無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】

青季 ふゆ

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第44話 『気づき』

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 書店の向かいのカフェにやって来た。
 都内であればどこにでも見かける、オーソドックスなチェーン店。

 二人分の注文を終え、会計を済ます。
 各々注文の品を持って、店外からは見えない奥のテーブル席に腰掛けた。

「やー、重かったです」

 パンダのリュックを脇に置いて、親友さんがふいーっと息をつく。

「やけに膨らんでるけど、何が入ってるの?」
「主に教科書ですねー。私、普段は全部学校に置いてるタイプなんです」
「ああ、確かにいたねそういう人」
「明日もテストなんで、今日一気に持って帰ろうかなと」
「そういえばテスト期間中か」
「ひよりん情報です?」
「うん」
「ですよねー。あっ、ひよりん、ああ見えてすごく成績良いの知ってました?」
「嘘でしょ」

 わずか一時間足らずで集中力を欠く彼女が?

「天才タイプか」
「や、努力家だと思いますよー。授業中は凄く集中してますし、ノートもとてもわかりやすいように纏められてます」
「へえ」

 それは意外な一面だと思った。
 コミュニケーション能力に長けている彼女は、なんでもそつなくこなす器用タイプだと思っていたから、なおさら。

「ご馳走していただいて、ありがとうございます」

 ぺこりと、親友さんが行儀よくお辞儀する。

「いいよ、そんな畏まらないで。相談に乗ってもらうのは僕の方だし」
「それではいただきます」
「そこは先に食べるんかい」
「畏まらなくて良いと仰ったので」

 独特のマイペースっぷりに既視感を感じる。
 やはり、類は友を呼ぶのだろうか。

 親友さんの注文の品は、コーヒーフローズンに生クリームとストロベリーソースをたっぷり乗せた糖質パラダイス。
 何カロリーくらいあるんだ?
 気になってさっき調べたら、ひとつで一食分のカロリーを誇るらしい。
 その小さな身体が受け入れられるのか、少し心配になった。

「はぁーむ」

 生クリームをスプーンですくい頬張った瞬間、親友さんの半開きだった瞳が大きく見開かれる。

「おーいひい」
 
 スプーンを口に咥えたまま、親友さんは感動の言葉を口にした。
 そのぽわぽわとした表情は心底幸せそうで、今にも弾けてしまいそうだ。
 はむはむと一心不乱にフローズンを食べ進める親友さん。
 生クリームとストロベリーソスが次々と小さな口に運ばれてゆく光景を見て、こっちが胸焼けしてきた。

 中和のつもりでブラックコーヒーを啜る。
 目を閉じ、カフェインの苦味と奥ゆかしさを堪能した。
 
「うん、美味しい」

 チェーン店と言って侮ることなかれ。
 ここのカフェのコーヒーは非常にこだわられている。
 このコーヒーをすすりながら楽しむ読書は最高ではないだろうか。

 なんてことを考えていると、不意にスプーンの音が消えた。

「美味しかったです、ご馳走様でした」
「嘘でしょ」

 魔法かと思った。
 空っぽになったカップを目にし、唖然とする。
 再度デジャヴを覚えた。
 
「あ、私のことはお気になさらず。黙って見てますので、引き続きコーヒーをご堪能ください」
「いや、きつい」
「ですか。でしたら私はこの辺でお暇しましょうか」
「いや、冗談もきつい」
「はい、冗談です」

 親友さんがにっこりと笑う。

「なんか、さっきと表情が違うね」
「お腹が空くと、頭がぼーっとして目がとろんってなっちゃうのです」
「なるほど」
「今は補充したんで、魂が帰って来たはずです」
「死んでたみたいに言うね」

 とりあえずカップを受け皿に置き、親友さんに向き直る。
 改めて見ると、親友さんは随分と整った顔立ちをしていた。
 庇護欲を掻き立てられる小動物系というやつだろうか。
 身体の小ささも合わさってお人形さんみたいだ。

「それで、プレゼントの件なんだけど……」
「ひよりんの誕生日になにを買ってあげたらいいかわからない、だから友達である私に聞きに来た、って感じですかね?」
「話が早くて助かる」

 糖分の効果なのか、それとも親友さんが元々頭の回転が早いのか。
 どちらにせよ、論理的な会話ができるタイプのようだ。

「それにしてもひよりん、望月さんに誕生日のこと言ったんですね」
「いや、言ってない」
「ふむん?」

 ぼやっと間の抜けた声を発する親友さんに、僕は事の経緯を説明した。
 親友さんは終始、ふんふんと興味深そうに耳を傾けてくれていた。

「なるほどお、把握です」
「なによりだ」
「ひよりんもうっかりさんですね。そこが可愛いのですけど」

 肩頬に手を当て、緩みきった表情で言う親友さん。
 ペットショップでハムスターを眺める女の子みたいだった。

「でも、事前に知れてよかったですね」
「結果論としては、そうかもしれない」
「あの子、望月さんには誕生日のこと言わない方向にしてたみたいだったので」
「そうなのか」

 なぜ。
 気になったが、小心者の僕は尋ねることができなかった。

「なんにせよ、喜ぶと思いますよー」
「ちゃんとしたものを贈ればね」

 そのためには、彼女が喜ぶ最低ラインの品を用意しなければならない。

「ちなみにさ」

 ふと気になって、僕は尋ねる。

「プレゼント決めるのに、どれくらいかかった?」
「んー、1時間くらい?」
「1時間」

 驚嘆する。
 僕は5日経っても決まらないと言うのに。

「どうやったらそんなに早くチョイスできるんだ」
「んーーー、ひよりんがわかりやすいっていうのもあると思うんですけど」

 ふっと優しい笑顔を浮かべ、言葉を大切に抱えるようにして、親友さんは言った。

「プレゼントを渡したい相手が、過去に笑った瞬間とか、嬉しそうにした瞬間とか、そういうのを思い出せば、すんなりと決まるんですよね」

 その言葉は、僕に例えようのない衝撃をもたらした。
 彼女が笑った顔、嬉しそうにする顔が、決して数は多くないけれど、脳裏に次々と溢れ出す。

「まあ、私はひよりんと学校でずっと一緒ですからねー。だからだと思いますけど」

 言って、親友さんはくすくすと笑う。
 
「てなわけで、ひよりんの好みくらいお見通しなのです。例えばひよりんは……」
「ごめん、待って」
「ふむん?」

 僕は、自分でも驚く行動を取っていた。

 手のひらを前に差し出した僕に、親友さんが不思議そうにする。
 理性と切り離された口が、非常に合理的でない言葉を発した。

「やっぱり、教えなくて良い」

 流石に予想外だったのだろう。
 親友さんが、狐に包まれたようにぽかんとした。

「いいんですか?」

 親友さんが、再度確かめるように尋ねる。
 宿題の解答を見たくなるような気持ちを抑えて、僕はゆっくりと首を縦に振った。

「差し支えなければ、理由を教えてくれませんか?」

 静かな口調で訊かれて、まだ頭の中で完全に形取られてない言葉のパーツを組み合わせる。

「今はもう聞かなくても、わかるような気がする」

 先ほどの親友さんの言葉がヒントだった。
 僕は間違っていた。
 考え方を、調べ方を。

「時間使わせちゃってごめん。やっぱり、自分で選んでみる」

 頭を下げる。
 親友さんの顔は見れない。
 どんな表情をしているか、少し気になった。

 くすりと、小さな笑い声が鼓膜に響く。

「望月さんがその方がいいと思うのなら、それでいいと思います」

 面をあげる。
 親友さんは、笑っていた。
 まるで、僕の心を見透かしているかのように。

「ごめん」
「いえいえー。大きな悩みは解消されたようなので、私は満足ですよー」
 
 以前、彼女が言っていた。
 親友さんは、人の気持ちがわかる優しい子だと。
 
 なんとなく、その意味がわかったような気がした。

「あ、ごめん。最後に、ひとつお願いがあるんだけど」
「今日話したことは、ひよりんには言いませんよ?」
「助かる」

 ぬるくなったコーヒーを一気にすすって、席を立とうとする。

「もう帰るんですか?」
「話、終わったし」
「せっかくだから雑談していきましょうよー」
「僕と話しても面白くないと思うよ」
「大丈夫です。今で十分面白いですし」

 親友さんがくふふと笑う。
 気使われてるんだなと思いつつも、時間を割いてくれた手前、無下にするわけにもいかない。

 座り直したあとは、中身のない雑談に興じた。
 好きな小説のこととか、学校での彼女の事とか。

 前者は予想以上に親友さんが読書家だと言うことが明かされ、後者は予想通りのだった。
 
 他人とのコミュニケーションが苦手な僕にしては、珍しく苦痛に感じなかった。

 親友さんの会話の展開が上手なのか、それとも……。

 気がつくと、それなりに時間が経過していた。
 店内は、会社帰りのサラリーマンやOL率が高くなってきている。

「そろそろ帰りましょうか」

 親友さんが、スマホで時間を確認して言う。

「そうだね」

 僕も帰らないと、夕食を作って待ってる彼女にどやされてしまう。

 さっき来たRINEによると、今晩はトンテキらしい。  
 一気にお腹が空いてきた。

 いそいそと自分のリュックを持ち上げる。

「貴方で良かったです」

 なんの脈絡もなく、親友さんが空気に言葉を乗せた。

 親友さんは、触れたら柔らかそうな笑顔を浮かべていた。

 どういう意味?
 尋ねようとすると、親友さんはスマホをポケットから取り出し僕の眼前に掲げた。

「RINE、交換しましょ?」
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