M00N!!

望月来夢

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目には目を、歯には歯を

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 男は片手に銃を持ち、反対の手に懐中電灯を携えていた。後者は、先程目撃した不自然な明かりの正体だろう。銃はいわゆるデリンジャー、独特の形をした小型のそれだった。
 ムーンは口の中で舌を回し、今後の対応について検討を始める。正直なところ、この距離なら反撃も不可能ではなかった。とはいえ、こちらは丸腰で、身を屈めた姿勢にある。限りなく不利な状況であるのには相違がない。己の銃と言えば、応接セットのテーブルに置きっ放しにしている。愚かなことをしたとは思うものの、今更悔やんでも仕方がなかった。
「こそ泥にしては小綺麗だな……何者だ?」
 男は酒焼けして掠れた声で、彼に問う。ムーンは無言で、相手の推察するままに任せていた。
「こっちを向け」
 銃口で腕をつつかれ、やむを得ず従う。膝をわずかに横へ滑らせ、体の向きをゆっくりと反転させた。抵抗されると思ったのか、男の身体が少しだけ強張る。
「あ、暴れたら撃つからな」
 低く紡がれる脅しにも、若干怯えの気配が滲んでいた。この調子ならば、大した脅威にはなるまいとムーンは高を括る。
「お前……何者だ?」
「こそ泥だよ。ちょっと身綺麗なだけの」
 だからこそ、男の再びの質問にも、動じることなく冗談で返した。目を閉ざし、微笑みを浮かべる彼の態度に、屈辱を感じ男は憤る。
「てめぇ……ふざけるなよ。そんな言い訳が通用すると思ってんのか?」
 こめかみに血管を浮き立たせ、凄んでみるが、相手はまるで臆した様子がない。銃を突き付けられて尚、笑っている彼の姿に、ぞくりと鳥肌が立った。男の心情を手に取るように把握しているムーンは、冷静に口を開く。
「君こそ、こんなチンケな商売で食べていることを、情けなく思わないのかい?」
「何だと……ッ!」
 あえて投げかけた挑発に、彼は呆気なく引っかかった。銃を握る手に力がこもり、肘を曲げて殴打の構えを見せる。ムーンはその手を掴むと同時に、身体を横に倒し、射線から逃れた。男の指が反射的に引き金を引き、飛び出した銃弾がガラス戸を砕く。突然の事態に男が驚いている内に、ムーンは立ち上がり、肥えた腹に膝蹴りを食らわせた。
「ぐぅ……っ」
 呻く彼の襟首を引っ立てて、デスクの島の方へと突き飛ばす。バランスを崩した男は、無様にも顔面からダイブしていた。彼が取り落とした銃を、ムーンは見事キャッチして、彼の背中に向ける。天板に手をつき、起き上がろうともがいている彼に後ろからのしかかって、逃げられないようにした。
「駄目だよ。君にはまだ話がある」
「ひぎゃあ!」
 押し倒された男は、潰れたカエルのような悲鳴を上げて、震えた。ムーンは彼にも見えるように、銃の位置を調整し、躊躇なく引き金を引く。男の眼前に、凶弾が穴を空けた。
「は、離せ!離してくれ!頼むから、殺さないで!!」
 強烈な恐怖に、男はすっかり萎縮し、掌を翻した。さっきまでの横柄さは完全に消え失せ、必死になって命乞いをしている。頓狂な声音で喚く彼を、ムーンは滑稽に思って観察した。
「た、助けてくれ!金ならいくらでもやる!何だってするから!!どうか殺さないで!!」
「金なんか必要ない。ただ、いくつか質問に答えてほしいだけさ」
 惨めな叫びを遮って、淡々と問いかける。すると、男の口調が一層早く、機関銃のようになった。
「わ、分かった!言う!何でも言うから!だから銃を」
「金庫の中には何が入っている?」
 騒がしさに耐えかねて、ムーンはまたも途中で割り込む。本題を切り出した直後、一瞬ではあったものの、彼の瞳がかすかに揺れ動くのが分かった。
「ち、帳簿や契約書だ。業務に必要な書類が入ってる!」
「他には?誰かから”委託”されているものはないのか?」
 今度こそ、男の卑しい青い目が分かりやすく泳いだ。余程後ろめたいことなのか、無謀にも白を切ろうとしている。
「な、何のことだ!」
「怒鳴っても無駄だよ。銃を持っているのは僕だからね」
 悪あがきをする彼の背に、ムーンはぐっと乗り上げて、体重をかけた。
「偽物じゃないって、さっき証明されたろう?それとも、もう一回君の体で試してやろうか?」
 わざとらしく囁きながら、音を立てて激鉄を起こしてみせる。案の定効果は覿面で、彼はすぐさま震え上がった。醜悪な顔を更に醜く歪ませて、涙声を発する。
「ま、ままま待ってくれ!悪かった!謝るから!!撃たないでくれ!!」
「金庫を開けてくれないか?」
 有無を言わせぬ口調で、ムーンは彼に尋ねた。コクコクと激しく頷く男の後ろ襟を掴み、強引に立たせる。床に転がったままの金庫に近付かせ、乱暴に突き飛ばしてしゃがませた。落ちている懐中電灯を拾って、手元を照らしてやると、男は唇を噛み締めつつ、戦慄く指でダイヤルを回す。扉が開くと、ムーンは彼を捕らえたまま、中を物色した。仕事を済ませた彼は、漠然と逃亡の隙を窺っているようだったが、こめかみに銃口を突き付けられると、観念した様子で大人しくなった。
 金庫の中には、封筒や書類の束が積み上げられていた。その上に、白いカードが一枚載っている。二つ折りにされていて、内側には銀色のインクで住所と日付が記されていた。手書きらしい筆跡は、随分と流麗だ。これが、例の招待状とやらだと、ムーンは確信した。
「このカードは?」
 彼は振り向き、萎れて蹲ったままの男に尋ねる。
「もらったんだよ!馴染みの金融屋から!若くて綺麗な女なら誰でもいい、一人に渡すごとに金をやるって言われたから!小遣いになると思って……」
 男は覇気のない哀れっぽい調子で、情けなく呻いた。声音には、何故自分がこんな目に遭うのだという、的外れな嘆きが滲んでいる。
「何故隠そうとした?」
「分かるだろ?ウチに託されるものなんて、皆大声じゃ言えないコトだ。特にこれは、芸能人も参加するくらい派手なやつで、その分情報も漏れないよう注意しなきゃならない。だから……報酬がいいんだ。会社を通すのはもったいない」
「つまり、君個人の商売ってわけか。そして君が手引きしてるのは、パーティーの皮を被った遊女屋の設置」
 小声でボソボソと話す彼に、ムーンはズバリと容赦のない真実を浴びせた。男はガックリと項垂れて、口をつぐむ。
「仕方ないだろ……借金があって、今月中に利息だけでも払わないとならねぇんだ」
「それで、誰に渡した?ここの社員か?若い女性がいただろう。彼女は二週間前に死亡した」
 どうでもいい弁解は聞き流して、尋問を進める。女性の死を告げた瞬間、男がギョッと瞠目した。
「あ、あいつが死んだのと何か関係があるのか!?お、俺は何も知らないぞ!あいつ、ここを辞めたがってたから、引き留めるためにやったんだ!俳優やモデルの誰それなんかと知り合えりゃ、感謝するだろ!?」
「感謝?乱暴されるかも知れなくても?」
 一方的に捲し立てる男に、ムーンは小首を傾げて問い返す。男は失態に気付いて、罰が悪そうに後ずさった。
「そ、そんなの噂だ!さっきはああ言ったが、俺だって事実を知ってるわけじゃない!本当は何があったのか、どうなったのかなんて知らない!本当だ!!何で死んだのか、こっちが聞きたいくらいだよ!カモと同じ年頃の女なんて、そうそう手に入りゃしない。警戒心を解くのに便利だったのに……」
 弁解どころか墓穴を掘り始める彼を、ムーンは無感動に眺めていた。これほどの非道かつ愚かな男なら、物理的に黙らせた方が社会のためかとさえ感じられる。
 ところが、銃を構えようとしたムーンの耳に、パトカーのサイレン音が飛び込んできた。いくら治安の悪い地域と言っても、銃声を無視するほど落ちぶれてはいないのだろう。
「なぁ、もういいだろ?離してくれ!」
 男も彼らの気配を察知したようで、キョロキョロと忙しげに辺りを見回していた。ムーンの手を半ば強引に振り払って、一目散に逃げ出す。が、数歩も行かぬ内に首筋に打撃をもらい、その場に崩れ落ちた。ばたんと、肉が床に倒れる重たい音が響く。
 くるくると回るライトの赤が、ブラインドの隙間から流れ込んできた。サイレンは既に鳴り止んで、建物の前に数台の車が停車するのが見える。ムーンはさっと窓から離れ、自身の銃を回収すると、たまたま見つけた裏口に素早く身を潜らせた。室内では、銃で殴り倒された男が白目を剥いて転がっている。数分後、踏み込んできた警察により、彼は保護され逮捕されることとなった。
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