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しおりを挟む残業終わりに入ったLIME。
『いつもの店で皆で吞んでる。お前も来いよ』
「まったくもう。幾つになっても、下手に出ることができないんだから」
彼の言う『お前も来い』という言葉が、一緒に吞もうという意味ではないと気付く前は、混乱したこともあった。これは『そろそろ迎えに来て』もしくは『立替にきてくれ。たすけてくれ』だ。
自営業である酒屋を継ぐことに決めた健司だったが、まだ修行中で実家に住んでいることもあり、受け取る給料はとても少ない。
酒屋の息子らしく飲むのが好きな健司は、自分の家に売るほど酒があるにもかかわらず、誘われればホイホイ行ってしまう。そんな時は自分の手持ちなど頭にないらしい。そうして莉子は立替えレスキューを頼まれるようになった。
ただ最近は毎回になっているのが気になっている。
「はぁ。今日はどっちかな。どちらにしろ送迎係ではあるんだよねぇ。うーん、何人で吞んでるんだろう」
彼のいう皆とは、大学時代のサークルのメンバーだ。地元の県立大学なので地元で就職している者が多いから、平日だって集まりやすい。
旅行同好会という、好きな時に好きな場所に遊びに行くだけの集まり。
旅の計画を立てたり、旅費を貯めるために一緒にバイトしたり。ゆるい活動だったけれど、だからこそ学生時代を謳歌できた。
同じ旅行同好会に所属していた健司は、ちょっとずぼらで、でも誰かの失敗を責めることもなく笑って受け入れる度量があって、会話していてもとても楽だった。
卒業間近になって思いがけず告白された。
就活が上手くいかずに両親からの勧めもあり実家の酒屋を継ぐことを決心した健司と、地元の広告代理店に就職した莉子とでは生活のリズムも違ってくるだろうし、すぐに上手くいかなくなるだろうと思いつつ、残り少ない学生生活の記念になると思って受けただけだったのに。
交際は5年目に突入し、去年の暮れに婚約をした。
「いい加減、中途半端な付き合いはやめなさい」と彼の母親に莉子が説教されての婚約だった。
莉子27歳、健司29歳。お互いに年貢の納め時ということだったのだろう。
けれど、婚約は結んだけれど、そこから結婚の話は進展しなくなっていた。
結婚を機に健司に任される仕事が多くなってしまい、忙しすぎて式場を選びに行くこともできないでいる。
「でも、飲み会は参加するんだよねぇ」
仕方のない奴めと苦笑する。
それでもいつかは結婚するのだ。左手の薬指に光る指輪を見つめ、微笑んだ。
もう22時を過ぎている。莉子が呼ばれたのも、送迎目当てだろう。
「せめて、健司だけ、は無理だろうから、あと1人か2人程度だといいんだけれど」
いい顔しいの健司は、一緒に飲んでいる相手にいい顔をしたがる。
莉子が給料を貯めて買った軽自動車に「狭くてごめんな」と仲間を押し詰めて、友人宅まで送っていくことになるのは、いつものことだ。
それでも、そんな風に楽しそうに集まれる仲間がいることは、地元で商店をしている健司には良い事だと思うので嫌だと思ったことは無い。
それでもさすがに残業続きな莉子としては、できるだけ早く帰って睡眠時間を確保したいのも本当だった。
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