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第二章
残忍な先住民
しおりを挟むその頬に流れ落ちた感覚のおかげで、目を覚ますことができた。
馬上であった。
おそるおそる背後を振り返ると、全裸の男が馬を走らせていた。
(いやだわ、逃げそこねたわ)
首の後ろをタシッとされたのまで覚えている。気絶させなれているのか……ぞっとなった。
あまり逆らうと、すぐにでも殺されそうで怖かった。でもどこかで逃げないと、けっきょくは処刑されるのではないか。
やはり昨夜、暗闇や狼など恐れず逃げれば良かったのだ。バカバカバカ。
しばらく無言で馬にしがみついていた。
ところが、ついに男が馬を止めた。振り仰ぐと、鼻をふんふんと動かしている。
ヴェロニカにもその臭いが届いた。ああ、燃えている臭いだ。
男は遠くに見える煙を頼りに、馬を疾走させた。ヴェロニカは舌を噛まないようにするだけで精一杯だった。
やがて、その耳に悲鳴や怒号、銃の音などが聞こえてきた。
戦いだ!
ヴェロニカは、自分の配属されていた砦が攻められた時のことを思い出した。記憶は生々しく、心臓が縮み上がる。
あの時、若い兵士たちが非力な自分を逃がしてくれなかったら、今頃は──。
男が警戒しながら歩を進めるうちに、やがて音は聞こえなくなっていった。
全裸の男とともに馬に乗ったまま近づくと、その足元に矢が突き刺さる。
「○$&※※☆!」
誰何するような、詰問口調。だが先住民の言葉だ。なんと言っているのか分からない。
鹿革の服を着た赤い肌の男が、弓矢を構えながら出てきた。
すると、背後の全裸男が手話を使いだす。相手は頷くと、同じように手話を返し、通してくれた。
近づくにつれてはっきりしてきた光景を見て、息を呑むヴェロニカ。
こちらも開拓者の村だった。
たくさんの遺体。白人の……。ハリネズミのように矢の突き刺さった無残な開拓者たちの様子。
さらに砦の光景も思い出してしまい、ヴェロニカは喉がググッと鳴るのを堪えきれなくなる。馬から飛び降り、げーげー吐いてしまった。
やはり、こんなところ来るんじゃなかった。最低。最低の野蛮人の巣窟だわ、この新大陸は!
全裸の男は、その間に仲間たちに手話で挨拶し、馬を替えてもらっていた。
「お願い、子供だけは逃がして!」
声が聞こえた。公用語だ。ヴェロニカはハンカチで口を拭いながら立ち上がる。
見れば、焼かれた民家の前に白人の女子供が集められていた。隠れていた場所に火を放たれ、出てくるしか無かったのだろう。
既に先住民たちから、つがえた矢を向けられている。
引き絞られた弓。
ヴェロニカが悲鳴をあげかけたその時、全裸の男が前に立ちふさがった。
いつの間にそこまで移動したのか。まるきり瞬間移動のようだった。
矢を向けていた先住民たちは、相手が全裸なのに驚いて硬直した。つがえていた弓を下すと、手話で何事か話し出した。
先程も思ったが、どうやらこの全裸の男の部族とは、言葉が通じない部族らしい。
ヴェロニカはその手話を必死で解読した。
『貴様、なぜそんな破廉恥な格好をしている? 我らを侮辱するのか』
『我はコマネチ族のダン・カン!』
『コマネチ族だと!?』
背後で先住民たちがざわざわと騒ぎ出した。どうやら、この全裸の男の部族は一目置かれているようだ。
『族長テン・トンに代わり、命じる。殺してはならぬ』
一気に険悪な雰囲気になった。一人が全裸の男を見て、鼻で笑う。
『我々は大酋長連合に属してはおらぬ。侵略者である白人は殺し、根絶やしにする』
すると、全裸の男は目を細めてひざを折った。鼠径部に両手を走らせ、伸び上がる。
「コマネチ!」
それだけで、先住民の男たちがひるんだ。あきらかにひるんだ。一体あのポーズに、なんの意味があるのか。
難解な手話を含んでいるのかと思ったが、どうやら違う。だがそのピリピリした威圧的な殺気は、ヴェロニカの元にまで届いた。
『全、北部族を敵に回す覚悟があるのか、チンポロ族よ』
どっちかというとお前がチンポロじゃね? という文句すらも、もはや浮かばない。固唾をのんで、その緊迫した場面を見守る。
先住民たちはじりじり後ずさり、ついには馬に飛び乗って去っていった。
『いったい何が……』
ヴェロニカが、手話で全裸の男に聞いた。
『コマネチとは、どういう意味なの?』
男はフンッ、と鼻で笑ってそれを無視した。
それから、捕まえられて死を待つだけの開拓民たちに近づく。
「ひぃいいいいいっ」
先住民だから怖がっているというよりは、全裸の男が近づいてきたからそんな反応をするのではないか、ヴェロニカはそう思った。
男たちは後ろ手に縛られているので、母親たちが慌てて子供たちの目を塞ぐ。
「去レ、コノ地カラ」
カタコトでそれだけ言うと、全裸の男は開拓者たちのロープを切る。
ヴェロニカが慌てて近づいた。
「あの、お怪我はなくて?」
白人の女を見て、明らかにほっとした様子の開拓者たち。こちらもおそらく国籍はさまざまだろうが、公用語は平民にも浸透している。
「この辺りももうダメです。開墾を諦めるしかない」
ヴェロニカは頷いた。
「残念だけれど、私のいる北の砦もどうなっているか分からないの」
チラッと背後の先住民を伺う。
「焼け跡から、必要なものを出来るだけお持ちなさい。とりあえず砦に向かうか、南に逃げた方がいいかもしれないわ。中部は、ここよりは安全と聞いているわ。……ごめんなさい、何の力にもなれなくて」
明らかに育ちの良さそうなお嬢様風の娘から謝られ、開拓民たちはへどもどした。
「貴女は、どうなさるのですか? 一緒に行きませんか?」
おそらく貴族だと見抜いたのだろう。子供を抱き上げ、なだめていた男がそう尋ねてきた。
「それは……」
ヴェロニカがまたちらっと背後を見ると、全裸の男がじろりと睨みつけてきた。
先ほどの部族からもらったのであろう、長い槍をこれ見よがしにひけらかしている。先端の黒曜石が痛そうだ。
自分まで逃げれば、せっかく見逃して貰えそうなこの開拓民たちも、殺されそうな気がする。
「私は大丈夫よ、どうにかするわ。彼らを埋葬しましょう」
やっとそれだけ答えた。
※なんか……すみません。
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