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太陽の国 獣語
迷い
しおりを挟む「母さん、ちょっと出かけてくる。昼には戻るから…」
「あら、そう。孝臣、帰りにケーキ食ってきてよ!ミムラの美味しいやつ!ファルちゃんに食べさせてあげたいのよね」
「…あぁ、分かった」
「それと、親父が起きたら話があるって言っといて」
「えー、何よ?やっと一人暮らしでもするの?彼女?彼氏?」
「後で話すよ。あと、母さんにも話があるから、親父起きたら何処にも行かず待ってろって伝えておいて」
「はいはい、気を付けていきなさいよ!」
「あぁ」
俺は、ファルファータを愛しているんだろうか?
離れたい、でも離れたくない、忘れたいのに忘れたくない。
相反する感情がずっと渦巻いていて、俺にはこれ以上先に進めない様な
絶望感というか、舞台の幕が降りてしまった様な『終わったな』って
感情に染まっていた。
けれど昨晩、俺はファルファータを抱きしめて眠った。
顔も見たくない程に呆れて、虚しくて、どうでも良くなって、放って
置きたいと思うのに、今にも泣きそうなあの美しいファルファータを
見たら、仕方ないなと抱きしめていた。
「どーしよーもねーなぁ…」
孝臣は足元を見ながら溜息混じりにつぶやいた。
親父に母さん、知久に剣道、仕事。どれも俺が居無くなってたら
悲しむんだろうけど、ザーナンドとかいう国に俺は必要無い。
孝臣はとぼとぼ歩いていると、気が付けば駅にいた。
駅構内には和服姿の参拝客がチラチラ見えて、その艶やかな姿に
目をやった。
「あいつに似合いそうだな」
そう口を吐いて出た言葉に、孝臣は自身の言葉に驚き両手で顔を
覆った。
「くそ…やっぱり好きなんじゃねーか」
「孝臣君、待たせたかな?」
孝臣が振り返るとナナセが立っていた。
「東藤先生…髪、切ったんすね」
背中まであった髪を肩程までに切ったナナセは
スッキリとした表情をしていた。
「あぁ、気分をね…変えようかと思って」
「似合ってますよ」
「ありがとう」
ニコリと微笑むナナセの迷いも戸惑いもない表情に、孝臣は
少し拍子抜けした。
「あぁ、まだあったんだ!この喫茶店。懐かしいなぁ!孝臣君、ここ、ここ入ろうよ!」
「うす」
当時の壁やテーブルは真っ白で、流行りのデザートや飲み物を
良くここで義親と食べたな。すっかり黄ばんでいるけれど、あの頃の
ままのレイアウトの店内がなんだか嬉しいな。
「で、先生…話って?」
「うん…君に伝えておかないといけない事があるんだ」
「まだ…何かあるんですか?」
ナナセは運ばれてきたパフェを目の前に、頬を緩ませながらスプーンで
クリームを掬った。
「その前に、君はどうしたい?」
「どうって…」
「今日、私達は彼方に帰るつもりだよ。きっと…これで二度と会う事はないだろう」
「…急展開すぎて」
「…そうだよね」
「俺、25年の人生…簡単に捨てれるほどこの世界に不満は無いんです」
「うん」
「でも…何をしてても、どこにいても…ファルファータがチラついて…あいつがこの世界を選んでくれねぇかなぁ…とか…思っちまうんですよ」
「…そうだね。ファルファータさんがそれを選べたら…こんなに君は傷付かずに済むのにね」
「でもね、きっといつかは良い思い出になるよ!大丈夫さ。ファルファータさんはああいう人だし、あっちの世界で良い男がいたらすぐに君を
忘れるよ…だから、君も…悪い夢を見たと思って忘れなさい」
ナナセの言葉に孝臣は驚き顔を上げた。
「忘れろなんて…先生…本気で言ってますか?」
「うん…ワンナイトラブだった…そう思いなさい」
「いやいや!無理でしょ⁉︎ 芸能人と想い合えた…そんなレベルの一夜をどう良い思い出にすればいいんですか」
「なら、決めなさい」
「…先生なら決められますか?」
「同じ立場なら…私は行く。でも、君には捨てられない物が多い」
「はい」
「もし、君が行くなら…ファルファータさんの事で私の知る全てを教える…行かないなら…散歩でもしながら帰ろう?」
「…はい」
「私は少し店を見てくるよ。旦那と子供等にお土産を買って帰りたいんだ」
「……その…先生に、抵抗はありませんでしたか?」
「なんの?」
「男同士の恋愛です」
「あったけど、あっちには男しかいないからね。それに、私の旦那様はとても美しい人だから…惚れない方が無理だったよ」
「そう…ですか」
「ゆっくり考えて」
「…はい」
ナナセが店を出て、小走りに構内の店に入って行くのを眺めながら
孝臣は頭を抱えていた。何を考えても答えが出ない。もしも、俺が
彼方に行ったら…親父や母さん、兄貴、知久は俺を責めるかな。
ポケットの携帯の振動に、孝臣は我に返った。
「はい」
『あけおめー!臣ちん一人?』
「茜、何?」
『外見て!』
孝臣が窓の外を見ると、知久と茜が手を振っていた。
「およっすー!何一人で黄昏てんの?」
「臣ちんあけおめー!ねーねー!東藤先生帰ってきたんでしょ?私昨日旅行から戻ってさ!連絡聞いてびっくりしたよー!今から時枝先生とこ行こうかって知ちん誘ったんよー!」
「あ、あぁ…」
考えたい時に限って忙しくなるな。
頼むから今は何処かに行ってて欲しい…。
塞ぎ込む孝臣の様子に、知久と茜は顔を見合わせてテーブルに
座った。
「どったの?」
「いや…なんでもない」
「そんな風には見えないけど?」
「ほっといてくれよ!今、頭がぐちゃぐちゃなんだ!」
急に叫んだ孝臣に、周りにぺこぺこと頭を下げた茜が声を顰めた。
「ちょっと!臣ちん!声でかい!」
「…」
「なぁ、孝臣。どした?本当…」
知久は見た事の無い孝臣の様子に、隣に座り直すと顔を覗き込んだ。
「なぁ、どうした?東藤先生の事か?」
「…いや、連れの方の事で…」
「あぁ!東藤先生と一緒に来た!」
「悪い、茜…先に家に行っててくんねぇか?マジ、お前にだけは聞かせたく無い話なんだ…」
余りに暗く、重い雰囲気の孝臣の姿に、茜は頷くと店を出て行った。
「茜、行ったよ。で、何があったんだ?」
それから、堰を切った様にここ二日の事を知久にぶち撒けるように
話し、自分がどうしたいかが分からないと孝臣は話した。
「そっかぁ…でもさー、戻って来れるんじゃねーの?」
「え?なんでそう思うんだよ」
「だってさ、東藤先生が戻って来たのって東藤先生の中にある吉野先生の記憶と、こっちにあった吉野先生の日記が繋がったっからって事だろ?」
「いや、原理は先生にも俺にも、ファルファータにも分からないよ」
「んー…俺はそうだと思うんだよな。だってあの吉野先生だぞ?東藤先生を想い続けて死ぬ様な人だから、そりゃ強い執念みたいなもんで呼び戻したに違いねぇよ」
「俺なら行くけどな」
「マジかよ」
「だってさ、こんな事人生何回やり直したって経験出来ねぇだろ?」
「失う怖さがあるのは分かるけどさ、幸いお前の兄貴もいるし時枝先生の事は大丈夫だろ?」
「それだけじゃない…この感情が一時的な物だったらと思うと怖いんだよ」
「…突き進んだ結果、やっぱりファルファータを愛していないってなったらさ…俺はきっと後悔する。全てを恨むと思う…だって、失ったら…二度と取り戻せない物があるだろ」
「そう思う気持ちがあるなら、行くべきじゃないね」
孝臣達が振り返ると、お洒落になったナナセが買い物袋を山程抱えて
立っていた。
「東藤先生!」
「いやー!貯金がね!思いの外貯まってて思い切って使ったよ!」
「見てよ!子供服!サイズも考えて沢山買ったんだ!後ね、チェキっていうの?本体とフィルムもたくさん買った!写真を撮って持って帰るんだ!レシピ本とか、後旦那の毛繕い様のブラシとか!やっぱりこっちの世界は楽しい!」
「楽しそうっすね!東藤先生!」
「ふふっ!久しぶりだからね!」
「知久君も、今日はお洒落じゃない!君も孝臣君もイケメンだからね!私服がよく似合う!」
「あざっす!」
「…先生…やっぱり、俺は残るよ。何があってもアイツだけを見てられる自信がない」
「うん、だろうね!さ、帰ろ?先生達とも話をしなきゃ!」
「孝臣、良いのかよ?」
「あぁ、良いんだ。俺には東藤先生みたいに旦那を思って浮かれるなんて事出来なさそうだし」
どこか吹っ切れた孝臣の顔に、ナナセは穏やかに微笑むと
「それで良い」と言った。
すみません、終われませんでした。
あと一話、帰国編お付き合い下さい!
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