フリンダルの優しい世界

咲狛洋々

文字の大きさ
17 / 20

4

しおりを挟む
「フォンラード卿初めまして……私はフリンダルの母、ファンと申します」

椅子に座った中年女性が穏やかな笑顔でフォンラードを見つめている。
私は何を見た?彼女が一瞬、狼に見えたのは何故だ。

「初めまして……ご挨拶が遅れ申し訳ありません。私は」

「王立大学の先生ですわよね?フリンダルから良くお話を伺っておりますよ」

「…はい。では単刀直入に伺います……貴方達は何者なんですか」

先程、幾つもの獣の瞳を見た気がしたが。今は何処にも無い。
それに何故か先程までの緊張も、騒ついた心も落ち着いている。
暖かい、そんな言葉が良く合っていると思うのは何故だ?

「貴方には感謝しかありませんの」

「……感謝、ですか?一体何に」

「あの子を見つけて下さった」

良く分からないな。見つけた訳じゃない…僕等はただ同じ空を見て、繋がった。ただそれだけだ。

「彼女も僕も、ただ偶然の中で繋がった…ただそれだけです。それより、貴方達は……人では無いのですか?」

「それが重要ですか?私はあの子の母で、守り手で…神のご加護を頂いている。それだけです」

「充分重要な事です……あの子は大きくなって、いずれ誰かと結婚する。それは人との間でしか出来ない」


フリンダルの母は、穏やかな笑みを絶やさずフォンラードを見ていて、何故か全てを知っている様で居心地が急に悪くなった気がした。


「えぇ、ですから重要では無いのです。あの子はもう直ぐ私達の手を離れ、ある人の元で暮らすのですから」

「なっ!どういう事ですか……誰かの養子になると言う事ですか?もしかして、フォルヤード夫人……ですか?」


恐れていた。いや、悔しい。そんな気持ちだ。
私が一番フリンダルと関わっていた筈なのに、やはり女性の方が良いのだろうか?私では君の親となる資格は無いと言う事なのか。


「いいえ、夫人ではありません。あの子は生みの親の元に帰るのです…私達もそれを望んでおりますが、本心を言えば悲しく寂しい。あの子は私達家族の太陽ですからね」

「生みの親?そんな者の元に返すのですか⁉︎彼女を孤独にした張本人に⁉︎」

「いえ、孤独にしたのではありません。あの人は、その全てであの子を生み、守る為に命を掛けた…やっと家族になるのです。フリンダルの苦しみは必要な事だった。醜さを、悪意を知り…そして世界の優しさを知って初めてあの子は人になれるのです」


 フリンダルの母だと言うその夫人の言葉は、何から何まで問答染みていて、フォンラードには到底理解ができなかった。人として真っ当な生活を送らせてやれないこの家族では、フリンダルは決してこれ以上の学びを得る事も、未来を掴み取る事も無理だとフォンラードは思った。だが、彼女の心の落ち着く場所であるこの家族と、引き離す事が最善だとも思えなかった。


「それを決めるのはあの子の筈です…本当は、私があの子の父となろうと決めてここに来ました…ですが、それは間違っていた。貴方も私も…夫人も間違っている。フリンダルを愛しいと思うのならば、あの子をただ見守り、手を差し伸べる…それだけで良かったんです」


その言葉を聞いたファンは笑った。朗らかに、穏やかに。


「その通りですわね。でも、我々はもうこの姿を長く保つ事が出来ませんの…保って後1ヶ月といった所でしょうか?」

「その…姿を、保つ…とは」


ファンは椅子から立つと、ぐんと背伸びをした。
すると、そこには白銀の毛を纏う狼が現れた。


「…白狼…伝説…では無かった」

「いえ、我々は幻。人々の生み出した獣…神獣と呼び、崇め、我々に力を与えた。願いが生まれると、我等幻獣が新たに生まれ世界を巡る…フリンダルの兄達も弟妹達もそうです…ですが、まだ幼い末の子等は人の欲を消化出来ず人の姿のままです。いずれ兄達の様に幻獣の姿を得るでしょうが」

「だから…兄達だけ、毛皮を…フリンダルはその事を?」

「えぇ。勿論…いつかは離れて行かなくてはならない事を小さな赤子の頃から教えてきましたからね…笑顔で巣立つと信じていますよ」


いや、きっと泣くだろう。泣いて、泣いて…嫌だと泣き縋るのだろうな。そんな姿は見たくは無い……あの子の笑顔を曇らせたくはない。


「その生みの親とは誰なんです」

「いずれ…分かりますよ。貴方もその人に納得するでしょう」

「私の知る人物……なのですか?」

「さぁ、先生。人の世界にお戻りなさい、これ以上貴方とフリンダルの差を広げたくありませんからね。大丈夫…フリンダルは貴方をちゃんと愛しています」

愛?師弟愛、友愛、家族愛…あの子は私を師として、時に兄の様に父の様に想ってくれている。そんな事とうに分かっている!
私だってそうだ。あの子が望むなら共に魔力の研究を領地で二人やったって良いんだ。健やかに、ただ健やかに人の優しさに包まれて生きる人生を歩ませてやりたい。私はあの子が愛おしいんだ。


「時間など問題ではありません!後少し、後少し話を!」


 気が付くと、フォンラードは貧民街の入り口に立っていて、辺りに灯りは無く、時計を見ると針は午前3時を指している。
先程までは遠くに見えていたスラムへの道は何処かに消えて、ただ壁がそこに立ちはだかっていた。


「私は何を見た?」




 穏やかな夜はグレース神の与え賜う恩寵。そして星々の煌めきは神々の力の残滓。フォンは足元で眠る愛しい我が子達をそっと撫でてキスをする。幻獣の魔力に当てられ白銀となったフリンダルのその髪を梳きながら、兄達もフリンダルを覗き込む様に見つめていた。


「母ちゃん、フリンはちゃんとやっていけるかな?」

「なぁ、やっぱり俺達が側に居てやらないと駄目じゃないのか?」

「そうだよなぁ。フリンはこう見えて寂しがり屋で兄さんっ子だ」

「おい、グレース様の御導きなんだ…黙って見送ってやらないと」


兄の一人、クインの手を眠るフリンダルがぎゅっと握った。
その姿にクインは眉間に皺を寄せると目を瞑った。

俺達は人の欲を消化してしまって、幻獣となった。人の姿になれるのは夜だけで、久しくこの姿でフリンダルとは会えていない。
それでもフリンは俺達を兄だと信じて愛してくれる。俺達の大切な妹…離したくない。ずっと俺達がフリンを守って行ける方法を探したけれど、そんな物は最初から無かったんだ。俺達に本当は実体なんて無いのだから。

「クイン、メロ、イルク、サファン…私達はいつだってこの子の中に帰れるんだ。寂しい事は何もないんだよ」

「分かってるよ。ただなぁ…もう会えなくなるのは…辛ぇよ」

「「それは辛い」」


兄弟達は、顔を歪めながら肩を組んで眠るフリンダルと弟妹達を眺めた。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...