あなたが浮気できるのは私のおかげだと理解していますか?

たくみ

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48.拳骨

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 あまりにもの高額が職場から消え失せる事態に魂が抜けそうな賭場の従業員たち。

 だがこれで帰ってくれるだろう。というよりもはよ帰れ。

 皆の心は一つだった。

「じゃあ次は今勝ったものとこれも足して賭けようかしら」

 その言葉と同時にじいや登場。そして卓の上にどんと置かれたのは大量の金貨が入った袋だ。

「「「なっ!?」」」

「まだやるのか!?もうここでやめておこうエリーゼ。これだけあれば高価で綺麗なアクセサリーがいつくか買えるぞ。負けたら全てぱあだ」

「まあお兄様なんのご冗談ですの?せっかく勝っておりますのに。イカサマ無き今私負ける気がしませんの」

「うん、わかるぞ。本当にお前は我が家の天使であり、女神の如き幸運の持ち主だ。だがな、運とはどこで見放されるかわからないもので……要するに負けるかもしれないからやめておけ!勿体ない!」

「まあ!お父様から散々賭け事はおやめになるように言われたのにまだここに来ているお兄様に言われるなんて……。ほほほ、ちゃんちゃら可笑しいですわ」

「エ、エリーゼェ」

 泣きそうな顔の兄にエリーゼは笑うばかりだ。

 だが更に泣きそうなのは従業員たちだ。兄君よ負けるかもしれないことが問題ではないでしょう?そんな大金を再び賭けられたらここは破産だ。

 そうなったら自分たちは解雇というクビだけではすまない。物理的に首チョンパ、運が良くてもフルボッコ、身売り、臓器売り等々、地獄へ真っしぐらだ。

 モリソンはそういう男だ。

 今のこの状況をなんとかできるのも、なんとかすべきなのも彼で、今モリソンはどんな顔をしているのか…………

 っていない。

 は?どこに行った?

 逃げた?

 え?は?何で?何から?

 モリソンがいないことに気づいた従業員たちは大パニック。その場は騒然となる。

「モリソンなら先程血相変えて出ていったわよ」

 でしょうね。ここにいないということはそういうことだ。

 いやいやいやいや、どうすれば良いのだ。

「さあ次の勝負といきましょう?」

「え!?あ……その、これだけ大きな額を賭けるとなるとオーナーの許可を得ないと……」

 もうこの言い訳で逃れるしかない。

「モリソンが不在の時だって運営しているでしょう?じゃあ彼の次に偉いのは?店長かしら?いないの?」

 エリーゼのその言葉に一人を除く従業員が同じ方向を見る。

「ばっ……なっ…………な」

 え、バナナ?何でここでバナナ?エリーゼは首を傾げる。

 当然視線を向けられた男はバナナなんて言っていない。

『馬鹿、なんで、こっち見んな』

 だ。

 店長は焦っていた。オーナー不在でこれ以上は無理で通せば良かったのに。店長なんて、長なんてつくものが出てしまったらそいつが判断すればいいって思われるだろうが。

 こいつらは馬鹿なのか。

 なんでそんな機転が利かないのか。

 たくさんの視線が突き刺さる中、何よりも強烈なのは宝石の如く美しい青色の瞳。美しく、力強く、逆らうことを許さないその瞳。

 だが彼女の要望を跳ね除けねば自分含めここにいる従業員は最悪の道を辿ることに――。

 顔も身体も汗なのかなんなのかよくわからないが、ぐしゃぐしゃだ。

 目眩がする。

 あ、そうか気絶、気絶をしてしまおう。

 床に身体をぶつけたら痛そうだがとりあえずこの頭痛から早鐘を打つ心臓痛からは逃れられる。

 覚悟を決めた店長がふらりと床に倒れ込もうとした時

 バンッ!

 と扉を思いっきり開け放たれる音がしたかと思ったら

 数秒後エリーゼが頭を押さえ蹲っていた。

「いったぁい!酷いお父様!こんのクソ馬鹿力!」

「何が酷いだ、このバカ娘!」

「はあ?お父様がお兄様について行けって言ったんでしょ!?」

「ついて行けとは行ったが、お前までギャンブルをしてどうする!やめさせる為に行ったやつがやってどうする馬鹿者!」

「勝ってるんだからいいじゃない!お兄様だってもうやらないって言ってたわよ!目的は達成よ!」

「そんなバカ勝ちドリームを見せてどうする!?やめるわけないだろう!?」

 父の言葉にくい、と軽く顎を上げてあれを見よと示すエリーゼ。なんだと訝しげに公爵が振り向いた先には顔を引き攣らせた我が息子とその他友人。

 彼らは参ったと言わんばかりに両手を上げる。

「父上もうギャンブルはやらないよ。自分の運の無さを実感したぜ。それになんかこえーよ」

 あ……なんかエリーゼの規格外の行動が功を奏したようだ。納得はいかないが。

「お父様も納得されたようですし」

「待て、納得はしていない」

「さあ次の勝負に参りましょう?」
 
 いやいやいやいやそれはない。

 周囲の者は無言でブンブンと横に顔を振る。

 この帝国で誰もが恐れる公爵……彼女にとっては父親ではあるのだが、そんな者の拳骨を食らいながらもまだ続けようとするエリーゼのその根性にはもう畏怖さえ感じる。それに反抗期と言える時期、父親嫌い、言う事聞きたくない、その気持ちも理解できる。



 だが……
 
 だが、

 だが!

 怒れる大魔王と化した目の前の公爵の顔を見てほしい。

「こんのバカ娘がーーーーーーーーー!」


 再びエリーゼの脳天を拳骨が襲った。
 

 

 
 
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