M00N!! Season2

望月来夢

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セイガの本性

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「っくそ……あぁ、クソッ!!」
 薄汚い倉庫の中で、青髪の男が怒り狂っている。彼が叫んで暴れる度、床からは積もった埃が舞い上がり、薄い壁はガタガタと振動した。アレルギーを持つ手下の一人は、騒音を立ててボスの不興を買わぬよう、くしゃみを懸命に我慢している。彼のお得意の氷の魔法の餌食となり、今まで何人もの同僚が命を落としたことを知っているからだ。
 彼らは先刻まで、この街で最大の権力を持つ男の本拠地に奇襲をかけていた。しかし、突然建物内の全ての出入り口が封鎖され始め、ビルに閉じ込められる危険性に見舞われてしまった。それでも何とか、下降しつつあるシャッターの隙間を潜り抜けて、逃亡することに成功したのである。
 だが、無事に拠点に戻ってきても尚、彼らの心は休まらなかった。自らの計画が失敗に終わった苛立ちに、ボスのセイガは激しい憤りを爆発させ、手下たちの心臓を縮み上がらせているのだった。
 本心を言えば、これほどの危険な男とは一刻も早く離れたいところだが、残念ながらそれは出来ない。市民の者たちが思っている以上に、裏の社会は周囲からの評価を重んじる世界なのである。たった一度でも仕事を途中で投げ出したが最後、何よりも大事な看板に傷が付き、二度とまともな生活を送れなくなってしまう。一生日の当たる世界で生きられない彼らにとっては、絶対に回避したい事態だった。だからこそ、彼らは大人しく存在感を消して、少しでも早く解放される日が来ることを、また少しでも早くセイガの怒りが鎮まることをひたすら祈ってばかりいる。
 その時、奥の扉が開かれて、隙間から光の筋が差した。何者かの影が音もなく現れ、滑らかな動きで倉庫内に入ってくる。
「遅れてごめんなさい」
 姿を見せたのは、案の定アデレードであった。金髪に赤いドレスという見慣れた格好の彼女を、手下たちは物言いたげな眼差しで眺め回す。
 正直に言えば、彼らの大半は彼女の存在に不信感と不快感を抱いていた。彼女はセイガの愛人であり、雇われ者たちには共有されない情報も優先的に教えられている。そして彼女自身も、そのことを鼻にかけている節があった。常に他の男たちとは距離を置いているし、軽口や冗談にも乗ってこない。任務においても、勝手な行動を頻繁に取る一方で、大きな成果を上げたことはなかった。むしろ、意図的に失敗を狙っているのではないかと疑いたくなるくらいだ。
 にも関わらず、セイガはいつだって彼女を咎め立てはしなかった。彼もまたアデレードに心底入れ込んでいるらしく、彼女以外の女性には興味どころか、軽蔑すら示しているほどである。尤もセイガにしてみれば、それらの行為は全て、都合の良い愛人を権威付けるためのパフォーマンスに過ぎないのだが。
「どこに行っていた?何故、あの男を殺さなかった」
 だが、流石の彼も苦言を抑えきれなかったのか、冷たい表情でアデレードを睨み付ける。いつにも増して強い口調で問われた彼女は、剥き出しの肩をビクリと震わせ、わずかに頬をひくつかせた。
「もちろん、殺そうとしたわ。だけど、邪魔が入ってしまって」
「お前は言い訳ばかりだ。無駄な時間を使っているだけだと分からないのか?お前は今日、一人だった。邪魔をする者がいたとしても、証明する術はない。それとも、始末した死体を持ってきてでもいるのか?」
 彼女の答えを、セイガは容赦なく遮って失笑を漏らす。痛烈な皮肉を浴びせられた彼女は、しばしの沈黙を挟んでから、おもむろに首肯した。
「……えぇ。死体はないけど、ちゃんと」
「嘘をつくな!!」
 ところが、セイガはまたもや一喝すると、彼女を力尽くで黙らせる。左頬を思い切り殴られたアデレードは、呆気なく床に倒れ、端の切れた唇を押さえた。セイガはゆっくりと歩み寄ると、しゃがみ込んで彼女の顔を見下ろす。
「お前がいたビルを調べさせた。多少争いの跡はあったようだが、血痕はごくわずか。とてもではないが、致死量には及ばない……逃げられたな?」
 低い声音が、淡々と事実のみを確認する。アデレードは仕方なく頷くが、その直後セイガの態度が豹変した。
「全く、無能な女だ!!」
 再び拳が振るわれ、彼女の右頬に痛みと衝撃が走る。弾みで解けた金髪が、色白の背中にはらりと垂れ下がった。綺麗に切り揃えられた前髪を、セイガは乱暴に鷲掴み、無理矢理頭を上げさせる。
「お前は一度だって、俺の役に立ったことがない!!あの日だってそうだ!あの夜、お前と一緒に出かけてなどいなければ、父と母が死ぬことはなかった!俺の部屋からは、外の道路が全て見渡せたからな。事前に危機を察知して、二人を助けられたはずだ!!それなのに……お前は俺を誑かし、街から逃げようと唆した!!お前のせいだ!!お前のせいで、俺の家族は、俺の人生は、滅茶苦茶になったんだ!!」
 彼は怒号を轟かせながら、何度も何度も彼女を痛め付けた。それはもはや懲罰というよりも、八つ当たりに近い行為であった。あまりの無慈悲さに、見ている者たちの心にも同情心の芽が生え始める。しかし、セイガを恐れて止まない彼らに、アデレードを助けることなど出来るはずがない。彼らは結局、壁際に固まって、主君の過剰極まりない折檻を眺めているしかなかった。
「でも……っ」
 目元を覆い隠す金髪を払い、アデレードは気丈にも反論を試みる。
「あなたのお父さんは、あなたに暴力を振るっていたじゃない!お母さんだって、あなたを産まなければ良かったと、何度も罵倒していた!!」
「だったら何だ!?子を虐待する親は、殺されて当然だとでも言うのか!?」
 しかし、彼女の言葉を聞いたセイガは、落ち着くどころか一層激昂して叫んだ。心中でめらめらと燃え上がる怒りの炎に更に油を注がれ、彼は強烈な憎悪を湧き立たせる。そして、もう幾度も繰り返している同じ話をまた紡いだ。
「どんな奴らでも、親は親だ。訳も分からない連中に虐殺されて、黙っているわけにはいかない!あいつらは父をナイフで刺し、母を凌辱した挙句、二人とも天井から吊るしたんだ!!そして、家に火を放った……!俺があの日、家を空けていなければ、防ぐことが出来た悲劇だ!!」
 アデレードは既に何も言わず、ただ静かに耳を聞いていた。彼の苦しみを誰よりも理解し、寄り添うことが出来るのは、自分だけと思い込んでいたからだ。彼女の軽率がセイガの心を凍り付かせ、長い時間を経ても尚、現実を受け止め切れない幼稚な怪物へと成長させた。彼女はそのことに対し、深く責任を感じているのである。
 だが彼女は、自分の力でセイガを止めることも能わなかった。いつか誰かが現れて、問題を解決してくれる日を心待ちにするより他に、選択肢がなかったのである。そのせいで、“彼”をも巻き込む悲劇をもたらした。
「ヘリオス・ラムダがいなければ……“あいつ”は俺の世界と日常を壊した。絶対に許さない」
 彼女の本音に未だ気が付いていないセイガは、敵愾心も露わに唸り声を発する。
 彼の懐で突如、携帯が震え出した。着信を知ったセイガは即座に端末を取り、相手の名前を一瞥すると通話ボタンを押す。
「あぁ……あぁ、分かった……毎度ながら、仕事が早いな……あぁ……それで頼む」
 しばらく相槌を打っていたかと思うと、彼は端的な返答を潮に通話を終了させた。携帯をポケットに仕舞ってから、感情の読めない調子で報告する。
「計画を変更する。たった今、不死鳥の心臓が搬入されたそうだ。受け渡しは明朝十時。夜が明けたら直ちに、ジルコン地区に出発する。各自用意を整えておけ。以上だ」
 指示を受けた部下たちは、文句もなく行動を開始した。一人また一人と足早に倉庫を出ていく彼らを、セイガは無表情で眺めている。
「あの施設なら、外からの狙撃は出来ないわ」
 頬の痛みを堪えて、アデレードは立ち上がると彼に伝えた。しかし、セイガは小さく肩を竦め、冷たい嘲笑を彼女に向ける。
「そうやってまた、言い訳をして来ないつもりか?」
 鋭く指摘されて、アデレードは咄嗟に口ごもった。彼女を正面からきつく見据え、セイガは無情にも命令する。
「お前はあの男に対する切り札だ、アデレード。拒否権はない。いいな?」
 苦しげに、暗澹とした面持ちで俯く彼女のそばで、セイガは追い討ちをかけるかのように残酷な言葉を放った。
「復讐は必ず果たす……順は前後するが、辿る結末は変わらない!アメジストの街は、俺のものだ!!」
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