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第43話 わからないのなら彼女の知り合いに

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「悩んでるみたいね」

 仕事中、奥村さんが急に切り出してきた。

「涼介に聞いたんですか?」

 聞くと、見目麗しい上司は満面のスマイルを浮かべた。

 奴め、漏らしおったな。
 一瞬、舌を打ちたくなるような衝動に駆られるも、知られて困るものでも無いので溜飲を下げてやる。

 昨日から引き続き考えてはいるものの、まだ納得のいくプレゼントは決まってない。
 この際だから意見を仰ごうと聞いてみた。

「奥村さん、プレゼントのご経験は?」

 仕事が恋人という奥村さんも、このレベルの容姿だと相当モテたに違いない。
 涼介とは違った、女性目線の解が得られるだろう。
 という目論見を抱いていたが、

「へっ? 私?」

 奥村さんは授業中、答えられない問題をピンポイントで当てられたような反応をした。

「はい、奥村さんです」
「あ、あーっ、私ね? うんうん、プレゼントね。そりゃあ私だって、昔は甘酸っぱい青春の一つや二つ経験してるから、多少は?」

 胸の前で両手をわちゃわちゃさせて言う奥村さんに、僕は冷静にツッコミを入れる。

「あの、別に恋愛感情を持った相手に限定してないんですけど」
 
 ピタッと、奥村さんの動きが止まる。

「むしろ、そこそこの友達相手というか」

 コホンと咳き込みし、表情を素早く戻して言った。

「それならいい方法があるわ!」

 急に元気になった奥村さんに、思わずたじろぐ。
 ツッコむのはまずい気がしたので、僕はそのまま耳を傾けた。

「相手に直接聞けばいいのよ、誕生日プレゼント何欲しいかって」

 脳天に電流が走った。
 盲点だった。
 確かに、言われてみればそうだ。
 わからないなら、聞けば良い。
 社会人の基本だ。

 そうすれば僕もこんなに悩む必要もなく、彼女が訳のわからないプレゼントを渡されるリスクも激減する。
 合理的に考えれば良いことづくめだ。

 ……しかし、あまり気が進まないというか、実行しようとする気が起きなかった。
 内部から湧いた出所不明の感情が、そうさせていた。

 その感情は、僕が経験したどれにも当てはまっていない。
 
 なんだろう、これ。
 
「すみません。ちょっと今回は、相手に秘密で渡したいと思っていまして」

 考えてもわからなそうだったので、とりあえず回答を口にする。
 奥村さんはパッと表情に花を咲かせた。

「そっか、サプライズしたいんだ」
「いや、そういうわけには」
「粋なことをするわねえ」

 隅に置けないと言わんばかりに、奥村さんが肩肘で小突いてきた。
 そんなポップな理由では無いのだけれど、反論する気も起きなかった。

「サプライズを仕掛けるとなると、当然だけど直接聞くのは厳禁よねー」
 
 むむむと腕を組んだ後、奥村さんはすぐに豆電球を頭上に光らせた。

「本人じゃ駄目なら、本人の友達に聞けば良いんじゃない?」
「あー」

 確かに、それはとても賢い方法に思えた。

 しかし、その提案には弱点がある。
 前提として、僕と彼女とでは立場もコミュニティも違う。
 だから結果として、彼女の友人を僕が知ってるわけ……。

 ……ん?

 頭の中で複雑な回路が繋がったような感覚。
 気づけば僕は、口を動かしていた。

「すみません、今日少し早く上がって良いですか?」
「別に構わないけど、どうして?」

 首をかしげる上司に、僕は端的に告げた。

「書店に寄る用事ができました」


◇◇◇


 先日遭遇したのは確か、この時間帯だった。

 入店後、時間を確認して記憶を整理する。
 本を買う、下見する以外で店に訪れるのは初めてで、見慣れたはずの空間がどこか奇妙なものに映った。
 
 目的の人物はいるだろうか。
 毎日来ているわけでも無いと思うから、半ば賭けに近い。

 僕に連絡先を交換するスキルがあれば、こんなに苦労しなかったのだろう。
 少しだけ、自分のコミュニケーション能力の低さを後悔した。

 お馴染みの店内を足早に歩きながら首を回す。
 いつもの小説コーナーに入ったところで、足が止まった。

 ──いた。

 お風呂上がり、暖かい部屋でパジャマを着たような気持ちになる。
 ようするに、安堵した。

 小柄な体躯。
 短く切り揃えた栗色の髪。
 風船みたいに膨らんだパンダのリュック。

 眠たそうな表情で、お目当の少女は文庫本を立ち読みしていた。

「あの」

 声をかけると、少女──親友さんはゆったりとした動作で首をこちらに向けた。
 眠たそうな瞳が、わずかに見開かれる。

「望月、さん?」

 本を開いたまま、親友さんは小首を傾げた。
 そして、不思議そうに訊いてきた。

「走ってきたんですか?」
「え?」

 今度は僕か首を傾げる番だった。

「息、上がってません?」

 言われて気づいた。
 心なしか、体温が上昇していて、じんわりと背中が汗ばんでいた。

 無意識に焦りを感じていた事に、僕は一抹の驚きを覚えた。

 一度、深く息を吸う。
 紙とインクの匂いを肺に満たしてから、改めて切り出す。
 
「君に、用があって来た」
「私にです?」

 親友さんの表情がわずかに強張った。
 僕が無表情で言うもんだから、なにかシリアスな話だと思われたのだろう。

「ごめん、えっと、そんな真面目な話じゃ無いんだけど」

 先日は親友さんの方から話を広げてくれて、それに受け答える形で良かった。
 思えば、彼女とのやりとりもそうだ。
 基本僕が聞き役で、受け答え役。

 ゆえに、自分から話を広げるとなると、途端に言葉が出ずらくなる。

「誕生日プレゼント、買おうと思ってて」

 言うと、親友さんがきょとんとした。
 しまった、省きすぎたか。

「えっと、あの子の好きなものとか、よくわからなくて。君なら、わかるかなって」

 地雷原を歩くように、一言一言を慎重に発する。
 己の会話能力の拙さに愕然としていると、親友さんはふふっと口に手を当てた。

「なあんだ、そういうことでしたか」

 親友さんの表情に、ふわふわと柔らかい笑みが浮かぶ。
 文庫本を棚に戻し、親友さんは一つ提案してきた。

「ここで立ち話もあれなので、向かいのカフェに行きませんか?」
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