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本編
第七話 愛おしそうにケーキを頬張る人
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■
カフェでの騒動を起こしてしまった件について、サリは父や母から怒られることを覚悟していたにも関わらず、誰からも怒られなかった。
むしろ家族と顔を合せる度に無言で抱き寄せられるので、最初こそただ慰められていたその行為がそろそろ気恥ずかしく感じるほどだった。
従業員たちも皆優しいばかりだ。
カフェに顔を出せば、「新作ケーキに意見が欲しいんです」と厨房に連れて味見させて貰ったりする。これまではなかった特別扱いだ。そして工房に顔を出すと「最近の学園での流行りが知りたいんです」と小さな髪留めを渡されそうになった。勿論受け取る事はしないが、サリの青い瞳によく似た石の付いたそれを選んでくれたであろう、その気持ちが嬉しかった。
最初に断わって以来、工房では意見を聞かれるようになった。好きなドレスのデザインや美しい宝石を見せて貰ってデザインを決める場に同席させて貰って、好みのデザインをお互いに主張するだけだ。
けれど、サリも商会の一員なのだと職人たちから認められた気がするのだ。
それだけでピコンと気分が上がる気がした。
「それにしても、なんで教授はあんな風に考えたんだろう」
見上げる先にある、空が青く高くなった。
季節が変わろうとしていたけれど、どうしても、サリの頭の中でその疑問だけが消えてくれなかった。
違う。
美味しそうに、普段しかめっ面しかしない顔に、まるで宝物を見つけた子供の様な表情を浮かべて、ゆっくり、丁寧に、ひと口ひと口を愛おしむようにして、ケーキを味わって食べていた人。
ヴォーン商会のクリームケーキは、王都では誰もが憧れを抱く、とっておきの特別なケーキだ。
その中でも真っ赤な苺がのったケーキは一番人気。
季節によって取り寄せる地方を変えることで、ほぼ一年中食べることができるようになった。
それが可能なのは、この王都でも、ヴォーン商会のみだ。
「あとは、王宮へ納めてもいるから、王族の方たちは王宮のパティシエが作られたゴージャスなクリームケーキやタルトにして食べられているかもしれないけれどね」
でもそれは、売られている訳ではない。
ウチのカフェで食べられるのは、努力次第で手に入る、市販品という企業努力。
情報を繋ぎ、商品を仕入れ、時には人材を送り込んで、その地方の文化が途絶えないように努めてきた。
それが、ヴォーン商会の誇りであり、理念だ。
安く買いたたくのではなく、地方でも暮らしていける収入を。
得られた賃金で、娯楽を手にすることも、薬や綺麗な服や髪飾りを手にする機会を得るお手伝いをする。
勿論、慈善事業ではないので仕入れが高くついた分は、それを支払える方々にお支払い戴く。
王族も貴族の方々も、それを承知した上で、ヴォーン商会から買い上げて下さっている。
地方を切り捨てない商業。その実現に賛同して下さる貴族がいるから、成り立っているともいう。
つまりはこの王国の、すべての貴族がオーナーだ。
そうやって思いを繋いで作られている、奇跡の様なヴォーン商会の苺のクリームケーキ。
誰もが愛したそのケーキを、多分、この王都内で誰よりも、何個も、何十個も食べた人。
学園の食堂内で食べていた時でさえ幸せそうに食べていた。
カフェで父や従業員たちに囲まれて、あんな事になっている席でさえ、最後のひと口を美味しそうに、味わってから帰っていった。
あんな風に食べたのが、最後だなんて。
冷たく見える灰色の瞳を、あんなに甘く蕩けさせてヴォーン商会のケーキを見ていた人が、もうウチの商会のケーキを食べてくれないなんて。
サリはそれが悲しくて仕方がなかった。
「でも。もしかしたら、他に美味しいお店を見つけたのかもしれないわ。そうだったら敵情視察に行かなくちゃいけないけれど……教授に逢ってしまったら困らせてしまうわね」
サリと居合わせた事で、新たな店にも通えなくなったら教授は困るだろう。
あれだけ苺のクリームケーキが好きな人だ。
ヴォーン商会のものでなくとも、他に気に入ったお店ですら食べることが叶わなくなったなら、きっと悲しむ。
悲しませたい訳ではない。教授が美味しそうに苺のクリームケーキを頬張る姿は、とても幸せそうで、できることならば、その姿をいつまでも見ていたかった。
「ん? 何を思っているの、私。ヘンなの。クリームケーキは自分で食べた方が、
絶対に幸せなのに」
そうだ。あれだ。
ヴォーン商会のケーキが美味しいと言われるのが好きなのだ。
食べたくない、食べられなくても構わないと思われるのは癪だ。それだけ。
悲しいと感じる理由は、あれ以来、教授と顔を合せなくなったからなどではない。
そう思っていたかった。
*******
「最近、サリがぼんやりと空を見上げていることが増えた気がするの」
「……」
「もうあれからひと月も経っているというのにねぇ。やっぱり アーベル=シーラン伯爵との事が、心に重いのではないかしら。誰かに誤解されるというのは切ないものだもの。あなた、どう思って?」
「…………」
「何がどうなってあんなに酷い誤解をされたのか知らないけれど、 アーベル=シーラン伯爵はアーベル侯爵家へと繋がる御方というだけでなく王太子殿下の憶えも目出度い御方だわ。お医者様でもあるのだし、きちんと説明したらわかって下さると思うのだけれど」
「…………だって、アイツ、サリを泣かせたんだぞ?!」
「アイツだなんて。英雄と誉れの高い魔法使い様に対して失礼ですよ」
「いいんだ、あんな奴はアイツで十分だ!」
「まったく。もう少しだけ、サリの為に頑張って下さっても宜しいじゃありませんんか」
「…………はぁ。伯爵の御父上、アーベル侯爵様にお会いして下さるようお取次ぎをお願いしてみるか。どなたにお声掛けするべきだろうか。はぁ。あの頑なな態度。上手く行く気が、まったくしないのだがな」
カフェでの騒動を起こしてしまった件について、サリは父や母から怒られることを覚悟していたにも関わらず、誰からも怒られなかった。
むしろ家族と顔を合せる度に無言で抱き寄せられるので、最初こそただ慰められていたその行為がそろそろ気恥ずかしく感じるほどだった。
従業員たちも皆優しいばかりだ。
カフェに顔を出せば、「新作ケーキに意見が欲しいんです」と厨房に連れて味見させて貰ったりする。これまではなかった特別扱いだ。そして工房に顔を出すと「最近の学園での流行りが知りたいんです」と小さな髪留めを渡されそうになった。勿論受け取る事はしないが、サリの青い瞳によく似た石の付いたそれを選んでくれたであろう、その気持ちが嬉しかった。
最初に断わって以来、工房では意見を聞かれるようになった。好きなドレスのデザインや美しい宝石を見せて貰ってデザインを決める場に同席させて貰って、好みのデザインをお互いに主張するだけだ。
けれど、サリも商会の一員なのだと職人たちから認められた気がするのだ。
それだけでピコンと気分が上がる気がした。
「それにしても、なんで教授はあんな風に考えたんだろう」
見上げる先にある、空が青く高くなった。
季節が変わろうとしていたけれど、どうしても、サリの頭の中でその疑問だけが消えてくれなかった。
違う。
美味しそうに、普段しかめっ面しかしない顔に、まるで宝物を見つけた子供の様な表情を浮かべて、ゆっくり、丁寧に、ひと口ひと口を愛おしむようにして、ケーキを味わって食べていた人。
ヴォーン商会のクリームケーキは、王都では誰もが憧れを抱く、とっておきの特別なケーキだ。
その中でも真っ赤な苺がのったケーキは一番人気。
季節によって取り寄せる地方を変えることで、ほぼ一年中食べることができるようになった。
それが可能なのは、この王都でも、ヴォーン商会のみだ。
「あとは、王宮へ納めてもいるから、王族の方たちは王宮のパティシエが作られたゴージャスなクリームケーキやタルトにして食べられているかもしれないけれどね」
でもそれは、売られている訳ではない。
ウチのカフェで食べられるのは、努力次第で手に入る、市販品という企業努力。
情報を繋ぎ、商品を仕入れ、時には人材を送り込んで、その地方の文化が途絶えないように努めてきた。
それが、ヴォーン商会の誇りであり、理念だ。
安く買いたたくのではなく、地方でも暮らしていける収入を。
得られた賃金で、娯楽を手にすることも、薬や綺麗な服や髪飾りを手にする機会を得るお手伝いをする。
勿論、慈善事業ではないので仕入れが高くついた分は、それを支払える方々にお支払い戴く。
王族も貴族の方々も、それを承知した上で、ヴォーン商会から買い上げて下さっている。
地方を切り捨てない商業。その実現に賛同して下さる貴族がいるから、成り立っているともいう。
つまりはこの王国の、すべての貴族がオーナーだ。
そうやって思いを繋いで作られている、奇跡の様なヴォーン商会の苺のクリームケーキ。
誰もが愛したそのケーキを、多分、この王都内で誰よりも、何個も、何十個も食べた人。
学園の食堂内で食べていた時でさえ幸せそうに食べていた。
カフェで父や従業員たちに囲まれて、あんな事になっている席でさえ、最後のひと口を美味しそうに、味わってから帰っていった。
あんな風に食べたのが、最後だなんて。
冷たく見える灰色の瞳を、あんなに甘く蕩けさせてヴォーン商会のケーキを見ていた人が、もうウチの商会のケーキを食べてくれないなんて。
サリはそれが悲しくて仕方がなかった。
「でも。もしかしたら、他に美味しいお店を見つけたのかもしれないわ。そうだったら敵情視察に行かなくちゃいけないけれど……教授に逢ってしまったら困らせてしまうわね」
サリと居合わせた事で、新たな店にも通えなくなったら教授は困るだろう。
あれだけ苺のクリームケーキが好きな人だ。
ヴォーン商会のものでなくとも、他に気に入ったお店ですら食べることが叶わなくなったなら、きっと悲しむ。
悲しませたい訳ではない。教授が美味しそうに苺のクリームケーキを頬張る姿は、とても幸せそうで、できることならば、その姿をいつまでも見ていたかった。
「ん? 何を思っているの、私。ヘンなの。クリームケーキは自分で食べた方が、
絶対に幸せなのに」
そうだ。あれだ。
ヴォーン商会のケーキが美味しいと言われるのが好きなのだ。
食べたくない、食べられなくても構わないと思われるのは癪だ。それだけ。
悲しいと感じる理由は、あれ以来、教授と顔を合せなくなったからなどではない。
そう思っていたかった。
*******
「最近、サリがぼんやりと空を見上げていることが増えた気がするの」
「……」
「もうあれからひと月も経っているというのにねぇ。やっぱり アーベル=シーラン伯爵との事が、心に重いのではないかしら。誰かに誤解されるというのは切ないものだもの。あなた、どう思って?」
「…………」
「何がどうなってあんなに酷い誤解をされたのか知らないけれど、 アーベル=シーラン伯爵はアーベル侯爵家へと繋がる御方というだけでなく王太子殿下の憶えも目出度い御方だわ。お医者様でもあるのだし、きちんと説明したらわかって下さると思うのだけれど」
「…………だって、アイツ、サリを泣かせたんだぞ?!」
「アイツだなんて。英雄と誉れの高い魔法使い様に対して失礼ですよ」
「いいんだ、あんな奴はアイツで十分だ!」
「まったく。もう少しだけ、サリの為に頑張って下さっても宜しいじゃありませんんか」
「…………はぁ。伯爵の御父上、アーベル侯爵様にお会いして下さるようお取次ぎをお願いしてみるか。どなたにお声掛けするべきだろうか。はぁ。あの頑なな態度。上手く行く気が、まったくしないのだがな」
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