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騎士考える
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「つまりなんだな? 俺と貴様がやっちゃえばいいのか? つまりその──」
「ちがうちがうちがうっ」
私はぶんぶん首を振った。脱出ゲームだってそんな無茶ぶりないだろ。
「こんなのただの落書きでしょ。前の仲介業者が物件撮影の際に、ネタで置いてったのよきっと」
あれ? レインズにこれから載せるのに、他社から広告掲載の承諾書なんて来てたのかしら……。
じゃあ社長か田沢さんの悪ふざけ?
「これは?」
騎士が別のメモ用紙を拾う。
「『私に真の愛を見せてほしい』」
真の愛! ぷはっ、と笑っていた。どこのくだらんロマンチストなやつが置いて行ったのか。
こんなの内見の前にお客様に見つかったら大変だわ。私はクシャクシャにして全部ポケットに入れた。なんの嫌がらせなんだか。
「ふむ、これは魔女のアレだな」
騎士は顎に手をやり考える。
「サバトをやれってことだな」
サバト! なんか聞いたことある、エロエロエッサイムみたいなやつでしょ?
「なんかニュアンスは伝わったがその通りだ。悪魔崇拝者の女どもが男をたぶらかして姦淫にふけるのよ。貴様、俺の精気を吸い取るつもりであろう? 先程ハロウィンの集まりがどーのこーの言っていたが、つまり、その……俺の〇〇〇をピーしたり」
なんか言葉が不明瞭になった!?
「しないし、そういう意味じゃないでしょう?」
男はチュニックから何か取り出す。褐色の模様のあるちょい厚手の……紙?
「読んでみろ」
「読めないわよ、何語よコレ」
「ペテン語だ」
「ラテン語じゃなくて!?」
突如、私はうわっと叫んでいた。文字が言葉になって頭に流れ込む。思わず声に出して読み上げていた。
「『屋敷の扉は、愛し合う男女の結合の儀式により開かれる』」
「女、ペテン語も読めるのか、学があるな。魔女は無学で教養が無いというから、お前は魔女ではないのかもしれん」
私は彼の話を聞いていなかった。頭に流れ込んでくる翻訳が気持ち悪い。
読めないはずの文字が読めたのも、微妙に彼の口の動きと聞こえてくる言葉がずれているように感じるのも──映画の吹き替え版を見ている感じ──なんか気持ち悪い。
私は見たくもないけれど、彼の股間を指差した。
「その股袋、なんていうんだっけ?」
「え? ああ特注のコッドピースのことか。用を足すときは裂けめから俺の騎士がコンニチワする仕様になっているんだ」
後半は聞こえてなかった。ヘンリー八世の画像が浮かんだ。
こ、これってもしかして、私は英語表記もドイツ語表記もたまたま知っていたから──玉だけに──二重音声になったってこと?
「で、このコッドピースがなんだって?」
次は、コッドピースに統一された。
おそらく彼は日本語を話しているわけでは無いのだ。英語でもドイツ語でもない。
勝手に彼のナントカ王国の言葉が翻訳されて、私の中に流れ込んできている。でもこの自動音声翻訳機は、たまに迷うらしい。玉だけに。
はは、何言ってるの私。
ばっかみたい。すっかりこの男の設定が刷り込まれてしまっているではないの。
騎士の方も何かブツブツ言っている。
「いくらお前が俺の股間を凝視して俺を誘惑しようとだな、だいたい結合の儀式なんて、魔女とできるわけがあるまい、汚らわしい」
あんたさっき、教養があるから魔女じゃないかも、とか言ってなかった!? あと誘惑しようとなんてしていません!
「もし、そういう意味だとしても『愛し合う男女』じゃないと意味が無いわよ」
私はふぅっとため息をついて座り込んだ。頭がおかしくなりそうだった。
それでも、私たちにはどうすることもできなかったのだ。
二人とも、あちこち歩き回り、調べたり叩いたり叫んだり、けっきょく途方に暮れて座り込み、また立ち上がってフラフラする。
もうずっと、その繰り返しだった。
時間の感覚がおかしいのだろうか。体内時計が明らかに狂っている。
だって、もう三日は経っている感覚なのに、お腹が空かない。それどころか尿意も感じない。
あの衣装箪笥の通路を通って──気持ち悪かったけれど──彼が入って来た方の屋敷にも行ってみたけれど、何度やっても扉も窓も開かないし、外は真っ白で何も見えない。
何回も往復して疲れ切ってしまった。
そこに追い打ちをかけるかのように、変なメッセージをまた見つけてしまう。
ルジェクの屋敷の方だった。ペテン語で書かれているらしいけれど──なんなのよペテン語って──私にもなぜか読める文が書かれた羊皮紙だ。
『二人が愛し合わなければこの呪術は解けぬ。お前たちは愛し合い、体を重ねてこの屋敷の鍵を開け』
私の方の屋敷で見つけたメモも、同じようなことが日本語で書かれていた。こちらはさらに長文だ。
『二人ともよく話し合いなさい。お互いを理解して、恋をしなさい』
お互い文字は読めないのに、言葉は入ってくる。なんとも気持ち悪いし、まず明らかにさっきまで無かったはずの場所。唐突に物が現れるからホラー感満載。
なんだったらこれ仕掛け人がいるんじゃないの、と隠しカメラにも注意した。ドキドキカメラとか、モニターテレビのどっきり番組で、スタッフがこのメッセージを用意している。
このイカれた騎士は仕掛け人の仲間で──と疑ってもみたけれど、ちょいちょい起こるこの変な翻訳機能のようなものが、そうじゃないことを物語っている。
頭の中に直接響くこれは、翻訳アプリでも脳に埋め込まれてないと無理だ。
やはり言わせてもらおう。厨二病みたいで言いたくは無かったが……。
どうやら私たちは、本当に異世界に──お互い──迷い込んでしまったようだ。
「ちがうちがうちがうっ」
私はぶんぶん首を振った。脱出ゲームだってそんな無茶ぶりないだろ。
「こんなのただの落書きでしょ。前の仲介業者が物件撮影の際に、ネタで置いてったのよきっと」
あれ? レインズにこれから載せるのに、他社から広告掲載の承諾書なんて来てたのかしら……。
じゃあ社長か田沢さんの悪ふざけ?
「これは?」
騎士が別のメモ用紙を拾う。
「『私に真の愛を見せてほしい』」
真の愛! ぷはっ、と笑っていた。どこのくだらんロマンチストなやつが置いて行ったのか。
こんなの内見の前にお客様に見つかったら大変だわ。私はクシャクシャにして全部ポケットに入れた。なんの嫌がらせなんだか。
「ふむ、これは魔女のアレだな」
騎士は顎に手をやり考える。
「サバトをやれってことだな」
サバト! なんか聞いたことある、エロエロエッサイムみたいなやつでしょ?
「なんかニュアンスは伝わったがその通りだ。悪魔崇拝者の女どもが男をたぶらかして姦淫にふけるのよ。貴様、俺の精気を吸い取るつもりであろう? 先程ハロウィンの集まりがどーのこーの言っていたが、つまり、その……俺の〇〇〇をピーしたり」
なんか言葉が不明瞭になった!?
「しないし、そういう意味じゃないでしょう?」
男はチュニックから何か取り出す。褐色の模様のあるちょい厚手の……紙?
「読んでみろ」
「読めないわよ、何語よコレ」
「ペテン語だ」
「ラテン語じゃなくて!?」
突如、私はうわっと叫んでいた。文字が言葉になって頭に流れ込む。思わず声に出して読み上げていた。
「『屋敷の扉は、愛し合う男女の結合の儀式により開かれる』」
「女、ペテン語も読めるのか、学があるな。魔女は無学で教養が無いというから、お前は魔女ではないのかもしれん」
私は彼の話を聞いていなかった。頭に流れ込んでくる翻訳が気持ち悪い。
読めないはずの文字が読めたのも、微妙に彼の口の動きと聞こえてくる言葉がずれているように感じるのも──映画の吹き替え版を見ている感じ──なんか気持ち悪い。
私は見たくもないけれど、彼の股間を指差した。
「その股袋、なんていうんだっけ?」
「え? ああ特注のコッドピースのことか。用を足すときは裂けめから俺の騎士がコンニチワする仕様になっているんだ」
後半は聞こえてなかった。ヘンリー八世の画像が浮かんだ。
こ、これってもしかして、私は英語表記もドイツ語表記もたまたま知っていたから──玉だけに──二重音声になったってこと?
「で、このコッドピースがなんだって?」
次は、コッドピースに統一された。
おそらく彼は日本語を話しているわけでは無いのだ。英語でもドイツ語でもない。
勝手に彼のナントカ王国の言葉が翻訳されて、私の中に流れ込んできている。でもこの自動音声翻訳機は、たまに迷うらしい。玉だけに。
はは、何言ってるの私。
ばっかみたい。すっかりこの男の設定が刷り込まれてしまっているではないの。
騎士の方も何かブツブツ言っている。
「いくらお前が俺の股間を凝視して俺を誘惑しようとだな、だいたい結合の儀式なんて、魔女とできるわけがあるまい、汚らわしい」
あんたさっき、教養があるから魔女じゃないかも、とか言ってなかった!? あと誘惑しようとなんてしていません!
「もし、そういう意味だとしても『愛し合う男女』じゃないと意味が無いわよ」
私はふぅっとため息をついて座り込んだ。頭がおかしくなりそうだった。
それでも、私たちにはどうすることもできなかったのだ。
二人とも、あちこち歩き回り、調べたり叩いたり叫んだり、けっきょく途方に暮れて座り込み、また立ち上がってフラフラする。
もうずっと、その繰り返しだった。
時間の感覚がおかしいのだろうか。体内時計が明らかに狂っている。
だって、もう三日は経っている感覚なのに、お腹が空かない。それどころか尿意も感じない。
あの衣装箪笥の通路を通って──気持ち悪かったけれど──彼が入って来た方の屋敷にも行ってみたけれど、何度やっても扉も窓も開かないし、外は真っ白で何も見えない。
何回も往復して疲れ切ってしまった。
そこに追い打ちをかけるかのように、変なメッセージをまた見つけてしまう。
ルジェクの屋敷の方だった。ペテン語で書かれているらしいけれど──なんなのよペテン語って──私にもなぜか読める文が書かれた羊皮紙だ。
『二人が愛し合わなければこの呪術は解けぬ。お前たちは愛し合い、体を重ねてこの屋敷の鍵を開け』
私の方の屋敷で見つけたメモも、同じようなことが日本語で書かれていた。こちらはさらに長文だ。
『二人ともよく話し合いなさい。お互いを理解して、恋をしなさい』
お互い文字は読めないのに、言葉は入ってくる。なんとも気持ち悪いし、まず明らかにさっきまで無かったはずの場所。唐突に物が現れるからホラー感満載。
なんだったらこれ仕掛け人がいるんじゃないの、と隠しカメラにも注意した。ドキドキカメラとか、モニターテレビのどっきり番組で、スタッフがこのメッセージを用意している。
このイカれた騎士は仕掛け人の仲間で──と疑ってもみたけれど、ちょいちょい起こるこの変な翻訳機能のようなものが、そうじゃないことを物語っている。
頭の中に直接響くこれは、翻訳アプリでも脳に埋め込まれてないと無理だ。
やはり言わせてもらおう。厨二病みたいで言いたくは無かったが……。
どうやら私たちは、本当に異世界に──お互い──迷い込んでしまったようだ。
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