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第一章 転生と始まり
3それは心配すること
しおりを挟むまるで聖の魂がこの肉体に乗り移った。いや、私の感覚的な所ではこの身体はフロリアの物で、その身体が私の意識を捕まえて離さない。そんな感覚である事、私にも制御出来ない感情の爆発がある事をハリィさんと、アルバートさんに話して聞かせた。そして、身体に関しても自分の意識とそれが動作に反映するまでにタイムラグがあった事から、きっとフロリアの魂はこの身体に眠っているのかもしれない事も伝えた。
私の話を2人は黙って聞いてくれて『もしかしたらフロリアの覚醒が将来あるのかもな』と言っていたけれど、私はそれを聞いてどうしたら良いのかと、不安を拭いきれない。もし、フロリアの魂が覚醒したら、今の私は……どうなるのだろう。
「まぁ、覚醒するかも知れんが、しないかも知れん。分からん事を今から悩んでも仕方ないだろうが」
「ひとごとだからって!もうしゅこしかんがえて!」
「ヒジリィ様、確かにご不安でしょう。でも、今ここでフロリア様の魂の覚醒を促すべきかどうかの判断は出来ませんから……もう少し様子を見ましょう?」
「……うん」
不安を飲み込み、彼等から今の私について聞いた話を1人考えていた。私の母親はこの世界の聖女であったそうで、彼女は神に祈りを捧げ、その力を身に宿し魔物を殲滅したり騎士団に加護を与えたりしたそうだ。彼女の力で国は豊になり、他国の脅威から守っていたけれど、彼女は次第に神と交信する力を失い教会からも王室からも疎まれる様になったらしい。酷い話だと思う。勝手に祀り上げて使い物にならなくなった途端に平民に落とし孤児院の面倒を見させていたと言うのだから、はっきり言ってそんな王族や聖職者は居なくなった方が良い!
そして、彼女には旦那さんがいたらしい。もちろん、それがフロリアの父親なのだけれど、彼はこの国の王弟だった。おぉう、まごう事なき王族……私ってばサラブレッドじゃんね。
「なにやってんだか」
王弟なら、聖女を守ってあげるべきでしょうに。彼女が苦しむのを黙ってみていた彼は、聖女の力を失ったのを知り、やっと彼女を孤児院から連れ出し出奔したのだと言う。挙句に子を成せば命を落とす可能性が高いという聖女を孕ませ、死ぬか生きるかの賭けに勝って生まれた私を残して人類の敵らしい魔人に襲われ死んだというのだから、国王と同じくクソ野郎だなと思った。そんな父親を愛したという聖女も本当に馬鹿だと思う。
しかし、一番の問題は能力を失っても世界で唯一の聖女であった母親を王様も、教会?神殿?の人は嫌っていて、今でも国民の多くが現人神の様な聖女に傾倒している事を忌々しく思っている事。そして、最も私を危険に晒しているのが、父親のベルドロイドが王弟であったと言う事と、王族に何世代かに1人生まれるかどうかの神の目、ウォーターオパールの瞳をこの身体が持って生まれた事だと言われた。
「この目をもちゅのは神の代理人の証拠かぁ……いらねぇ贈り物だよまったく」
一人、悶々と両親について考えていると、アルバートさんが準備してくれた子供部屋の扉がガチャリと開いてハリィさんが入ってきた。その手には真っ白な兎のぬいぐるみがあり、フリフリとそのぬいぐるみを揺らしながら私の前に跪いた。
「フロリア様、どうです?可愛いでしょう?」
「パパ、それどした?」
思考がまだこの国の言語に対応出来ないのか、どうしても片言になってしまって、私は早くちゃんと言葉が話せるようにならなければ……そう強く思った。まぁ、先は長そうだけどね。
「実は、官舎からここに来る途中の店で見つけたのです。フロリア様が私の居ない間、寂しくならない様にと私の魔力を込めましたから、もし私とおしゃべりがしたくなりましたら、この兎に声を掛けてみてください」
「パパとおあなしできう?」
「はい。兎の耳にそっと話しかけてみてください」
ハリィに手渡されたぬいぐるみを手にして、私はそっと兎の耳に口を近づけた。何て話しかけてみようか?更に私にメロメロになる言葉を掛けてみる?むふふ!
世の父親が娘に言われたいであろう言葉第一位をぶっこんでみるか!この際、アラサーの羞恥心よりも生存確率を上げる事を優先しなくては!
「フローねパパのおよめさんになうよ」
小声で私はぽそぽそと声を掛けた。私には前世の記憶があって、自分が皆城聖である自覚はあるけれど、これからはこの世界での名前を名乗ろうと決めた。そして、まだ私の体では「フロリア」と発音するのが難しい為、自分の事を私は「フロー」と言う事にした。
「‼︎」
私の声かけがハリィさんの脳内に届くのか、ハリィさんは口元に手を当てて嬉しそうに微笑んでいる。そして、お返しの様に言葉を返してくれた。この兎のぬいぐるみを通して、私の脳に直接「パパもフロリア様が大好きですよ。約束ですからね?忘れてはいけません」と小さな、聞き漏らしてしまいそうな程小さな声が響いた。ぱっとハリィさんの方を見ると、少し照れ臭そうに、でも前世の父が私を見つめていた時の様な目をしている。
くふふっ!いえぇーーい!ハリィさんからの愛情ゲットー!
「おい、ヒジリ!お前の魂年齢は違うだろう。気持ち悪い事をするな」
ハリィさんとのラブラブタイムをぶち壊す様に、アルバートさんが部屋に入ってきて気持ち悪い物を見る様に私を見下ろしている。その目は本当に私を蔑んでいるけれど、決して私を排除する様な雰囲気ではないから、きっとツン9デレ1の人なのだと思う事にしよう。アルバートさんの言葉は無視!
「だて、からだにたましひっぱられてうんだもん」
これは嘘じゃない。体が子供な分、寂しい、悲しい、嬉しい、楽しいといった感情が大人だった前世に比べて簡単に表に出るし、そもそものこの身体の持ち主であるフロリアの魂が顔を出したいのか、甘えたい、縋りたいという気持ちが保護者認定したハリィさんと一緒にいるとフツフツと湧き出してくる。
すでにこの感覚についてアルバートさんには伝えている。彼は魂が体に馴染み始めているんだろう、そう言ってた……なのに。それなのに聖としての年齢を盾にするなんて!思い返したらすごく恥ずかしいじゃない!
「師団長!そうフロリア様を揶揄う物ではありませんよ、ヒジリィ様の魂も……こちらの世界にまだ馴染めず心細くてらっしゃるのですから」
「そう!そうらよあるまーとしゃん」
「アルバートだ」
ハリィに諭され、アルバートは溜息を吐くと地図をばさりとテーブルに置いた。私はなんだろうかと、兎の耳を掴んでずるずると引きずりながらテーブルへと近づいた。そしてテーブルの天板にはまだ手が届かず、悩んだ挙句うんうんと唸りながらソファへとよじ登った。
「ふふっ、フロリア様。私が抱えて差し上げますからね」
「おいハリィ、甘やかし過ぎだ……知っているのか?こいつババ……ぶっ!」
私はソファに置かれていたクッションをアルバートに投げつけ、ギンッと睨んで脳内で叫んだ。
黙ってて!!!それに、まだ20代だし!ババァじゃないし!そういうアルバートさんだっておっさんじゃん!何歳?若作りして30代前半って所でしょ!オッサン!
「俺はまだ23だっ!」
「あーーー!うそだねっ23しゃいなんてうそらもんっ!」
いい加減私の脳内読むの止めて!プライバシーの侵害だよ!どう見たって30代だしっ、20代でそんなにフケてたら30歳になったらしわしわのおじーちゃんだよ!
「おまっ!あぁっ!本当にこの子供には腹が立つ!魔力の解除はお前が死ぬまで解かないと思え!」
「そうらよ!わたしはまだこどもらもん!ババちがうもん」
小さな手を腰に当て、私はプリプリのお尻を突き出してアルバートさんに文句を言い続けた。そして、アルバートさんも傍から見れば幼児にガチギレする大人気の無い大人で、私の頭をグリグリと拳で押さえ付けながら大きな溜息を吐いた。
「ふふっ、二人は仲良しですねぇ。少し妬けてしまいます」
くすくすと笑うハリィさんの微笑みに、私はズキュンと心臓を撃ち抜かれた。ハリィさーーーん!貴方が一番ですよぅぅ!
「パパだいすきーーー!」
「ハリィ、お前……大丈夫か?頭……」
今この瞬間も、新しい世界で第二の人生を送る機会を与えられた事にある意味感謝している。正直、前の生活よりもかなり良いからね。ただ今私の体は幼児で、飲み食いするだけの生活しか送っていないから素晴らしいと感じているだけかもしれないけど、純粋に私という存在を大切だと言ってくれる人がここにいて……私は本当にラッキーだと思う。前の世界では、職場や実家で私は使い捨ての様な存在だった。職場は下請けの下請けの広告代理店。ブラックを通り越してダークマターになりかけの環境だ。
使い捨てな扱いは私だけじゃなくて、同僚も同じで……体を壊して退職しても、誰も何も思わない。あぁ、一人脱落したな。そう言って、あんな悪辣な環境で頑張れる自分が凄いんだって意味の無い見栄を誰もが持っていた気がする。そんな泥沼から強制的にしろ這い出したのだ。新しい人生では、もう少し自分の存在に意味を見出せる人間になれる様に頑張りたい。ハリィさんとアルバートさんを見ながら私はそう思った。
「ハリィ、近々ヤーリスが侵攻して来るだろう。その為に本部での作戦とは別に行動できる部隊を編成したい」
「陛下の反応を見て編成しましょう。まだベルドロイド様の死を疑ってますから」
急にお仕事モードになったアルバートさん達は、テーブルに広げた地図を見ながらチェスの駒のような物をポンポンと置いてハリィさんと話し込み出した。
この世界、戦争が日常茶飯事なんだろうか?だとしたらこの2人も怪我をする事もあるんだろうな。無事に戻って来てくれると良いけど。
「ふんっ。お前に心配される程弱くは無い、そんな事よりも、お前は早くこの世界の言語から学ぶべきだ」
またっ!勝手に心読まないで!
私はイラッとしながらアルバートさんを睨んだけれど、自信たっぷりなその笑みに、不意に私は死んだ兄を重ね見た。
「私のおにーちゃんも そういって 死んじゃった。自信持つのはいいこと でも 自分過信したらだめ」
兎の前足をぴこぴこと動かしながら、私は警察官をしていた兄を思い出す。歳の離れた兄で憧れだった。将来は兄の様な優しくて頼り甲斐のある男性と結婚したいと思っていた。
「お兄様がいらっしゃったのですか?」
「うん。けーさつかんだったよ」
「警察官……とは…?」
「うーん。悪い人捕まえるお仕事」
「あぁ、騎士警備隊の様な物ですかね」
「……そうだろうな」
「おにーちゃん 悪い人がうったじゅうから 女の人かばって死んじゃった。いっつも おれはつおいから大丈夫って言ってたけど、そくしだった」
思い出す、高校の入試合格発表の日を。合格通知票を握りしめて、私はお兄ちゃんの勤める警察署に走った。ちょっと顔を見るくらい、話をする位なら大丈夫だと思ったから。
「銃……武器でしょうか?それは……お辛かったですね」
「もうずっとむかしのこと だいじょーぶらよ?でも……」
兄を盲信していた私。警察署に着くと、何故か私は直ぐに警察病院に連れて行かれ、そのまま兄の遺体と対面させられた。誰?何故?これはお兄ちゃんでは無い、お兄ちゃんは死なない。そう心が現実を拒否するけれど……涼やかな目元に、薄い唇。少し癖のある髪。そこに横たわるのはお兄ちゃんだった。
「人が死ぬの かんたん。まってるひと いるの いつも忘れてる。だから過信はだめ」
「「……」」
「やさしくない あるまーとさんでも しんだら嫌だもん。パパはもっと嫌……だから逃げること だいじ」
私の気持ちは伝わっただろうか?伝わらないならそれでも良い。だけど知っておいて欲しい。貴方達が居ないと私が生きては行けない事を。
「おいっ。綺麗に纏めてるつもりだろうが、タダの自己中じゃねぇか!ふんっ危うく流される所だったよ。俺達が居ても居なくても、お前の命は風前の灯なんだよ!分かったか!」
「師団長?フロリア様は何と?」
「言うのが馬鹿らしい程どうでも良い事だよっ!」
本心なんだけどなぁ。伝わらないもんだね。物理的に生きていけないのも事実だけど、すっかり拠り所になってる2人は家族や親戚レベルに身近で、もし居なくなったら悲しいに決まってるじゃない。身近な人の死は残された人間の心を……殺すんだよ。分かってよアルバートさん。
「知ってるよ、嫌と言う程な。だが、俺達は聖騎士団だ。死ぬ事は元より、人を殺めるのも仕事なんだ。そんな事で日和ってる場合じゃないんだよ」
グリグリと大きなその手で頭を揺らすその手は、肯定も否定も無く、まるで私の過去を慰めているようだった。
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