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第43話 誕生日おめでとう

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「「「「「「誕生日おめでとうございます!! ヒストリカ様!!」」」」」

 たくさんの声が鼓膜を揺らす。
 間髪入れず、パンパパパンッ!! と空気が弾けたような破裂音がして、ヒストリカはぽかんと呆けてしまった。

 ヒストリカを待ち構えていたかのように並ぶ使用人たちの手には、先ほど盛大に鳴らしたと思われるクラッカー。

 皆一様に明るい笑顔を浮かべて、ヒストリカの登場を拍手で迎えてくれている。

 コリンヌはもちろん、新人の使用人や調理担当のシェフ。
 ぱっと見、屋敷中の使用人が集まっているのではないかと思うほどの人数であった。

「これ、は……」

 突然の事に頭が追いついていないヒストリカが、食堂を見回す。

 いつも食事の時に見ていた、ありふれた光景はそこには無かった。
 キラキラとしていて、楽しそうな空間が広がっていた。

 天井には色とりどりのバルーン。
 壁には花や星を模した飾りが一杯でこれでもかと彩られている。

 広いテーブルにはたくさんの豪華な料理、真ん中には巨大なケーキがどどーんと聳え立っていた。

 ここまでわかりやすいデコレーションをされていて、この空間が何を意図して作られたのかわからない者はいない。

「どう、して……?  だって、誕生日のことは、誰にも……」
「私が教えたんですよ~!」

 ひょこっと出てきたソフィが、にこにこと笑顔で言う。

「勝手な事をしてごめんなさい。でも、私……どうしても、ヒストリカ様の誕生日をお祝いしたくて……」

 その言葉に、合点がいった。

「そう、なのね。気を遣ってくれてありがとう、ソフィ……」
「お礼はエリク様にどうぞ! 言い出しっぺは私ですけど、この会をやろうって決めたのも、企画とか諸々は全てエリク様の考案ですので」
「エリク様が?」

 振り向くと、エリクは頬を掻きながら言った。

「ソフィの言う通り、考えたのは僕ではあるね。ただ、ヒストリカの誕生日を知ったのが三日前だったから、人を呼ぶ時間も無かったし、そこまで盛大なものじゃないけど……なんにせよ、準備が間に合ってよかったよ」

 その言葉で、今日一日エリクが妙にそわそわしていたのも、食堂が閉鎖されていた理由にも合点がいった。 
 全てはこのサプライズの布石だったのだ。

 しかし新たな疑問が頭に浮かぶ。

「でも、どうしてですか……?」
「どうしてって?」
「私の誕生日なんて……別に祝うようなものでも無いですのに」
「普通は、祝うものなんだよ」

 真面目な声で、エリクは言う。

「今まで、誕生日を祝って貰った事が無いってソフィから聞いて、びっくりした。それで、ちゃんと祝ってあげたいって思って、開いたんだ」

 頭が、真っ白になった。

 エルランド家において、自分の誕生日会などというものは時間の無駄で、やる意味のない物だった。
 口に出したら怒られてしまう、誰も笑顔にならない物だと思っていた。

 そんな、 今まで自分の中に深く刻まれていた『普通』が、エリクの言葉によって崩れていく。

 次の語を告げられないヒストリカに、エリクが口を開く。

「本当は日頃の感謝も兼ねた会なんだけどね。本当に、いつもありがとう、それから……」

 穏やかな笑顔を浮かべて、エリクは今この場に一番ふさわしい言葉を紡いだ。



「誕生日おめでとう、ヒストリカ」



 瞬間、ヒストリカの胸に熱が灯った。

 自分が生まれた日を、心から祝福してくれる。
 その事実は、ヒストリカの心を大きく振るわせた。

 ──今度、お屋敷で私のお誕生日会があるのだけれど、来てくれないかしら?
 ──お誕生日会!? いくいくー!
 ──ぜひ参加させてくださいまし!

 他の令嬢たちが口にしていたやりとりを耳にしつつも、誕生日会なんて、自分には関係のない催しだとずっと思い込んでいた。

 でも、憧れがなかったかといえば、嘘になる。

(いいえ、違う……)

 嘘になるどころか、たぶん、とても憧れていた。
 だからこそ、幼きヒストリカは父ベネットに申し出たのだ。

 ──お父様、私も誕生日会をしてみたいです。

って──。

 長い時間が過ぎて。
 今自分は、誕生日会という場所に立っている。

 きらきらしていて、楽しくて、みんな笑顔のこの場所に、立っている。

 自分一人じゃない。
 エリクや、ソフィを初めとしたいつもお世話になっている人たちも一緒だ。

 その現実をゆっくりと噛み締めると、胸底から何かが溢れてきた。

 この屋敷に来てから、エリクに対して何度も抱いていた感情。

 ずっと蓋が閉まっていて、言葉にする事が出来なかったそれは──。


(ああ、そっか……)


 思い出した。


(長い間、忘れていた……この感情は……)



 ──嬉しい、だ──



「ヒストリカ……?」

 ずっと押し黙っているヒストリカに、エリクが焦りを滲ませたような声を掛ける。
 サプライズが気に入らなかったのだろうか、そんな不安げな表情をするエリクに。

「ありがとうございます」

自然と溢れ出た言葉を口にして。

「とても、嬉しいです」

 今まで、誰も見たことのなかった表情を、ヒストリカは浮かべた。

「……ヒストリ、カ?」

あり得ないものを前にしたような声。

 冰の令嬢。
 笑みなき鉄仮面。

 社交界では散々な言われようで、誰もその笑顔を見た事ないと専らの評判だったヒストリカが今、柔らかく微笑んでいる。

 そのあまりも可憐で、愛らしい、絵にして飾りたくなるような笑顔に、エリクは言葉も忘れて見惚れてしまった。

「ヒストリカ様……笑って……」
「可愛い……」

 使用人たちからも戸惑いの声が上がる。

 そこでヒストリカは、ハッとした表情になって尋ねる。
 
「今、私……笑ってました?」

 こくこくと、エリクが頷くと。

「そう、ですか……」

 ふんわりと、口角を持ち上げて。

「案外、悪くないものですね」

 ひだまりに照らされた雪が溶けたような微笑みを、再び浮かべるのであった。
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