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第三章 魔法と神力と神聖儀式
13 それは祝詞を覚えること
しおりを挟む「フロリア。お前には治癒魔法を取り敢えず覚えてもらう」
アルバートさんからそう厳命されて、私はスパでパパさんと遊びながら考えていた。祝詞の難しさは型にある訳では無く、どの神にどんな思いで、どんな願いを伝えるのかと言う所だ。そして何故口語では駄目なのか。そこには神にどれ程の気持ちを伝えられるかと言う所に理由があった。もしも、
「あ、代わりにこの仕事やっててくんない?出来るよね」
「それ頂戴?私もってないんだよね」
と初対面の人に言われたとして、一体どれ程の人間が頷き引き受ける?舐めてんのか?ってか何様だよ。そう思うだろう。
「初めまして。お忙しい所申し訳無いのですが、仕事が詰まっていて助けて頂けませんか?」
「もし宜しければ、それを頂けませんか?どうしても必要で」
言い方一つで心象は変わる。その願いや想いをどの程度の気持ちで望んでいるのか。神々はその祝詞で判断するのだそうだ。でも、私にはその気持ちを伝える言葉の語彙が圧倒的に少なすぎた。それまではお兄ちゃん達が居たから、言葉を脳裏に送ってくれていたりして、それを繋ぎ合わせていたけど最近ではそれも無い。だから一節作って成功したらそれを丸暗記するしかなかった。
「フロー?」
「パパ、魔法の祝詞ってさ。型として対象神の名前、お願い事、対象人物、魔法名だよね?」
「ええ」
「祈祷の祝詞って神への賛美、願い。でもこの願いは個人的な願いは駄目で、頑張るから見守って、力を貸してって感じなんだよね?」
「はい」
「何でこの形じゃないと駄目なんだろう?思いが伝われば良い筈なのにね。例えば、最高神トルトレス様貴方の力が無くては助かりません。お願いします、癒しの力をどうぞお貸し下さい。これじゃ伝わらない?」
「そうですね、例えば。ゼス君を助けたお礼としてアプーの実を頂いたとします。磨かれもせず、木から捥いだ物をその場で手渡しにするのと、籠に入れラッピングしてメッセージカードも付いた物を御礼の言葉と共に渡される。どちらがより貴女への感謝を感じますか?」
「んー。後者だよね?でも、個人的な意見で言えば御礼いる?それを収入源にしているなら話は別だけど」
「神にとって祈祷、儀式はある意味仕事の依頼と同じです。その時に美しく、神の御心を満たして差し上げる祝詞を捧げる。これは対価に相当します。当然美しい祝詞に対してはその恩恵も大きく、反応速度も違う」
成程ねー。神様と言えども無報酬では動かないか。正直こんな長ったらしい祝詞面倒なんだよね。
「心で思うじゃ駄目?」
「やってみては?」
ふむ。実験してみるか。まずは祝詞無し。
— 水の女神オーフェンタールよ。お願いします、力を貸して。
「霧散」
微かに靄が辺から発生する程度で、効果が無いわけでは無かった。なら祝詞を心で唱えたら?
— 水の女神オーフェンタールよ、女神の如き清廉なる水の力を貸し与え賜え、穢れより我を隠す幕となれ霧散。
「うーん。パパの居場所が分かる程度には効果がある」
ハリィは唸るフロリアに手本を見せようと祝詞を呟いた。そしてその違いが分かるか試した。
「風の神シャナアムトよ、清風明月穢す霧を祓い賜え聖風」
一瞬にして霧は風に消され、天井から集められた水滴が塊となって私の頭からザバッ!と降ってきた。私は驚いてパチパチと瞬きしたけど、余りの祝詞の短さと、魔法の発動時間の短さに言葉がでなかった。
「……語彙か」
「語彙ですね」
「辞書持って試して一番良い奴を覚えるしかない?」
「学院に行けば祝詞集がありますが、一般的にそれは販売される事もありませんし、卒業と同時に教書類は返却しなくてはならないのです」
「それって書き写して売ったらお金になりそうね?」
「はぁ。そんな事をしたら神罰が降ります。それに、自力で紡ぐ言葉の祝詞と、祝詞集の祝詞では威力も違います。敢えて力を抑えたい時に祝詞集の祝詞を使う事もありますが、基本的に騎士達も自身の言葉で紡ぎます」
「うーん。取り敢えず使える様になる為には祝詞集覚えた方が展開しやすいよね?」
「それは間違いありません」
学校かぁ。嫌いだったわー!友達欲しいのに、グループに擦り寄るのは嫌でいっつも寝てたな。唯一同じ部活の男の子だけ仲良かった。名前なんだったっけな?仲吉、中谷、中村、中臣、中……中井省吾!そうだった、そうだった!もう14年も前だしねぇ…っていうか、これは聖の記憶だ。はぁ、この体の何処かで聖は起きてんのかねぇ?
「学院、行ってみたいですか?」
「んー。面倒臭い、まだ儀式の練習も出来てないし。それこそお兄ちゃん達の言ってたらしい指導者?も来てないじゃん」
「あぁ、あれはフローが天上界を混乱させたのを落ち着かせる為に後回しになった様ですが、ヴォルフ伯爵が手を挙げて下さったので一先ずはそれで良いと教会経由で司令官に連絡があったようですよ?」
「なんっでそういうの私に連絡ないのかな?」
「ふふ、きっとまたおイタをするからでは?」
「ぐっ!ぐぬぬぬっ」
私は不貞腐れてパパさんの背中に抱きついた。ちょっと前ならこんな面倒な魔法やら祝詞を覚えずただ甘えていたのに。それも出来ないのか。いかんいかん!こうやって怠惰になると後悔する、それを私は過去にも経験して愚痴っていたじゃない!今世は頑張る!頑張って皆んなに認めてもらって、いつかパパの娘にしてもらうんだ!
そして抱きついた肩に見えるザックリと残る傷跡に触れた。
「パパ、肩の傷痛かった?」
「余りに幼い頃の傷なので覚えていないんです」
「そう、もっと早くに会えてたらフローが絶対パパ助けてあげたのに。パパのパパなんてフローのパンチでお空の彼方だよ!」
「ふふ、でもそれでは私はパパになれませんね」
「ならお友達になって、2人で国を出て旅をするの!色んな国に行って美味しい物を食べて2人でずっと暮らす!きっと超楽しいよ?」
破顔するハリィの顔は、心からの笑みだった。フロリアはその柔らかな笑顔を壊したく無い、曇らせたく無い。その為には頑張らねばならないと気を引き締めた。
「ならこれからの未来と同じですね。ずっと一緒です、ならば出会いの遅さは関係無い。この出逢いは必定だったのだから」
あーー!マジパパさんの笑顔、眼福‼︎癒されるー!何でこの人こんなに可愛いんだろ!よしっ!いっぱい言葉覚えて祝詞マスターになってパパさんを私が守るんだ!あと5年?もっと早くに認められて私が当主になったらパパを養子ならぬ叔父さんとして迎えられるんじゃね?アルバートさんの兄にすれば良い!うんうん!3人で暮らせる!
「パパ!私頑張ってパパをアルバートさんのお兄さんにしてあげる!」
「は?え?な、何を言っているんです?ちょっ、フロー!待ってください!」
燃える私はスパの温水プールをマグロの如く泳ぎまくった。沸る!目標が出来る事の素晴らしさよ!待ってろ祝詞!お兄ちゃん達のお腹はち切れる様な美味しくて重量感のあるやつ作ろう!
「形容詞を覚えればいいかな?熟語?まずフェリラーデさんに関する熟語を探そうかな」
辞書をペラペラと捲る。しかしもってなんだ、フェリラーデ神の名前を使った比喩表現は沢山あるけれど、情景をイメージさせる様な熟語や言葉が全然ない。自作は有りなのか?うーん、それも中々ムズイな。はぁ、えぇっと。欠けた物を元に戻す。月はクロウお兄ちゃんで太陽はトールお兄ちゃんだから、花?フェリカの花弁は8枚。白色に丸い花。思いつかない。
「済生の女神フェリラーデよ、たわわなフェリカ……違う。あっ!花冠!いいねぇ、欠けた花冠を戻し賜え!どうよ?」
パパさんみたいに熟語知らないから、単語で補おうかな。再生魔法は【欠けた花冠】、治癒魔法は【聖なる花蜜】、浄化魔法は……あー、何かあったかなぁ?香り、色。清香館って焼肉屋があったな。よーし、清い香り。いいね、浄化魔法は【穢れを清香で清め賜え】とかどう?よし、やってみよう!
「ラナさん!西館行きたい!」
「フロリア様、どうして西館へ?」
「実験したいの」
フロリアはその場で駆け足をしながらラナを見上げた。うっと息が漏れる程キラキラしたその目に、ラナは溜息を溢した。そしてロアを通して演武場に居るダダフォンに連絡を取った。
「フロリア様、ヴォルフ伯爵は構わないとの事。ですが、現在聖騎士候補の訓練中の為、30分後にお願いします。との事です」
「いーや!今だね!突撃!」
「「フロリア様⁉︎」」
ダダダっと駆け出したフロリア。今ならボロボロになった聖騎士候補達が居るはずと階段も2段飛ばしで駆け降りた。途中、早く帰宅したらアルバートとすれ違ったが、挨拶もそこそこに演武場に向かった。
「はぁっ、はあっ、やってる!やってる!」
柱の影からこっそりと中を覗くフロリア。ダダフォンとフリムが指導にあたっていて、多くの聖騎士候補が息を上げながら彼等と模擬練習をしていた。
「ふむふむ、あのピンク頭。中々疲れておりますな!よしっ、治癒魔法やってみっか!」
フロリアは手を翳し、ピンクの髪色をした褐色の肌の青年に集中した。
「済生の女神フェリラーデよ、聖なる花蜜を彼に与え賜え治癒」
しかし、対象の特定が甘かったのか彼の両隣の青年達にも治癒魔法が掛かってしまい、急に疲労感や擦り傷、打撲が無くなった事に3人は驚き声を上げた。
「「「うおっ!」」」
しまったー!魔力制御甘かった!やばっ、豪雨みたいに治癒魔法が掛かってる!はわわわわっ、隠れなきゃ!
しかし時既に遅く、ダダフォンがフロリアの魔力を感知し駆け出した。
「馬鹿もん!オラァ!ケツ出せ!ぶっ叩いてやる!」
「うぁぁぁん!やめてー!お尻割れちゃう!」
「ケツは元々割れてんだよ!なんっでお前はっ、言う事っ、聞かねぇかなっ!」
バシン、バシンと小さな盾の様な物でお尻を叩かれるフロリア。しかし、フロリアは悪知恵がよく働いていた。そう、スカート下に履いているかぼちゃパンツの中に、綿を詰めた小さなクッションを詰め込んでいた。
「いたい~いたいよー!たーすーけーてー!ごめんなさーい!もうしませんー!」
「何だその棒読み感。あぁっ!お前っ、何か詰め物してんだろっ!こんのっ、オラっ!脱げっ!」
「やめてっ!チカン!変態!ロリコン!ロアさーーん!」
それでも結局剥ぎ取られ、お尻が真っ赤になる程叩かれたフロリアは、自身の臀部に治癒魔法を掛けると言うマッチポンプな状況に溜息を吐いた。
「ぐすん。ぐすん。酷い!皆んなが居る前でレディの醜態見せるなんて!気遣いがなってない!ダダフォンのおじちゃんなんか嫌い!」
「フ、フロリア様?だ、大丈夫です。我々は何も見ておりませんから」
治癒魔法を受けた3人に、他数人の聖騎士候補が氷魔法を使ったりして、完璧に治癒出来ずまだ赤く腫れたお尻を冷やしたりしていた。
「見てなくてもこの格好見てる!あーーー!お嫁に行けない!ただ魔法使っただけなのに!パパに言いつけてやるんだからっ!」
ダダフォンが近付いて来て、皆道を開けた。フロリアは涙目でダダフォンを睨んだが、ダダフォンは我が子を見る様な目で見下ろしていた。
「なぁ、この前も言ったろ?嬢ちゃんは魔力制御がまだ出来てねぇって。俺達が見てない所で魔法は使うな!ほら、口を開けろ」
唇を突き出し、頬を膨らませるフロリアの頬をむにゅっと片手で掴むと、ダダフォンはキャスティを放り込んだ。
「うまうま!」
「はぁ。単純な奴」
「何でこんな事したんだ?」
「祝詞開発中なの」
「まずは定型からやれよ」
「それがここには無いから苦労してるんじゃん」
「あぁ、そうだったな。学院か」
「おじちゃんはどうやって覚えた?」
「俺は師匠の丸パクリだ。だからそれ以外の魔法は使わない」
な、成程。まぁ、ダダフォンのおじちゃんは魔法っていうか脳筋系で腕っぷしだけでのし上がってそうだしね。どうしようかなぁ。やっぱり学校行くべき?
「ねー、学校って何年ある?」
「幼稚舎5年、騎士科か官僚科かに分かれて4年と5年。予科練に進めば3年、官僚候補育成科は5年だ。教会学校は15年」
うぇ。なんだそれ、私のやる事で言えば教会学校なんだろうけど15年って!マジ?専門学校的な所ないのかな?
「嬢ちゃんなら騎士科だか」
「何で騎士?教会じゃないの?」
「教会で学べる魔法は多く無い。聖騎士目指す奴は神学コースだが、本格的に治癒系、防御系、攻撃系と学ぶなら騎士科の魔法コースか?おい、ユーシュ!お前騎士科の魔法コース出てたな」
「はっ、はい!」
「この後時間あるか?」
急に名指しされたユーシュと呼ばれた青年。慌ててフロリアの前に歩み寄ると礼をしてダダフォンの質問に答えた。
「は、はい!警備後でしたら」
「嬢ちゃんに学院の事教えてやってくれねぇか?」
別に学院に行くつもりの無いフロリアだったがユーシュのキラキラした顔に嫌とは言えなかった。
「フロリア様、私で良ければご説明致します!」
「あ、はい。宜しくお願いします……」
何故こんな展開?ただ実験がしたかっただけなのに!
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