無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】

青季 ふゆ

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第41話 彼女が欲しいものとは①

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 誕生日。
 それは、歳を重ねた者へ祝いの言葉と共にプレゼントを贈るもの。
 という認識で、合ってるだろうか?
 
 あの日、図書カードの申込用紙から彼女の誕生日を知った。

 その事を、彼女には話していない。
 偶発的に得た個人情報についてこちらから切り出すのも変な話だと思ったから。

 なにはともあれ、僕は彼女に贈り物をするかどうか決断しなければならなかった。

 とは言うものの、果たして彼女は誕生日プレゼントを贈ってよい相手なのだろうか。

 そもそも誕生日プレゼントって、どのくらいの関係値の人に贈るものなんだろう。
 恋人とかにはそりゃ贈るだろうが、友達には?
 同僚には贈るのだろうか。

 あの日、図書館から帰ったあと、僕はゴーグル先生に助けを求めた。
 某サイトのアンケートによると、恋人や家族、仲の良い友人にはたいてい贈っていて、あまり関わりのない友人にはほぼ贈らない、同僚には仕事上のマナーとして贈る場合も多いとのこと。

 ふーん、なるほど。
 って、納得している場合ではない。
 
 世間一般的な常識に照らし合わせると、彼女は誕生日プレゼントを贈呈するべき相手と考えるのが妥当だろう。

 という論理的根拠に基づいて判断をしたものの、思えば彼女は毎日のように夕食を振舞ってくれ、僕の健康に多大な貢献をもたらしてくれている。
 誕生日に対する祝いの気持ちはもちろんだけど、日頃の感謝の気持ちとして贈るほうが適切なように思えた。
 淡白な僕の中にもひとつまみの感謝心が残っていたようで、安心する。

 ただ贈るとして、一つ大きな懸念事項があった。

「なに贈ればいいんだ」

 11月12日の火曜日。
 彼女の誕生日まで4日となった今日、僕はデスクで表情を曇らせていた。

 ネットで情報を収集しているとはいえ、いざ何を贈るかとなるとなかなか結論が下せないでいる。
 それはひとえに自身の優柔普段さと、これまで他人に誕生日プレゼントを渡したことのない経験値の少なさが要因だ。

「よーっ、どうした兄弟、浮かない顔をして」

 肩を叩かれ顔向けると、涼介がへらへらとワイドショーを見るような笑みを浮かべて立っていた。
 歌舞伎町でキャッチに絡まれたような気分になる。

「兄弟になったつもりはないんだけど」
「そうツレないこと言うなってー。どうした、なんか悩みでもあんのか?」
「あったとしても言わない」
「もしかして、お隣のJKちゃんになにか贈り物をしようとして悩んでるとか?」
「怖いんだけど」

 おそらく、先ほどの呟きから推測したんだろう。
 驚きを通り越して恐怖すら感じた。

「誕生日なんだ」
「ほう!」

 面白いネタを見つけたと言わんばかりに目を輝かせる涼介。

「それで、なにを贈ればいいのかわからないと」

 涼介はあらかた事情を把握したらしい。

「いつなん、誕生日?」
「今週の土曜」
「うお、あと4日。候補は絞り込めたのか?」
「さっぱり。ネットで調べたりはしてるけど、いまいちしっくり来なくて」
「そりゃまずいな。JKちゃん、好きなものとかねえの?」
「食べることが好き」
「それ以外は?」

 押し黙る僕に、涼介はダメだこりゃと両手のひらを上に向けて首を振るジェスチャーをした。
 僕も僕で、彼女の趣向に関する情報を全くといって持っていない事に一抹の驚きを覚える。
 
「涼介は彼女さんに、なにプレゼントするの?」

 聞くと、涼介はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張って、スラスラと答えはじめた。

「多いのはアクセサリーとかペアグッズとか! あ、あと、デズニーのペアチケットとか買ったことあるな! 志乃さんめちゃくちゃ喜んでくれるから贈り甲斐があってさー、この前も……」
「長くなりそうだから止めようか」
 
 別に惚気話を聞きたいわけではない。

「で、どうだ? なんか使えそうか?」
「んー、僕と彼女との関係値じゃ、ちょっと大仰すぎるね」
「そうかー」

 腕を組んでふむふむと頷く涼介が、さらなる懸念事項を口にする。

「しかも相手は17だろ? 今時の女子高生らの趣向は流石にわからんしなー」
「タピオカのキーホルダーとか」
「正気か?」

 涼介が真顔になった。
 そんなにダメだろうか。
 イロモノ好きな彼女のことだから、大いに受けそうな気がするのだが。

 もらって嬉しいかと聞かれれば、微妙か。
 
「多分この手のプレゼントは大きく二種類に分かれると思うんだよ」

 涼介が人差し指と中指を立てて言う。
 その口調には、妙な説得力があった。

「ほう、その心は」
「真心がこもってる系のやつか、実用的なやつか」
「なるほど」
「あ、金かかってるやつとかは、また別系統だから今回は割愛な」

 言わんとしていることはわかった。
 
「JKちゃん、どっちが喜びそうとかわかる?」
「僕が実用的なほうを好むから、多分真心がこもっている系」
「どういうこと?」
「こっちの話」

 流石の涼介も、先の発言の意味はわかりかねたらしい。
 僕はささやかな優越感に浸る。

「まあいいや。じゃあ前者でなんか作れそうか?」
「例えば?」
「手作り料理とか、一緒に撮った写真でアルバム作るとか……」
「うーん」

 料理に関しては圧倒的な実力差があるし、アルバムに至ってはツーショットはおろか、彼女の写真すらない。

「ちょっと厳しいかな」
「だろうな」
「どういう意味」
「こっちの話だ」
「まあ、僕に真心を込めたものが作れるかどうかで言えば、微妙かもしれない」
「ちっ、わかってたか」
「今僕のこと間接的にディスったよね?」

 ニタニタと含みのある笑みを浮かべた涼介が背中をパンッと叩いてきた。
 涼介なりのスキンシップなんだろう。
 お返しのつもりで一発小突き返しておく。
 彼はへらへら笑っていた。
 僕は真顔だった。

「でもまあ! 詰まるところなんでもいい、というパターンもありえるぞ」
「というと?」

 贈り物に対するハードルがとても低いということだろうか?

「確かに、プレゼントの価格や実用性、どれだけ気持ちが入っているかに重きを置く女性は世に多い」

 でもな、と逆接を置いた後、涼介にしては珍しく、軽くない声色で言った。

「その人が一生懸命考えてくれたものならなんだって嬉しい、って思う子も結構いると思う」

 『その人が一生懸命考えてくれたもの』
 頭の中で、反芻する。
 彼の言葉にしては稀有なことに、するりと腹落ちした。

「そしてお前の話を聞いている限り、JKちゃんはそのフシがある気がする」
「根拠は?」

 聞くと、涼介はニヤリと笑って、立てた親指をこちらに向けて言った。

「勘!!」

 僕は即座に彼の親指を握って、反対側にギリギリと折り曲げてやった。
 
「いででで! ギブギブ!」

 離してやると、涼介は親指にふーふーと息を吹きかけ「ひでえよぉ」と蚊の鳴くような声をあげていた。
 僕の非力な握力なんてたかが知れているのに、大袈裟にもほどがある。

「まあ、話半分に聞いておくよ」

 とはいえ、勘の鋭い涼介のことだ。
 おそらく、なにかしら直感めいた根拠があるのだろう。

 涼介は笑顔に戻り「おう!」と元気の良い返事をした。
 さらに付け加える。

「まー、そこまで気負いせず、お前が納得できるもんをあげればいいと思うぞ、俺は!」

 言われて、それでいいような気もしてきた。
 涼介の言った通り、よっぽど変なものをチョイスしない限り、彼女は受け入れてくれるように思えた。

 とはいえちゃんと贈るなら、しっかりと意味と根拠のあるモノを贈呈したい、という気持ちは大きいままであった。

「ありがとう、参考になった」
「おいすおいす! 応援してる、ぞっ!」

 また、背中を叩かれる。
 今度は小突き返さなかった。
 
「進捗あったらまた教えてくれよなー」

 二カッと笑って、涼介は自分のデスクに戻って行く。
 
 一人になると、先ほどより気が楽になっていることに気づいた。
 
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