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第四章
散々な生誕祭(エイベル視点)
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「……え、ええ、その通りよ。『契約お試し彼女』を止めたせいで、あなたのお兄様に女子が襲い掛かってくるの。勉強に支障が出るくらいね。だから私が──」
メイベルは、なぜかしどろもどろの委員長を、キッと睨みつける。
「お兄様からも、今日屋敷にやってくるのは偽恋人だって聞いていたわ。お互いぜんぜん好き合ってないってね」
僕はギクッとなった。少なくとも僕の方は委員長を好きだから、それは嘘になる。
メイベルは僕たちを探るように見ながら、まるで人気推理小説に出てくる刑事のように続けた。
「でもシンディーさんは、それが常套手段なんだって言っていたわ。恋人役を買って出たけど、隙を狙ってお兄様を襲うつもりなんでしょう?」
「違うよ、無礼なことを言うんじゃない!」
メイベルはしつこい。
「どうなのよ? 実際そうなんじゃないの? ずばり、真実はいつも三つか四つあるんじゃないのかね?」
「公爵刑事シャア・ロックの真似はやめたまえ! そんなわけないだろう! ルシールは潔癖な人なんだよ、それが真実だ」
懐疑的な妹に、僕はうんざりしつつも根気よくそう説明した。
メイベルは「でもロック刑事は、最後に必ず『真実なんてクソ喰らえ』って銃を抜いて……」と食い下がる。
一方委員長は目をシパシパ瞬かせながら、明後日の方を見ていた。
なんだ?
やがて彼女は咳払いし──クリームが口元の辺りから飛んだ──ちょっと裏返った声で言う。
「お兄様の言ったことが真実よ。私をよく見て」
メイベルは、生クリームでコーティングされた委員長の顔を長く凝視していられず、顔を背ける。
「だめよ、よく見なさい、メイベルさん」
こわごわ、もう一度顔を見るメイベルに、彼女は一歩近づいて尋ねた。
「これでも、私にお兄様を取られるのが怖い?」
「あ……いえ、あの……別の意味で怖いわ」
満足げに、委員長は頷いた。
「心配はいらないわ。それに、私が傍にいた方がお兄様は安全よ」
メイベルはそれを聞いて納得したようで、素直に謝罪した。
根は悪いやつじゃないんだ。極度のブラコンなだけで……。
「メイベルさんは、寂しいのね。お兄様に好きな人が出来たら、自分を一番に愛してくれなくなるって……」
メイベルはパッと顔を上げた。しかし委員長の真っ白な顔を見てすぐ顔を背ける。自分でやっておきながら怖いらしい。
僕は執事がようやく持ってきてくれた蒸しタオルで、横から彼女の顔を拭いてやる。油分でよけい広がってしまった……。
必死になって委員長の顔を拭いていたその時だ。
「その気持ち、分かるわ。エイベル君が誰かを好きになったら……耐えられないかも」
彼女の口から出た言葉に、メイベルが目を丸くし、僕は耳を疑った。今なんて?
委員長は取り繕うように言い直した。
「だってその恋人に申し訳ないから、話しかけることすら遠慮しなくてはならなくなるわ。寂しいわよね」
メイベルが喚いた。
「わ、わたくしは違うわ! わたくしは妹だもの。お兄様と縁は切れないわ!」
「だったら、よけいにお兄様の幸せを一番に考えなければね」
委員長はメイベルにそう言い聞かせ、僕からタオルを奪ってごしごし顔を拭きだした。
「寂しい時は、私を姉だと思えばいいわ。私は一生結婚しないでしょうから。前から妹がほしかったの」
「真っ白な顔で言われても」とメイベルは言っていたが、まんざらでもない様子だった。
僕は複雑な心境だった。委員長が誰とも結婚しないのは安心だが、それは言い換えれば、僕とも結婚してくれないということだからだ。
「好きな人ができたら、結婚する?」
僕は思わず彼女にそう聞いていた。
委員長はびっくりしたように、僕を見つめた。
長いまつ毛にたっぷりついた生クリームごと、瞼がパチパチ開閉する。
「あら、それはエイベル君でしょ。北方辺境伯の跡継ぎなんだし」
眼鏡を拭いて再び顔にかけたが、やはり油分で元に戻らない。眼鏡はクリーナーで洗わなきゃな。
「私は……好きな人ができたとしても──相手の方が嫌がるもの」
今度は僕がびっくりした。まさか、そんなわけないじゃないか。委員長は自分の魅力を──その素晴らしさを、分かっていないのか!?
僕だったら絶対に……出かかった言葉を、僕は呑み込んでいた。
彼女は、僕のことを好きなわけではない。
くそ……好きになってもらいたい。でもどうやって?
とにかく今は、彼女に付いたケーキのクリームをどうにかしなきゃ。
本当は全部舐めて綺麗にしたかったが、そんなことを言えば好きになってもらえるどころか嫌われてしまうから、彼女にシャワーを使うよう勧めた。
「本当にごめんね、委員長。熱い湯舟につかって、湯冷めしないように温かくして。明日も休みだし、今日は客室に泊まってくれる?」
「でも……」
委員長はメイベルを気遣う。僕がメイベルを血走った目で睨みつけると、彼女は渋々頷いた。
「と、泊まっていっていいわ。わたくしのせいでそうなったようなものなんだし」
ツンと横を向きながら言った妹に、僕は苦々しく思う。いや、ようなもの、どころか君がやったんだぞ、メイベル。
「あなたペチャパイだものね。わたくしの服だと胸元スカスカで無様だと思うの。メイドに下着から何から買ってこさせるわ。制服は学院の事務室で支給されるから大丈夫でしょ?」
「メイベル!」
僕は申し訳なさで涙が出そうだった。さんざんな生誕祭になってしまった。
メイベルは、なぜかしどろもどろの委員長を、キッと睨みつける。
「お兄様からも、今日屋敷にやってくるのは偽恋人だって聞いていたわ。お互いぜんぜん好き合ってないってね」
僕はギクッとなった。少なくとも僕の方は委員長を好きだから、それは嘘になる。
メイベルは僕たちを探るように見ながら、まるで人気推理小説に出てくる刑事のように続けた。
「でもシンディーさんは、それが常套手段なんだって言っていたわ。恋人役を買って出たけど、隙を狙ってお兄様を襲うつもりなんでしょう?」
「違うよ、無礼なことを言うんじゃない!」
メイベルはしつこい。
「どうなのよ? 実際そうなんじゃないの? ずばり、真実はいつも三つか四つあるんじゃないのかね?」
「公爵刑事シャア・ロックの真似はやめたまえ! そんなわけないだろう! ルシールは潔癖な人なんだよ、それが真実だ」
懐疑的な妹に、僕はうんざりしつつも根気よくそう説明した。
メイベルは「でもロック刑事は、最後に必ず『真実なんてクソ喰らえ』って銃を抜いて……」と食い下がる。
一方委員長は目をシパシパ瞬かせながら、明後日の方を見ていた。
なんだ?
やがて彼女は咳払いし──クリームが口元の辺りから飛んだ──ちょっと裏返った声で言う。
「お兄様の言ったことが真実よ。私をよく見て」
メイベルは、生クリームでコーティングされた委員長の顔を長く凝視していられず、顔を背ける。
「だめよ、よく見なさい、メイベルさん」
こわごわ、もう一度顔を見るメイベルに、彼女は一歩近づいて尋ねた。
「これでも、私にお兄様を取られるのが怖い?」
「あ……いえ、あの……別の意味で怖いわ」
満足げに、委員長は頷いた。
「心配はいらないわ。それに、私が傍にいた方がお兄様は安全よ」
メイベルはそれを聞いて納得したようで、素直に謝罪した。
根は悪いやつじゃないんだ。極度のブラコンなだけで……。
「メイベルさんは、寂しいのね。お兄様に好きな人が出来たら、自分を一番に愛してくれなくなるって……」
メイベルはパッと顔を上げた。しかし委員長の真っ白な顔を見てすぐ顔を背ける。自分でやっておきながら怖いらしい。
僕は執事がようやく持ってきてくれた蒸しタオルで、横から彼女の顔を拭いてやる。油分でよけい広がってしまった……。
必死になって委員長の顔を拭いていたその時だ。
「その気持ち、分かるわ。エイベル君が誰かを好きになったら……耐えられないかも」
彼女の口から出た言葉に、メイベルが目を丸くし、僕は耳を疑った。今なんて?
委員長は取り繕うように言い直した。
「だってその恋人に申し訳ないから、話しかけることすら遠慮しなくてはならなくなるわ。寂しいわよね」
メイベルが喚いた。
「わ、わたくしは違うわ! わたくしは妹だもの。お兄様と縁は切れないわ!」
「だったら、よけいにお兄様の幸せを一番に考えなければね」
委員長はメイベルにそう言い聞かせ、僕からタオルを奪ってごしごし顔を拭きだした。
「寂しい時は、私を姉だと思えばいいわ。私は一生結婚しないでしょうから。前から妹がほしかったの」
「真っ白な顔で言われても」とメイベルは言っていたが、まんざらでもない様子だった。
僕は複雑な心境だった。委員長が誰とも結婚しないのは安心だが、それは言い換えれば、僕とも結婚してくれないということだからだ。
「好きな人ができたら、結婚する?」
僕は思わず彼女にそう聞いていた。
委員長はびっくりしたように、僕を見つめた。
長いまつ毛にたっぷりついた生クリームごと、瞼がパチパチ開閉する。
「あら、それはエイベル君でしょ。北方辺境伯の跡継ぎなんだし」
眼鏡を拭いて再び顔にかけたが、やはり油分で元に戻らない。眼鏡はクリーナーで洗わなきゃな。
「私は……好きな人ができたとしても──相手の方が嫌がるもの」
今度は僕がびっくりした。まさか、そんなわけないじゃないか。委員長は自分の魅力を──その素晴らしさを、分かっていないのか!?
僕だったら絶対に……出かかった言葉を、僕は呑み込んでいた。
彼女は、僕のことを好きなわけではない。
くそ……好きになってもらいたい。でもどうやって?
とにかく今は、彼女に付いたケーキのクリームをどうにかしなきゃ。
本当は全部舐めて綺麗にしたかったが、そんなことを言えば好きになってもらえるどころか嫌われてしまうから、彼女にシャワーを使うよう勧めた。
「本当にごめんね、委員長。熱い湯舟につかって、湯冷めしないように温かくして。明日も休みだし、今日は客室に泊まってくれる?」
「でも……」
委員長はメイベルを気遣う。僕がメイベルを血走った目で睨みつけると、彼女は渋々頷いた。
「と、泊まっていっていいわ。わたくしのせいでそうなったようなものなんだし」
ツンと横を向きながら言った妹に、僕は苦々しく思う。いや、ようなもの、どころか君がやったんだぞ、メイベル。
「あなたペチャパイだものね。わたくしの服だと胸元スカスカで無様だと思うの。メイドに下着から何から買ってこさせるわ。制服は学院の事務室で支給されるから大丈夫でしょ?」
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僕は申し訳なさで涙が出そうだった。さんざんな生誕祭になってしまった。
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