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祭りのあと
しおりを挟む「神父さま」
可愛い声に振り返ると、眼鏡の野暮ったい女性がガランとした聖堂の長椅子に座っていた。
すでに閉館時間を過ぎ、職員たちも司祭館に戻ってしまっている。戸締りをしたのはアルフレッド自身なのに、彼女はどこから入って来たのだろう。
この謎の女性は、あの怪しいパーティの後、ミサに来なくなった。もしかしてもう用無しになったのではないかと、内心もやもやしていたのだ。
精気を貰わなければ消滅してしまう、という一人の魔女の言葉を思い出したからだ。あの赤毛の仮面の魔女は、アルフレッドから精気をもらい、満足してしまったのだと、そう諦めていた。
今再び、おずおずと聖堂に現れた女性を見て、やはりあの魔女とは別人なのかな、と自分の推理が揺らぐのを感じた。
いぶかし気に黙ったまま見ていると、眼鏡女は立ち上がって頭を下げる。
「パーティーの日、お誘いしたのに急にいなくなって申し訳ありませんでした」
やっぱり違うのか、とアルフレッドは妙にがっかりした。彼の退魔チンコレーダーは確かに彼女に人ならざるものを感じたのだけれど……ただのストーカー気味の地味な女だったようだ。
「あのパーティー、ちょっといかがわしいというか、あきらかに違法な感じでした。良かったですよ、お帰りになられて」
アルフレッドはそう言うと、彼女を聖堂から出そうとした。明日は結婚式の準備で早いので、今日は16時閉館である。さっさと帰りたかった。
「あの……」
背中を押されて出口の方に追いやられながら、眼鏡の女はまだ何か言いたげに振り返る。
その時、ステンドグラスを通した夕日を浴びて、その眼鏡の奥の瞳が赤くキラッと光った。
アルフレッドは立ち止まる。
「そう言えば、聖堂に入って平気なの?」
「あ、ええ、肌がチリチリ痛いですけど、この前たくさん元気をいただいたので──はっ」
口を押さえる眼鏡女。
カマかけたら素直に引っかかった。
アルフレッドは冷酷に笑い、がっちり女の腕を掴んだ。
「逃がさないよ」
鋭く言い放つ。女の瞳孔がびっくりしたように縮みあがり、腕を振り払おうと藻掻いたかと思うと、その身体がぐぐっと沈んだ。小さくなった!?
目の前の現象に唖然となるアルフレッド。
黒猫になってしまった!
猫は液体とはよく言ったもので、腕の中からすり抜けようとする。
なめるな、こちらとてエクソシストだ! と、アルフレッドは祭服の下から聖水の瓶を取り出してばら撒く。
祈りの言葉を唱えながら。
ちなみに彼は無神論者なので、その祈りの言葉もめちゃくちゃである。だって英語だし。英語しゃべれないし。
要は気の持ちよう。彼が般若心経を唱えながら聖水をばらまいても、逆に祈りの言葉を正確にラテン語で紡ぎながらお小水をばらまいても、おそらくこの黒猫は転倒し、苦しみもがいていただろう。
(やりすぎた)
体を丸めてのたうち回っている猫を抱き上げ、アルフレッドは慌てて聖堂から飛び出していった。
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