無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】

青季 ふゆ

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第104話 日和とデート④

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 チームレボで五感を楽しませた後は、映画館でも五感をワクワクさせた。

 アクーアシティ内にあるユニテッド・シネマは、『4D-X』という体感型のスクリーンを搭載していて、座席が動いたり、前から風が吹いて来たり、場面に合わせて匂いが変わったりと、通常の映画館では味わえない体験をさせてくれるのだ。

 上映中、日和は4D-Xが提供する様々なからくりに終始興奮を露わにしていた。

 座席が震えると自分も震えて「おおおっっ」
 前から温風が吹くと口を開けて「ああああ温かいー」
 花園のシーンで甘い匂いが漂ってくると「むっ、これはチューリップの香り!」
 
 他のお客さんもいるので最小限の声量に留めていただけど、心底楽しんでいる様子が伺えた。

 映画を終えた後はカフェに行き、いつもの感想会を開催した。
 作品内容についてはさることながら、人生初体験の4D-Xについても日和は大いに賞賛していた。
 両手を大仰に広げて「凄かった!」「いい匂いだった!」「また行きたい!」と、その仕草はまるで子供のよう。

 再び、僕は心の中で拳を握った。

 感想会の後はゲームセンターへ。

 レジャー施設とあってゲームセンターもかなりの規模感で、日和はまるで映画中に抑えていた興奮を発散するかのように様々なゲームに手を出した。
 
 僕もそれに付き合う形で、エアホッケーでバトッたり、バスケットボールゲームで得点を競い合ったり、メダルゲーム100円分からどれだけ増やせるか勝負したり。

 あれ、バトルしかしてない。
 日和曰く、「勝負した方がアツい」とのことで、基本的になにかしら競い合っていた。

 これまで人とロクに関わってこなかった僕にとって、誰かとゲームで競い合うという体験は新鮮で楽しいものだった。
 日和の言葉の通り、随所で柄にもなく熱くなるくらいに。

「よーし、ラストはUFOキャッチャーで勝負だね!」

 ゲームセンターの喧騒に負けない一声で、UFOキャッチャーコーナーへ。
 フィギュアやスナック菓子やら用途不明な雑貨やら、様々なライナップの台が並んでいる中。

 ぴたりと、日和が一台の台の前で足を止めた。
 次の瞬きの後には「ほわわあ」と目を輝かせ、日和はガラス越しに両掌と額をくっつけた。

 その台の獲得賞品は……『もふもふニャン子のぬいぐるみ』

「治くん、このもふもふ獲ろう!」
「ほんと好きだね」
「そりゃあ、もふもふは愛してやまない主義だから!」

 えへんと胸を張り、腰に手を当てる日和。
 その様子を微笑ましい気持ちで眺めていて、思い起こす。

 そういえば、僕が誕生日にあげたぬいぐるみ。
 名前をつけていたと日和は言っていたが、結局なんだったんだろう。
 曰く乙女の秘密のひとつらしいが、そろそろ聞いたら教えてくれるかもしれない。

「ねえ」
「よし! じゃあ、先行私ね!」

 僕のか弱い声がけは喧騒にかき消されて、代わりに日和のゴングが響いた。

 まあ、次思い出した時に聞けば良いか。
 大人しく、日和のプレイを見守る。

 プロレスをするわけでもないのに腰を落とし、台に両手をつける日和。
 大きく息を吐いたあと、台には100円を、自身には気合を入れて、準備は万端。

「こういうのは私みたいに、フィーリングの強い者に勝利の女神はやってくるのだよ」
「すんごい負けフラグ立ってるけど、大丈夫?」

 にんやりと、もうすでに勝ち確とでも言いたげな日和に冷静なツッコミを進呈する。

「まあ、見てなさいって」

 ういーん、ういーん、がしっ。

「よしきた!」

 ぽとり。

「あー!」

 ここまで予想通りの光景。

「さっきのは練習! 次こそは!」

 がしっ、ぽとり。

「もっかい、もっかいだけ! なんとしてでも、もふもふニャン子をこの手に」
「勝負どこいった」

 続けざまにちゃりんちゃりんして、3回分のコインを投入。

「ふふふ……さすがにこれだけ資金を投入すれば……」

 結果は以下の通りである。

 ぽとり。
 ぽとり。
 ぽとり。

「うわーん! もふもふニャン子強いよー!」

 潤ませた瞳をこちらに向け、台をびしびし指出す日和。
 よくそんなコントみたいな光景を一人で繰り広げられるものだと、感心する。

「UFOキャッチャーは貯金箱であると、偉い人はよく言ったものだね」
「うう……いけると思ったんだけどなあ……」

 その根拠のない自信は本当に、どこから出てくるのだろう。
 
 多分、いつでも、どこからでも出ているのだろう。

 どんな状況でも、逆境でも、前を向き、己を奮い立たせ、大丈夫と言い切るマインド。

 その姿勢を、僕は素直に尊敬していた。

「次! 次は治くん! この台ほんと手強いから、ゲーム会社のたくさん搾り取ってやろうって気配半端ないから、気をつけて!」
「なかなかに夢のないこと言うね」

 とはいえ、僕もただぼんやり日和のコントを鑑賞していたわけではない。

 ぬいぐるみの位置、角度、アームの力、それらの分析はあらかた済んでいた。

 その上で獲得できる確率は……おそらく3%ほど。

 日和の言う通り、バック企業の搾取精神が垣間見える。

 以前の僕なら多分、実行する前に諦めていただろう。
 合理的に考えて取れる確率はこのくらいだから、もし仮に取れたとしてもぬいぐるみの値段的に元は取れない云々。 

 そんな理屈をごねていたに違いない。

 でも、だけど。
 
 ……ここでもふもふニャン子をゲットして見せたら、日和が喜んでくれるだろうか。

 その気持ちが、僕に非合理な選択を取らせた。

 財布から100円玉を取り出し、台に投入。

 集中力をアップさせる、科学的根拠に基づいた深呼吸する。

 息を大きく吸い込みゆっくりと吐くと同時に、神経が、一気に研ぎ澄まされる。
 ピンと張った糸のような緊張感と、全ての機能が脳一点に集中したかのような感覚。

 いつになく真剣な面持ちを浮かべているであろう僕に、日和は「おおっ」と感嘆の声を漏らした。

「頑張って、治くん!」

 日和のエールで、感覚はさらに研ぎ澄まされる。

 大丈夫、僕なら取れる。

 日和がいつもしているように、自分に言い聞かせる。

 根拠のない自信を胸に、人差し指を掲げる。

 そして──。

 がしっ、ういーん、がこん。

「すごおおおおおおおおい!!」

 歓声を上げ、ぱちぱちと手を叩く日和。

「すごい、すごいよ治くん!! 一発で取れるなんて!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、興奮を最高値にした日和にバシバシと肩を叩かれながら、ほっと胸を撫で下ろす。
 張り詰めた糸が緩み、全身からぶわっと汗が吹き出た。

 確かに、成功率は3%くらいだった。
 ただそれは、並の集中力で行なった際の確率だ。
 
 針の穴に、その穴と同じくらいのサイズの糸を一発で通すほどの集中力を発揮すればあるいはと思って、賭けた。
 多分いろんな運要素が絡んだんだろうけど、結果としては商品をゲットできた。
 諦めず、根拠のない自信に従って全身全霊を込めた事が、その結果へと導いてくれた。

 改めて手の物になったもふもふニャン子。
「いいなー」と、羨望の視線を投げかけてくる日和に、そのまま差し出す。

「あげる」
「えっ、いいの?」
「うん」
「でも……」
「僕は他に、違うものが手に入ったから」
「違うもの?」
「根拠のない自信に従えば、成功率が低くてもうまくいく事があるという、成功体験」

 僕の言葉に日和は首を傾げた。
 日和にとっては当たり前のことだから、それが僕にとってどれだけ価値のあることなのか、ピンと来ていないんだろう。

 だから、違うアプローチをかける。

「そもそもこれは……日和に喜んで欲しくて、とったものだから」

 言うと、日和は「~~!?」と言語になってない声を出した後、顔を伏せて、ぼそりと小さく一言。

「……また不意打ち」
「え?」
「なんでもない!」

 バッと顔が上げられる。
 もともと血色の良かった肌に、さらなる血液が集合している。

 その表情のまま、日和がおずおずと両手を差し出してきて、僅かに上擦った声を溢す。

「それじゃあ……いーい?」
「う、うん」

 僕の手からぬいぐるみが離れる。
 ぬいぐるみはドッチボールくらいの大きさで、両手で抱えるにはちょうどよいサイズ感だった。

 それをまるで我が子を抱え込むようにぎゅうぅっと、日和は大事そうに抱きしめた。
 口角を限界まであげて、目を愛おしそうに細め、身体を左右に揺らす日和。
 慈愛に満ちた表情を浮かべ、頬をぬいぐるみに擦り寄せる日和は溢れんばかりの笑顔を弾かせた。

 その表情を目にしてしまうと、息が詰まりそうになる。

 でも、改めて思った。

 この笑顔が見れて良かった。
 頑張って良かった、と。

 胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 ……ちなみにこの日のために、UFOキャッチャーの様々な攻略法をインプットし、仕事帰りのゲームセンターで練習に励んでいたのは自分だけの秘密である。
 昨日ようやくコツが掴めて獲得した、メルヘンでプリティーな戦利品が部屋で発見されないか心配だ。

「じゃあ、次行こっか」
「うん!」

 勢いよく頷く日和に、手を差し出す。

 僕の手に日和は、なんの迷いもなく自身の掌を重ねた。
 

 
 ──時刻は着々と、『その時』に向けて進んでいた。



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