ヤバい男に捕まった

喜楽直人

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 角を曲がると、居酒屋のんべえの看板が見えてきた。

「さて。今日は何人いるのかな、っと」

 できるだけ店の出入口に近い場所に車を停めた。
 酔っぱらいを連れて店から出てくるのも結構大変なのだ。

 昔ながらの縄のれんをくぐり、引き戸を開けて店に入る。
 店の奥の座敷に、見知った後姿があった。

「健司、お待た……」

 呼び掛けは、最後までいう言うができなかった。

 わっと囃し立てる歓声が上がっていたが、それすら莉子の耳には入らなかった。


 莉子の視線の先で、健司が、隣に座った女性と、くちづけを交わしていた。

 質の悪いゲームでする冗談のような軽いそれではない。

 深い、深いキスだ。
 ぬちゃぬちゃと音がする。

 健司の大きな右手が女性の頭を後ろから抱え込み、左腕が腰に回されていた。

 深く、深く。莉子の視線の先で、何度も角度を変える度に、赤い舌を絡みつけ合っているのが覗く。

 口元が、お互いの唾で濡れそぼり、囃し立てる周囲が向けるスマホのストロボが当たって光る。

 いつまでも誰も莉子を振り向かない。
 まるでそこに存在していないかのように、莉子がそこにいることを無視していた。

「ぷはぁっ、もうっ。口元べとべとぉ。もうっ。胸元まで垂れてきちゃったじゃないのよ!」
 軽く握り締めた拳で健司の肩を緩く叩いて注意を引くと、腕の中にいた女が、オフショルダーネックの薄手のニットを引っ張ってみせた。
 その拍子に丸い胸の膨らみの谷間が露わになった。

「あはははは。でも、心恋ココちゃんの負けだな」
「やーん。でもぉ、健ちゃんは、ココの魅力に夢中でぇ、いつだって勝てないじゃん?」
「そりゃなぁ、勝てる奴いないだろ」
「へへん。でっしょー?」

 和気あいあいと話が弾んでいく。その最中も、健司の腕は心恋という女の肩に回されたままだった。
 もう片方の手が、彼女の色の抜けたゆるく巻かれた髪を弄んでいた。

「んー、じゃあ、結婚しちゃおっか」
「わーい! するするー♬ ココは健ちゃんのおよめさんになるー!」

 それはまるで幼子のように、どこか遊びめいたプロポーズだった。

「そりゃ目出度い!」「おめでとー」

 店全体が、抱き合う2人へ祝いの言葉を投げかけた。


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