上 下
103 / 125

第102話 日和とデート②

しおりを挟む

 アクーアシティでランチを終え、次なる目的地を目指す。
 その道中、日和の足取りは羽のように軽やかだった。

 ふんふんと陽気な鼻歌を口ずさみ、手の振り幅もいつもより広い。

「そんなに気に入った?」
「うん、とっても!」

 髪が空中に取り残されるほど勢いよく頷く日和。

「ボリューム満点で、味も私好みだった! 今まで食べて来たパスタの中でもトップ3に入るかな!」

 表情筋をこれでもかと楽しませる日和を見て、心の中でグッと拳を握る。
 お台場中の飲食店をスプレッドシートでリスト化し、日和が喜びそうな店をセレクトした甲斐があった。

「何より想像を超えたビジュアルが良かった!」
「ああ確かに。僕はてっきり、赤い悪魔の再臨かと思って身構えたよ」
「あははっ、確かに!」

 背中を丸め、お腹を抱える日和。
 日和がまた、赤い悪魔を討伐しに行こうとか言い出さないか心配になる。

「治くんはどうだった?」

 訊かれて、間を置かず答える。

「とても美味しかったよ。事前に調べた時から良さげだなーとは思ってたんだけど、軽く期待を超えてきた」
「ふふっ、それは良かった」

 言ってから、日和は笑顔をより深くして僕の側に寄ってきた。
 ゆらゆらと、身体を左右に揺らしながら。

「嬉しそうだね」
「うん、お陰様で」

 なにが嬉しいんだろう、という疑問は浮かばなかった。
 僕もランチに満足したことに対し、日和は嬉しいと感じているのだろう。

 ……なるほど、そういうことか。

 頭の中でパズルがカチリとハマる音。
 
 心の中で、涼介に礼を贈った。

「次はどこいくのー?」
「行けばわかる」
「おっ、着いてからのお楽しみってやつだね、楽しみ!」
「だから、ハードルを、上げないでって」

 以前なら煩わしさを感じていた無生産なやりとりも、今となってはどこか心地よい。
 頭を空っぽにして会話するのも、案外悪くないと思った。

 るんるんと身体の周りで♪マークを揺らす日和を率いて、10分ほど足を前に進める。

 次なる目的地に近づくにつれて、日和の笑顔の輝きに光が増してきた。

「ああーー!! ここ、知ってる!」

 外観だけ見るなら巨大な倉庫感のある施設を、日和がビシビシと指差す。

「チームレボじゃん!」
「正解」

 僕は口の端をほんの少しだけ上げた。

 『チームレボ』とは、最新テクノロジーを活用したシステムやデジタルコンテンツの制作会社のことだ。
 そしてこの施設は、チームレボが運営するデジタルアートミュージアム──ざっくり言うと、最新技術を駆使した光の美術館である。

 今までにない表現方法やその規模感の大きさが話題を呼び、今や都内に収まらず全国的にも知名度を獲得しているとのこと。

 ……主に、デートスポットとして、よく挙げられるとかなんとか。

 がしっ。
 手を掴まれた。
 
 顔を上げる。
 今日の晴れ模様がもっと明るくなったような笑顔が目の前にあった。

「早く行こ!」

 頭の重心が前に倒れそうなくらい強く引かれる。
 日和のエンジンに負けないよう、僕も懸命に足を前に出した。


◇◇◇


「わあああーー!! きれーーー!!」

 全てを包み込んでしまいそうなほどの歓声があがる。
 その言葉が物語っている通り、今、僕たちの目の前には壮大な光景が広がっていた。

 床にも壁にも天井にも、赤青黄紫ピンクと挙げきれない程の数の『色』と『光』が、まるで生き物のように動き回っている。
 『光』のひとつひとつをよく見ると、それは花の形をしていたり、イチョウの形をしていたりと、全て意味のある形を成していた。
 それらの小さな色光の集合体が、無数に集まることによって息を呑むほどのスペクタクルを演出している。

 大自然を息吹を連想させる音楽も相まって、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだみたいだった。

「すごいすごいすごーい!」

 光と色の空間の中、いたく興奮した様子の日和が両手を広げ、僕の周りをくるくると動き回っている。
 薄暗くて表情はよく見えない。
 でも多分、周りの光に負けないくらいキラキラしているんだろうと推測する。

「こんなに凄い光景、初めてだよ!」
「それは良かった」

 興奮気味に鼻を鳴らす日和に、僕も弾んだ調子で返す。 
 こうもわかりやすく喜んでくれると、こっちまで嬉しい気持ちになる。

 うん、嬉しい。
 楽しんでくれて良かったと、胸に温かい気持ちが宿った。

「なんかとってもいい匂いする!」
「確かに、アロマ感あるよね」
「ね! 音楽もすっごく雰囲気に合ってるし、まさに五感に訴えてくるって感じ!」
「裸足だから、感触も直に伝わってくるしね」
「確かに!」

 ぺたぺたと、日和は感触を確かめるように足を鳴らした。

 この美術館はユニークなことに、入り口で裸足になる仕様になっている。
 というのもこの美術館には、床一面に『水』が張られているエリアがあるのだ。
 
「面白いよねー、このシステム!」
「体験型だと、印象に残っていいよね」
「うん! どこかしら身体動かしてるほうが、アクティブで好き!」
「アクティブ過ぎると、水エリアでずぶ濡れになるよ」
「そこはちゃんと自重する!」
「説得力皆無だね」
「大丈夫、私がこけそうになっても、治くんがきっと支えてくれる!」
「他力本願の極みな件」

 息を吐く。
 悪い息ではない。

「まあでも、そうなった時には、なんとかするよ」

 言うと、日和は一瞬ピタリと動作を止めた後、僕のすぐ目の前までやってきた。
 ちょうどそのタイミングで、一陣の光が日和の面持ちを照らす。

「えへへ」

 ふにゃりと力の抜けきった心底嬉しそうな笑顔が、すぐそばに現れた。
 息が詰まりそうになる。

「どうしたの」
「なんでもなーい」

 またくるくると、日和は軽快に身を回す。

「さっ、早く水いこ、水!」
「プールじゃないんだから」

 ぐいぐいと日和に手を引かれ、この美術館のメインエリアである『光』と『水』の空間に足を踏み入れた。
しおりを挟む

処理中です...