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第二章 盾と剣
皇太子の乱心 2
しおりを挟む「其方……私の妹か?」
オルヴェーンは神の御前というのに、よろよろと立ち上がるとフロリアの肩をガシリと掴み、その顔を食い入る様な顔で見つめた。
この瞳、王家に稀に生まれるというウォーターオパール……神の目ではあるまいか?何故この少女に神の目が。まて、父上の子にしては幼い。父上は貴族の派閥を広げぬ為に10年前に側妃はこれ以上持たぬと聖約を交わしておいでだ。そうなるとこの子は?
「其方はラヴェントリン家、テレヌイベ家、ラクサーン家、フェルダーン家……どの家門の子だ」
「殿下、その子は王家の一族の子ではございませぬ!」
アルバートは慌ててフロリアの横に立つと、オルヴェーンの手をそっと離し背中にフロリアを隠した。しかし、オルヴェーンはそれが気に障ったのか、アルバートをぐいっと横に押しのけフロリアの前に腰をかがめた。
「其方、名を何という」
「え?私?……アルバートさん。どうしたらいい?」
何故この少女はアルバートに問う?皇太子である私が聞いておるのだ。答えれば良いでは無いか。
「殿下、この子は……その、フロリアと申しまして現在当家にて預かっております」
「何だと?何故その事を私や父上に報告しておらぬのだ」
「事情がございまして……ひじ、フロリア。トルトレス様の元に行け」
「う、うん」
たたたっと駆け出したフロリアの背を眺め、オルヴェーンはアルバートに詰問する。何処の誰で、親は誰なのか。そして、何故ここに居て神々と易々会話する事が出来るのか。その質問にアルバートは天を仰ぎ、どう説明するか考えた。すると、横からダダフォンが声を掛けた。
「殿下、あの子はなぁ。なんだ、神々の系譜の子なんですわ」
「神々の系譜だと?ならば尚更王家の者なのではないのか」
「いや、そう言う神話的な話じゃねーんですって」
「なっ、王家の歴史をそなたっ!神話と馬鹿にする気かっ」
「なら、どなかでも神々にお会いできた方は居ましたか」
「……居たの、ではないか?ラヴェントリンの太公妃にあの目の方がおっただろう。その方はユーグレオーブと会ったと日記を残していたでは無いか」
『ラヴェントリンの太公妃?それはマーガレーテの事か?』
それまでの話を黙って聞いていたザザナームが、アルケシュナーを肩に乗せたまま、ポツリと呟いた。
「さ、左様にございます」
『あれは、神罰の先触れではなかったか?』
神罰の先触れ?そんな馬鹿な。太公妃は国民救済の功績が認められて天上界へと昇られる確約を貰ったと聞いた。何故それが神罰となる?
「そんな、話は……」
『ザザナーム。そんな捏造された昔話などどうでも良い。それより、皇太子よ、このフロリアは我とクローヴェルの妹だ。其方ら人間共と同じにするで無い。盾を呼べ』
トルトレスは、袖を払いフロリアをその陰に隠すと大気に無数に存在しているユーグレオーブにハリィを呼んでこいと命令した。するとものの数秒でシャナアムトに抱えられたハリィが崖の上に現れた。
「ハリィ⁉︎」
『盾よ、フロリアを連れてこの場より離れるが良い。この皇太子とやらはフロリアの教育に良くない。ただでさえ、フロリアは要らぬ結びを固める所がある故な』
それは自分のことを言っているのか?そうハリィは眉間に皺を寄せたが、フロリアの側に駆け寄ると「ハリィと呼びなさい」と小声で言って抱き上げその場を去ろうとした。
『勘違いするでないぞ。結は人を繋ぐだけでは無い、事象をも結ぶのだ』
余計な事しかしない。そう言っているのだとハリィは理解すると「お気遣い痛み入ります」と言った。フロリアは、またもや自分が問題児扱いされているのかと、うんざりした顔をしていたが、オルヴェーンをチラリと見て挨拶をした。
「王子、王子はね。大丈夫な人だよ?加護無くてもちゃんと王様やれるから。他人を妬んでばかりいたら何の為に王族なのかを見失うよ?後、貴族と平民のみんなの為に働くだろうから、働かせて頂いている。その気持ちで王子するといいよ!」
神力が目に篭り、乳白色の瞳が何処までも続く青空の様な色に変わる。それは公明正大さを表しているかの様で、オルヴェーンは己の醜さをその目に映し出された様な気がした。穏やかに微笑むその顔は、少女でも無く大人でもなかったが、余りにも慈悲に溢れていて「愛おしい」。そんな感情を抱かずにはいられなかった。そして何とも言えぬ熱が胸に広がる。
「フロリア様っ!」
「パ、ハリィ……だってこの王子、あの鼻バキバキに折って持ち上げておかないと大変だよ?」
ごしょごしょと、ハリィの耳元で何かを話している姿に、ダメだと分かっていても無意識に妬みが湧く。
「黙っていてください!あぁっ、またっ」
「王子、実るほど頭を垂れる稲穂かな。だよっ!」
「ま、待ってくれ!フ、フロリア殿、どう言う意味だっ」
「偉くなればなる程、謙虚であれって事。人を見下さず、己の鏡とした方が良い。本当に王子心配する人程、キツい事言うから。アルバートさんみたいな人を側に置くと良いよ」
「「フロリア‼︎」」
ハリィとアルバート、ダダフォンの鬼の様な形相に、フロリアは首を窄めるとハリィの首にしがみつき顔を隠してしまった。オルヴェーンは、その言葉に鈍器で頭を殴られた様な衝撃を受けた。
「ア、アルバート……あの言葉、誠であろうか。誠に私が謙虚で在ったなら、加護無くとも王になれるのだろうか」
「で、殿下。その、何と申しますか」
「あの少女は神々の愛し子なのだろう?それに、何と心優しい子であろうか。私を、心配したのだろう?そしてあの目で未来を見たのだろうか……」
『皇太子よ。フロリアの言葉、大事にせよ。其方が真の王となれるかはその心次第。フロリアが其方を見捨てなかった、それは単に最期の機会を得たと思うと良い』
トルトレス神の言葉に、不意に過去のフェリラーデ神の加護を得られなかった記憶が蘇るオルヴェーン。無意識に駆け出すと、後ろ姿のハリィに声を掛けた。
「ハリィ!待ってくれ!」
「で、殿下⁉︎」
飛び込む様に地面に正座し、指を着くオルヴェーン。
肩越しにフロリアと見つめ合った。
「フロリア殿、かたじけない」
「?」
「貴女様の言葉。心に刻み、いつも振り返ろうと思います。私は生まれ変わりたい、貴女様に認めて頂ける王になりたい……民に目を向け、民の為に死ねる王になりたい」
「んー。無理じゃ無い?」
「なっ!さ、先程王になれると!」
「普通の王様にはなれると思うよ。でも、ハリィとアルバートさん蔑ろにしてる内は短命だよ。私が許さないから」
「は?2人を蔑ろになど……」
「現に今、何でハリィが私を抱いているのか、何でアルバートさんを優遇してるのかって思ってるでしょ?その妬み嫉みを手離さないと、誰の為にも働けないよ?ハリィは私を一番大切にしてくれる人で、アルバートさんは私をちゃんと怒ってくれる人なの。だから私も2人が大事。まだ私子供だし、知らない事も分かんない事沢山あるけど2人の為にいつかちゃんとした聖女にも、フェリラーデにもなるよ!」
次期聖女にしてフェリラーデ神、あぁそうか。あの時、私が加護を頂けなかったのは、人として、王族として未熟だったからだ。そしてこの方にお会いする為だったのだ。
この方に見ていて欲しい。私が貴女様に認めて頂けた時、どうか貴女様の加護を私に卸して頂きたい。貴女様が下さった言葉が私を救った様に、私も民を救える王となります。どうか……
「忠誠を捧げます」
「殿下⁉︎お戯れはおやめ下さい!皇太子が忠誠などっ!その様な聖約を交わせば王家がっ!」
「黙れハリィ!黙っていろ!乱心したと思いたくば思えば良い!」
「ん?んん?忠誠?どっからそんな話しになるの?」
「神に叛かず、神に恥じぬ皇太子となります。そして、フロリア様にお認め頂いた時、どうかご加護を、王位を賜りたいのです」
「だからそれまで忠誠を預けておくって事?」
「いえ、永遠に私は貴女様の僕でございます。私は弱く、欲望に身を委ねやすい……その自覚はあるのです。ですが変わりたい、貴女様への忠誠を戒めとして、この身を、心を律したいのです。どうか!どうか忠誠をお受け取り下さい!」
フロリアは、未だ爛々と輝く青い瞳のままじっとオルヴェーンを見つめた。そして、ニカっと笑うとハリィの肩をよじ登り手を伸ばした。
「じゃあ、どっちが先に皆んなに認めてもらえる王様に、聖女になれるか競争ね!頑張ろ」
「フロリア様……貴女と言う人は!」
オルヴェーンに差し出されたその手は、まだ小さくふくふくとしていた。彼は恐る恐るその手を両手で包むと、涙を浮かべ何度も「貴女様に忠誠を」と囁いた。
「ゆるーーーす!じゃあまたね!オルヴェーン王子!」
駆け出すハリィの後ろ姿を見送って、オルヴェーンは泣きながら地面に頭を擦り付けた。すると、まだ何の圧も無い陽だまりの様な穏やかな光がオルヴェーンを包む。ギンッと鎖で縛られた様に体が硬直し、ギリギリと締め上げられる感覚に、オルヴェーンは目を瞑る。
これは、捧げた忠誠の鎖だ。縛られ、解きは許されない。いや、許されたく無い、永遠にこのまま私は彼の方の物だと分からせて欲しい。
『なっ!クローヴェル!解け!今すぐ解けっ!不埒者!お前などフラリアの物になどさせてたまるか!』
まさか無意識に繋ぎを作るとは思っていなかったトルトレス達は慌てふためきオルヴェーンの鎖を外そうと力を使った。しかし、フロリアの神力で無くては解けぬ結に、クローヴェルは愕然とした。
『トルトレスっ!な、何だこの結はっ!あぁっ!彼奴、真名を縛りおったぞっ!フロリア!戻ってこいっ!』
『あはははっ!面白いじゃん次期フェリラーデ!ウケる、王族の真名縛るとか、上神もしてないのにやっちゃったねぇシュナー!』
『うん。普通やらない……やったら王様なれない』
『まぁ、その時はフロリアが聖女として名を改めさせれば良いのでは無いか?主よ』
「聖琰の言う通りだ。真の王となれなんだ時はそのまま愛し子の下僕とすればよい」
アルバートとダダフォンはその場に崩れ落ち、頭を抱え神々にフロリアを何とかしてくれと懇願する。その姿に、更に笑いは大きくなって、神々は腹を抱えながら言う。
『これも其方等への神からの試練だっ!』
「「ご勘弁を‼︎」」
アルバートとダダフォンは悩む。これから帰還して、自分達はどうなってしまうのか。今頃神々の降臨は国王や教皇には伝わっている頃だろう。俺達は明日も生きているのだろうか?そんな不安と絶望感にアルバートは項垂れ、ダダフォンは神々に土下座して叫んでいる。
「まだ死にたくありません!嫁も陞爵機会も欲しいんです!死なない加護を!祝福を下さい!今日まであの子のお守りしたではありませんか!あぁぁぁっ!なんっであんな魂をフェリラーデ様の神子にしたんですかぁ!いたでしょう?もっとこう、空気の読める奴がっ!」
『くくくっ、刺激的であろうが?』
「は、はぁ?いや、そんな刺激いりませんよ……穏やかな人生を過ごさせて下さいよ」
『フェリラーデも飽いておったのやもしれぬなぁ、クローヴェル』
『いや、全くその通りよ。きっと、変化を与える者が必要だったのだ……フェリラーデとは違う、統制、秩序を壊し作り直す者がな』
アルバート達は思う。
何も俺達の世代じゃ無くても良かっただろうがと。
そして、きっと今にも食い殺さんばかりの顔で自分達の帰還を待っているであろうロヴィーナに何と言い訳すべきかと、2人は帰途に着く騎獣の上であぁでも無いこうでも無いと議論した。
「パパ、また私ダメだった?」
「はぁ。いいえ、結果がどうなるかは分かりません。しかし、あの歪んで未熟なまま腐って異臭を振り撒いていた皇太子が改心……改心っ……ぐぬぬぬっ。良い、方に向かうのは……良い事です」
「そんなに駄目だったか。王子も私も」
「フローは良い子ですよ。まだ、国や教会、勢力について知らないのは当然ですしね。そのままの貴女でいいんです。ただ」
「ただ?」
「師団長のお説教は覚悟しておいた方が良いですよ」
「‼︎」
13話に続く
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