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第一章 転生と始まり
4其々の夜
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これからどうすべきなのか。私はナイトスタンドに手を伸ばし、明かりをつけるとキャビネットの中のウィスキーボトルを取り出した。
「フロリア様をお守りする為にはどうしたら」
あのお方を見つけてから半年が経ち、陛下にはベルドロイド様と聖女の死のみをお伝えしましたが、あの反応からして、まだ彼等の足取りや痕跡を疑ってらっしゃる様でした。
フロリア様を今はまだアルバートの屋敷で匿って貰っていますけど、いつまでもこのまま……と言う訳にはいきませんね。フロリア様も外出したいでしょうし、魂の主人、ヒジリィ様もこの世界の事を学ぶ機会が必要でしょう。いや、今はヒジリィ様がフロリア様となる事をご覚悟なさった様ですから……名を捨てる事はお寂しいでしょうが、フロリア様として接して行きましょう。
「ふぅ……」
グラスの中の琥珀色の液体に映るハリィの顔は、普段フロリアに見せている様な温厚な顔ではなく、険しく冷淡な表情だった。それに気付いたハリィは我に返ると首を振った。
「この様な顔では嫌われてしまいますね」
いつからでしょう?他人に対して嫌悪や憎悪、怒りしか感じなかった私が、柔らかく満たされ優しさという物を自覚出来たのは。
ハリィは暫く、今日のフロリアの笑顔や仕草を思い出してはニヤニヤしていたが、ふと現実に引き戻されて、無表情なまま何かを考え込んでいる。
「どうすべきでしょうね……」
いっその事、マリーナと離縁し……爵位を捨てて2人で旅暮らしでもしましょうか?そうすればフロリア様の身を隠すことが出来ますし、何よりずっとお側に居られるのです。あぁ、そう出来たなら何と幸せな事でしょうか。
いつかこの手でマリーナを残酷に斬り裂いて、陛下の足元に転がしてやる、その誓の為だけにあの女との婚姻をも受け入れました。聖女の居ないこの国に未来が無いのは誰もが危惧する所なのですから、この国が混乱に陥れば陥る程、私の夢の達成は近付くと思っていたのですけれどね。
『パパ だっこ』
私がアルバートの屋敷を訪れると一目散に駆け寄って来て、その小さな身体を伸ばし私を求めるフロリア様。あの瞬間、憎しみに毒され穢れた身も心も浄化されるのです。過去などもう捨ててしまおう、あの方に未来を創って差し上げる事が私の存在理由。そう、思えたのです。
私は、己の中にこれ程誰かに捧げられる愛情がある事に時折驚くのですが、それもまた当然の事でしょうね。あのウォーターオパールの瞳は至宝であり、全ての嘘偽り、隠されし物を詳らかにする力もあると聞きますから。
私自身、自分の作り出した憎悪に本当は苦しんでいたのかもしれません。
「フロリア様、今宵はどの様な夢を見ているのでしょうか」
優しい夢だといい。きっと本当のフロリア様の魂は両親の死を目の当たりにして傷付いているでしょうし、何より命を失い唐突にこの世界に落とされたヒジリィ様は……孤独や不安、寂しさに押しつぶされているかもしれないから。
「夢で逢えましたら……抱きしめて差し上げますね。フロリア様……お休みなさい」
さぁ、眠ろう。あの方にお会いする為に。
静かな夜、死神と呼ばれる副師団長ハリィ•トルソンは初めて知る親心の様でいて崇拝に近い愛情の余韻に揺蕩いながら床に着く。
夢で何をして遊んで差し上げようか。そんな事を考える程1人の幼女によって開花した父性。満開に咲き誇るその父性がとんでもない決断をするとも知らずに彼は眠る、夢でフロリアと会う為に。
「はぁ」
アルバートは今宵も溜息を吐く。見下ろしたベッドには、月明かりにキラキラと輝く白味を帯びた金髪、目を瞑っていてもくるんと上向に生えた長い睫毛。すぅすぅと寝息を立てるこの国の王位継承権を持つ幼女が横たわる。家に仕える者達にもこの存在は広く知らせては居ない。何がきっかけとなるか分かった物じゃない。瞳の色も、髪色も取り敢えず俺とハリィの色に魔法で変えてはいるが……。
「毎夜俺が浄化しても、4分の1も浄化出来ねぇとはな。魔人……いや、もう魔神となった奴がベルドロイド達を襲ったのか……厄介な事だ」
それにしてもヒジリ•ミナシロか……どんな世界に生きていたらこんなにも図々しい人間に育つのか。公爵家当主の俺に対して全く萎縮しないどころか敬意も払わないときた。
しかし、こいつを待ち受ける現実を思うと……少し申し訳なくも思う。
「いっその事……死んでいた方が楽だったかもしれないな……」
聖騎士団に身を置く者として、国王の命は絶対だ。教会は何とか躱す事が出来たとしても王命からは逃れられないだろう。どうするか……いっその事、末席とはいえ王家の血族である俺の子として匿うか?はぁ。まだ23だと言うのに父親だと?勘弁してほし物だ……俺の子か……いや、それよりもハリィの婚外子とするか?だが、そうなると俺の子となった場合以上に危うい立場にこいつは晒されるだろうな。ただでさえ、ハリィが皇女を蔑ろにしていると謁見の度にぐちぐちと言われているのだ。無理だろう。はぁ……どうするべきか。
「わたし しんでたほうがいい?」
「なんだ……起きていたのか」
「あるまーとさんの さっきでおきた」
「殺気などだしてはおらん」
「それより なーに?なにかあったの?」
「いや、ただ……どうするかなと思ってな」
アルバートが訪れているにも関わらず、ベッドから起き上がる事もせずフロリアは眠気眼のままアルバートを見ていて、その姿にもうこの子供に礼節を期待するのはやめよう、アルバートはそう溜息を吐く。
「……おうさまに つたえて いーよ」
俺が陛下達と、どう折り合いを付けるかに悩んでいる事を気付いたのだろうか?
「は?」
「わたし だって なかみは せいじん してゆから じぶんで なんとか できゆから」
「……馬鹿言え」
「おうさまの しじりつ あがれば いいんでしょ?わたししじりつあっぷ てつだえるよ」
「そんな単純な話では無い。聖女の子供、その事だけでお前は処刑されてもおかしくないんだ」
「ふーん」
「ふーんって!まるで他人事だな?」
「りゆーは?なんで せいじよ こどもいたらだめ?」
「聖女、聖人とは言わば神の代弁者にして依代、神の寵愛を得た者の事だ。その寵愛を捨てた、と言う事はこの国に天罰が下される事もあるんだよ」
「へー。かみさま いるんだね、じっさい」
「……はぁ」
「でも、てんばつ くだってないでしょ?」
「下ったろ」
「?」
「聖女は死んだんだ。天罰は下された。だが、それだけで済むとも思えんのだ」
「……ならなおさら おうさまが ばつをあたえる ひつようない だってかみさまが くだす。でしょ?おうさま ひつようないそんぞい ただのかざり」
「お前……本当に成人した大人だったんだろうな?王の存在が不用だなんて不敬を良く口に出来るな。それに……お前の存在は神への叛逆を意味しているんだよ」
「なにそれ かみさま やんでれ?じぶん いがい あいしたから にんげんにばつをあたえるの?ちいさいね このせかいの かみさま ふぁ~~むにゃむにゃ」
「はぁ……もう良い、寝ろ」
「ん」
ほら見た事か。常識や考え方が根本的に違うんだ、こいつは神や王族と自分が同列だと思ってやがる。だからそんな暴言が吐けるんだ。神への背信、それがどんな結果を齎すかなんて考えも及ばないんだろうな。
アルバートは子供部屋を出ると、トントンと顳顬を叩きながら、本当にどうしたものかと、更に深い溜息を吐いた。
フェルダーン公爵家の筆頭側仕えのカナムは、自室に戻って来たアルバートの疲れた顔を見て、グラスに酒を注ぐとサイドテーブルにコトリと置いた。そして浴室に向かうとバスタブに張られたお湯の温度を確かめアルバートに声をかける。
「アルバート様。湯浴みの準備整ってございます」
「あぁ。助かる」
無駄口は聞かず、ただ主人の補佐をする。それが私の仕事でございますが、流石に疲労困憊のその御姿を見ると、お話だけでも聞いて差し上げた方が良いのかと、私は逡巡致します。きっとフロリア様の事なのでしょうが、もう直ぐ聖戦へと向かわれるのですから、煩わしい事はなるべく早く解消して差し上げたい物です。
「……フロリア様でございますか?」
グラスを傾けていらっしゃるアルバート様は、うんざりとした眼差しを私に向けますが、その様なお顔になる程フロリア様は手が掛かるお子様でしょうか?
「あぁ。どうしたものかな」
フロリア様。あの方は魔人に襲われご両親を亡くされた、とある貴族の婚外子と報告を受けましたが、あの瞳を見る限りそうでは無いのだろうという事を、執事長とメイド長、そして私は分かっております。しかし、そう言い繕ってまで隠す必要があるのでしょうから、我々はただ黙ってお仕えするのみです。
「何をお悩みなのですか?」
「これからの事だ。引取先がな……無いんだよ」
「孤児院では難しいのでこざいますか?」
「魔人の魔力に汚染されているからな」
「なんと……そうでしたか」
成程、それ故にアルバート様がこの屋敷で面倒を見てらっしゃるのですね。しかし、それは困った事でございます。魔力汚染の影響はまだ現れていない様ですが、本来なら殺処分ですからね、それを守ろうとするのはとても難しい事では無いでしょうか?
「殺した方がいいのは分かっている……だがな……本人の犯していない罪で裁かれなくてはならない。その事を当然だと思える程、あいつは大人ではないからな……だから困るのだ」
アルバート様はその風貌に似合わずお優しいお方ですから、心中察するに余りあるのですが……それではアルバート様がその責を負う必要が出て来るのではないでしょうか?いくら可愛らしいフロリア様と言えども、いざとなれば私はアルバート様の為の行動を取るでしょう。
「アルバート様は、フロリア様をお守りしたいのでございますか?」
「……どうだろうな。友の子で無ければ躊躇わずに殺していただろう」
「左様でございますか」
「この屋敷から出て、存在が公となれば間違いなくあいつは殺される……そして、その存在を知る俺達もな」
「……」
一体、どのご友人のご息女なのでしょう?それ程の高位貴族で、亡くなられた方を存じ上げないのですが。もしかしたら、ご遊学中に知り合われた他国の方でしょうか。そうとなれば、国家間の問題になるかも知れません。
「アルバート様、その様に御心を痛められるのでしたら、私の養女と致しますか?」
「カナム⁉︎」
「何処にも出せぬので御座いましょう?ならば当家の養女としてお世話致しましょう。さすれば、アルバート様の重荷がいくらか軽くなるのでは御座いませんか?」
「……すまんな。カナム……最悪お前の父ロベルナー男爵に片棒を担がせるかもしれん」
「いいえ、フェルダーン家に仕える事が我がロベルナー家の勤め。そして私共従者はアルバート様にお仕えする為に存在しているのです。主人の御心をお救い出来るのでしたら、何と言う事もございません」
そう、主人を苦しめる芽は早い内に摘んでおいた方が良いのです。アルバート様、このカナムにお任せください。
「ご決断の際は、是非ご命令下さい。アルバートさま」
「……そうなるとしても戦から戻ってからだ。それまでは下手に動くなカナム。ただ、あいつにはそろそろ字を覚えさせろ」
「え?」
「……なんだ?」
「いえ、フロリア様はまだ2、3歳位ですよね?」
「あぁ、だが問題無い。言語に関わらず作法も教えてくれ」
流石の私もそれは無理なのではと思いますが……主人の命ですから……何とか致しましょう。何とか、なりますでしょうか⁉︎あぁ、12歳の弟でさえ学問や作法に苦しんでいるのです。フロリア様にそれを課して大丈夫なのでしょうか。主人同様、私も頭が痛くなります。
「……伯爵位の御家門のどなたかに明日お手紙をお送り致します」
はぁ、女性の高位貴族の中でどなたかお願い出来る方がいらしたでしょうか?そう言えば、ガヴァネスの経験がお有りの方が確かラーバンレヒト伯爵家にいらっしゃいましたね。あの方にお願いしてみましょうか。
「いや、なるべくあの者の存在は秘匿したい。お前かメイド長、侍従で聖魔力を持つ奴が居たな?お前達で何とかしてやってくれないか」
「私達で宜しいのですか?」
「構わん。別にあいつを社交界や学院に出そうって言うんじゃ無いからな……習った所で出せる筈もない。文字の読み書き、公民の基礎を教えてやってくれ……あと、神学はお前何処まで教えられる?」
「神学でございますか?そうですね、神位、神力、教会基礎学でしたら何とかお教え出来るかと」
「それで構わない……先程あいつの部屋で浄化をしていたがな」
「はい」
「……くくっ」
苦悶の表情でありました主人が破顔する様な事があったのでしょうか?何やら思い出し笑いをされていて、私は聞いて良いのか迷います。
「……如何なさったのですか?」
「いや、お前に苦労を掛けるのが目に見えてな」
「と、言いますと」
「先程、あいつはこの世界には本当に神がいるのかと聞いて来たのだ。居る、と答えたらなんと言ったと思う」
「それは、やはり凄い、とか会ってみたい。とかでしょうか?」
「気に食わなければ罰を与えるなんて器が小さいと吐かしやがった」
「え?」
「あいつは神も国王も自分と同列に考えてやがるんだ。そもそも存在を信じては居ない様だ」
「それは…また……教え甲斐がありそうですね」
「ふっ。そう思うか?」
「……信じて頂ける様お教え致します」
「まぁ、基本的な知識だけ教えてやってくれ」
「畏まりました」
これは参りましたね。普通あの年齢だと神や精霊、魔神と言った存在を身近に感じる物です。ですがフロリア様は違うのですね?そうなりましたら聖魔力や神学の学位を持つトルソン様に教えを乞うた方が良いのでは……。
「カナム、風呂に入る」
「はい」
疲労の色を隠せないアルバートをカナムは浴室へと誘い、するりとジャケットを脱がせ一礼すると浴室から退出した。
「さて、フロリア様を主人の為にしっかりとお育てせねばなりませんね」
一抹の不安を抱えつつも、心を新たにカナムは部屋の明かりを落とすと寝ずの番と交代して主人の部屋をそっと抜け出した。
「フロリア様をお守りする為にはどうしたら」
あのお方を見つけてから半年が経ち、陛下にはベルドロイド様と聖女の死のみをお伝えしましたが、あの反応からして、まだ彼等の足取りや痕跡を疑ってらっしゃる様でした。
フロリア様を今はまだアルバートの屋敷で匿って貰っていますけど、いつまでもこのまま……と言う訳にはいきませんね。フロリア様も外出したいでしょうし、魂の主人、ヒジリィ様もこの世界の事を学ぶ機会が必要でしょう。いや、今はヒジリィ様がフロリア様となる事をご覚悟なさった様ですから……名を捨てる事はお寂しいでしょうが、フロリア様として接して行きましょう。
「ふぅ……」
グラスの中の琥珀色の液体に映るハリィの顔は、普段フロリアに見せている様な温厚な顔ではなく、険しく冷淡な表情だった。それに気付いたハリィは我に返ると首を振った。
「この様な顔では嫌われてしまいますね」
いつからでしょう?他人に対して嫌悪や憎悪、怒りしか感じなかった私が、柔らかく満たされ優しさという物を自覚出来たのは。
ハリィは暫く、今日のフロリアの笑顔や仕草を思い出してはニヤニヤしていたが、ふと現実に引き戻されて、無表情なまま何かを考え込んでいる。
「どうすべきでしょうね……」
いっその事、マリーナと離縁し……爵位を捨てて2人で旅暮らしでもしましょうか?そうすればフロリア様の身を隠すことが出来ますし、何よりずっとお側に居られるのです。あぁ、そう出来たなら何と幸せな事でしょうか。
いつかこの手でマリーナを残酷に斬り裂いて、陛下の足元に転がしてやる、その誓の為だけにあの女との婚姻をも受け入れました。聖女の居ないこの国に未来が無いのは誰もが危惧する所なのですから、この国が混乱に陥れば陥る程、私の夢の達成は近付くと思っていたのですけれどね。
『パパ だっこ』
私がアルバートの屋敷を訪れると一目散に駆け寄って来て、その小さな身体を伸ばし私を求めるフロリア様。あの瞬間、憎しみに毒され穢れた身も心も浄化されるのです。過去などもう捨ててしまおう、あの方に未来を創って差し上げる事が私の存在理由。そう、思えたのです。
私は、己の中にこれ程誰かに捧げられる愛情がある事に時折驚くのですが、それもまた当然の事でしょうね。あのウォーターオパールの瞳は至宝であり、全ての嘘偽り、隠されし物を詳らかにする力もあると聞きますから。
私自身、自分の作り出した憎悪に本当は苦しんでいたのかもしれません。
「フロリア様、今宵はどの様な夢を見ているのでしょうか」
優しい夢だといい。きっと本当のフロリア様の魂は両親の死を目の当たりにして傷付いているでしょうし、何より命を失い唐突にこの世界に落とされたヒジリィ様は……孤独や不安、寂しさに押しつぶされているかもしれないから。
「夢で逢えましたら……抱きしめて差し上げますね。フロリア様……お休みなさい」
さぁ、眠ろう。あの方にお会いする為に。
静かな夜、死神と呼ばれる副師団長ハリィ•トルソンは初めて知る親心の様でいて崇拝に近い愛情の余韻に揺蕩いながら床に着く。
夢で何をして遊んで差し上げようか。そんな事を考える程1人の幼女によって開花した父性。満開に咲き誇るその父性がとんでもない決断をするとも知らずに彼は眠る、夢でフロリアと会う為に。
「はぁ」
アルバートは今宵も溜息を吐く。見下ろしたベッドには、月明かりにキラキラと輝く白味を帯びた金髪、目を瞑っていてもくるんと上向に生えた長い睫毛。すぅすぅと寝息を立てるこの国の王位継承権を持つ幼女が横たわる。家に仕える者達にもこの存在は広く知らせては居ない。何がきっかけとなるか分かった物じゃない。瞳の色も、髪色も取り敢えず俺とハリィの色に魔法で変えてはいるが……。
「毎夜俺が浄化しても、4分の1も浄化出来ねぇとはな。魔人……いや、もう魔神となった奴がベルドロイド達を襲ったのか……厄介な事だ」
それにしてもヒジリ•ミナシロか……どんな世界に生きていたらこんなにも図々しい人間に育つのか。公爵家当主の俺に対して全く萎縮しないどころか敬意も払わないときた。
しかし、こいつを待ち受ける現実を思うと……少し申し訳なくも思う。
「いっその事……死んでいた方が楽だったかもしれないな……」
聖騎士団に身を置く者として、国王の命は絶対だ。教会は何とか躱す事が出来たとしても王命からは逃れられないだろう。どうするか……いっその事、末席とはいえ王家の血族である俺の子として匿うか?はぁ。まだ23だと言うのに父親だと?勘弁してほし物だ……俺の子か……いや、それよりもハリィの婚外子とするか?だが、そうなると俺の子となった場合以上に危うい立場にこいつは晒されるだろうな。ただでさえ、ハリィが皇女を蔑ろにしていると謁見の度にぐちぐちと言われているのだ。無理だろう。はぁ……どうするべきか。
「わたし しんでたほうがいい?」
「なんだ……起きていたのか」
「あるまーとさんの さっきでおきた」
「殺気などだしてはおらん」
「それより なーに?なにかあったの?」
「いや、ただ……どうするかなと思ってな」
アルバートが訪れているにも関わらず、ベッドから起き上がる事もせずフロリアは眠気眼のままアルバートを見ていて、その姿にもうこの子供に礼節を期待するのはやめよう、アルバートはそう溜息を吐く。
「……おうさまに つたえて いーよ」
俺が陛下達と、どう折り合いを付けるかに悩んでいる事を気付いたのだろうか?
「は?」
「わたし だって なかみは せいじん してゆから じぶんで なんとか できゆから」
「……馬鹿言え」
「おうさまの しじりつ あがれば いいんでしょ?わたししじりつあっぷ てつだえるよ」
「そんな単純な話では無い。聖女の子供、その事だけでお前は処刑されてもおかしくないんだ」
「ふーん」
「ふーんって!まるで他人事だな?」
「りゆーは?なんで せいじよ こどもいたらだめ?」
「聖女、聖人とは言わば神の代弁者にして依代、神の寵愛を得た者の事だ。その寵愛を捨てた、と言う事はこの国に天罰が下される事もあるんだよ」
「へー。かみさま いるんだね、じっさい」
「……はぁ」
「でも、てんばつ くだってないでしょ?」
「下ったろ」
「?」
「聖女は死んだんだ。天罰は下された。だが、それだけで済むとも思えんのだ」
「……ならなおさら おうさまが ばつをあたえる ひつようない だってかみさまが くだす。でしょ?おうさま ひつようないそんぞい ただのかざり」
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「はぁ……もう良い、寝ろ」
「ん」
ほら見た事か。常識や考え方が根本的に違うんだ、こいつは神や王族と自分が同列だと思ってやがる。だからそんな暴言が吐けるんだ。神への背信、それがどんな結果を齎すかなんて考えも及ばないんだろうな。
アルバートは子供部屋を出ると、トントンと顳顬を叩きながら、本当にどうしたものかと、更に深い溜息を吐いた。
フェルダーン公爵家の筆頭側仕えのカナムは、自室に戻って来たアルバートの疲れた顔を見て、グラスに酒を注ぐとサイドテーブルにコトリと置いた。そして浴室に向かうとバスタブに張られたお湯の温度を確かめアルバートに声をかける。
「アルバート様。湯浴みの準備整ってございます」
「あぁ。助かる」
無駄口は聞かず、ただ主人の補佐をする。それが私の仕事でございますが、流石に疲労困憊のその御姿を見ると、お話だけでも聞いて差し上げた方が良いのかと、私は逡巡致します。きっとフロリア様の事なのでしょうが、もう直ぐ聖戦へと向かわれるのですから、煩わしい事はなるべく早く解消して差し上げたい物です。
「……フロリア様でございますか?」
グラスを傾けていらっしゃるアルバート様は、うんざりとした眼差しを私に向けますが、その様なお顔になる程フロリア様は手が掛かるお子様でしょうか?
「あぁ。どうしたものかな」
フロリア様。あの方は魔人に襲われご両親を亡くされた、とある貴族の婚外子と報告を受けましたが、あの瞳を見る限りそうでは無いのだろうという事を、執事長とメイド長、そして私は分かっております。しかし、そう言い繕ってまで隠す必要があるのでしょうから、我々はただ黙ってお仕えするのみです。
「何をお悩みなのですか?」
「これからの事だ。引取先がな……無いんだよ」
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「なんと……そうでしたか」
成程、それ故にアルバート様がこの屋敷で面倒を見てらっしゃるのですね。しかし、それは困った事でございます。魔力汚染の影響はまだ現れていない様ですが、本来なら殺処分ですからね、それを守ろうとするのはとても難しい事では無いでしょうか?
「殺した方がいいのは分かっている……だがな……本人の犯していない罪で裁かれなくてはならない。その事を当然だと思える程、あいつは大人ではないからな……だから困るのだ」
アルバート様はその風貌に似合わずお優しいお方ですから、心中察するに余りあるのですが……それではアルバート様がその責を負う必要が出て来るのではないでしょうか?いくら可愛らしいフロリア様と言えども、いざとなれば私はアルバート様の為の行動を取るでしょう。
「アルバート様は、フロリア様をお守りしたいのでございますか?」
「……どうだろうな。友の子で無ければ躊躇わずに殺していただろう」
「左様でございますか」
「この屋敷から出て、存在が公となれば間違いなくあいつは殺される……そして、その存在を知る俺達もな」
「……」
一体、どのご友人のご息女なのでしょう?それ程の高位貴族で、亡くなられた方を存じ上げないのですが。もしかしたら、ご遊学中に知り合われた他国の方でしょうか。そうとなれば、国家間の問題になるかも知れません。
「アルバート様、その様に御心を痛められるのでしたら、私の養女と致しますか?」
「カナム⁉︎」
「何処にも出せぬので御座いましょう?ならば当家の養女としてお世話致しましょう。さすれば、アルバート様の重荷がいくらか軽くなるのでは御座いませんか?」
「……すまんな。カナム……最悪お前の父ロベルナー男爵に片棒を担がせるかもしれん」
「いいえ、フェルダーン家に仕える事が我がロベルナー家の勤め。そして私共従者はアルバート様にお仕えする為に存在しているのです。主人の御心をお救い出来るのでしたら、何と言う事もございません」
そう、主人を苦しめる芽は早い内に摘んでおいた方が良いのです。アルバート様、このカナムにお任せください。
「ご決断の際は、是非ご命令下さい。アルバートさま」
「……そうなるとしても戦から戻ってからだ。それまでは下手に動くなカナム。ただ、あいつにはそろそろ字を覚えさせろ」
「え?」
「……なんだ?」
「いえ、フロリア様はまだ2、3歳位ですよね?」
「あぁ、だが問題無い。言語に関わらず作法も教えてくれ」
流石の私もそれは無理なのではと思いますが……主人の命ですから……何とか致しましょう。何とか、なりますでしょうか⁉︎あぁ、12歳の弟でさえ学問や作法に苦しんでいるのです。フロリア様にそれを課して大丈夫なのでしょうか。主人同様、私も頭が痛くなります。
「……伯爵位の御家門のどなたかに明日お手紙をお送り致します」
はぁ、女性の高位貴族の中でどなたかお願い出来る方がいらしたでしょうか?そう言えば、ガヴァネスの経験がお有りの方が確かラーバンレヒト伯爵家にいらっしゃいましたね。あの方にお願いしてみましょうか。
「いや、なるべくあの者の存在は秘匿したい。お前かメイド長、侍従で聖魔力を持つ奴が居たな?お前達で何とかしてやってくれないか」
「私達で宜しいのですか?」
「構わん。別にあいつを社交界や学院に出そうって言うんじゃ無いからな……習った所で出せる筈もない。文字の読み書き、公民の基礎を教えてやってくれ……あと、神学はお前何処まで教えられる?」
「神学でございますか?そうですね、神位、神力、教会基礎学でしたら何とかお教え出来るかと」
「それで構わない……先程あいつの部屋で浄化をしていたがな」
「はい」
「……くくっ」
苦悶の表情でありました主人が破顔する様な事があったのでしょうか?何やら思い出し笑いをされていて、私は聞いて良いのか迷います。
「……如何なさったのですか?」
「いや、お前に苦労を掛けるのが目に見えてな」
「と、言いますと」
「先程、あいつはこの世界には本当に神がいるのかと聞いて来たのだ。居る、と答えたらなんと言ったと思う」
「それは、やはり凄い、とか会ってみたい。とかでしょうか?」
「気に食わなければ罰を与えるなんて器が小さいと吐かしやがった」
「え?」
「あいつは神も国王も自分と同列に考えてやがるんだ。そもそも存在を信じては居ない様だ」
「それは…また……教え甲斐がありそうですね」
「ふっ。そう思うか?」
「……信じて頂ける様お教え致します」
「まぁ、基本的な知識だけ教えてやってくれ」
「畏まりました」
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「カナム、風呂に入る」
「はい」
疲労の色を隠せないアルバートをカナムは浴室へと誘い、するりとジャケットを脱がせ一礼すると浴室から退出した。
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もしよかったら宜しくお願いしますね!
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