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正体

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上原は、表情を変えずに言った。

「そうか。だが、作家なら、創作を生業としている者なら、みんな同じ事を言うんじゃないのかな」
「そうでしょうか」
「さ、もう帰ってくれ!」

須磨子たちを追い返そうとする黒木に、リュウタロウが、口を挟む。 

「何でそうこの人たちを帰らせたがるんですか。・・・社長、まるで何かを隠しているような・・・」
「余計な事を言うな。次の企画で、ふんどし一丁で熱湯風呂に入らせるぞ!」
「それは嫌だ。黙ってます。お口にチャック」

佐々野は、黒木の厳しい視線に耐え切れず、諦め半分で須磨子に提案した。

「仕方ない、須磨子さん、別の所を探しましょう」
「いや・・・間違いない。この人が抱月先生だ」
「何でそんな事がわかる?」
「私は、抱月先生だけを見て、抱月先生だけを愛して来た」
「いい加減に出て行け。警備員を呼ぶぞ」
「先生、どうしてなんです?どうして須磨子の事を見てくれないんです?どうして、正体を隠しているんです?」
「何度も言わせないでくれ。私は島村抱月じゃない!」

上原は、再び懐紙を取り出して、背筋を伸ばし、筆ペンでメモを書きつけ始めた。
それを見て、須磨子が叫んだ。

「抱月先生!」
「?」

須磨子は、上原の書付を奪い取った。

「大切な事を書く時には、先生はいつも立ち上がって、背筋を伸ばして、筆で懐紙に台詞や歌詞を書き付けていらっしゃいました。それにこの筆跡(て)。姿形は違っていても、筆跡(ひっせき)は誤魔化せません」
「書道には、その、流派があって、たまたま筆跡が似てしまうことも、」
「・・・もういい黒木君・・・潮時だろ。正体を明かそう。その通りだ、私が島村抱月だ」
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