聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々

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第一章 転生と始まり

8 それは神様を宥めること1 出来損ないの本領〜カレーナ〜

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「降下の儀式……だと?」

悲壮な顔つきの男達を見下ろす様に、カレーナは髪を肩に流しながら顎に指を当てニコリと笑う。そして、自身の中指に嵌めた指輪を見せ付ける様に2人に見せた。

「私、聖女候補でした事をお忘れ?」

 カレーナは言う。フロリアがハカナームト神と共に居るのならば、神に直接問えば良いと。しかし、神の間でしか交信は不可能なのだろうとアルバートは問い返す。

「交信、ならそうですわね。ですけど、神々との接触や神託を受ける方法は他にもありますわ。神と時を交わらせる方法は大きく3つ。契約交信、奉納の儀、そして降下の儀。ですけれど、神の間が必要なのは交信のみです」

「それは分かっているが」

「聖騎士団で行うこれらと、教会の行うこれらの儀式では意味合いが違うのですのよ?ご存知ありませんの?」

その言葉に、いちいちムカつく言い方をする。だからこの女は嫌なんだ、そうアルバートは心内で毒吐くと目を瞑り首を振る。

「聖騎士団での儀式で神がお声を、御姿を見せて下さる事はありませんよね?それはあくまでも契約や加護、祝福を与える為だからですわ。祈りの言葉も違いますしね」

確かに、戦いに出向く際に必ず祈祷と奉納の儀を行うが、そこで神が姿を現したり、声を掛けられる。なんて事は無い、そうハリィはアルバートに声を掛けた。

「教会が行うこれらは、我々が神と魔力交換や精神的な対話する為の物であって、御力を得る為だけでは無いわ。でも、今の教会ではこれらの儀式は既に儀礼的な物になっていて、実際に神々と対話が出来たのは先代聖女まででしたけれど」

「なら、カレーナ様が儀式を行なってもハカナームト神と対話出来ないかも知れないと言う事ではありませんか?」

「トルソン様。確かに、確実とは言い難いですわね……私も候補だっただけで、聖女ではありませんから。そもそも、神との対話に明確な条件がある訳では無いの」

「ならっ!」

「神がお慈悲を下さるかどうかは、神々の気分次第よ?フローがいるなら、あなた方保護者が居るなら、可能なのではと思ったの」

 望みが薄いであろう事は誰よりもカレーナが一番理解している。だが、父や国王、腹違いの兄弟姉妹に無能と謗られ続け傲慢になるしか己の心を守れない自分、誇れる物はその不釣り合いにも高貴な生まれと、聖女候補という称号だけの自分にカレーナは嫌気がさしていた。



 カレーナ•オル•バルバドゥル。彼女はリットールナ王国の基礎を造った、リットールナ聖教会。その第329代教皇リヒャルテの第3夫人で、大司教でもあったウルネリスの一人娘として生を受けた。魔力の強いウルネリスの子として、また1年で最も大地に魔力が籠るトルトレスの加護月に生まれた筈の彼女は、生まれながらに落ちこぼれていた。魔力はどの兄弟姉妹よりも少なく、唯一他の者に勝るとすれば、余り得られない創造神トルトレスと水と叡智を司るオーフェンタールの加護だけだった。

「カリーナ、貴女の魔力は多く無いわ。今からでも遅く無いのよ?」

「お母様、私だって……兄様や姉様の様に浄化を行える様になりますわ!」

「カレーナ。自分に適正の無い物を求めても、貴女が苦しむだけよ?母は苦しむ貴女を見たく無いの。どうしても教会に残りたいのなら、助祭として領地の魔力補給を行う事を聖下に願い出してみたら?母は……実家ルーセンブルームの養子となって領地運営をしてくれたらと思っているのだけどね」

「お母様まで酷いですわ!私が……そんなに疎ましいのですの?」

「そんな事ある訳ないじゃない!カレーナ、私の愛しい娘……それでも……現実から目を背ける訳にはいかないのよ?貴女の魔力では、人々を救済する事は出来ない」

 こんな事を我が子に言わなくてはならない親の辛さを、まだ13歳のカレーナには理解出来なかった。唯一の味方だと信じていた母からの言葉、兄弟姉妹の侮蔑を含んだ言葉の数々。母を溺愛していた父。優秀な母から生まれた無能な娘を8つを過ぎた頃から視界にも入れなくなったその態度に、カレーナの心は壊れそうになっていた。

「カレーナ、今日からお前はフェルダーン公爵家時期当主、アルバート殿の婚約者だ。精々ボロが出ぬ様、嫁入り修行に励みなさい」

 何年か振りにお父様に声を掛けて頂いた!何かしら?助祭としてでも良いわ、入教を許して下さるのかしら!そう、数分前までカレーナは浮かれていた。しかし、15歳になったばかりの小春日和の日に、教皇はカレーナを嫁に出すと言った。教会に属する貴族の婚姻は、その加護や能力を教会内から出さぬ為、系譜から外れる事は無い。多くが一族内の婚姻か、婿入りでの婚姻だった。そこに来て、上位とは言え一般貴族に嫁入りとなる事は実質的な追放と言って良かった。

「どうしてですの⁉︎何故⁉︎魔力の弱いフェネルテだって助祭のオーウェンと結婚してますのに!何故私が降嫁なんですの?」

「降嫁ではない、フェルダーン公爵家は列記とした王族だ!不敬にも程があるぞ、この痴れ者が!」

「ならば私で無くとも、レナーテ姉様でも良いでは無いですか!」

「はぁ……。レナーテは既にハウウェッセン家と婚約が決まっている。それに、魔力制御に魔法発動、加護の展開に神々との交信……どれも未だ未熟なお前を教会にいつまでも置いておく訳にはいかぬ」

「っつ‼︎」 

「18の成人を迎えた日が、成婚の儀となる。それまでは教会に居ても良い。好きにしろ」

 それからカレーナは、何とか婚約を白紙に戻そうと努力を重ね、魔力制御や操作を身に付けた。加護の展開も行える様になったが、これだけではまだ婚約を撤回ささるには足りないと霊峰サビシュで神々との対話、交信の訓練をしていた。

「カレーナ、何故お前はそうまでして教会にしがみつく」

「叔父様には……きっと分かりませんわ」

 自分の存在を証明させる物が何も無い、その事がどれだけ自分の足元をぐらつかせていて、その下に広がるドス黒い闇にいつ引き摺り込まれるのかと戦々恐々とする日々があろう事など、誰にも理解出来ない。カレーナは、共に修行を行う教皇の弟で司祭のハシェムに目もくれず、唯只管に神へ祈りを捧げた。

「全知全能の神ハカナームトよ、ハカナームトに連なる神々よ。我祈りをお受け取り下さい」

深緑色をした神服の長い袖をふわりと揺らし、カレーナは跪き低頭する。そして立ち上がると、魔力で顕現させた神具を模した権杖に、振り香炉を手にして祝詞を捧げた。

 愛されたい、愛したい、必要とされたい、許されたい。

「皓々たるトルトレスの慈悲の光 焔々たるレネベントの聖火 懇篤たるシャナアムトの瑞風 広漠たるザザナームの地力 洋々たるオーフェンタールの聖水 堅固にして明々たるアルケシュナーの雷氷 冥々たるクローヴェルの闇の帷 生生齎すフェリラーデの聖歌よ、綿々と結ばれる祈りと誓いに 我等人の子は神の子となりて その偉大なる祝福と加護を恒久の物とせしむ 我等が罪と穢れを祓い賜え 救い賜え」

褒められたい、認められたい……ただその目で見て欲しい。

 神への祈りか、自分への告解なのか分からない、渦巻く想いが魔力と混じり、神の台座に建てられた3神5形威の彫刻に光が灯ったその時だった。唐突に、祈りの間の魔力が増え、ぐんっと頭から押さえつけられる様な感覚に2人は跪き、体を折り込むように頭を膝に付けてその力に耐えている。

『汝の祈りが闇を祓う事もあろう。粛々と励め』

 恐怖を与えるでも無く、かと言って喜びを感じさせるでも無い、静かで重厚な声が教会に響き、声が消えるのと同時に身体は軽くなって行く。カレーナはその声に、魔力からの解放に目を見開き呆然とし、ハシェムはカレーナを抱きしめ声を上げた。

 それから何度も祈祷や祝詞を捧げても、神の言葉である【神託】を得る事は叶わなかったが、聖女以外で神託が得られた事はこの上もなくカレーナの自尊心を満足させていた。
 
 数日後、下山した2人を待っていたのは、父であり教皇であるリヒャルテだった。神の神託が下された事は、魔力で繋がる世界の教会に既に伝わっていて、まさかカレーナが神託を得るとは思っても見なかったその顔は、安堵した様でもあるが、これからどう扱うべきか戸惑っている様にカレーナには見えた。

「良く神託を得て戻った。お前を助祭に任じ、また聖女候補として入教を許す」

「ありがとうございます。誠心誠意、神に、人民に尽くして参ります」

 これまでの境遇が嘘の様に変わり、母も、祖父母も大いに喜んだ。全てが上手く回り始めた様に思えた。

「……何故ですの⁉︎何故神は私の祈りを聞き届けては下さらないのです⁉︎」

神託を得るも、カレーナは祝福を与えられず、加護展開を行ってもその加護の力は弱かった。それから何とか聖務をこなす日々が続く。季節の変わり目には、各領地から請われ赴く事もあったが、大した成果も出せないでいる。次第に周囲は「ハカナームト様が憐れんでお声掛け下さっただけだ」「あれは神託では無く、お見捨てになったお言葉だったのだ」等と口さがない言葉が聞こえ始めた。

「一時は聖女となるのであれば婚姻は結べぬ故、白紙も考えたが……やはりお前はフェルダーン家に嫁ぎなさい」

「……はい」

 カレーナは反抗する気力を失っていた。どうなっても良いのだと、自棄鉢なカレーナは日に日に顔がやつれ、その勝気な赤紫の瞳はくすんでいる。そんなある日、アルバートと顔合わせをする事になり、カレーナは何かを変えるきっかけとなるのでは?と、ドレスや靴などの衣装を新調し、王宮のテラスでアルバートを待った。

「初めまして。カレーナ•オル•バルバドゥルでございます」 

「……存じております。私はリットールナ聖騎士団、師団長を務めますアルバート•フェルダーン、聖2位勲位を賜っております」

「聖2位勲位でございますの⁉︎聖下と同じではございませんか」

 聖位勲位とは、聖魔力の量と質、もしくは聖職行為で与えられる影響範囲の大きさで与えられる称号である。聖1位勲位はある意味名誉階級の様なもので、歴代の国王がそれであるため、聖2位勲位が実質的な1位だった。

「そうですね」

「そ、そうですね……ですか」

 余りにも違う実力差に、カレーナは打ちのめされてしまい、双方無言なまま時が過ぎた。

「カレーナ様。正直に申し上げますと、私は結婚をするつもりがないのです。貴族の子女の皆様同様、結婚にご期待をされてらっしゃるのなら申し訳ありませんので、後日当家よりお断りの手続きを取らせて頂きます。宜しいですか?」

一方的な物言いに不遜な態度。カレーナは驚き、席を立ったアルバートを不思議な存在でも見るかの様に見上げ見た。

「……何かご不満がございましたか?カレーナ様。貴女はまだ若いのですから、結婚などせず聖職者として頑張られてみては如何ですか?……夢なのですよね、聖女となる事が。なら頑張られたら良い」

 カレーナの事情を知っているのか、いないのか。聖職者のままでいろと、聖女を目指せと言うその言葉に、カレーナは衝撃を受け、立てずに座ったまま空席となった椅子を見ている。

 挨拶もそこそこに、婚約は近々白紙にすると吐き捨てた挙句、さっさと席を立って帰ってしまった。無愛想で気遣いも無いその男は、ただ見目が良く聖魔力を持っているというだけで、夫とするにはかなりの覚悟が必要だと、カレーナと侍女は溜息を吐いた。だが、何故か心の澱がすっと消えてなくなる様で、また会えたら何かが分かるのだろうか?とカレーナは目を瞑った。




 どんよりとした天気の下、聖騎士団の白い隊服が地面を覆い尽くしていて、その中に在ってもアルバートは燃え盛る光と焔の様な魔力を纏い、壇上で声を張り士気を高めていた。

「フォルクナー領が魔獣の魔力汚染により壊滅的な被害に遭っている!魔人の出現も確認された!これより転移陣にて転移を行うが、転移後直ぐに襲われる可能性もある!気を抜くな!」

「「はっ!」」

「では、移動の前に聖女候補であるカリーナ様よりご加護を賜る!皆、静粛に!回れ右!」

 壇上に立つカリーナは、初めて団体への加護展開に足の震えが止まらなかった。背を向け、こちらを見ていなくとも、彼等のその期待がドクンドクンとカリーナの心臓を大きく跳ね上げて行く。

「……失敗しても良いのです、今回の討伐は大規模だが容易い。カリーナ様の練習台にして下さい。ここに貴女を貶す様な者はいない、騎士である事に誇りある者達です」

「失敗して……よいのですか」

「構わない。目指すのでしょう?聖女を」

初めて見せたその微笑が、「どんと行け」と言っているかの様で、カリーナは湧き上がる喜びと自信を胸に声を張った。

「えぇっ!」


 ですが、結果として失敗してしまいましたのよね。あの時。そして結局、聖女候補から外れ、教会への立ち入りも制限されてしまって。婚約も破棄出来ず、私には貴方との結婚以外に道は無くなった。けれど、あの瞬間私は貴方に恋をしたのよ?貴方の笑顔がもう一度見たくて、色々しましたけれど、これでよかったと思ってますの。もう一度、貴方の為にできる事がある……ならば私はやりますわ。

「ここで、降下の儀を執り行います。フローを取り戻し、未来の夫の尻拭いをする事は妻たる私の役目でございましょう?」









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