M00N!! Season2

望月来夢

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絶体絶命

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 <オメガ・クリスタル・コーポレーション>の株価は、わずか一日で大暴落。見かけばかりの派手な爆発は、その首謀者の狙い通り、市民の心に莫大な不安と恐怖を植え付けた。パニックになった人々は一斉に売りへと殺到し、急速に安くなった株式をセイガと<ブルー・ローズ・キャピタル>が買い叩く。それが彼らの計略だと、気付いた時にはもう遅かった。会社は深刻なダメージを被り、当然ながら肝入りの買収案件も白紙に戻っている。反対に、セイガ一味の株式保有率は増加の一途を辿っていた。
 だが、大事な会社が乗っ取られていくのを、経営陣が黙って見ているわけがない。彼らは早々に会見を開くと、爆発の原因が特定されたこと、今回の事件はテロリストによる犯行であることを大々的に公表した。その上で、我々を信じてくれる者がいる限り、暴力には絶対に屈しないと演説してみせたのだ。おかげで、市場が閉まる時刻には、下落のペースは多少緩慢なものに変わっていた。また、大口の株主への秘密裏の交渉も功を奏し、セイガたちの侵略を食い止める役に立っている。
 しかし、それもいずれは崩壊してしまうだろう。セイガはきっと、再び何らかの手段を講じてガイアモンドの殺害を企てるに相違ない。そして、リーダーを失って混乱した街に、救世主然として登場する野望を抱いているらしかった。剰え、不死鳥の心臓を使って永遠の命を手にし、アメジストを長期に渡って牛耳ろうとしている。話だけを聞けば単なる夢物語のようだが、実際に甚大な被害が発生しているのだから、侮ることは出来ない。
 そこで、ムーンたちはネプチューンの診療所に集まり、今後の対応を話し合っていた。二階部分に広がる瀟洒なリビングで、四人の男が木製のローテーブルを囲み、揃って鎮痛な面持ちを浮かべている。つけっぱなしのテレビからは、未だに事件の映像が繰り返し放送されていた。最初の爆発が起きてから十二時間も経過していないためか、どの映像もやけに生々しく感じられる。
 堪えきれずに、ネプチューンはリモコンを取り上げると、テレビの電源を消した。綺麗に脚を組んで座る彼の向かいでは、一人掛けのソファに腰を下ろしたガイアモンドが、憔悴した様子で頭を抱えている。その奥には、ムーンが新品のスーツに身を包んで、壁にもたれて立っていた。度重なる戦いで傷付いた彼の身体は、最先端の魔法的治療の甲斐あって、完全な健康を取り戻している。本来は高額な費用がかかる代物だが、ガイアモンドが直々に臨時の追加経費を決済してくれたおかげで、心置きなく回復に専念することが出来たのだ。とはいえ、さしもの彼もこの状況では、中々口火を切れないでいる。
「なぁ、これからどうするんだ?」
 唯一、普段と変わらない態度を保っているグシオンが、悠然と問いかけた。彼はダイニングチェアに跨り、背もたれに腕を乗せてだらけながら、唇の端に咥えたタバコを意味もなく上下させる。だが、誰からも答えがないと知ると、呆れ気味に金の瞳をぐるっと回した。これ見よがしにライターを取り出し、タバコに火を付けるが、やはり指摘する者はいない。彼はやがて、うんざりした調子でまた口を開いた。
「おい、何とか言えよ。シケた面ぁ見せやがって……舌がなくなったわけじゃないんだろ?」
 一つ息を吐く度に、彼のタバコはオレンジの灯で空中に弧を描き、溜まった灰をコーヒーの中に落とす。皆にも同じカップが用意されていたが、あくまで形式的に過ぎないそれを、手に取る者は他にいなかった。全員に無視され、ゆっくりと冷えていく黒い液体を、グシオンは同情的な目で眺めている。呑気な彼の行動に、苛立ちを覚えたネプチューンがようやく話し出した。
「どうするもこうするも」
「道は一つしかない」
 彼の意見を遮って、ムーンが途中から続きを引き取る。グシオンはただ片眉を上げて、物問いたげな視線を彼に注いだ。
「そう。戦うしか、ね」
 彼の眼差しを受け止めたムーンは、深く首を振って肯定を返す。すると、グシオンは軽く体を仰け反らせ、乾いた笑いを響かせた。
「カカッ!んだよ、腹は決まってんじゃねぇか。ならどうして、こんなとこで道草食ったりしてんだ?」
「そう簡単な話じゃないのッ!!」
 無邪気に放たれた揶揄を、ネプチューンが大声で撥ね付ける。彼は慎重に立ち上がると、グシオンに近寄って睨み付けた。対するグシオンは、瞬きもせずに相手を無言で凝視している。不穏になりかけた空気を、ムーンの穏やかな声音が破った。
「僕たちの中の誰も、このまま泣き寝入りしようとは思っていない。そんなことをしても、ただ会社と居場所を奪われるだけだからね」
「でも、だからって今すぐには動けないわ。ワタシたちは、セイガの拠点の場所も、連中の正確な規模も突き止めていないのヨ?捕らえた手下たちだって、金で雇われてただけで、重要なことは何一つ知らなかった……」
 彼の話に、今度はネプチューンが割り込んで付け加える。説明を聞いたグシオンは、納得がいかないと言いたげに唸ってひょいと肩を竦めた。
「んじゃ、どうすんだよ?奴の居所を知ってそうな誰かを、片っ端から探して問い詰めるのか?今から?」
 無理だろうという嘲りのニュアンスが、彼の声色中には込められていた。挑発に乗って、ネプチューンは再び目付きを鋭くしたが、ムーンは特に咎めない。正直なところ、彼もまたグシオンと同感だったからである。
 セイガは周りの者を露ほども信用しない、警戒心の強い男だ。彼の潜伏先を単純な調査で突き止めるなど、ほとんど不可能に近い。仮に、重要な情報を握る人物が見つかったとしても、口を割らせるのは困難を極めると予想された。もしくは、満足の出来る結果を得る前に、セイガは次の行動を開始してしまうかも知れない。
「そもそもさ、あいつは何でここまで執着する?社長さんに恨みがあるとかって話は、本当だったのか?なぁ、ガイアモンドさんよ」
「そうだね、ガイア。君はセイガと顔を合わせたはずだろう?その時、何か聞かなかったのかい?彼が復讐を望む理由を……」
 グシオンの話に調子を合わせ、ムーンも淡々と問いかける。二人から尋ねられたガイアモンドは、名前を呼ばれて初めて、鈍重そうな動作で顔を上げた。不気味な無表情で皆を凝視する彼の頬は、異常なほど青褪め、いつもは丁寧に整えられている髪も乱れたまま放置されている。にも関わらず、黒い瞳だけが爛々とした光を湛え、獰猛に尖っていた。現状を鑑みれば無理もないことだが、彼の頭はセイガへの憎しみと怒りで一杯になっているらしい。
「……理由だと……?」
 彼は若干の間を置いてから、地を這うような低音で誰にともなく反問した。
「あ、あぁ、そうだよ。ってか、あんた大丈夫か?」
 その凄まじい気迫に怯みつつも、グシオンが気丈に応答する。だが、ガイアモンドは取り合うことなく、片手を振って黙れと指示した。彼は無言で目元から頬骨の辺りまでを撫で、かさついた唇を湿らせてから、おもむろに打ち明ける。
「……あるには、ある。セイガと話した時、奴の言葉を聞いて思い出したんだ。我々の過去について」
「何だって?」
 衝撃的な返事に、ムーンは思わず驚愕の声を発する。隣にいるネプチューンとグシオンも、揃って似たような反応を示していた。ムーンは彼らのそばから離れると、ガイアモンドに近付き、ネプチューンの真横に足を組んで収まる。社長は彼らを一瞥した後、曲げていた背筋を伸ばして告げた。
「……デルバール」
「!!」
 彼がある人物の名前を述べた途端、ムーンの脳裏を眠っていた記憶が過ぎる。無意識の内に瞠目し、赤い瞳を覗かせる彼をガイアモンドは真顔で見つめ返した。一方、事情を飲み込めない他の二人は、怪訝そうに眉を寄せている。
「君は覚えているだろう、ムーン……僕がこの街に来て間もない頃、ヘリオス・ラムダが出来る前の話だ」
 ガイアモンドははっきりと、ムーンのみを指名して語りかけた。明かりの不足した部屋の中で、彼の艶々とした黒い瞳が、やけに鮮明に空間から浮き上がっているように感じられる。
 どういうことかと、目を瞬かせたネプチューンがムーンに体を向けた。説明しろと言外に求められたムーンは、深い溜め息をついてから静かに口を開いた。
「デルバールは、当時の街を支配していたマフィアの一人だ。僕たち、というよりも設立したばかりのオメガ社に、酷く執着していた。多分、事業が上手くいくことを察して、唾をつけておこうと思ったんだろうね……ガイアモンドを武力で脅して、法外な額のみかじめを請求しようとした。全く、困った男だったよ」
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