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第三章
提督と女海賊2
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低い天井から下がった鎖とその先についている手枷。
かすかに血の付着する、乱れた予備の帆布。
着衣をだらしなく散らかし、半裸で眠っている男達。
狭い船倉にこもる、濃密な性の香り。
ゲルクは、その部屋を見つけた時、そこで何があったかを悟った。
(……バッカヤロー)
真夜中になるのを待たずに、罠の中に飛び込めばよかった。ぎゅっと拳を握り締める。
自分が大事にしていたものを横取りされ、汚された。
憤りを通り越して、倦怠感がゲルクを襲う。
しばらく薄暗い部屋の中で立ち尽くしていたが、やがて、船体を攀じ登ってくる時から口に加えていた短剣を手に取り、鞘から抜いた。
そして、昏々と眠っているよく知った男に近づく。
「エルグラン」
耳元でそっと囁く。
いっそ優しいとさえ言えるような声に、エルグランはゆっくりと目を開けた。
その視界に、ランタンのオレンジに染められても、なお冴え冴えとした銀の光が飛び込む。
水滴の滴る髪と、剣の鈍い輝き。二種類の銀。
彼は限界まで目を見開き、目の前に立つ怒りに打ち震えた青年を見上げる。
――恐怖のあまり、最期の瞬間まで、声は出なかった
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
キングサイズの吊り寝台に放り出されたとき、カティラは一瞬、意識を失いかけた。
それは、無意識の逃避だった。
幼い頃の、奴隷として受けた性的虐待のトラウマ。
さきほど受けた暴行で、肉体的にも精神的にもボロボロになっている。
もうあの悲惨な奴隷時代を思い出したくない。
「おっと、逃げられちゃ困る。気を失った女を抱いたってつまらないだろ」
アーヴァインは、カティラの頬を軽く叩くと、羽枕の上に彼女を座らせた。押さえつけられて改めて、アーヴァインが大柄な男であることを思い知らされる。
カティラは、自分のことをこれほど小さく弱く感じたことが無かった。
「いいか、これはお楽しみなんだ。暴力ではない。気持ちのいい愛の行為なんだ」
噛んで含めるように言われ、カティラは顔を背けた。身体が自由に動けば、こんな勝手なことを言う男、思い切り殴り倒していたものを。
「ふざけるな! 一方的な強姦が、愛の行為のわけがないでしょうっ」
そしてその美しい色合いの目で、アーヴァインをキッと睨みつける。
「部下をつかってあたしをさんざん辱め、まだ足りないというの? だったらさっさと済ませてしまうがいい。誰も私の誇りを奪うことはできない」
(気の強い女だ)
アーヴァインは賛嘆の思いで、自分が組伏せている女海賊を見おろした。
性格まで亡き妻に似ているなんて。
(ナターリア、これは俺への罰なのか? おまえを救えなかった俺を、長々とこの世につなぎとめ、まだ苦しめるというのか?)
カティラと妻を重ね合わせてしまったアーヴァインは、堪えきれない衝動に突き動かされ、再び、激しい口づけをする。
直後、弾かれたように顔を放した。
その薄い唇に、うっすらと血が滲んでいる。
噛み付かれたのだ。
「これは愛の行為なんかじゃない。だって私が愛するのは……」
カティラは目線でアーヴァインを威嚇しながら、言い放った。
「今までも、この先も、たとえ生まれ変わってもーー銀の髪のゲルクだけよっ」
きっぱり告げたあと、口から飛び出した熱い言葉に、カティラ自身呆然となる。
自分でもこれほどの想いを抱えていたと、知らなかったからだ。それを、こんな危機的状況で気づかされてしまった。
ごまかしようがない。
(あたし、いつの間にここまでゲルクを……)
動揺するカティラをよそに、軍人の唇は満足そうにつり上がる。
アーヴァインは残酷な愉悦を覚えていた。
もう許してはやらない。
「今の言葉、後悔させてやる。ゲルクを愛することがどれほどの罪か、思い知らせてやる」
その口調に、優しさはかけらも無かった。
かすかに血の付着する、乱れた予備の帆布。
着衣をだらしなく散らかし、半裸で眠っている男達。
狭い船倉にこもる、濃密な性の香り。
ゲルクは、その部屋を見つけた時、そこで何があったかを悟った。
(……バッカヤロー)
真夜中になるのを待たずに、罠の中に飛び込めばよかった。ぎゅっと拳を握り締める。
自分が大事にしていたものを横取りされ、汚された。
憤りを通り越して、倦怠感がゲルクを襲う。
しばらく薄暗い部屋の中で立ち尽くしていたが、やがて、船体を攀じ登ってくる時から口に加えていた短剣を手に取り、鞘から抜いた。
そして、昏々と眠っているよく知った男に近づく。
「エルグラン」
耳元でそっと囁く。
いっそ優しいとさえ言えるような声に、エルグランはゆっくりと目を開けた。
その視界に、ランタンのオレンジに染められても、なお冴え冴えとした銀の光が飛び込む。
水滴の滴る髪と、剣の鈍い輝き。二種類の銀。
彼は限界まで目を見開き、目の前に立つ怒りに打ち震えた青年を見上げる。
――恐怖のあまり、最期の瞬間まで、声は出なかった
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
キングサイズの吊り寝台に放り出されたとき、カティラは一瞬、意識を失いかけた。
それは、無意識の逃避だった。
幼い頃の、奴隷として受けた性的虐待のトラウマ。
さきほど受けた暴行で、肉体的にも精神的にもボロボロになっている。
もうあの悲惨な奴隷時代を思い出したくない。
「おっと、逃げられちゃ困る。気を失った女を抱いたってつまらないだろ」
アーヴァインは、カティラの頬を軽く叩くと、羽枕の上に彼女を座らせた。押さえつけられて改めて、アーヴァインが大柄な男であることを思い知らされる。
カティラは、自分のことをこれほど小さく弱く感じたことが無かった。
「いいか、これはお楽しみなんだ。暴力ではない。気持ちのいい愛の行為なんだ」
噛んで含めるように言われ、カティラは顔を背けた。身体が自由に動けば、こんな勝手なことを言う男、思い切り殴り倒していたものを。
「ふざけるな! 一方的な強姦が、愛の行為のわけがないでしょうっ」
そしてその美しい色合いの目で、アーヴァインをキッと睨みつける。
「部下をつかってあたしをさんざん辱め、まだ足りないというの? だったらさっさと済ませてしまうがいい。誰も私の誇りを奪うことはできない」
(気の強い女だ)
アーヴァインは賛嘆の思いで、自分が組伏せている女海賊を見おろした。
性格まで亡き妻に似ているなんて。
(ナターリア、これは俺への罰なのか? おまえを救えなかった俺を、長々とこの世につなぎとめ、まだ苦しめるというのか?)
カティラと妻を重ね合わせてしまったアーヴァインは、堪えきれない衝動に突き動かされ、再び、激しい口づけをする。
直後、弾かれたように顔を放した。
その薄い唇に、うっすらと血が滲んでいる。
噛み付かれたのだ。
「これは愛の行為なんかじゃない。だって私が愛するのは……」
カティラは目線でアーヴァインを威嚇しながら、言い放った。
「今までも、この先も、たとえ生まれ変わってもーー銀の髪のゲルクだけよっ」
きっぱり告げたあと、口から飛び出した熱い言葉に、カティラ自身呆然となる。
自分でもこれほどの想いを抱えていたと、知らなかったからだ。それを、こんな危機的状況で気づかされてしまった。
ごまかしようがない。
(あたし、いつの間にここまでゲルクを……)
動揺するカティラをよそに、軍人の唇は満足そうにつり上がる。
アーヴァインは残酷な愉悦を覚えていた。
もう許してはやらない。
「今の言葉、後悔させてやる。ゲルクを愛することがどれほどの罪か、思い知らせてやる」
その口調に、優しさはかけらも無かった。
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