アラサー失恋女子、合コンで年下御曹司(25)にロックオンされる〜タワマン25階住みでも、怪しい壺なんて買いません!〜

世界のボボブラ汁(エロル)

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『守護霊? ご先祖さまの?』

 戸惑いつつも、亡くなった祖母を思い浮かべながら聞き返した私に、圭太は笑顔を浮かべて言った。

『なんでもあらへん。まあ、僕がおるさかい、もう要らんやろ。眼鏡は男除けにしといたらええわ』

 祖母の気配はその頃から無くなり、眼鏡はずっとかけている。

 そして今は、圭太もいない。

 そのとき、柳楽くんが私の肩を抱いたまま、さらに一歩、後ろへ下がらせた。

 芋虫もどきがじりじりと近づいてきたからだ。

「へぇ、彼氏さん、なんだろ。無意識に祓うタイプかな? お仕事は?」 
「元彼よ……フリーターって言っていたけど、よく知らないの──いやいやいや、そんなことより、それ! 近づいてきてるってば! ずりずり這ってくる!」
「まあまあ。落ち着いてください」

 落ち着けるか! こんな現実離れしたもの見せられて!

 怖くてたまらず、柳楽くんの言葉なんて耳に入らない。

 肉塊の顔のひとつと目が合った。ぽっかり開いた真っ黒な目が、私を吸い込むように睨んでいる。

「深淵を覗く時、深淵もまた──」なんて言葉が浮かんだ。今なら、まさにそれ。
「ひっ!」 

 人面疽だらけの芋虫が伸び、ぐにゃりと縮んで──跳ね上がった!

「跳んだぁああああ!?」
「おっと」

 柳楽君の力強い腕の中に、引き寄せられていた。

 芋虫は、天井を蹴るようにして、私たちの背後へ回る。

「動きの速い芋虫、いやああああ!」

 反射的に叫ぶ私を、柳楽君は反対側へ押し、下がらせる。

 そして、まるで上司が部下を叱るような口調で言った。

「気を静めて。パニックになると、憑かれます」
「はああ!? 何言ってんの!?」

 あんなに重たそうな体なのに、フットワーク軽すぎる! それが一番怖いんだって!

 ゴキブリだってそう。遅ければ誰もあんなに恐れない! 速いし跳ぶから怖いんだよ!

「これは夢よ夢っ夢ならばどれほどいや夢だってば残業疲れでデスクで寝てるだけ白昼夢よきっとそうでしょうねぇ──っ!?」

 突然、柳楽君に抱きすくめられ、口づけされていた。

 ズキューン、なんて音が耳元で鳴った気がするほど、唐突で激しい。

 目を見開いたまま固まる私の唇を、彼の舌が割って侵入してくる。

 じんわり伝わってくる温もり──思わず目を閉じていた。

 スンッと、心が落ち着いた。

 いや、落ち着いてる場合じゃない。

 なのに、あれ……うわぁ……なんか……気持ちいい……。

 大して親しくもない男性に、舌を弄ばれて嫌なはずなのに、その柔らかさと熱が不思議と安心感を与えてくれた。

 恐怖が和らぎ、代わりに力が湧いてくる。

 ──なにこれ。すごく、変な感じ……でも……しゅてき──

 堪能したのか、柳楽君もようやく唇を離した。

「あか……ねさん……すごいですね」

 潤んだ瞳で、どこか感極まったように見つめてくる。

「キスだけで、眠気も疲労も吹っ飛びました。マムシエキス並みです」

 何の話? 私はとろんとした瞼を持ち上げて彼を見返した。

 すると柳楽くんは小さく息を呑み、私の首筋に鼻を寄せる。

 すんすんと匂いを確かめるように嗅いでから、耳元で静かに囁いた。

「やっぱり……あの合コンは、運命だったんだ」

 切れ長の目が、きらりと光った。

 私はその瞳に吸い込まれそうになる。

 彼が顎をすくい、再び唇を寄せて──ああ……またあの素敵なキス……。

 ズルッズルッ……。

 バカでかい芋虫が、床を這う音が耳をかすめた瞬間、我に返る。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!」

 慌てて柳楽くんの胸を押しとどめた。

 この状況で雰囲気に飲まれるところだった!

 そもそも、今、そういう空気になるわけがない──!

「それどころじゃないよねっ!?」

 柳楽くんは私から視線を逸らし、足元近くまで這ってきた肉塊を見下ろした。

 無言で、ただ見下ろすだけ。

 芋虫の歩みが止まった。

 そして、形を変え始める。

 とんでもないスピードでサナギに、そして──羽化しようとしていた。

「邪魔すんなよ」

 柳楽くんが低く呟く。

 睨みつけるだけで、肉塊──サナギはぶるぶる震え、進化をやめた。

 まるで怯えているかのように。

 低く冷たい声が響く。

「今の俺には、大がかりな術など不要だ」

 柳楽くんの片手のひらには、小さな石が載っていた。壺じゃないんだ……。

「蛇石に入るか、黄泉に戻るか……お前が決めろ」

 それはサナギにかけられた言葉だった。

 無慈悲で、従わなければどんな目に遭うか想像させるだけの、威圧感があった。

 次の瞬間、肌色のサナギはどろっと溶け、しゅーしゅーと蒸発する音を立てながら、完全に消え失せた。

 店内は暗いままだが、おどろおどろしさは消え失せ、清涼な空間に戻っていた。

 ──これなら私でも、夜間巡回できそう。

「お、終わったの?」

 柳楽くんは笑った──いや、笑っているように見えるだけかもしれない。

「瞬殺ってやつです。茜さんはすごい」
「へ? 私?」
「悪霊ポイポイ」

 誉め言葉には聞こえないけど……!?

 腰に回した彼の腕に、力がこもる。

「でも終わりじゃない」

 糸目が思わせぶりに細められた。

「え、まだ何かいるの?」
「茜さんに施した魔除け、一ヶ月経ってもう切れそうなので、かけ直します」

 いやいやいや、お金が……。

 でも、詐欺師じゃないと分かったし……やってもらってもいいかも。

 こういうの、どれくらい取られるんだろう。

 小さい壺が二十五万だからなぁ。ひと月しかもたないのよね? 毎月二万五千円までならギリ払える?

「確かに部屋の居心地、また悪くなってきたけどー……。高額だったら今度は家賃自体が払えなくなるわ」

 柳楽くんは私を階下へエスコートしながら、鼻歌を歌っている。

 この糸目なら、確実に笑顔のはず。エクボもあるし。

 警備室前に来ると、柳楽君は原科君の前でパチンと指を鳴らした。

「終わりました」

 原科君は軽く頭を振り、あれ? 俺寝てたのか、と呟く。

 そして柳楽君の隣にいる私を見て、目を丸くした。

「日下部さん? 業者さんと一緒に行ってたんですか?」

 私が答えるより先に、柳楽君は前に出て退館時間を記入。さらっと原科君に告げた。

「彼女は、俺の大事な人になりましたので。君は手を退いてくださいね」

 眠かった私の目が全開になる。原科君も仰天だ。

「日下部さん、何がどうなってそうなったんすか!?」

 私の気持ちを代弁してくれてありがとう、原科君! 私自身も知りたいわよ!

 原科君の茫然とした視線を背に受けながら、反論しようと口を動かす私の手を柳楽君がそっと取る。  

 そして鼻歌を混じりに、私を駐車場へと連れていった。
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