無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】

青季 ふゆ

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第86話 日和とお出かけ

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 土曜日、午前11時過ぎ。
 今日は「一緒にお出かけしたい!」という日和の要望により新宿に来ていた。

 駅でいうと西側の大通り。
 歌舞伎町のある東側に比べると落ち着いた人通りの中、日和と一緒に歩く。

 ふんふんと鼻唄を奏でながら軽い足取りで先導する日和に、尋ねる。

「本当に、ラーメンでいいの?」

 僕の問いに、日和は一瞬きょとりとした後すぐ、

「いいの!」

 にんまり笑って大きく頷いた。

「焼肉とかお寿司とかでも、全然良かったのに」
「あや、もしかしてそういう気分だった?」
「提案されたら行く、くらいの気分だった」
「なるほ! じゃあ、ラーメンは好き?」
「大好きだけど」
「じゃあ問題ナッスィング!」

 わざとらしいイントネーションを駆使する日和は気分上々なご様子。
 一方の僕は釈然としない心持ちだった。

 今日のお出かけには、いつもお世話になっている日和への恩返しという趣旨も含まれている。
 僕としては、それなりの遠出と金銭の構えをしていたのだけれど、

『まずはラーメンランチだね!』

 訪問してきて早々、日和がそう高らかに宣言してきて面食らった。
 ラーメンでいいの?
 というのが僕の率直な感想だったが、とはいえ特に反論する要素も無く後ろを付いて行ってる。

「値段の高さと幸福度は必ずしも一致しないのだよ治くん」

 僕の心中を読み取ったのか。
 日和がくるりとこちらを向き、人差し指を立てて言う。
 元気無さげな冬の太陽にも分けてあげたいくらい、エネルギーに満ち溢れた笑顔。

「幸福度とか、僕みたいなこと言うね」 

 ふと気づいて口にすると、日和はハッとしたように一瞬動きを止めたかと思えば、

「言われてみれば確かに!」

 溌剌とした言葉と共にずいっと顔を近づけてきて、ふにゃりと表情を綻ばせた。

「私も、治くんに影響されちゃったのかな?」
「なんで嬉しそうなの。というか、前にもこのやり取りしたよね」

 日和はぬふふんと意味深げな表情を浮かべ、背伸びしてさらに顔を近づけてくる。
 異常なほど整った顔立ち、宝石箱のように爛々と輝く瞳、甘い香り。

 思わず、視線を逸らす。

「こーらー、なに目逸らしてんのー」

 ずいっと頬を両手で掴まれ、元の角度に戻される。
 空気に晒され冷たくなっていたためか、日和の手のひらはやけに暖かく感じた。
 しかしなぜかすぐ、その温度を感じなくなる。

「わっ、なんか顔熱くない?」
「日和の手が冷たいんでしょ」
「そんなことないよー。治くんにもらったカイロでぬくぬくしてたし」
「ちょっと古いカイロを渡しちゃったかもしれないね」
「今日の朝、袋から出してなかったっけ」
「意外と短いんだね、カイロの寿命って」
「パッケージに『効きめ長持ち!』 って書いてあったよー」

 ついに返答に窮する。

「ふふっ、かーわいい」

 まるで、僕が困っている姿を楽しむような声。
 もう許してほしいという意思表示のつもりで苦い表情を浮かべると、日和は小悪魔っぽい笑顔を残して解放してくれた。

「とにかく大丈夫! いろいろ考えたけど、私は今日、治くんとラーメン屋に行きたい気分だったの」

 会話の舵を戻した日和が弾んだ調子で言う。

「……まあ、日和がそれでいいなら、いいけど」
「いいのだよいいのだよー」

 ぱっと笑ってくるりと回る日和。
 今日も今日とて、ふらふらと落ち着きのない動作をしているものの、足の向かう先に迷いは感じられない。

「楽しみだなー」
「そんなに有名なお店なの?」
「うん! 関東には結構支店があるお店!」
「チェーン店なんだ」
「ふっふっふ。チェーンといって侮ることなかれよ」
「東京って多いよね。チェーンなのにやけに美味しい居酒屋とか、ラーメン屋とか」

 地元ではあまり縁のない価値観だ。

「ちなみに、なんてお店?」

 尋ねると、日和は何やらよからぬ笑みを浮かべた、ような気がした。
 脳裏を「嫌な予感」が掠める。

「ふふっ、着いてからのお楽しみ!」

 勿体つけられて、予感が深まる。

「……やばいお店じゃないよね?」
「全然やばくないよー。連日、長蛇の行列ができる人気店だよ!」
「ほう」

 それならまあ、大丈夫なのか?
 むしろ経験上、行列の長さと味には相関性があると思っているので、むしろ期待すら沸いた。

 どんな美味しいラーメンを食べられるのだろうと、胸を小躍りさせていると、

「治くんは絶対に知ってるよ!」

 急に変化球を投げられて、首を傾げる。

「なんか言ってたっけ僕」
「うん! なんなら、一緒に行こうねーって約束もした」
「ちょっと待って、それってまさか」
「そろそろ着くよ! ほら、あそこ」

 指差された先には、日和の言った通り長蛇の列が形成されていた。
 そのほとんどが男性客で、女性の気配は少ない。
 列に近づくにつれ、目にピリリと刺激が走った。

「来てる来てる、赤い悪魔の気配が」

 ラスボスを前に武者震いをする勇者みたいな日和。
 一方の僕はお店の看板を確認して、ああ、やっぱりかと天を仰いだ。

 先ほどの小躍りから一転、胸に暗雲が立ち込める。
 例えるならそう、おもちゃ屋に行くと聞いていたのにインフルエンザの予防接種に連れてこられた子供のような心持ち。

 年季の入った看板に刻まれた文字は、「モー子タンメン上本」

 都内を中心に約20店舗を展開する、激辛ラーメン専門店の名であった。

「そういえば……約束したね」
「あーっ、その反応、もしや忘れてたな?」
「いや、覚えてはいたけど、自分から行く気にはなれないお店だったから」
「だと思った。だから今日、行くならここしかないなーって!」

 ふふんと得意げに胸を張る日和に、恐る恐る尋ねる。

「僕、死なないよね?」
「そんな大袈裟な」

 神妙な顔つきな僕と、あははっと可笑しそうに笑う日和。
 僕からすると笑い事ではない。

「大丈夫! 約束通り、ちゃんと1辛にしてあげるから」
「確か10段階まであるんだっけ?」
「そそ!」
「ふむ……」
「とりあえず並ぼうよ!」

 やけに急く日和に腕をぐいっと引かれても抵抗しなかったのは、10段階中の1なら大丈夫かという楽観と、今日は日和のしたいようにするという腹決めがあったから。

 どちらにせよ、30分後の僕は心底後悔することになる。

 この時、全力で首を横に振るべきだったと。
 いや、振らないにせよ、しっかりとこのお店のことを事前リサーチして、システムを理解しておくべきだったと。

 そうすればきっと……あんな悲劇は起こらなかっただろうに。
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