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眠れない

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 その夜私は、なかなか寝付けなかった。何度も寝返りをうって、ついには諦めてムクリと起き上がる。

 おかしいな、ホットミルク飲んだのに。

 いえ、きっとそのせいで、トイレが近くなったのだわ。ネイサンのバカ! 気を利かせすぎよ!

 八つ当たりしてから、ズキッと胸が痛んだ。

 ネイサン、勘違いしている。ネイサンは立派な執事なのに、私に嫌がられているから、自分の仕事ぶりがダメだって、きっとそう思っている。

 違うのに。ネイサンが執事なのは嫌だけど、そういう意味じゃないのに。

 謝りたい、謝りたいけど、なんて説明すれば!? うわああああ、頭グチャグチャ! もともと私は口下手なのよ! 何を言っても相手に不快な思いをさせちゃう、空気読め子なの!

 もう十八よ、来年から学生じゃなくなる。治さなきゃ。この嫌な性格を治さなきゃ……。

 御手洗を済まし、水を飲もうと部屋を出た。悪循環な気がするけど、喉に張り付いた罪悪感を流したかった。

 オイルランプを持って暗い廊下に出ると、客室の扉の下から、微かにオレンジ色の光が漏れているのに気づいた。

「──?」

 まだ起きているのかしら。ランプ消し忘れ? 火事になったら大変よ、不用心ね!

 起こさないように、そっと扉を開けようとした。

「──ゃ……」

 小さな声がして、私は入るのを躊躇った。

 やだ、まだ起きていたのね。

 開きかけた扉を閉めようとした私は、その時目撃してしまったのだ。

 薄暗いベッドの上に転がった、貧相なハムを。

 あんぐり口を開けてしまう。

 ルシールさんだ。ほっそりした真っ裸の体を亀甲縛りにされたルシールさんが、逆海老反りでベッドに放置されている。

 え? 私、無意識に彼女を縛っちゃったの!?

「エイベル君、お願い、これを解いて」

 ルシールさんの言葉に、はっと気づいた。

 ベッドの隅に、これまた何故か全裸のお兄様が、胡座をかいて座っている。その膝に肘を突き、じっとルシールさんを見つめていたのだ。

「どうして? 綺麗だよ」
「昨夜は普通に抱いてくれたわ、どうして縛るの?」

 お兄様のクスッという笑い声が、私の耳に届いた。

「どうして、って。君がネイサンとしゃべるからだよ」
「身内以外の男性といっさい喋らないっていう頼みは、聞けないわ! 私は貴方と共に、士官として砦に赴くのよ?」
「大丈夫、君は僕の副官だ。僕の部屋から出ないで、僕のデスクワーク処理の補助をしてくれればいい。たまに股間の処理の補助も」

 なんの話!?

「エイベル君、お願い、胸の谷間やお尻の割れ目にロープがくい込んで──」
「痛い?」

 お兄様が心配そうに身を乗り出した。ルシールさんが黙り込む。

「ううん、痛くはないけど、その──」

 小声で囁く。

「疼くの。体が火照ってしまって……見ているだけじゃなくて、触ってほしいの」

 ロープを緩めようとしていたお兄様が、その手を止めた。

「僕も、触りたい。士官学校では女子寮と隔離されていたから、頭がおかしくなりそうだった。めったに外出許可が降りないし。君を攫って自主退学してやろうと、何度思ったか」
「じゃあ──」
「でも、これはお仕置きだからね」

 お兄様は爽やかな笑顔で言う。

「僕は片時も離れたくないのに、メイベルと過ごしてやれだなんて……。僕だけ君に夢中みたいで、悔しいんだもん」
「エイベル君、私たちは結婚するのよ。私ね、貴方を妹さんから取るみたいで、罪悪感が酷いの」

 しゅんとなるルシールさん──いや、亀甲縛りでシュンとされてもシュールだけど──を見て、私の胸にも罪悪感が湧き上がった。

 私は知っていたんだと思う。お兄様が寮に入ってから、いつかは決別しなきゃならないんだって、薄々気づいていた。

 会わない期間ができることにより、自然に私の心も、少しずつ離れる準備をしてきていた。

 ただ、悔しかっただけなの。私より大事な人ができたっていうことが……。

 私にはいないのに──。

 ふと、ネイサンの顔が浮かぶ。

 ネイサンのおかげで、そこまで寂しくなかったのかな。私は入れ替わりに入ってきた執事に、救われていたのだ。

「どうしたら、解いてくれるの?」

 ルシールさんのもどかしげな声に、しかしお兄様の方が苦しげに顔を歪ませる。笑顔に苦渋が混じっている。

「解いたら、好きにしていい?」

 言われて、ふふっというルシールさんの柔らかな笑い声が響いた。

「今だって、好きにしていいのよ。私はいつだってエイベル君に触ってほしいんだもの」

 何故か聞いてる私の方が恥ずかしくなる。いや、お兄様の動揺の方が凄い。

「オオ、ガイアス! 神よ、汝の敵を愛せよ!」

 お兄様は意味不明の言葉を、うめき声とともにあげながら、急いでロープを解きにかかる。

「あっ! 待って優しく! ロープが締め付けて」

 やけに艶かしい声で痛がりながら、ルシールさんが身をくねらせる。意外に大きな乳房がプルプル揺れ、お兄様がまたオオッマイガイアス! と叫び、もどかしくなったらしく、後ろ手に縛った腕と、それと結びつけた足首のロープだけ解いてルシールさんを抱きしめた。

 目の前で貪るようにキスし合う二人を、私は焦がれるように見つめた。

 キスにしてはすごい粘ついた音が、寝室に響きわたる。

 私は顔が熱くなるのを止められなかった。全裸で抱き合い接吻なんて、これはもう──。



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