聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々

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聖騎士団と聖女

1 それは再生魔法を使うこと

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「さぁ!フロー。やっちゃって下さい!」

「ちょっ!無理っ!」

「ぐあぁぁぁぁぁ!うぁぁぁ!」

「ほらっ!急いでっ!彼が苦しんでるではないですかっ!」

「あんたが斬り落としたんでしょーーー⁉︎ちょっ!馬鹿じゃないの?段階があるでしょ!」

「うぁっ!ああっ、はぐっ!ぐぅぅぅ!」

『フロリア様、さっさとやってお終いなさい』

「キリーク、うっさい!あんた補助位してよ!」

『我はフロリア様の眷属にして指導者、そして監視。見守っております』

「使えない!マジ2人ともポンコツ!」

 演武場の真ん中で、フロリアはセゾンの足にへばりついて震えていた。セゾンは幾分魔力コントロールの制御が上手く行き出したフロリアの実力を試すため、名乗りを挙げた聖騎士団候補の1人の腕を斬り落とした。飛び散る血飛沫、宙を舞って床に転がる腕、演武場に響く悲鳴にフロリアは恐怖している。そして、斬り落とした張本人であるセゾンも、眷属であるキリークもフロリアを前に押し出し震えていた。

ぶしゃっ!
ドクドクと流れる血液が勢い良く吹き出し3人の顔にベトリと付いた。
生暖かいその血飛沫に恐怖した3名は叫びを上げた。

「「うわぁぁぁぁ!」」

 斬られた腕の断面が2人の方を向いていて、セゾンとフロリアは抱き合い背を向けた。

「ばっ!何であんな事説明もなくしたの!」

「ど、どんな状況ででも術を使える様にならねば!」

「だったらアンタも何とかしなさいよ!」

「フローの授業なんですよっ!」

 くそー!このポンコツ!元大司教じゃ無かったんかい!
ああっ!どうしよう!どうしよう!

— 落ち着いて、深呼吸!吸ってぇー吐いてー!女神の様に神々しく!やっちゃえ!

 そう、落ち着いてやらなきゃ!お兄さん失血死しちゃう!

「すぅー、はぁーー……済生神フェリラーデよ、彼の者の欠けた花冠を戻し賜え再生ヴィヴィフィカ!」

— やれば出来んじゃんフロリア!

 腕を斬られた騎士候補の呻き声は消え、聖蝶せいじょうが彼を取り囲む。斬られた腕の先から光が溢れ、艶やかな肌と共に筋肉のしっかりついた腕が現れた。フロリアもセゾンも唖然としつつ、それを見ていたダダフォンが駆け寄りフロリアを抱き上げた。

「おいっ!すげーぞ嬢ちゃん!」

「声が……聞こえた。深呼吸しろ、やっちゃえって」

「ハカナームト神か?」

「ううん、女の人の声」

「フェリラーデ神じゃないのか?」

「そう、なのかな……」

 頭の中で聞こえた声は今はもう聞こえない。何だったんだろう?でも、懐かしくて嬉しかった。分からない、分からないけど怖い物じゃ無いんだろう。

「でもすげーよ!初めてでこれだ、デュード伯爵ん所の坊ちゃんを治せるぞ!」

「うーん。まぐれの一回かもよ?」

「いや、魔力制御も完璧だった。大丈夫だっ」

 ダダフォンの笑顔を見て、フロリアはほっとして胸を撫で下ろした。

「お兄さん、ごめんね?あの馬鹿がこんな事して」

「い、いえ。フロリア様のお力になれて光栄です」

「いやいやいや、これで失敗したら聖騎士になれなかったよ。本当にごめんね」

 全く、何でこうも使えない奴をお兄ちゃん達は送り込んだかね?まったく成功したから良かったけど駄目だったら……うぅっ、考えるのも恐ろしい!

「フロリア!」

 演武場の入り口で、アルバートが仕事から戻って来て直行して来たのか、隊服のままで、フロリアは駆け寄るとアルバートの前に立った。

「どーしたの?」

「上手くやれた様だな」

「うん!頑張った!ご褒美ちょうだい!」

「口を開けろ」

「あーー」

 アルバートはポケットのタブレットケースからキャスティを取り出すと口の中にコロリと入れてやり、嬉しそうに頬張るフロリアの頭を撫でた。

「フロリア、明日。やれそうか」

「行くって言ったんでしょ?ならやるしかないよ」

「悪いな」

「何で?」

「……いや。お前の再従兄弟はとこに当たる奴だ、仲良くしてくれ」

「うん。いーよー」

 アルバートはフロリアの肩に手を置いて考えていた。それは何故か急にフロリアの思考が読めなくなったからだ。つい2日前までは聞こえていたのに、1日半と眠っていたフロリアが目覚めてから全く聞こえなくなった。それは聖の存在が消えた事による強制魔法解除の所為であったが、彼女を忘れた彼等にその理由を知る術は無い。





「パパ、ダダフォンのおじちゃん、ここ誰のお家?」

「貴女の奇跡を欲する者が住む家ですよ」

「さーて、練習の成果は出るのかね?」

「無理かも。なんか緊張で吐きそう」

「フロー、大丈夫。失敗してもそもそも欠陥品ですから、それ以下にはなりません」

「パパ、どうしたの?お口悪い」

「おっと、失礼しました。ですが、フローの存在が知れ渡るのは嫌なんです。ずっと私だけのフローだったのに、そう思いましたら本音が出てしまいました」

 フロリア達はゼスの治療の為に、フェルダーンの屋敷から馬車で30分程の距離にあるデュード伯爵家に来ていた。デュード伯爵家の長男ゼスは、後天的な魔力欠乏症により彼の妹からの魔力補給を受けていたが、妹の成長と共に、これ以上彼女の未来を奪いたく無いゼスは魔力補給の停止を決めていた。魔力核を取り除く手術が可能な時期は過ぎ、妹を犠牲に生き続けるか、平民から神の捨て子魔力補給を当てがうかの二択だったが、彼はそれを拒んだのだった。その選択は即ち死ぬ事を意味している。

「ようこそトルソン師団長、ヴォルフ卿……神の愛し子様」

 エントランスに迎えられた3人に、デュード伯爵家の当主エセルとその妻でカナムの姉ケネット、その息子であるゼスが居た。

「初めまして!フロリア•フェルダーンです!」

 ハリィの腕から降りたフロリアは、ゼスの前に立つと手を差し出した。既に顔馴染みのケネットはゼスの背を押し「ご挨拶を」と言った。フロリアの小さな手を両手でゼスは包み込み穏やかな笑みをフロリアに見せた。

「あ、はっ、初めまして。エセル•デュードの息子、ゼス•デュードでございます。この度は私の為にありがとうございます」

「フローね、まだ一回しか成功してないから、もし今日成功しなかったらまた今度しにくるね?」

「え!あ、はいっ。勿体無き御言葉にございます。もし……成功なさらなくても、私は大丈夫ですよ」

 フロリアはゼスの何処か諦めた顔にムッとした。
諦めを決め込んだ人の為に私は力を使う訳?冗談じゃないよ!
こちとらあの血飛沫を見て必死になってたって言うのに。

「諦めないでよ……私、今日の為に頑張ったんだから」

「フロリア様っ、失礼致しました!息子はフロリア様にご心配おかけしたくなくて言っただけで、当然……御力をお貸し頂きたく存じます!」

 エセルはゼスの頭を押し付けるとフロリアに頭を下げた。
フロリアもハッとして大人気なかったかも。そうつぶやいた。

「ごめんね?ゼスさん。苦しいの忘れてた」

「い、いえ!こちらこそ申し訳ございません。言葉を誤った様で」

「んーん。ちゃんとフロー治すよ、頑張るからゼスさんも諦めないでね」

「はい!」

 フロリア達はゼスの自室へ向かった。その間ずっとゼスはフロリアの手を繋いでいて、彼はフロリアから目が離せないのか頬を赤らめフロリアを見つめていた。そんな彼等の後ろに続く大人たちのどこかからかギリギリと何かが軋む音がした。

「?」

 エセルとケネットはきょろきょろと辺りを見渡すも、どこからその音がするのかが分からず頭を傾げている。ダダフォンは笑いを堪えエセル達に「気にするな」と言った。しかし、目の座ったハリィの顔にエセル達は困惑し、何故彼がそんな顔をしているのかが分からなかった。

「おいおいハリィ、大人気ねぇぞぉ」

「ぐぬぬぬぬっ魔力核の除去をお望みならば私が破壊して差し上げましょうか」

「いーじゃねーか。子供同士のままごとみたいなもんだろ。しかも10歳も離れてんだ、どうこうなりゃしねぇよ」

 その言葉に、ハリィはドキリとしつつフロリアをエスコートするゼスの背を見つめた。


「よーし、やっちゃうね?」

「宜しくお願い致します」

 ゼスはベッドに横たわると、チラリとフロリアを見た。見つめるだけで頬が熱くなるその感覚にドギマギしている彼は、幼いがその可愛く美しい姿とフランクに接する彼女に惹かれ始めていた。

「あの、2人にしてもらってもいいですか?ちょっと緊張気味かも」

「フロー、流石に男性と二人きりというのはどうかと思いますが」

「パパァ?ゼスさんもまだ子供なんだけど……どうこうなりようがないでしょ?私だってこんなだし」

「ト、トルソン師団長!か、揶揄わないでください」

「揶揄ってなどいません。私は本気ですが?」

「もーーー!パパっ何しに来たと思ってるの?私、超集中しなきゃなんだけど!」

 ハリィはフロリアを抱きしめると、決して無理はしない様にと言い含め頬にキスをして部屋を後にした。そしてゼスの両親やダダフォンも部屋を出て、二人きりとなったフロリアとゼスは緊張していた。

「よ、よーし!やっちゃうよ?」

「お、お願い致します」

 魔力核の破損、魔力欠乏症はとても苦しいと聞いた。呼吸が苦しくなって、手足もしびれて歩行も困難になるらしい。私は彼を助けられるだろうか?妹さんは小さな頃から兄の為に魔力を注ぎ続ける日々を送り、自分の為に妹が犠牲となる姿を見続けなければならない兄の気持ち。どちらもとても苦しい事だと思う。15歳と言えどもまだ子供。それなのに妹さんを想って補給を断つ、その決断は正しい様に聞こえるけれど正しくはないと私は知っている。だって、私の力はその為にあるはずだから。

「ふぅっ」

「……」

 魔力を肌の内側で感じる。少し冷たい力が体を巡っているのが分かる。少しづつ巡る量を増やして、そして神力も同じ速さで巡らせる。

「済生神フェリラーデよ、ゼス・デュードの欠けた花冠を戻し賜え再生ヴィヴィフィカ

 想像する。フェリラーデ神が優しく彼の胸元に触れ花の蕾を咲かせて行く。花の根がゆっくりと彼の体に廻り、根を張り生み出された魔力を隅々まで流す。

「そう、これで良い。奇麗な花が咲く」

 薄紅色の聖蝶せいじょうが魔力核の上に集まり、すっと溶け込むと体が光に包まれた。まるで体その物を作り変えるかの様な光景に、フロリアも驚いた。そして光が徐々に収まると、それまで青白かったゼスの肌に色が戻った。

「苦しくなーい?」

「えぇ、えぇ。フロリア様、もう苦しくありません。体がとても軽いんです」

「よかったぁぁぁ!成功したね!」

 薄っすらと涙を浮かべるゼスの手を取り、ニコリと微笑み布団を掛けたやった。安堵では表現出来ない程ホッとしたフロリアは、ベッドの端に腰を下ろすとゼスを見た。
 
 これできっと彼もちゃんと大人になるだろう、どんな大人になるのだろうか。今までやれなかった事が出来る様になると良いなと、彼の手を握った。

「フロリア様」

「フローで良いよ?」

「え、あ、では…フ、フロー様」

「ただのフローで良いよ?だって私達再従兄弟はとこなんだって!仲良くしようね」

「ふふっ、はい。フロー」

 和やかに2人の時間を過ごしていると扉がコンコンとノックされ、フロリアは扉に近付くと背伸びしてドアノブを押した。そこには不安気な顔をしたエセルとケネット、ハリィとダダフォンが立っていて、フロリアはニコニコと笑うとピースをした。

「「?」」

「出来た!」

 わっと声を上げた大人たち、ハリィはフロリアを抱き上げるとぎゅっと力強く抱きしめ「よく頑張りました」と誇らしそうに言った。そんなハリィの笑顔に嬉しくなったフロリアはハリィの腕の中でニコニコしていた。

「ゼスっ!ゼスっ!もう、本当に大丈夫なのか?」

「父さん、母さん。フロリア様の御力はとてもすごかったよ…見えたんだ。体の中で欠けた物が花びらで塞がれて…根が張って魔力が流れていくのを」

「そうか、そうか!良かった。本当に良かった!」

 泣き咽ぶ彼の両親を見て、私はなんだか切ない気持ちになった。ずっと不安だったろうし、したくもない決断を幾度となくしてきたんだろう。でも、これからは沢山したい事が出来る。その手助けが出来た事がとても嬉しい!

「パパ、フロー頑張ったよ」

「えぇ、本当に良く頑張りました。魔力消費もそこまで多くありませんね、ですが大事を取って今日はこの辺でお暇しましょう。帰りにパパとデートしませんか?美味しいケーキ屋さんを見つけました」

「行く!って、パパ。先に誰かとそのケーキ食べたの?酷いっ!浮気者!」

「ふふ、実はメイヤード執事長と行きました。ケーキの仕入れ先を変える為にお店を回ると聞きましてね、同行させてもらったんです」

「ずるい!私もスィーツ巡り行きたかった!」


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