聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々

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聖騎士団と聖女

8 抜け出せない者

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 リットールナ本教会、祈祷の間は一般に広く開放されていた。トルトレスの目覚めと共に5の刻に門は開き、クローヴェルの目覚めを静かに受け入れる6の刻に閉門する。祈祷の間には開門と同時に多くの人が訪れていて、仕事前に浄化をしに来た者や比較的待ち時間の短い朝一を狙った人々が眠気眼で聖職者達と挨拶を交わしたり、魔力浄化をしていた。どうやって彼等が魔力を浄化しているのか?それは祈祷の間の床に描かれた魔法陣に蓄えられた司祭達の光魔法によって行われていて、祈祷する人々はそこで祈りを捧げながら汚染魔力を浄化させている。
 
 呼吸をする度に、体を動かす度に魔力は魔力核から生み出され体を巡る。だが生活する上で使用される魔力は微々たる物で、使用されなかった魔力は魔力回路に蓄積され新たに生産される魔力の巡りを阻害した。そして蓄積した魔力は腐敗するかの様に性質を変え、魔力回路に栓をする。それらが溜まり続けると次第に魔力回路から体内に染み出し臓器を傷つけた。魔力の多い者は3日に1度、少ない者でも2週間に一度は教会で浄化してもらはなくては心身に異常を齎した。また汚染魔力にも軽度な物から重度の汚れもあり、その差は負の感情だと言う。実際、妬みや嫉み、悪意を募らせた者は己でその変化を感じる程であり、リットールナの一般法廷で死罪に準ずる罰が執行される回数が少ないのはそのせいであった。裁定せずとも罪深い者は自滅する。

「お嬢様!お待ち下さい!」

「何故私がこんな所でっ!あんな事がなければっ!」

 侍女を2名従えた見せかけの威厳を纏う女性。彼女の瞳は汚染された魔力で灰色に変わり、毛髪は白く色が抜け、艶も無くバサバサと荒れていた。ハリィに離婚され、王位継承権も剥奪され叔母である大公夫人を後見人とし、北部大公領の別邸に居を構える事となった皇女マリーナ。彼女はベールの付いた帽子を深く被り扇子で口元を隠し、ヒールをカツカツと鳴らし耳障りな音を響かせながら本教会の正門を潜った。

「オーフェンタール神の齎す聖水が貴女様の迷いを祓います様に」

「……御託は結構よ。案内なさい」

「……ではあちらに」

 浄化に訪れる人々を迎える役目を担う助祭はマリーナに頭を下げると、比較的人の少ない壁際の魔法陣に彼女を誘った。

「はぁっ本当に苛々するわ」

 魔法陣の上に乗り、マリーナは手を組むと魔力を開放した。どす黒く、ドロドロとした魔力は魔法陣の上で渦を描き、その筋張った足の甲を撫でていた。

「はぁ。どこで浄化をなさっても無駄じゃない」

「大公領の教会で散々注意受けましたのに」

「元々気性の激しいお方だけど、離婚なさってからは酷くなる一方ね」

「最近では浄化も1日と保ちませんね」

「王族ともあろう方が今や魔人一歩手前にまで落ちぶれて。王妃様のご命令でなければ誰があの方の侍女なんかになるもんですか」

 少し離れた扉の前で控える侍女2人はコソコソと愚痴を溢し、主人であるマリーナの後ろ姿を見つめていた。その目には嫌悪感が滲んでいる。

「憎しみを捨てなければ身を滅ぼすと司祭様からも言われたのに、いまだに口を開けばトルソン師団長とフロリア様の文句ばかり……自業自得なのに」

「そのトルソン師団長が正式に御婚約なさったと知ったら……もっと荒れそうですわね。まだ教会が宣布なさってないから公には婚約者候補と言われてますけど、既に平民ですら婚約内定と騒いでますからね」

 今、このリットールナ王都で話題となっているのがハリィ•トルソンとフロリア•フェルダーンの婚約について。だが飽き性な人々を満足させるべく各紙は次第に2人の婚約は王室と教会によって阻まれているなどといったゴシップへと内容を変え、2人の婚約を阻む勢力として王室と教会を攻撃対象にしていた。民衆はこぞって2人の婚約を美談にし、フロリアを保護しなくてはならないきっかけを作り出した王室と教会をまるで悪の組織かの様に攻撃し、それまで書き辛かった王室と騎士団、教会の関係をここぞとばかり面白おかしく書き立てていた。挙句に王立経済誌ですら政治的な問題として王室対騎士団、そして対教会の三竦みの状態を内紛状態と騒ぎ立てる始末で、人々は教会と王室の動向を注視した。

「まぁ、あれだけ堂々とキングスガーデンで非公式ながら婚約宣言なさったら王室も教会も認めざる終えませんけどね」

「はぁ。見に行きたかったわ」

「あの方に殺されるわよ?」

「でしょうね」

 何故教会はこれ程までに王室や騎士団と対立しているのか。それは神力の行使を許された教会の力は政治への介入や国策にも口を出せる程強く、神の威を盾に存続している彼等は自身を神の依代、代弁者と驕っているからに他ならない。王室や騎士団も教会の反感を買えば神罰を教会が神々に上申する可能性もありそれを恐れ強く出れなかった事も彼等の自尊心を増長させた要因でもあった。また、これまで騎士団は王室の傘下にあった様な物だが、教会権威の前ではそれすらも意味を成さず、彼等は顎で使うかの様に扱われ騎士団員達の不満は募っていた。そんな中でフロリアと言う存在の出現、フェルダーン家への養子縁組は騎士団のみならず平民の間でも吉事として喜ばれていて、悲運の聖騎士と呼ばれたハリィ•トルソンとの婚約は神の齎した慈悲だと人々は歓喜した。

「ですが私はトルソン師団長とフロリア様の御婚約が本当に嬉しいわ」

「あらなぜ?」

「私の婚約者が第3騎士団にいますの」

「まぁ!」

「これまで何度……死線に送り込まれたか分からない程なんです。それに忘れもしませんわ、8年前の魔力奉納事件」

「8年前のって……」

「えぇ、騎士団の勢力を削ぐために騎士団員の魔力を強制奉納させたあの事件……そのせいで彼との婚約が1度ご破算になりましたの」

「あったわね。でも、その原因って」

「えぇ、陛下の魔力無き世界の創造という馬鹿げた夢の所為ですわ。神具を使い国境の加護を消してしまったから……そのお陰で魔獣が辺境を襲うわ気候がおかしくなるわで、尻拭いをさせられた騎士団が可哀想で。それに、私の妹は皇女に使えて左手が使えなくなるまで打たれて……心に傷も負って、未だに家から出れないでいるんです」

「はぁ……貴女、良くこの仕事続けたわね」

「ある意味復讐でした。どう考えてもトルソン師団長があの方を大切にすることは無いって思いましたし、落ちぶれるあの方を側で見てやりたいと思ったんです」

「……貴女も浄化してきたら?」

「ふふ、あの姿を側で見ていると負の感情が湧かないんです。生死を彷徨っていた彼の姿を思い出しながらお仕えしましたら……なんと言うか笑えて。偉そうに身分を盾にしながらも、見下していた名無しの夫に縋らなければ生きていけないのだと思うと」

「歪んでるわね貴女も」

「誰にも理解できないかも知れないけれど、婚約者の彼と私は幼馴染で……親の決めた許嫁では無く私達で結んだ婚約だったんです。フェリラーデ神の祝福を得た、正真正銘のご縁でした」

「成程ねぇ。愛する人を苦しめた王室と教会の落ちぶれる姿が見たい、と言うことね?」

「えぇ。なのでトルソン師団長とフロリア様との御婚約がつつが無くご成婚の運びとなるのを願っていますわ」

「大丈夫でしょ。あの方が王族である事を盾にしても今更誰も動きはしないわ」

 侍女達は冷めた目で未だ浄化の終わらぬ主人マリーナの見窄らしい背中を見つめた。そう、王族に仕える彼女達でさえ、これまでに王室や教会が神の名を使い行って来た独善的な政策の被害者であった。それ故にフロリアの婚約を新たなる希望と彼等は受け止めていた。

 たっぷりと2時間掛けて浄化を行なったマリーナ。彼女は金貨の入った袋を助祭に投げ渡すとよろよろと壁をつたい侍女の元へと歩いた。だが侍女達はその体を支える事もせず祈祷の間の入り口の扉へと歩くとチラリと振り返るだけだった。

「ふざけた真似してくれるじゃない。覚えてなさいっ!帰ったら鞭打ちしてやるわっ」

 そう荒ぶっていても、長年の汚染された魔力による障害が彼女の自由を奪い始めていた。手足に力は入らず、思考が纏まらない。そして何に対しての不満なのかも分からない感情がマリーナを蝕んでいた。

「お嬢様、大公領門が閉まるまでに戻らなくてはなりませんからお急ぎ下さい」

「っ!」

「私達は馬車でお待ちしております」

 その言葉にマリーナは目を見開き、侍女が主人を置いて先に行く?ふざけている。そう憤慨したが彼女達は振り返りもせずにさっさと祈祷の間を出て行ってしまった。もたつく足、思う様に支えられない脆くなった体を動かしながらマリーナは唇を噛み締めた。

「全てあの子供の所為!夫を奪った挙句に婚約者候補?笑わせるわ…何がなんでも邪魔してやるわ」

 つい1年前までは瑞々しい果実の様に香り立つ美しさを誇ったマリーナだったが、離婚が成立し家族である国王や王妃からも見放されてからと言う物のその姿は魔法が解けその心根を表すかの様に醜く、醜悪な物へと変わってしまった。だが彼女はその原因から目を逸らし、立ち直る術を見出せずにいる。

「何故……何故私では駄目だったの……ハリィ」

 全ては貴方の為だったじゃない。
貴方を縛る母親を始末してあげて……爵位もあげたわ。そしてこの世で最も高貴な皇女が妻となったのに。貴方は私と目すら合わせてくれなかった。貴方が私を殺そうとした事は本当に憎らしかった、殺してやりたいと思ったわ。でも、この私の初恋よ?手放すわけ無いじゃない!そうよ、手放してなんてやるもんですか!でも、どうやって?王族としての身分は残っても、私には駒が居ない。どうにかして駒を手に入れなくては……太公家は昼行灯の様な者達ばかりで使えないし、母上の一族との連絡手段も無くて協力を仰げない……どうしたら。

「おやおや、リットールナの至宝と謳われた皇女ともあろう方が……今や老婆の様ではないですか」

「なんですって⁉︎」

 忌々しい声。会いたくない男に会うなんてツイてないわね。
この腐れ司教、何故本教会に居るのよ!

「あら、教会の汚点であるデンリー司祭じゃない。何の用よ」

「おやおや、司祭?そんな低位の存在と混同されては困りますね」

「はぁ?何言ってるのよ。オーフェンタール神の怒りを買って堕落の烙印を押された男が司祭を低位と呼べるなんてね。偉くなったじゃない」

 デンリーと呼ばれた女好きしそうな相貌の男はフード付きのマントを被ってはいたが、その妖艶な紫の瞳を細めニヤリと笑いマリーナの耳元に口元を寄せた。

「オーフェンタールなんぞを神と呼ぶとはな。そんなんだからハリィ•トルソンに捨てられるんですよ」

「‼︎」

 ギリギリと奥歯を噛み締め、憎々しい眼差しをデンリーに向けるマリーナ。デンリーはマントの襟を開け首元をチラリとマリーナに見せ囁いた。

「神とは、民を満足させるのが役目でしょう?それを全うせずただ神託と神罰を下すだけの存在をまだ神と敬うのですか?」

「は?何言ってるの貴方……それに、その紋章って!」

「私は全ての元素魔法の使用に成功しました。それに、魔獣の使役もね」

「貴方……魔神にっ!ムグッ!んーー!」

 デンリーはマリーナの口に布を突っ込むと、腹部に拳を叩き込み気絶させた。そしてその体を抱き上げると人混みに紛れ姿を消した。

「ったく!遅いわね」

「全く面倒ばかり掛けるわね……見てくるわ。貴女は馭者に直ぐ発てる様伝えて」

「わかったわ」

 侍女の1人が教会に戻りごった返す人々の中でマリーナを探した。

「まったく!本当に面倒なお方だわ……早く太公領に戻らないとまた大奥様のご機嫌が悪くなるのに!ただでさえお荷物扱いされて私達も肩身が狭いのに」

 祈祷の間の正面、ハカナームト神の彫像の立つ場所にマリーナを案内した助祭がいた。侍女は彼に近付きマリーナの居場所を聞いた。

「え?あなた方と共に帰られたのだと思ったのですが」

 振り返りもマリーナを探す2人。しかしその姿を教会で見つける事はできなかった。
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