聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々

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第二章 盾と剣

12 開戦 2〜ラヴェントリンの誤算

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 周囲を威圧するトルトレスは眼下に平伏す騎士や戦士を見下ろしているが、その背後に居たシャナアムト神達はフロリアに話し掛けたいとソワソワしていた。

『もう良いか』

 クローヴェルの腕の中で、モゾモゾと顔を出したフロリアは緊張した面持ちで5形威けいい達を見上げ、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。

「……初めまして。シャナアムトさん、フロリアです」

『君がフェリラーデ様の……』

「らしいです。はい。」

 シャナアムトは、白金の髪にウォーターオパールの瞳を持つフロリアにフェリラーデを重ね見て懐かしそうな顔を見せた。そして、その小さな体からは淡い七色の神力しんりょくと、淡い薄紅色のフェリラーデの加護が彼等には見えていて、懐かしい気配に亡き主を思い出し、感慨深い顔をしていた。

『フェリラーデ様に会ったそうだね』

「はい。姿は見てないですけど、話はしましたよ」

『そうか。まだ神魂しんこんは消えてはいないんだね』

「寂しいですか?」

『そうだね。主は私達の全てだったからね』

 なんだか想像出来るなぁ。何をしても失敗して「あら私ったら。うふふっ」なんて言ってさ、それを5形威けいいがフォローする。主と言いながらその実、親の気分だったんじゃない?

「何で私に応えてくれたんですか?フェリラーデさんの残した物だから?」

『それもある。だけど、この世界で聖戦を無くしたいと考えたのは君が初めてだったからね……会ってみたいと思ったのさ』


 え?何。神様含め、そんなに皆んな戦争が好きなの?でも実際、レネベントさんは戦争が無くなるのは困るわけだし……早まった事をしちゃったのかなぁ。だとしたら悪い事したかな?
 そうだったとしても……戦争は無い方が良い。それに、止めちゃったしね?戦争!お兄ちゃん達まで呼び出してさ!怒られるかなぁ?怒られるよねぇ。

 フロリアは神々の背後で跪くアルバートやダダフォンをチラリと見た。彼等はただ目を瞑り、彫刻刀で彫りでも入れたのかと思える程の深い皺を眉間に寄せている。

「ううっ!」

『どうしたんだい?フロリア』

「戦争……止めたら駄目だった?」

『駄目ではないさ。君は戦を無駄な物だと思ったんだろう?』

「無駄って言うか、何で大切な人達を悲しませる事に胸を張れるんだろう?って思ってる。いや、思ってます!それに、神様も痛いんでしょう?レネベントさん……とっても痛いって聞いたよ?」

 その言葉に、シャナアムトは目をぱちくりさせるとレネベントに目をやった。

『何、レネ……フロリアに弱音を吐いたのかい?』

『馬鹿にするで無い……大方、フェリラーデ様が伝えたのだろう。だがな愛し子よ。この痛みは必要な痛みなのだ。生命の躍動と共に訪れる終焉……その痛みが、我等を強くする……失った命の代わりに今を生きる生命を見守るためにな』

 今この瞬間にも、レネベントの胸元には幾つもの傷が現れては消えて行く。フロリアはその生々しい傷や傷跡に目を顰めた。

「戦争が無くっても、神様は強くなれるでしょ?何もそんな傷を負う必要ない!……ですよ?それに、今この世界に生きる人達がレネベントさんの傷を見たら……悲しいと思うよ?だって、神様の為に戦ってるつもりが傷付けてるんだもん。他の神様にだって傷付いて欲しく無いよ」

 フロリアの言葉に、レネベントは苦笑しつつシャナアムトやザザナーム、オーフェンタールを見た。彼等もまた、レネベントとは違う理由からその肉体に傷を抱えていた。

『へぇ、神としての片鱗がこれっぽっちも無いゴミの癖にさ、優しいじゃん。そんなに神たる僕らを癒やしたいなら、癒されてあげてもいいけどね……だけど自分が僕達と同等なんて考えないでよね!君なんて偶然の産物なんだから!……あぁ、なんか相手するのが面倒になってきた』

 ザザナームの巨体の上で、アルケシュナー神は見下す様な目でフロリアを見下ろし、ふんっと鼻で笑った。だが、その顔は少し赤くなっていた。

 あぁぁっ!可愛い!双子神アルケシュナー!金髪は雷神かな?可愛いけどツンが酷くてデレでは上書きされない……ううむ。なんだろう?この衝撃的な上から目線。だがっ神様だから仕方ないと納得しようじゃ無いか!マジ可愛いなちくしょうめ。サラサラのボブヘアで少し垂れ気味の目。見た目年齢は私と変わらないんだけどな。ダッさいかぼちゃパンツに白タイツ、とんがり靴履いてても、なんか許せる!そしてクロウお兄ちゃんをライトにした様な氷神ひょうしんは…あっ、やる気なし男感すっごいね。それに黒魔術とか極めてそう。雷神と色違いの格好でも、かなり奥手な感じもするね。でもこっちは純粋に猫可愛がりしたくなる感じだわ。

『ちょっと、ダサいってどう言う意味?これはクローヴェル様とフェリラーデ様が作って下さったんだからね!それを馬鹿にするって言うの?』

 安定のプライバシー侵害。人が脳内で何を思ってようが勝手でしょ。聞きたく無いなら覗かなきゃいいのに。

『アルケ、愛し子の言う通りかも』

『シュナー?僕を裏切る気!』

 え、アルケとシュナーでアルケシュナーなんだ。安直だなぁ。でもこの2柱…いや1柱?は死を司ってるんだもんなぁ。世も末だね、こんなかわい子ちゃんにそんな役割させるなんてね。可愛い子は可愛い子らしく甘やかされていればいいのに。ザザナーム神が黙って2人を愛でてる姿とか、想像するだけで垂涎物ですわ。

「はわっ!そんな事考えてる場合違った!クロウお兄ちゃん教えて」

『何だ?……フ、フロー』

 おや、パパさんの真似ですか?照れてますねぇ。ふふん!でも嬉しいね。愛称で呼んで貰えるのって。

「あのね。戦争、必要だった?」

『そうだな。本心を言えば、必要だ』

 そうなんだ。それはやっぱり他では補えない物があるから?彼等の文化、価値観を否定する権利は私には無い。だから今なら、何も無かった様に出来るかな。

『勘違いするなフロー。それは人間の為だ』

「戦争が人間の為?」

『平和は尊い。だが、人の成長を止めさせるのも平和というぬるま湯なのだ』

「死ぬよりマシでしょ?」

『だが、その先に待ち構えるのは戦だ』

「何で?」

『命よりも大切な物ができるからだ。金、地位、名誉、知識……平和は多くを齎すが、平等はあり得ぬ』

「……でも、パパが死ぬところを見たくないし、幸せになって欲しい」

『我等は争いを肯定も否定もせぬ。ならばフロー、お前が作って見せてくれ』

「何を?」

『生きる意味を見失わず、命を正しく繋げる事が命ある物の使命なのだと。そんな世界にお前が導いてくれ』

 は?うん、無理。なら戦争オッケーって事でパパには退団してもらって国を離れよう!そうしよう。そんな大それた事私に出来る訳無いじゃん。

『なーんだ。偉そうな事言ってさ、口だけなの?次代のフェリラーデは』

 おいー!雷神、煽らないで!可愛い顔してりゃ何言っても許されると思うなよ!だって、そんな事言われても何すれば良いか分かんないよ。

『何の為の平和なのか、平和とは何を指すのか。フローにとっての平和がこの世界の求める平和と同じ形なのか。考える事から始めてはどうだ』

 そんな事言われても。元の世界だって、認識を共有するのは頭の良い人達がうん十年かけても困難だったのに。出来る訳が無いよ。

「うん……」

 安易に平和を、なんて事を言った私の浅慮が自分自身を苦境に立たせている。単純な私はパパさんの事しか頭に無かった。簡単にこの世界が築き上げた歴史を否定して、善人面で平和を語ったのが間違いだった。それでも譲れないこの感情。どうしたらいいの?この世界で生きて行けば、戦争も当たり前の事なのだと受け入れられるのだろうか?

『では、これならどうだ?フローが神力を扱える様になるまでは我々は聖戦を許可しない。力を手に入れて尚、其方が世界を導けぬと言うなら……世界のあるがままを受け入れよ』

 トールお兄ちゃんその通りだね。力も何も無い、衣食住でさえパパさんやアルバートさんの力を借りている私が、偉そうな事を言ってはいけなかった。うん。力を身につけた上で何が出来るのか。考えるよ。

「トールお兄ちゃん……ごめんね」

『何を謝る事がある?』

「だって。お兄ちゃん達にとって必要な物を、何も分かって無い私が否定しちゃったから」

 はぁ。最低だ。ここにいる人達は皆、プライドを賭けて聖戦に臨んでいたのに……私がそれを踏み躙った。

『命を粗末にすべきでは無い。その心のどこに過ちがあろうか。ただその想いを受け入れられる土壌がこの世界に無かった。ただそれだけだ、我は其方の世界が培ってきた歴史、智恵を、平和を願う心を過ちだとは思っておらぬぞ』

 優しく、包み込む様にトルトレスはフロリアを抱きしめ頭を撫でた。そして去来する前世。

「ふえっ、うぅっ。学校でっ、うぅっ沢山勉強したよ?戦争の事も習ったのっ…うぇぇぇぇん!平和公園の資料館も行った。嫌だったっ!痛いって誰かが泣くのもっ、弱い人だけがいつだって苦しむのもっ嫌だったからっ!平和がいいって、えぐっ思ったの」

『そうか、ならばこの世界で其方を支える者達と共に作ると良い。争い無き世界を。その為に我の力を必要とするならば、幾らでも力となろう』

 出来ない。怠惰な私はきっとすぐ諦めるだろう。パパさん達が命を賭けて生み出す平穏な日常を満喫するに決まってる。けれど、それを失った時、私は自分を憎むだろう。自身の死を望む程に。
 私が望むのはただ一つ、パパさんとの穏やかな日々。

「なら、やるしか無いよね。だって、この世界にはパパがいるんだもん。アルバートさんがいるんだもんね!頑張るから、お兄ちゃん。フローならやれるよって言って?お前なら絶対にやれるって言って」

 止まらないフロリアの涙をトルトレスは拭いながら、その柔らかな頬を両手で包み額に口付けする。そして力強く言い聞かせた。

『やれるとも。未来のフロリアならば、争う事の悲しさを知る聖ならばやれる。俯くな。己を、フェリラーデの選んだ其方を信じよ』

 いつの間に時を止めていたのか、シャナアムトが石の様に微動だにしない人々の間を縫ってハリィの前に立った。そして「羨ましいな」と呟くと額をツンと指でつついた。

「フローー!」

『忙しない人の子だね』

「え?あの、貴方様は」

『私は時の神シャナアムト。君に忠告だ』

「え?はっ?あのっ」

『あの子の心は弱い。これより近い未来、あの子は穢れに呑まれる事になるだろう。その時君はあの子を守れるかい?』

「……はい、身命を賭して守ります。あの子の為ならば命も惜しくはありません」

『どうやらフェリラーデ様の加護故では無さそうだね』

「関係ございません。出会いを結んで頂いたのはフェリラーデ神のご加護であったかもしれませんが、私は私の意思であの子の盾となる事を決めました」

 『ならば、誰にも奪われぬ様に愛し、慈しみ守れ。我々の分も』シャナアムトはそう言うとハリィの肩を抱き寄せた。
 



「何だって!もう一度言いなっ!」

 国王との会談を終えたラヴェントリンは、部下の報告を聞いて憤慨していた。開戦直前に子供が現れ、主神のみならず闇の神並びに5形威けいいを呼び出して聖戦を停止させた挙句、その子供が神力を操れる様になるまでの間、聖戦はハカナームトの名に於いて禁忌となった事が伝えられた。

「なんて事をしてくれた!ダダフォンだね?そんな事を許したのは!」

「閣下、子供とは何の事でしょうか」

「聖女と女神の契約だよ!アルバートとハリィは契約を手に入れていたのさ!報告も上げずにねっ」

 何て事だい!これであの子供に手出しができなくなっちまったじゃないか。もしもフロリアってガキに手を出せば神罰どころじゃ済まないよ。本当にいい度胸じゃないか、我が子に裏切られた気分だ!

「直ぐに教会へ行くよ。教皇に連絡を入れとくれ!」

「了解しました」

「待てっ、それと皇太子はどうしたね。あの方の事だ、黙ってそれを見ていたとは思えないんだけどね」

 ラヴェントリンの部下は、顔を曇らせ答えた。

「それが、皇太子自ら……その子供に忠誠を誓われたと」

「⁉︎」

 まさか、そんな事があり得るのかい?あの権威欲の塊がか?どうなってるんだい。皇太子の事だ、あのガキを既に取り込む動きを見せていると思ったが。想像以上に厄介だ。神々の許した現人神、その存在は権威の順位を変える事になるよ。次期国王が忠誠を誓ったと言う事は、教会を国教とは認めないそう言ったのに等しい。ただでさえ魔獣による魔力汚染、人民の出す汚染魔力の浄化で教会はその人員をフル稼働させてるって言うのに、教会を今ここで蔑ろにしてみな?その皺寄せは全て騎士団に来る!

「教皇への連絡は取りやめだ。至急、国境門の封鎖!そして聖騎士団司令官、全師団の師団長、副師団長。そしてフロリアと言う子供を連れて来い!逃すなよっ」

「はっ!」
















 
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