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26. 来客

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 晴れ渡る青い空。ヒルデは両腕を上げ、うーんと伸びをしたあとに空を見上げる。朝日がさんさんと降り注ぎ、手のひらを空に向けて目に当たる光を遮る。

「今日もいい天気ね~」

 絶好の洗濯日和、朝食はミランダさんが作ると言っていたから、掃除して……そういえば雨漏りしてたから天気が良いうちに屋根の修理をして。そういえば坊ちゃまから熊と鹿を仕留めたいから付いてきて欲しいと言われていたわね。あと、伯爵の家に税の支払い、ついでに盗賊の討伐願いも出てたから詳細を情報収集してこようかしら…なにか他にもやることはあったかしら………。今日も彼女はとても忙しい。

「ヒルデ、おはよう」

「おはようこざいます、坊ちゃま」

「今日は熊と鹿絶対に狩るぞ!ジオがもうすぐ誕生日だからな、あいつ熊と鹿大好物なんだよ」

「心得ております」

 もうすぐジオの誕生日だった。毎年トーマスは熊と鹿を狩り、手料理を振る舞っていた。ちょっと命の危険はあるが、材料費ほぼ0円。貧乏貴族に紳士に渡すようなプレゼントを買う余裕はなし。無理をすればいけるかもしれないが、そんなことをした日にはジオから長時間に及ぶお説教コースが待っている。食って終わるくらいでよし!と考えるトーマス。
 ちなみにジオからの誕生日プレゼントは甘党のトーマスの為に少々お高めの大きなケーキだったりする。食べて思い出だけ心に残す。それが二人のお互いに対する思いやりだった。

~~~~~

 無事に熊と鹿を仕留めた二人。センサーでもついているのかヒルデが言う方向に行くと獲物がいたので、短時間で狩りは終わった。屋敷に戻ったヒルデは屋根に登り修理をしていた。トーマスは近くの地面に直に座り、その様子を眺めながらだべっていた。

「それにしても…お前が王宮から帰ってきて1ヶ月経ったな。あれから何かあったわけでもなし…おとがめもなし…監視されてる様子もなし…これで、お前がここにいても特に問題はなし(?)……」

 安心したよ、とほっとした表情を浮かべる。

「左様でございますよ、坊ちゃま。王とは自分の国を守るべきものです。私が何をしようと自国に何か悪影響がなければ放置にございますよ」

 トーマスを安心させようと微笑むヒルデ。

「………ちょっと待て。その言い方は何かするつもりか?」

 表情とは裏腹に聞き流せないことを聞いた気がする。

「人間生きていれば何かしらするものでございます。少なくとも呼吸はしているでしょう」

「確かに」

 確実になにかしでかすつもりだ。だが、深く聞いたところではぐらかされるだけ。彼女はからかってくることはあるが、真面目な話しにおいて嘘はつかない。本当のことを言うわけでもないが…。聞き方がうまければおそらく聞き出せるのだと思う。でも自分にはそんな頭ないし、と諦めていた。それに彼女が自分たちに害になることをするとは思えなかった。

「そういえば坊ちゃま。この前サラ様が恋人が欲しい~と言ってましたよ」

 サラ様とは花屋の看板娘で小柄でピンク色の髪の毛をしたほわほわとした綿菓子みたいな女の子である。平民なので様付けは不要だが、もしかしたら男爵夫人になるかもしれないからと様付けしている。というのもトーマスが淡い恋心を抱いている相手だから。
 
 だが今のところやっていることといえば花を買うことのみ。会話もなかなかうじうじしていて、うまく話せないのが現状だった。代わりにヒルデが花屋によく行き仲良くなっていた。

「そっ、そうか…じゃあ、今は恋人いないんだな」

 嬉しそうに頬を赤らめている。

「というわけでもっと積極的にいきましょうよ~。言い方は悪いですが、相手は平民。坊ちゃまは貧乏だけど貴族ですよ。平民が貴族に見初められるなんて夢があるじゃないですか」

「……なんで目ぇ合わせない、なんで遠い目してるんだ…絶対に思ってないだろ」

 言葉とは裏腹に遠くを見ている。思ってもいないことを言っているのがバレバレだ。

「いや、実際に平民が貴族に見初められるっていうのは、シンデレラストーリーだと思いますよ。良いことばかりじゃありませんけどね。礼儀作法とか姑、小姑のいびりとか、周りの貴族から平民が!と罵られるとか。実際には色々あるわけですが多くの平民の方はそういうことには目を逸らし、パーティや宝石、ドレスなど貴族婦人になって夢見る人は多いみたいですよ」

 実際は苦労することの方が多いと思っているが、なぜか人は夢見てしまうものである。冷静になれば気づきそうなものたが。

「それは、ある程度金持ってる貴族対象だろ。うちみたいな平民並の家はその対象じゃないだろ。………それに、俺の見た目がこんなだし………」

 少し気落ちする。トーマスは身体を鍛えるのが好きだし、自分の筋肉に自信もある。でも、貴族っぽいかといわれるとちょっとビミョーである。スマートさが無いというのか……猟師とか言われたほうがピンとくる。ほんのちょこっと小さくなったように見えるトーマスをじっと見るヒルデ。

「大丈夫です、坊ちゃま。坊ちゃまは甲斐性なしではございません。ちゃんと男爵の手当もあり、他のド貧乏貴族よりもしっかり稼いでいらっしゃいます。ただ、屋敷や土地の維持費にお金がかかっているだけです。見た目も、ひょろひょろよりもたくましい方が良いではありませんか。大事な人を守ることができる証拠です。ただ少し脳にも筋肉がついているのが残念なだけです」

「それのどこが大丈夫なんだ?」

 ヒルデの言う貴族の嫌味とかは男爵家に嫁いだとしてもないに等しいだろう。領地、役職なしの貧乏男爵と付き合っていこうと思う貴族なんてほとんどいないに等しい。ジオとレイラだけは例外だが…。王宮にあがるわけでもなし、どこかのパーティに呼ばれることもほとんどなし。むしろうちの知名度0に近くない?というレベルなので、平民が嫁いできても大丈夫ではある。

 ただ、金がない…。そこが一番の問題……いや、大問題だと言える。そこさえクリアすれば、トーマスはもてるとヒルデは思う。ちょっと筋肉隆々すぎるような気もするが、顔はまあまあいいし、男爵。平民からすれば高嶺の花だ。にも関わらず彼は非常にお人好しで親しみやすい、お得な物件である。………が、本人がそれに気付いていないのが残念な点である。敏いんだか、鈍いんだか…と考えていると………

「あら坊ちゃま、噂をすれば………ですよ。噂をすれば現れるんでしょうか……これからは頻繁に噂することにしましょうか」

 からかうようにニヤニヤと笑っている。

「はっ?お前は何訳のわからないことを言ってるんだ?」

 返事をしないヒルデの代わりかのように後ろから遠慮がちに声がかけられた。

「すみません…トーマス様」

 この声は………サラさん!?そういうことか、とヒルデを睨むもののニヤニヤと笑っている。恋心を抱いている相手が話しかけてくれたことでトーマスも一瞬ニヤけてしまう。なんとか顔を引き締める。かっこよく見られたいのが男心というもの。さっと振り返る。

「こんにちは、サラさん」

 振り返ると同時にサラの後ろにいる人物を見て固まる。

「坊ちゃま?坊ちゃま!?坊ちゃま!!おのれメデューサ!」

「誰がメデューサだ」

 サラの後ろにいた銀髪の超絶美貌を誇る男から低音の美声が呆れたように発せられた。何がメデューサだ。さらさらヘアーじゃないか……と思いつつ、なんとか声を出す

「サ、サッ…サラ…さん………後ろのハンサムさんは一体?もしかして、彼氏を紹介しに来たのか………?」

 振り返った先にいたのは美貌の男性と顔を真っ赤にして、緊張でブルブル震えるサラだった。トーマスは彼氏なのかと泣くのをこらえて、ブルブル体を震わせている。先程ヒルデが彼氏はいないと言っていたのに……。

「サ、サッ…サラ…さん………の彼氏ではないと思いますよ。彼には麗しの妻がおりますので」

 トーマスとは別の意味でブルブル体を震わせている。すなわち笑いをこらえている。

「はっ?じゃあ、浮気か?不倫か?サラさんを不倫相手にするとは許せん!」

「あらっ…震えていらっしゃると思ったら、彼の美貌ではなく、失恋のショックで震えていらしたんですね………珍しい光景に私もビックリにございます」

 手を口に軽くあて、珍しい珍獣を見るように自分の主を見ている。

「お前は何をそんなに悠長にしているんだ!サラさんが!サラさんが!色男にたぶらかされ……………ん?お前知り合いか?」

 ショックやら怒りやらで顔を青くしたり白くしたり赤くしたりしていたが、シュンっと顔色がいつも通りに戻る。やっと頭が正常に働くようになったようだ。

「はい。名前だけならほとんどの人が知っていると思いますよ。我が国の黒獅子団のキール将軍ですよ」

 さらりと言うヒルデに理解が追いつかない。

「ん?黒獅子?普通に人間だろう?」

「ボケですか?将軍だと言っているでしょう」

「将軍?この国の公爵家出身にしてその強さから団の何にちなんで黒獅子と呼ばれる?」

 ヒルデが黙ってコクンと頷く。そんな彼らのやり取りを聞いて自分の存在をやっと認識したと悟った美形男は

「キールだ。ヨロシク」

 彼は将軍だというのにトーマスに向かい気軽に握手をするため手を出しながら、軽く口元を引き上げて笑った。


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