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第三章 魔法と神力と神聖儀式
SS それは共に歩むこと 〜ゼス•デュードの絶望と希望
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リクエストにお応えし、カナムの甥、姪の話となります。
メインストーリーは来週より再開予定です。
3話予定ですがお付き合い下さい。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
僕はこれまで何不自由の無い生活を送っていた。
フェルダーン公爵家への忠義に厚く、神への信仰と国に仕える事を誇りに激務をこなす父、実家の男爵家の保有する辺境領地の運営を一手に担っていた母。そんな2人の背を見て育った僕は、意識する前から神とフェルダーン家への忠誠を誓っていた。10歳を迎えた時、教会で僕は宣誓した。
「私、ゼス•デュードは、加護神シャナアムト神の憐憫たる瑞風に守られ、言祝ぎの儀を終えました。これより神の信徒として、その教えに背く事なく独立独行を貫き、この身に託されし魔の力を正しく使うと誓います」
教会の聖願の間で、私は言祝ぎの儀を終えて大司教様に信徒の一員を示す太陽と月の輪を模したペンダントを頂きました。まるでやっと人の子として認められた、神の御手に抱かれた様な気がした。
「父さん、僕は必ずや武官になって王宮に上がるよ。当主様を御支えするんだ!」
「ゼス、父と共にフェルダーン家の盾となってくれるか?」
「勿論だよ!僕はその為に産まれたんだ。こんなに幸せな事はないよ!レネベント神のご加護を賜われる様にこれからは剣術の訓練を増やしたいな」
「そうか。ならばフリム殿に指南して頂けるか当主様に相談してみよう」
「ありがとう父さん!フリム様の剣は当主様、御自らお認めになった程の物でしょう?もしも御指南頂けたら、僕は今より強くなれるかな?」
「ならない訳がない!父さんも、母さんもお前に期待しているからな!」
期待は時に重荷となるけれど、僕にとって期待とは希望だった。期待して貰えるからどんな困難にも立ち向かえる。そう思っていた。
「これから生まれる弟か妹に、自慢して貰える様な兄になるよ!」
「頑張らなくったって、お前を皆んな自慢に思っている」
銀色の髪を耳下に切り揃えたその姿は、まだ幼く愛らしさを残しているが、彼は精悍さの出てきたその顔を輝かせ父を見上げ笑った。しかし、彼の試練は足音も立てず、そのすぐ背後まで忍び寄っていた。
彼が言祝ぎの儀を終え、2カ月が過ぎたアルケシュナーの季節に、ゼスは風邪を引いて寝込んでいた。
「ゴホッ、ゴホッ……ヒュー、ヒュー。あつ、い」
「ゼス、聖水を頂いて来た。それに当主様がトルソン卿を向かわせて下さるそうだ。あの方の治癒魔法は聖騎士団一だと仰ったから直ぐに治る。苦しいな、だがもう暫くの我慢だ」
誰もが彼の病を単なる風邪だと思っていたし、本人もこんな極寒の季節に薄着で訓練をしたせいだと考えていた。
「ご無沙汰しています、デュード伯爵」
「トルソン卿、申し訳ない。忙しいだろうに」
「いえ、デュード家の為なら何と言う事もありませんよ。早速、ご子息を診せて頂いても?」
「勿論だ」
エセル•デュードはトルソン卿と握手をすると、子供部屋のある2階へとトルソン卿を案内した。そして、ゼスの部屋に入ると、トルソン卿の荷物を受け取り部屋の窓を開けた。
「やぁ、初めまして。私は聖騎士団第一師団部隊長の任を預かります、ハリィ•トルソンと申します。君はゼス君だね」
「はっ……はじめ、まし…て」
そう言うと、ゼスは体を起こそうとした。
「あぁ、良いんですよ。苦しいのでしょう?そのままで。早速ですが、君の体を調べますね」
「は……い。ゴホッ、ゴホゴホっ」
トルソン卿はとても優しそうな人で、ニコニコしながら僕の首や手首、胸を調べてくれた。胸元に手を当てて何度か魔力を流していたけど、何か分かったのか手を離してまたニコリと笑った。
「結構ですよ。大丈夫、治療法が分かりましたから」
「トルソン卿、誠かっ?」
「えぇ。ゼス君、どうかな、今苦しいですか?」
トルソン卿は僕の手首を掴み何かを呟くと魔力を流してくれた。すると、先ほどまでの痛みや呼吸の苦しいみが楽になった。僕は体を起こすと父さんを見た。父さんはホッとした様に肩の力を抜いて笑っていて、僕はやっとこの苦しみから解放されるのだと安堵した。
「はいっ、とっても楽です。すごいですトルソン卿!薬や治癒師の方に見て頂いたのですが、ここまで楽になる事はありませんでした!」
「そうですか。では、伯爵とこれからについてお話をしたいと思いますので、少し席を外しますね。これを飲んで」
赤い色の液体の入った瓶を手渡され、僕はそれを躊躇い無く飲んだ。それが何なのかも知らずに。
「トルソン卿、こらからの事とは一体?息子は治ったのだろう?」
「いえ、これから一生付き合っていかなくてはならない病……いえ、変化と言って良いでしょうか」
「な……風邪ではないのか?」
「ご子息は魔力欠乏症を発症しています。未だにこれは解明されていない病として周知されていますが、実際の所、魔力核の一部破損による障害と言って良いでしょう。軍人がそれを耐えられるのは、基本的な核の大きさの違いだと私は思っています」
デュード伯爵は腰が抜けた様に執務室のソファに倒れ込み、項垂れ目を瞑っていた。魔力欠乏症、それは何かしらの原因により魔力を生み出す核が破損、もしくは傷付き上手く魔力を生み出せなくなる現象であった。魔力欠乏症が一般人にも見られる様になった頃から、学者や教会関係者はその原因を探っていて、核の破損が原因だと突き詰めはした物の、騎士団や聖騎士団などの軍部に身を置く者が核に傷を負う事は日常茶飯事であった為、それを魔力欠乏症の原因とする事に異を唱える学者が多く、障害ではなく病だと発表されていた。
「何故だ。何故ゼスなんだ」
「分かりません。神のご意志だとしか私には……」
「一体どうすればいい?ゼスに何と伝えたらいいんだ!」
「私が口を出す問題ではありませんから、良く良く奥方様ともご相談なさってください。この薬を一週間分お渡ししておきます。もしも彼を平民とするのでしたら、私にも伝手がございますのでご連絡ください」
トルソン卿は、ゼスに見せていた優しい笑みのまま、酷く冷たい言葉を残し帰って行った。
「父さん、トルソン卿は凄いね!この薬を飲むだけでもう息も苦しく無いし、起きてられるんだ」
「そ、そうか……」
デュード伯爵は喜ぶ息子に何も言えず、張り付いた笑顔を息子に見せた。そして机に並ぶ薬を見てそれを床に叩き付けようとしたが、生命線であるそれを捨てられなかった。
血の祝福。それは魔力の高い者の血液であった。平民の中にも魔力が生まれつき高い者が居て、その多くが小遣い稼ぎ、もしくは主な収入源として自身の魔力核から血液を抜き取り売っていた。それを知っていたデュード伯爵は忌々しい物を見る様に、ゼスの持つその空になった瓶を見つめていた。
「で、ゼスはどうだった」
デュード伯爵家から馬車で30分、貴族街の中でも王城に近い場所にあるフェルダーン家にトルソン卿は居た。彼は出されたお茶を飲みながら、まだ若干18という年で当主、実際は当主代理だが実務を引き継いでいたアルバート•フェルダーンと向き合っている。
「あれは駄目ですね。神の捨て子を付けるか、魔力核の切除手術後平民に落としてあげた方がゼス君の為でしょう」
「簡単に言ってくれる」
「私には関係のない事ですから。お決めになるのはデュード伯爵と貴方だ」
「……そうか」
「治癒魔法は穴の表面を塞ぐ事は出来ても、穴を埋める事は出来ません。聖女様に伝手があるなら別でしょうが、あの方々は王族か聖職者にしかその力を使いませんからね」
「使わないんじゃない。使わせてもらえないんだ。それに加えて聖女様の力は枯渇していると聞く……許可が出ても完治は出来んかも知れんが」
「一緒でしょう。神の依代、代弁者、愛し子、神の力をこの世界で発揮させる為の媒介の彼等が、神の子である人々に力を使わないのは使いたくないからでしょう?その分自身の魔力、与えられた神力を膨大に失いますからね。聖女にトドメをさすのかと非難の的になるでしょうね」
「だが……出来る事は何でもしてやりたい。もしも俺の弟ならば陛下を通して願い出る事は出来るかもしれんが」
「そうなれば貸しを作る事になりますね。あぁ、ユミエールナ様が作って下さった貸しを使えば宜しいのでは?まぁ、そうなるとフェルダーン家の魔力奉納の免除が無くなりますけど」
「相変わらず嫌味な奴だなハリィ」
「私は貴方以外がどうなろうと、大して興味もありませんから。そんな私に助けを求める方が嫌味という物ですよ」
アルバートはこっそり始めたばかりのタバコに火を付けベランダに出た。フェルダーン公爵家、それはリットールナに存在する5公の1つで、唯一武門の家系であった。遠く7代前の国王で、教皇を務めてもいたドゥルヤード聖王の弟シャルマーが興した家門であり、王家の盾と言われた名門であったが、当時のリットールナとその周辺国に争いは無く、比較的平穏な世界情勢であった。それ故に武門の貴族や官僚はその地位を下げていた。フェルダーン家も公爵という地位にあっても、武門に属する他家同様に王室内での地位は低い物であった。
「もしも俺に力があったなら……フェルダーン家に忠誠を誓うあいつらを見捨てる事は絶対にしない。俺に出来る事はないのか」
「さぁ。神頼みか説得位では?」
「説得?」
「何を犠牲にするのかを決めて差し上げては?」
「俺がか⁉︎」
「誰も責任は取りたくないし、ましてや憎まれ役などしたくはないでしょう。カルカートレーのあの男ならば躊躇う事無く別の息子を犠牲にしますけどね。おっと、こんな時間ですか。そろそろ私は司令官と共に出なくては。次会うのは1年後ですね」
「あ、あぁ。しかしヤーリスの国境警備の交代にお前が選ばれるとはな」
「仕方ありません。聖女不在の今、無駄に聖戦を臨む国が後を断ちませんから」
この国を支えていた聖女。神の依代として選ばれた特別な存在も、今やその魔力や神力を失いつつあり、国と教会から見捨てられその身を市井の孤児院に寄せていた。それに加えて王弟であるベルドロイドの皇籍離脱と、リットールナは民の知らぬ所で混乱の渦に片足を突っ込んでいた。
「気をつけて行ってこい」
「はい。もしもデュード伯爵が平民にと願った場合は、下町のトロンの蜜という酒場に居る店主に私の名前を言ってください。そうすれば万事整えてくれますから」
「そんな事はさせん。もうこっちの事は気にせず行けっ」
「はいはい。では、また来年お会いしましょう」
トルソン卿が屋敷を出て行って、アルバートは側仕えのカナムを呼んだ。
「アルバート様、我が甥の事……何とお詫びすれば良いか」
「馬鹿かお前は。一族の面倒を見る事に何故お前の詫びを貰わねばならん」
その言葉に、カナムは必死に涙を堪えて俯いていた。しかし、アルバートは当たり前の事をしているのに、他人行儀に謝罪するカナムに苛立った。そしてつっけんどんに姉であるケネットと会う時間を作れと命令して部屋を出て行った。
「当主様……私にはゼスに真実を話す事が出来ません。もし魔力が無くともあの子は私の大切な息子なんです。平民に落とし生活させるなんて……できる筈もない。あの子は貴方様にお仕えする事を支えに勉学にも励んで来た。その希望を砕く事なんて」
「当主様、息子が救われる道は他に無いのでしょうか」
デュード夫妻とアルバートは、フェルダーン家の当主執務室で話をしていた。もう産月に入っていた妻のケネットのお腹は大きく迫り出していて、ただでさえ苦しい体に心労も祟ってか、顔色が頗る悪かった。
「ケネット。俺はゼスを買っている。簡単に救いの道を諦めたりはせん」
「「‼︎」」
デュード夫妻は顔を見合わせ、驚きながらアルバートを見た。そしてアルバートの次の言葉に目を見開いた。
「俺の養子にしようと思うがどうだ。そうなれば陛下に聖女様の御力をお貸し頂ける様に話が出来る」
「「そんな!滅相も無い!」」
「いずれ俺の盾となる次期デュード伯爵家当主だ。使える物は何でも使う」
その言葉に、2人は涙を堪えきれず頭を下げて懇願した。
「いけません!当主様を窮地に追いやる様な隙を与える事など、息子も望みません。かくなる上は、今度産まれてくるこの子を……」
「なんだ?神の捨て子にするつもりだとでも言うのか」
「それ以外に手立てはございません。もしも平民の名無しを当てがえば、非人道的だと、それを理由にフェルダーン家への当たりは更に酷くなりましょう」
「はっ!甘く見られた物だ。その程度の事で俺が怯むとでも?」
「武門の者は常に影となる事からその身を遠ざけるべきです。当主様、この子が成長したならちゃんと話して聞かせます。兄と共に生きて欲しいと」
それから、夫妻の決断に納得出来ないアルバートは、1年間は自分がが魔力を補給すると当主命令を下した。そしてケネットの出産もあった為、夫妻は心苦しもあったがゼスをフェルダーン家に預けた。
「ゼス。エセルから説明は受けたな」
「……はい」
その顔は暗く、ただ床を見つめ全てを諦めている様にアルバートは感じた。しかし、自身も聖戦で魔力核に傷を負った経験のあるアルバートは声を掛け、顎を掴むと顔を上げさせた。
「何に思い悩む事がある」
「僕はもう、夢を追えないのだなと。誰かの情けが無ければ生きられ無い、そんな無意味な存在になってしまって……ひっく、うっうっ」
アルバートは顎を掴んでいた手を荒々しく離すと、腰に帯刀している剣を腰から抜いて、鞘先を床にドンッと叩きつけた。そしてその柄に両手を乗せてゼスを睨み見下ろしている。
「愚か者がっ!良いか、戦場ではその肉体さえあれば最期まで戦える!魔力を失い、加護も祝福も切れ、ただその身一つ戦場に置いてもっ俺達騎士は神の為、国の為に命を賭ける!お前の夢はなんだ!」
「‼︎……フェ、フェルダーン家の繁栄と、神の威光、国の繁栄を支える武官となる事ですっ!」
「ならその夢を叶える為ならば泥水を啜ろうと、木の根を喰もうとも諦めるな!いずれ必ず俺がお前の病を治してやる!それまでお前は何に縋っても生きろ‼︎」
ビリビリと脳天を突き抜ける様な衝撃がゼスを襲う。目は自然と開き、眼前の雷属性を纏った魔力に煌めく男の姿が、自身に覆い被さっていた闇を吹き飛ばすのを見た。
僕は初めてお会いするフェルダーン家の御当主様に、それまで夢想し、崇拝していた物が間違いでは無かったのだと心が満たされた。そして、産まれくる弟か妹を犠牲にしなくてはならないが、それもいつかは救うし、肩身の狭い想いはさせないと約束して下さった御当主様の言葉に、情けなくも助けられた気がした。
「返事はどうした‼︎」
「はいっ!生きます!何が何でも生き抜きます!」
「それでこそフェルダーン家一族の男だっ!胸を張れ!下らぬ事に悩ませれるな!武を極めるのは何も肉体だけの話では無いっ、智恵が無くば肉体なんぞに意味は無い!学べ!」
「はいっ!」
メインストーリーは来週より再開予定です。
3話予定ですがお付き合い下さい。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
僕はこれまで何不自由の無い生活を送っていた。
フェルダーン公爵家への忠義に厚く、神への信仰と国に仕える事を誇りに激務をこなす父、実家の男爵家の保有する辺境領地の運営を一手に担っていた母。そんな2人の背を見て育った僕は、意識する前から神とフェルダーン家への忠誠を誓っていた。10歳を迎えた時、教会で僕は宣誓した。
「私、ゼス•デュードは、加護神シャナアムト神の憐憫たる瑞風に守られ、言祝ぎの儀を終えました。これより神の信徒として、その教えに背く事なく独立独行を貫き、この身に託されし魔の力を正しく使うと誓います」
教会の聖願の間で、私は言祝ぎの儀を終えて大司教様に信徒の一員を示す太陽と月の輪を模したペンダントを頂きました。まるでやっと人の子として認められた、神の御手に抱かれた様な気がした。
「父さん、僕は必ずや武官になって王宮に上がるよ。当主様を御支えするんだ!」
「ゼス、父と共にフェルダーン家の盾となってくれるか?」
「勿論だよ!僕はその為に産まれたんだ。こんなに幸せな事はないよ!レネベント神のご加護を賜われる様にこれからは剣術の訓練を増やしたいな」
「そうか。ならばフリム殿に指南して頂けるか当主様に相談してみよう」
「ありがとう父さん!フリム様の剣は当主様、御自らお認めになった程の物でしょう?もしも御指南頂けたら、僕は今より強くなれるかな?」
「ならない訳がない!父さんも、母さんもお前に期待しているからな!」
期待は時に重荷となるけれど、僕にとって期待とは希望だった。期待して貰えるからどんな困難にも立ち向かえる。そう思っていた。
「これから生まれる弟か妹に、自慢して貰える様な兄になるよ!」
「頑張らなくったって、お前を皆んな自慢に思っている」
銀色の髪を耳下に切り揃えたその姿は、まだ幼く愛らしさを残しているが、彼は精悍さの出てきたその顔を輝かせ父を見上げ笑った。しかし、彼の試練は足音も立てず、そのすぐ背後まで忍び寄っていた。
彼が言祝ぎの儀を終え、2カ月が過ぎたアルケシュナーの季節に、ゼスは風邪を引いて寝込んでいた。
「ゴホッ、ゴホッ……ヒュー、ヒュー。あつ、い」
「ゼス、聖水を頂いて来た。それに当主様がトルソン卿を向かわせて下さるそうだ。あの方の治癒魔法は聖騎士団一だと仰ったから直ぐに治る。苦しいな、だがもう暫くの我慢だ」
誰もが彼の病を単なる風邪だと思っていたし、本人もこんな極寒の季節に薄着で訓練をしたせいだと考えていた。
「ご無沙汰しています、デュード伯爵」
「トルソン卿、申し訳ない。忙しいだろうに」
「いえ、デュード家の為なら何と言う事もありませんよ。早速、ご子息を診せて頂いても?」
「勿論だ」
エセル•デュードはトルソン卿と握手をすると、子供部屋のある2階へとトルソン卿を案内した。そして、ゼスの部屋に入ると、トルソン卿の荷物を受け取り部屋の窓を開けた。
「やぁ、初めまして。私は聖騎士団第一師団部隊長の任を預かります、ハリィ•トルソンと申します。君はゼス君だね」
「はっ……はじめ、まし…て」
そう言うと、ゼスは体を起こそうとした。
「あぁ、良いんですよ。苦しいのでしょう?そのままで。早速ですが、君の体を調べますね」
「は……い。ゴホッ、ゴホゴホっ」
トルソン卿はとても優しそうな人で、ニコニコしながら僕の首や手首、胸を調べてくれた。胸元に手を当てて何度か魔力を流していたけど、何か分かったのか手を離してまたニコリと笑った。
「結構ですよ。大丈夫、治療法が分かりましたから」
「トルソン卿、誠かっ?」
「えぇ。ゼス君、どうかな、今苦しいですか?」
トルソン卿は僕の手首を掴み何かを呟くと魔力を流してくれた。すると、先ほどまでの痛みや呼吸の苦しいみが楽になった。僕は体を起こすと父さんを見た。父さんはホッとした様に肩の力を抜いて笑っていて、僕はやっとこの苦しみから解放されるのだと安堵した。
「はいっ、とっても楽です。すごいですトルソン卿!薬や治癒師の方に見て頂いたのですが、ここまで楽になる事はありませんでした!」
「そうですか。では、伯爵とこれからについてお話をしたいと思いますので、少し席を外しますね。これを飲んで」
赤い色の液体の入った瓶を手渡され、僕はそれを躊躇い無く飲んだ。それが何なのかも知らずに。
「トルソン卿、こらからの事とは一体?息子は治ったのだろう?」
「いえ、これから一生付き合っていかなくてはならない病……いえ、変化と言って良いでしょうか」
「な……風邪ではないのか?」
「ご子息は魔力欠乏症を発症しています。未だにこれは解明されていない病として周知されていますが、実際の所、魔力核の一部破損による障害と言って良いでしょう。軍人がそれを耐えられるのは、基本的な核の大きさの違いだと私は思っています」
デュード伯爵は腰が抜けた様に執務室のソファに倒れ込み、項垂れ目を瞑っていた。魔力欠乏症、それは何かしらの原因により魔力を生み出す核が破損、もしくは傷付き上手く魔力を生み出せなくなる現象であった。魔力欠乏症が一般人にも見られる様になった頃から、学者や教会関係者はその原因を探っていて、核の破損が原因だと突き詰めはした物の、騎士団や聖騎士団などの軍部に身を置く者が核に傷を負う事は日常茶飯事であった為、それを魔力欠乏症の原因とする事に異を唱える学者が多く、障害ではなく病だと発表されていた。
「何故だ。何故ゼスなんだ」
「分かりません。神のご意志だとしか私には……」
「一体どうすればいい?ゼスに何と伝えたらいいんだ!」
「私が口を出す問題ではありませんから、良く良く奥方様ともご相談なさってください。この薬を一週間分お渡ししておきます。もしも彼を平民とするのでしたら、私にも伝手がございますのでご連絡ください」
トルソン卿は、ゼスに見せていた優しい笑みのまま、酷く冷たい言葉を残し帰って行った。
「父さん、トルソン卿は凄いね!この薬を飲むだけでもう息も苦しく無いし、起きてられるんだ」
「そ、そうか……」
デュード伯爵は喜ぶ息子に何も言えず、張り付いた笑顔を息子に見せた。そして机に並ぶ薬を見てそれを床に叩き付けようとしたが、生命線であるそれを捨てられなかった。
血の祝福。それは魔力の高い者の血液であった。平民の中にも魔力が生まれつき高い者が居て、その多くが小遣い稼ぎ、もしくは主な収入源として自身の魔力核から血液を抜き取り売っていた。それを知っていたデュード伯爵は忌々しい物を見る様に、ゼスの持つその空になった瓶を見つめていた。
「で、ゼスはどうだった」
デュード伯爵家から馬車で30分、貴族街の中でも王城に近い場所にあるフェルダーン家にトルソン卿は居た。彼は出されたお茶を飲みながら、まだ若干18という年で当主、実際は当主代理だが実務を引き継いでいたアルバート•フェルダーンと向き合っている。
「あれは駄目ですね。神の捨て子を付けるか、魔力核の切除手術後平民に落としてあげた方がゼス君の為でしょう」
「簡単に言ってくれる」
「私には関係のない事ですから。お決めになるのはデュード伯爵と貴方だ」
「……そうか」
「治癒魔法は穴の表面を塞ぐ事は出来ても、穴を埋める事は出来ません。聖女様に伝手があるなら別でしょうが、あの方々は王族か聖職者にしかその力を使いませんからね」
「使わないんじゃない。使わせてもらえないんだ。それに加えて聖女様の力は枯渇していると聞く……許可が出ても完治は出来んかも知れんが」
「一緒でしょう。神の依代、代弁者、愛し子、神の力をこの世界で発揮させる為の媒介の彼等が、神の子である人々に力を使わないのは使いたくないからでしょう?その分自身の魔力、与えられた神力を膨大に失いますからね。聖女にトドメをさすのかと非難の的になるでしょうね」
「だが……出来る事は何でもしてやりたい。もしも俺の弟ならば陛下を通して願い出る事は出来るかもしれんが」
「そうなれば貸しを作る事になりますね。あぁ、ユミエールナ様が作って下さった貸しを使えば宜しいのでは?まぁ、そうなるとフェルダーン家の魔力奉納の免除が無くなりますけど」
「相変わらず嫌味な奴だなハリィ」
「私は貴方以外がどうなろうと、大して興味もありませんから。そんな私に助けを求める方が嫌味という物ですよ」
アルバートはこっそり始めたばかりのタバコに火を付けベランダに出た。フェルダーン公爵家、それはリットールナに存在する5公の1つで、唯一武門の家系であった。遠く7代前の国王で、教皇を務めてもいたドゥルヤード聖王の弟シャルマーが興した家門であり、王家の盾と言われた名門であったが、当時のリットールナとその周辺国に争いは無く、比較的平穏な世界情勢であった。それ故に武門の貴族や官僚はその地位を下げていた。フェルダーン家も公爵という地位にあっても、武門に属する他家同様に王室内での地位は低い物であった。
「もしも俺に力があったなら……フェルダーン家に忠誠を誓うあいつらを見捨てる事は絶対にしない。俺に出来る事はないのか」
「さぁ。神頼みか説得位では?」
「説得?」
「何を犠牲にするのかを決めて差し上げては?」
「俺がか⁉︎」
「誰も責任は取りたくないし、ましてや憎まれ役などしたくはないでしょう。カルカートレーのあの男ならば躊躇う事無く別の息子を犠牲にしますけどね。おっと、こんな時間ですか。そろそろ私は司令官と共に出なくては。次会うのは1年後ですね」
「あ、あぁ。しかしヤーリスの国境警備の交代にお前が選ばれるとはな」
「仕方ありません。聖女不在の今、無駄に聖戦を臨む国が後を断ちませんから」
この国を支えていた聖女。神の依代として選ばれた特別な存在も、今やその魔力や神力を失いつつあり、国と教会から見捨てられその身を市井の孤児院に寄せていた。それに加えて王弟であるベルドロイドの皇籍離脱と、リットールナは民の知らぬ所で混乱の渦に片足を突っ込んでいた。
「気をつけて行ってこい」
「はい。もしもデュード伯爵が平民にと願った場合は、下町のトロンの蜜という酒場に居る店主に私の名前を言ってください。そうすれば万事整えてくれますから」
「そんな事はさせん。もうこっちの事は気にせず行けっ」
「はいはい。では、また来年お会いしましょう」
トルソン卿が屋敷を出て行って、アルバートは側仕えのカナムを呼んだ。
「アルバート様、我が甥の事……何とお詫びすれば良いか」
「馬鹿かお前は。一族の面倒を見る事に何故お前の詫びを貰わねばならん」
その言葉に、カナムは必死に涙を堪えて俯いていた。しかし、アルバートは当たり前の事をしているのに、他人行儀に謝罪するカナムに苛立った。そしてつっけんどんに姉であるケネットと会う時間を作れと命令して部屋を出て行った。
「当主様……私にはゼスに真実を話す事が出来ません。もし魔力が無くともあの子は私の大切な息子なんです。平民に落とし生活させるなんて……できる筈もない。あの子は貴方様にお仕えする事を支えに勉学にも励んで来た。その希望を砕く事なんて」
「当主様、息子が救われる道は他に無いのでしょうか」
デュード夫妻とアルバートは、フェルダーン家の当主執務室で話をしていた。もう産月に入っていた妻のケネットのお腹は大きく迫り出していて、ただでさえ苦しい体に心労も祟ってか、顔色が頗る悪かった。
「ケネット。俺はゼスを買っている。簡単に救いの道を諦めたりはせん」
「「‼︎」」
デュード夫妻は顔を見合わせ、驚きながらアルバートを見た。そしてアルバートの次の言葉に目を見開いた。
「俺の養子にしようと思うがどうだ。そうなれば陛下に聖女様の御力をお貸し頂ける様に話が出来る」
「「そんな!滅相も無い!」」
「いずれ俺の盾となる次期デュード伯爵家当主だ。使える物は何でも使う」
その言葉に、2人は涙を堪えきれず頭を下げて懇願した。
「いけません!当主様を窮地に追いやる様な隙を与える事など、息子も望みません。かくなる上は、今度産まれてくるこの子を……」
「なんだ?神の捨て子にするつもりだとでも言うのか」
「それ以外に手立てはございません。もしも平民の名無しを当てがえば、非人道的だと、それを理由にフェルダーン家への当たりは更に酷くなりましょう」
「はっ!甘く見られた物だ。その程度の事で俺が怯むとでも?」
「武門の者は常に影となる事からその身を遠ざけるべきです。当主様、この子が成長したならちゃんと話して聞かせます。兄と共に生きて欲しいと」
それから、夫妻の決断に納得出来ないアルバートは、1年間は自分がが魔力を補給すると当主命令を下した。そしてケネットの出産もあった為、夫妻は心苦しもあったがゼスをフェルダーン家に預けた。
「ゼス。エセルから説明は受けたな」
「……はい」
その顔は暗く、ただ床を見つめ全てを諦めている様にアルバートは感じた。しかし、自身も聖戦で魔力核に傷を負った経験のあるアルバートは声を掛け、顎を掴むと顔を上げさせた。
「何に思い悩む事がある」
「僕はもう、夢を追えないのだなと。誰かの情けが無ければ生きられ無い、そんな無意味な存在になってしまって……ひっく、うっうっ」
アルバートは顎を掴んでいた手を荒々しく離すと、腰に帯刀している剣を腰から抜いて、鞘先を床にドンッと叩きつけた。そしてその柄に両手を乗せてゼスを睨み見下ろしている。
「愚か者がっ!良いか、戦場ではその肉体さえあれば最期まで戦える!魔力を失い、加護も祝福も切れ、ただその身一つ戦場に置いてもっ俺達騎士は神の為、国の為に命を賭ける!お前の夢はなんだ!」
「‼︎……フェ、フェルダーン家の繁栄と、神の威光、国の繁栄を支える武官となる事ですっ!」
「ならその夢を叶える為ならば泥水を啜ろうと、木の根を喰もうとも諦めるな!いずれ必ず俺がお前の病を治してやる!それまでお前は何に縋っても生きろ‼︎」
ビリビリと脳天を突き抜ける様な衝撃がゼスを襲う。目は自然と開き、眼前の雷属性を纏った魔力に煌めく男の姿が、自身に覆い被さっていた闇を吹き飛ばすのを見た。
僕は初めてお会いするフェルダーン家の御当主様に、それまで夢想し、崇拝していた物が間違いでは無かったのだと心が満たされた。そして、産まれくる弟か妹を犠牲にしなくてはならないが、それもいつかは救うし、肩身の狭い想いはさせないと約束して下さった御当主様の言葉に、情けなくも助けられた気がした。
「返事はどうした‼︎」
「はいっ!生きます!何が何でも生き抜きます!」
「それでこそフェルダーン家一族の男だっ!胸を張れ!下らぬ事に悩ませれるな!武を極めるのは何も肉体だけの話では無いっ、智恵が無くば肉体なんぞに意味は無い!学べ!」
「はいっ!」
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