聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々

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第二章 盾と剣

13 嫌われ役 〜アルバート、ストレスを吐き出す

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 俺が何に腹を立てているのか。
それは、あのクソガキの短絡的思考とその行動による弊害についてだ。

「で、俺は司令官からは、聖女がリットールナに変わらず存在する事をアピールする為にお前を前線に連れて行くと聞いていたんだがな」

 今回の聖戦では、交戦と事後処理に約2ヶ月程期間を要すると想定されていた。主力による戦闘では然程時間は掛からないと目されていたが、作戦立案の時点ですでに別兵力がリットールナとヤーリス両国に国境を構えるメルサードや、近隣国付近に分散集結し始めている事が分かり交戦期間は長引くと日数や必要人員が算出された。そして、費用も国家予算の10%が聖戦に充てられていて、戦勝無くばその費用の回収すら出来なかった。

「だが……蓋を開けてみればどうだ?あ?」

「しびましぇん」

 空から降ってきた時、俺の心臓は1分程止まったのではなかろうか。太陽の中から飛び出して来たこいつは火の玉の様で、あぁ死んだなこいつ。そう思った。司令官すらそんな登場とは思わなかったのだろう、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていたからな。

「何で停戦なんて事をしたんだ。聖戦をやめさせるならば段階があるだろう。まずはお前を独立した聖女として国に、教会に認めさせる。そしてハカナームト神による神託で釘を刺す。俺達だってな、お前の処遇については考えがあったんだよ」

 何の為にロベルナーまで巻き込んだと思っている。万が一を考え、お前に関わり合う者達は制限してきたが、最も遠ざけたかった家門の一つだったんだぞ。男爵とカナムに巻き添いを食らわせちまったじゃないか!

「なら教えてくれれば良かったじゃない!私の事なのに勝手に決めてさっ!都合よく動かしたいなら情報共有しておくべきでしょ?」

 なんっ!この馬鹿ガキが!本当にお前が成人しているというのなら、想像できた筈だ。何の為にこの1年お前は外出も碌にできなかったと思っている。

「共有したとして、お前はそれを理解できたか?この世界の当たり前をお前はどこまで把握している。聖戦の意味を、教会の存在理由を、神の存在がどういった物なのか。お前はどこまで俺達と同様に考えられているんだ?答えてみろ」

「……それは……まだ良くは、でも」

「でも、じゃないだろう?聖戦で死ぬ事はなくとも、国に俺達の首が狙われたら何の意味もないじゃないか!いいか、ハカナームト神が守護しているのはお前だけなんだよ。その意味がわかるか?」

 そうだ。もしこいつが陛下や聖下に認められ自由を得られたとしても、報告義務の放棄、調査命令の不履行、上官命令を無視……しかも俺達は陛下に虚偽の報告をしている。聖騎士団の規律規定や教会戒律、王族への忠誠を俺達は何度も、幾つも破っているんだ。それはお前を守る為でなくて何の為だと思うんだ。それでもお前は、お前を守る者をお前自身が失わせるかもしれないと、想像すら出来ないのか?

「それって、パパやアルバートさん、ダダフォンのおじちゃんが罰を受けるって事?」

「罰……はっ、そんな生温い物で済むと思うか」

「え?」

「ハリィは冬の結とは言え王族の系譜に入っている。処刑は無いだろう……だが、司令官や俺はそう言う訳にはいかない。まず家門は取り潰されるだろう。我が家に至ってはフェルダーン家を本家とする分家5貴族、7家門が一夜にしてこの国から姿を消す。理由を知る者は良い、だが何も知らない者達は納得出来まいな。突然教会裁判所に連行され、聖裁せいさいを下されるのだからな」

 俺の怒りは収まらない。収めてはいけないと思った。ズタズタにその甘い思考を切り裂いて、前世とやらの価値観を叩き壊さなくては、これから先一体どれ程の人間が被害に遭うのか分からない。お前は神を前にして言ったな。弱い人間が苦しむのは嫌だと、人が死ぬのが嫌だと。だが、そのお前が俺達を殺すんだ。

「でも、トールお兄ちゃ」

「でもじゃない!何で分からないっ!」

 泣きそうな顔で、俺を睨み返すその姿に、湧き上がる怒りが俺に更なる火をつけて行く。いっその事こいつに騙されたのだと投げ出してしまいたい。

「神に縋るか?己の過ちを神に尻拭いさせるのか。それで何だ?次は自分の価値観と合わないからと国を消すか?そう言えばお前は30手前だったと言ったな。だが、カナムの弟の方がよっぽど己の立場を理解している!次期当主の座を形だけとは言えお前に奪われても、己の本分はお前を含めフェルダーン家を守る事だと言っていたぞ。12だ、12でお前の為に死をも覚悟して身を引いた者がいるんだぞ!」

「っ!し、知らないよそんな事。何にも教えてくれないのに、全部私が悪いの?聖戦に意味ってあるの?戦争に意味なんて無いじゃ無い!ただ傷つけあって殺し合う。その先に何が得られるの?止めたのに非難される覚えはないよ!」

「……その通りだ。争いに意味はない。だからリットールナは専守防衛を貫いている。俺達が居るのは魔の物の脅威から国を守る事だからな。お前は……俺が何に怒っているのかも分からないんだな」

 聖戦に意味は無い。それによって神に褒美を与えて貰える訳でもなければ、ヤーリスが滅びる訳でもない。だがな、この世界は神によって生かされているんだ。優先すべきは信仰で、神への揺るぎない忠誠を示す為に俺達は、ヤーリスの戦士は戦うんだよ!その絶対的な存在をお前は顎で使うかの様に、その威光を笠に……俺達の命をまな板の上に乗せたんだ。

「分からないよ。教えてよ……悪かったって分かったら謝るから、ちゃんと教えて、全部教えてよ」

「一つ教えておく。聖戦を止めた事を怒っているんじゃない。その悪手を以て停戦させた事、秘匿すべき神との関わりを盛大に戦場で公にした事を俺は怒っている。これ以上、火に油を注ぐ行動を取るならば、俺は呪われ死のうとも、この手でお前を殺す。もう俺はお前に何も期待しない。頼むから大人しく何処かに姿を隠していてくれ。俺が守りたいのはこの国と、一族だ。お前じゃ無い」

 俺は聖騎士団の騎士棟執務室を出た。扉の外にはハリィや司令官、屋敷から飛んで来たメイヤード達が苦悶の表情を浮かべ立っている。だが、仕方ないでは済まないんだ。これからラヴェントリン元帥の審問が始まる。

「司令官、宜しいですか?早急に今後の対応について打ち合わせをさせて頂きたいのですが」

「あ、あぁ。アルバート、その……悪かったな」

「何がですか」

「俺が嬢ちゃんを連れて行こうなんて言わなきゃあんな事にはなってなかったなぁ~なんて……」

「今更です。司令官が私の話をまともに受け入れ賛同して下さった試しが無い事は分かっていた事です。前日の話しの中で、私が何度も考え直して欲しいと言いましたが、どうせ。と思ってはいたので」

「なら、嬢ちゃんにあそこまで言う必要無かったんじゃないのか?」

「ならいつ理解させますか?この世界の常識を。今が絶好のタイミングですから」

 そう、今このタイミングを逃せばあいつの首に鎖を付ける事は叶わない。もういい加減シャナアムト神の様に気紛れに行動を起こされるのは勘弁だ。

「師団長、すみませんでした。私がもっとフローに説明し、叱るべきでした」

「ハリィ。俺はな、お前にそれが出来るとは思っていない。いや、しなくていい。お前はあいつの心の拠り所で居続けろ、それが親と言う物じゃ無いのか?叱るべき内容はお前の子供として、叱る必要のある所だけでいい」

「損な役目を……押し付けていますね。申し訳ありません」

「いや、俺のストレス発散としてやっている。気にしなくて良い」

「「……」」

 部屋から聞こえる咽び泣く声に、俺は少し溜飲が下がった気がした。そして、俺に代わってハリィが部屋に入って行った。

「パパッ!パパーー!私悪く無いもん!何で私が悪いのっ!ぶえっ、えっ、あるまーとざんっ!ゔぅっ!ひっく、ひどいこと言った!……嫌われちゃった。嫌われちゃった。どうしようっ、アルバートさんも助けたかっただけなのにぃぃ!」

「大丈夫ですから、フロー。ほら鼻をかんでください。パパのお話、聞いてくれますか?」

 部屋の中の声を聞き、アルバートは扉に背を向けて歩き出した。






「アル坊、ババァから至急騎士棟本部に出頭命令だ。嬢ちゃんも連れてこいってな」

「分かっています。その前に、閣下の立場を知っておきたいのですが、私としては閣下は王宮と教会の均衡に重きを置いていると思っているのですが、それは間違いなさそうですか」

「そうだな。今、教会を敵に回すのは得策じゃないとは思っているだろうな。だが、ババァは教会と言うより教会の持つ権威をどうにか削ぎたいと思っているだろうな」

 確かに、教会の戒律違反の対象に王族も含まれている。だが、その対象項目は貴族のそれとは違う。教会が私利私欲を以て戒律を盾にすれば王族とて聖裁せいさいの刃で首を落とす事もあり得るが、それをしないのは王族が神との契約で、騎士団がその聖約で教会を独立組織として認めているからに他ならない。だが、聖の存在が明らかとなって、挙句に神託が下されればその権威は失墜する。王族に上級貴族、官僚貴族達はここぞとばかりに教会のみに許された司法の権利を奪おうとするだろう。

「そうなれば……どこが、誰がフロリアを獲得出来るかで大きく動きますね」

「なぁ、お前。あんなに嬢ちゃん追い詰めて教会に逃げ込まれたらどうするよ」

「あれは、存外……己の逃げ場をどこにすべきかを知っています。屋敷でもそうです。ハリィ不在の時はメイヤードかメイド長。彼等が不在になると神の神託を盾にする。小狡い癖に変に度胸がありますからね、間違っても王族に助けを乞う事はしないでしょうし、教会に対してもカレーナの一件で好意的には見ていません」

 だが、皇太子の忠誠を訳もわからず受けたのは頂けない。しかし……あの陶酔しきった顔を見る限り、聖の嫌がる事はしないかもしれない。あの方は権威欲に塗れてはいるが、政治手腕は陛下にも劣らない。ならば盾とするか?

「ふーん。だけど、ババァは売るぞ」

「でしょうね」

「それこそ、神の威を借る時でしょう。神力の籠った魔石を騎士団の資産として渡せれば、それだけで騎士団を守る盾になります」

「そーなんだよなぁ!あの魔石、宝具や武具に使うと聖魔力の無い騎士団でも魔獣討伐出来ちまうんだからすげぇよ」

 そう、あの時魔石を聖琰せいえんが砕き散らしたが、その光を浴びた武器が変化したのだ。その光は、武器に籠る魔力を聖魔力に変質させる力があった様で、帰途で出会した魔人を騎士団の団員が討伐したのだ。魔人、魔神の討伐は聖魔力を持つ聖騎士でなくて出来ない事だ。しかし、これがあれば騎士団でも討伐が可能となり戦力は増強される。加えて教会は魔力洗浄を人手を使わず行える。教会としても喉から手が出る程欲しい物だろう。

「でもよ、お前どう言い訳するつもりだ」

「そうですね。閣下については全て話した上でフロリアをこちら側に置いておく事の利点を述べるしかありません。そして、陛下と聖下にはハカナームト神により口止めされたと言い逃れるしか無いでしょう」

「上手く行くのか?」

「分かりません。ですが、神は王族との契約、教会の存続を望んでおられる。それで手打ちにしてもらいたい物です」

 先程から、司令官室を元帥の秘書が何度もノックしている。早く来いと言う事なのだろう。さて、そろそろ聖は己の立場を理解出来ただろうか。

「フロリアを連れて来ます。先に向かっていて貰えますか?」

「ん、あぁ。俺が嬢ちゃん連れて行かなくて大丈夫か」

「最後に釘を刺しておきたいので」

「……追い詰めすぎるなよ。相手は精神的に幼児だ。心を折れば従うなんて思っていると噛みつかれるからな」

 分かっている。元々、聖は善良な心根を持った人間だ。とことん阿呆だが、簡単に道具として使い潰されて良い存在じゃ無い。守るなら、誰かが悪魔とならねばならない。その役目は幸か不幸か俺の様だ。

「噛みつかれたら同じ力で押さえつけてでも現実を見せますよ」

「はぁ……なら俺は先に行くからな」

「はい」

 ダダフォンが部屋の扉を開けると、そこには秘書では無くハリィの手を握りつつ、スカートを固く握り俯くフロリアが立っていた。彼女はその目を真っ赤に腫らし、鼻水や涙でぐちゃぐちゃの頬をぷうっと膨らませている。その所為か不貞腐れている様にも見えた。

「うおっ!居たのかよ。にしても、きったねぇな」

「……ぐすっ、ひっく、ずずずずずるるるるるるっ」

 ダダフォンはしゃがみ込み、フロリアの顔を覗き込んだ。まるで子供をあやす様に頭をなでたが、その手の温もりにフロリアの目にまた涙がじわりと滲んで行く。

「なんだよ。落ち込んでんのか?」

「ちがうっ」

「ならなんだ。アル坊の言葉が正論過ぎたから悔しいのか」

「……ふぇぇぇぇっ!」

「あぁあぁ、泣くなよめんどくせぇなぁ。なぁ、嬢ちゃん聞けや。俺達もよぉ、好きで戦争してる訳じゃねぇんだわ。けどよ、譲れねぇもんもあるんだよ。それを俺達も、敵さんも分かってんだ。その事は分かってくれねぇか?」

「……ぐすっ」

「まぁいい。けどよ、これから行く所は戦争よりおっかねぇ場所だ。どんな状況になっても忘れるな?ここでお前を守れるのはアルバートだけだ。俺じゃ爵位がたんねぇし、お前の父ちゃんは喰われちまう」

「パパ、食べられないもん。私が守るもん」

「フロー……」

「覚えておけ、どんなにあいつがキツい事を言ってもな。それは全部お嬢ちゃんを助ける為だって」

「分かってるよそんな事……でも」

「聖。その、でも、だって、仕方がないって直ぐに言い訳をするのを止めろ。それがお前の隙なのだといつになったら気付くんだ」

「ぐぬぬぬぬぬっ!分かってる!」

 アルバートは溜息を吐くと「もういい、行きましょう」といってダダフォンと共に部屋を出た。そして軽く話をしながら歩いていたが、急にクンッと後ろに引っ張られ振り返る。

「何だ聖。まだお前の価値観でこの世界や俺と対峙するつもりか」

「アルマートしゃん……ふぇっ、えっ、ごめんなしゃい。きっ、きらわないで。言う事なるべく聞くからっ」

フロリアは、アルバートの人差し指と中指を握りしめ、ぐしぐしと泣きながらその太腿に抱きついた。

「……行くぞ聖。次は無いからな。それと、ここからが正念場だ。見失うなよ、お前が本当に望む物がなんなのかを」

「うぁぁぁん!良かったぁぁ、嫌われたかと思ったぁぁ」

「嫌いだよお前なんか。最初からな!」

「あぁぁぁぁっ酷い事いうぅっ!パパぁっ!」

 ハリィの元へと駆け出すフロリアの後ろ姿を見送り、アルバートは微かに笑い、これからが本当の戦場だと呟いきながら前を向いた。







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