイフで拘束を解いてやりながら、ネプチューンは感心した調子で呻く。
「それにしても、こんなことが起きるなんて知らなかったわ。あんな針のない時計、ただのオブジェだと思っていたわヨ」
「黙っていたのは謝るよ。だが、これだけの重要な情報を、簡単に話すわけにはいかなかった。さっきそこの彼にも言われたが……おい、大丈夫か?ムーン」
 彼の呟きに応えかけて、ガイアモンドは何気なくもう一人の方を見遣った。そこには先程から微動だにせずに、同じ位置に立ち尽くしているムーンの姿がある。
「ガイアモンド……」
 意外なことに、彼は負傷している割には健康的な顔色を保っていた。怪我をしている足を庇い不安定な歩みで近付くと、ガイアモンドの黒い瞳を鋭く射抜く。
「何故、彼らを逃した?本当に良かったのか?セイガは君を深く恨んでいる……奴は長い時間をかけて着実に、街の平和を乱してきた。全ては、君に復讐をするために。たった一人の命を奪うためだけに、ここまでのことをしたんだ。奴の流通させた麻薬のせいで、娘の人生まで狂わされるところだった!」
 彼はガイアモンドの肩を掴むと、珍しく硬い声音で捲し立てた。だが、無理もないだろう。ムーンはセイガの持つ危険性や残虐性を、最も間近で体験している人物の一人だ。おまけに、大切な家族まで巻き込まれかけて、抑えきれない憤りを感じてもいる。しかし、穏やかな目元にわずかな怒りを滲ませる彼の顔を、ガイアモンドは平然とした面持ちで見返した。
「あぁ、分かっているさ、ムーン。分かっているから、あえて逃したんだ。他に、まともな選択肢はなかったからな……セイガは危険人物だ。特級エージェントの君だって、半殺しにするほどの力を持つ。中途半端な状態で戦っても、勝てる相手じゃない。奴を確実に倒すには、もう少し時間が要る。そう、判断しただけのことだ」
「時間さえかければ、必ずセイガの弱点を突くことが出来ると?」
 ガイアモンドは努めて冷静に説得したつもりだったが、生憎ムーンにはあまり効果を示さない。彼は赤い瞳を覗かせて瞬くと、にべもない口調で反論してくる。とはいえ、ガイアモンドも簡単には引き下がらなかった。
「……ムーン、何が言いたいんだ?」
 眉を顰めて睨んでくる彼を、ムーンは冷ややかな眼差しで睥睨する。そして、一切の躊躇いを覚えることなく断言した。
「時間ばかりを使ったって、何も解決しないと言っているんだ。むしろ、セイガにも態勢を立て直す猶予を与えることになる。その前に、今度こそ止めなければ。どんな代償を支払ったとしても」
「代償だと?一体何を犠牲にするつもりだ?ムーン。まさか、自分の命と引き換えに、彼を殺すというんじゃないだろうな?」
 しかし、ガイアモンドもまた間髪を容れずに抗議する。図星を突かれたムーンは、かすかに視線を泳がすことで真意を表明した。途端に、呆れ果てた様子の声がガイアモンドから飛んでくる。
「いい加減にしてくれ、ムーン!忘れたのか?僕に説教をしたのは、他ならぬ君じゃないか!いくらエージェントでも、自殺志願者は守れない。同様に、君たちエージェントの仕事だって、自分を粗末に扱う者には務まらないはずだ!請け負った任務を、途中で投げ出すことになるんだからな」
 心底腹立ちに駆られている彼は、ムーンの周りをぐるぐると回り大袈裟に嘆いた。だが、どれほど頑張ってみても相手の心が変化することはない。
「……だから?」
 ムーンはただ肩を竦めて、淡々と吐き捨てた。その振る舞いからは、何としてでもセイガを排除するという、固い決意が伝わってくる。仕方なく、ガイアモンドも強硬手段に出ることにした。
「ムーン、これは命令だ。君が、君自身を蔑ろにすることは絶対に許さない。雇い主で、護衛対象の僕の要求だぞ。守り通すんだ。いいな?」
 特級エージェントの存在は、あの程度の男一人の命で贖えるものではない。自らが捨て石になりさえすればいいという考えは絶対に止めろと、ガイアモンドは何度も指を突き付け、厳しく命じた。彼の凛とした表情を、ムーンは黙り込んでしばしの間凝視する。決して外見には表れない、静かで苛烈な争いを繰り広げる二人を、ネプチューンが固唾を飲んで見守っていた。
「……分かったよ、ガイア」
 やがて、ムーンが先に視線を逸らし降参を宣言する。それはいかに無謀で知られる彼であっても、忠誠を誓うと決めた人物に、本気で逆らえるほど愚かではないという証拠だった。納得のいかない条件や指示を下されても、彼はいつも最終的には受け入れ、全力を尽くしてくれる。結果としては、従順な性格なのだ。
 彼の性格を熟知しているからこそ、ガイアモンドは今度も無事に要望を通すことが出来たと、ホッと胸を撫でた。もちろん、ムーンに絶大な信頼を置いている彼の脳内には、裏切られる可能性など微塵も浮かんでいなかったのだが。
「おーいっ!」
 その時、開放された正面エントランスから、社員たちや救急隊、ニュースに飢えたマスコミ共が雪崩を打って入ってきた。人混みの中に一人紛れ込んでいた、見覚えのあるシルエットがガイアモンドたちに合図を送ってくる。
「グシオン?」
 ムーンが気付いた直後、男は他の者たちの影に隠れ姿をくらましてしまう。かと思うと、いつの間にか素早い動きで彼らのもとに辿り着いていた。ひょこりと覗いた浅黒い顔には、はっきりと暴力の痕が刻まれ、腕から鮮血が滴っている。
「君は……?何故、彼がここに?」
「あんた、どこ行ってたのヨ!?怪我してるじゃない!」
 事情を知らないガイアモンドが、困惑げに首を捻った。しかし、そんな彼を押し退けて、ネプチューンが前に進み出る。勝手にいなくなったグシオンに叱責を浴びせつつも、速やかに止血の処置に取りかかった。
「あぁ?こんなん大したことねぇよ。掠り傷だ、イッテェ!!やめろ!!平気だって言ってんだろ!?」
「静かにしなサイ!大体、あんた止血下手くそ過ぎるのヨ!これじゃ何の処置にもなってないわ!ってこれ、銃で撃たれた傷じゃないの!あんたホントに、一体何やってたのヨ!?」
 頑なに意地を張るグシオンを、ネプチューンは強引に押さえ付けて手当てする。傷口を凄まじい力で圧迫されて、グシオンはつい痛みに喚いた。同時に、ネプチューンの疑問にユーモアを交えて答えることも忘れない。
「いやな?な~んか、隣のビルから妙な気配を感じてよ。こっそり様子見に行ったんだ。そしたら女が一人、馬鹿でかいライフル抱えて、ここを狙っててさ。あんたらが撃たれちゃ困ると思って、阻止してやったんだよ。ま、ちょっとばかし殴られたけど」
「……アデルだ」
「何だ、知り合いなのか?」 
 締まりのない笑顔で告げられた事情を聞き、ガイアモンドはほとんど直感的に独り言つ。意外な反応に驚いたグシオンは、金の瞳を見開いて尋ねた。しかし、ガイアモンドは聞いていなかったようで、むすっとした不満げな目付きで佇んでいる。無視をされたグシオンは、大して気に留めた風でもなく、のんびりと喋り続けていた。
「随分美人な姉ちゃんだったぜ~。セイガの野郎に弄ばれて、散々な目に遭わされてるらしい。それでも、離れる気はねぇんだと……そんなに惚れちまってるのかねぇ、あの男に」
 彼の意見を聞くなり、ガイアモンドの全身を慄然とした気持ちが駆け巡る。常に涼しげに澄まし返っていた彼が、凄まじい形相を浮かべていると看破し、グシオンもまた驚愕を抱いた。
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